庄司 範秋

国税庁直税部
資産税課


はじめに

 債権の担保手段として各種の担保制度がある。債権担保制度は保証人の資力(一般財産)をあてにする人的担保制度と専ら担保の目的物の経済的価値に着目した物的担保制度に大別されるが、人的担保制度である「保証」も終局的には従たる債務者である保証人の財産をあてにするという形で責任財産の拡張を図るところに意味がある。最近における銀行貸付をみると無担保貸付が約40%と年々増加しているものの、抵当権設定による貸付が約25%、保証にょる貸付が約27%となっており(昭和59・3・29日経新聞)、保証制度の重要性は少しも失われていない。
我が国における保証は、一種の気やすめとか、債務者に強く督促してもらうための手段として利用されることが多いといわれる。また、金融機関が中小企業に対して融資する際、事業の経営に責任を持たせるため経営者を保証人にすることも少なくないという。しかし、どのような理由によるものであれ、保証人は法的には主たる債務を担保すべき責任を負うことに変わりはない。最近の経済情勢をみても、企業の倒産件数は少なくなく、気やすめや事業経営に責任を持たせる意図で行った保証であっても、主たる債務者の資力喪失によって具体的な保証債務と化し、保証人はその履行のために個人財産の処分さえ余儀なくされることになる。
譲渡所得課税の本質について、「資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税する趣旨のもの」(最判昭43・10・31)と解されていることからすれば、このような場合であっても、譲渡所得の課税は免れ得ないところであるが、所得税法第64条第2項(以下本稿において「本条項」という。)は、「保証債務を履行するため資産(たな卸資産等を除く。以下同じ。)の譲渡があった場合において、その履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなったとき」は、その行使できない金額に対応する部分については、事業所得等の必要経費に算入される金額を除き、譲渡所得金額の計算上なかったものとみなす旨規定している。この規定は、昭和36年12月の税制調査会答申に基づき、資産損失制度の整備事項の一環として昭和37年に創設されたものであり、所得税法上、所得計算に関する通則に対する特例規定として定められている。
ところで、本条項の具体的な解釈及び適用については、保証債務という民法上の概念を用いていることもあって、課税実務上いくつか問題を残したものとなっている。まず、「保証債務の履行の範囲」について、その解釈を示した所得税基本通達64-4に含まれていない手形保証、隠れたる手形保証、あるいは、抵当物件の第三取得者の責任の履行があった場合等の本条項の適用の有無の問題がある。また、保証契約上の形式と実質とが異なる場合に、本条項の適用は形式と実質のいずれによるのかといった保証債務か否かの認定の問題も存する。次に、保証債務の履行と資産の譲渡との間にどの程度の因果関係が必要とされるかについては、これを厳格に解した場合と弾力的に解した場合とでは本条項の適用関係に差が生じるが、両者の因果関係が必ずしも明確にされているとはいい難いし、譲渡者の譲渡目的たる内心の意思は他人の知り得るところではないことから、保証債務の履行のための資産の譲渡であるか否かを識別する客観的な基準も要請されよう。さらに、「求償権」の発生及び消滅に至っては、全く民法上の解釈の問題であるが、本条項の「保証債務の履行の範囲」には、連帯債務などの民法上の保証債務ではないものを含むとされているので、求償権の解釈も一様にはいかなくなる。保証債務と連帯債務の求償権とでは根拠その他の点で大きな差異があることから、特に、連帯債務者の対内関係となる合名会社等の無限責任社員間の求償関係をめぐり、本条項の適用においても、私法上の解釈がそのまま妥当するか否かが論議されている状況にある。同時に、この求償権算定の基礎となる「負担部分」についても、私法上は、当事者間の内部関係に属し、その変更も自由とされているのであるが、本条項の適用上は、負担部分を確定的に判定する時期が問題となっている。また本条項の究極的な適用要件は、「求償権の全部又は一部を行使することができないこととなった」事実の発生である。保証は、保証人と債務者との人的なつながりが強固な場合に行われるのが通常であり、とりわけ親族間や、会社とその経営者といった関係がその典型といわれることから、求償権の行使の可否の判断基準が重要な問題となる。
本稿は、これらの課税実務上の問題点の解釈を主眼として、本条項の適用要件全般についての体系的な考察を試みたものである。本稿が取り組んだ領域については、断片的にではあるが、従来から多くの論説が存在する。本条項特有の解釈範囲の広さに基因するものであろうが、本条項の適用要件のボーダーライン上の事例が増加していることもその背景にあるのではなかろうか。
最後に、本稿の構成について簡単に触れておきたい。まず、第1章には、本条項の解釈の前提となる立法の趣旨を明確にするため、当時の税制調査会の答申や立法化前における課税実務上の取扱い及び裁判例から、保証債務の履行に係る求償権損失の性格と立法の経緯をさぐるとともに、若干課税所得概念論からの考察をも含め、、本条項の意義についての一般的考察を配した。第2章では、保証債務は民法の分野において用いられている用語であるので、本条項の解釈に必要な範囲内で民法上の意味内容せとりまとめでみた。したがって、第3章以下に、前述した問題点の考察として、本条項の保証債務の解釈(3章)、保証債務の履行と資産の譲渡との因果関係(4章)、求償権とその行使(5章)といった、いわば各論部分を配したものである。

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