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西野 敞雄

研究部長


1.はじめに

 納税道義が理想の段階に到達していれば、租税債務は任意に履行され、租税強制執行制度の存在理由は、なくなると思われる。しかし、それは非現実的なことであって、滞納発生が皆無の国は、まさに、ユートピアである。
したがって、多くの国は、程度の差こそあれ、租税債権に対して、自力執行権を付与し、また、一般的優先権を承認している(1)。文献で紹介されるのは、アメリカ、イギリス、フランス、西ドイツなどであるが、イタリアにおいても、租税債権の優先性が認められているなど(2)、租税債権の優先性は、広く一般的に認められている。
わが国も、近代的な租税制度を採用した時以来、この2つの原則を守ってきている。
わが国の租税優先権は、明治維新後の徴収に関する諸法令に萌芽を見、経済的・政治的基盤の推移とともに変容しながら、明治30年に国税徴収法が制定され、昭和34年に全面改正(昭和34年法律第147号)された。その間、昭和32年には、「滞納処分と強制執行等との手続きに関する法律」(昭和32年法律第94号)も制定された。
これらの改正は、前程となる経済や社会の変化に対応し、一般国民の私法上の法律関係に与える影響を最少限度にとどめつつ、租税徴収確保の要請との調整を図るため、行われてきたものである(3)それにもかかわらず、わが法の認める優先権は強すぎるのではないかという批判(4)が今なおあり、その批判は、租税債権の破産法上の取り扱いが問題となった時などに、特別扱いをできるだけ否定しようとする態度として、表われている(5)また、期限喪失特約付私債権と差押えとの関係に係る判例学説の動向も(6)、基盤を同じくするものと、いえよう。
最近、破産財団の予納法人税について、最高裁判所第三小法廷は、その財団債権性を制約する注目すべき判断(以下、「昭和62年最高裁判決」と略す。)を、昭和62年4月21日に示した(昭和59年《行ツ》第333号、民集 41巻3号329頁、判例時報1236号43頁、判例タイムズ639号107頁、訟務月報33巻10号2588貢)(7)
本稿では、租税債権の優先性について序論をのべ、あわせてこの判決を研究する。今後、租税債権の優先性についての研究を進めていきたい。

(1) 佐上武弘「租税優先権の沿革と外国制度」法律時報29巻9号43頁、吉国二郎・荒井勇・志場喜徳郎共編「国税徴収法 精解」 (以下「精解」と略。)4貢(第10版による。)本文に戻る

(2) 村井正「租税債権と私債権 − 租税債権の優先性を中心に − 」租税法研究第15号4頁。本文に戻る

(3) 精解第1章。本文に戻る

(4)  たとえば、谷口安平「判例からみた滞納処分と民事執行・倒産手続」租税法研究15号所収。本文に戻る

(5)  山田二郎「租税債権の倒産法上の取扱い」新実務民事訴訟法講座13巻265頁以下。とくに271頁。本文に戻る

(6) 参考文献は極めて多数にのぼる。たとえば、租税判例百選第2版188頁の小林資郎評釈。本文に戻る

(7) 本件の評釈として、水野忠恒・ジュリスト904号124頁、鈴木宏・ジュリスト昭和62年度重要判例解説136頁、 杉本正樹・税務弘報35巻13号275頁、武田昌輔・判例時報1256号184頁、四宮章夫・民商法雑誌98巻1号130頁および税務事例19巻10号24頁がある。
このほか、判例タイムズ639号107頁、判例時報1236号43頁、および訟務月報33巻10号2588頁の各解説。本文に戻る

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