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岡本 勝秀

東京国税局
直税部所得税課


序論

第1節 問題の所在

1 法人成りの問題

 我が国においては、会社は設立登記により容易に成立する。個人企業から法人組織に移行するいわゆる「法人成り」は、戦後の企業形態における顕著な現象の一つであると言われている。
法人成りの主要な原因の一つは、税負担の軽減にある。つまり、法人形態で事業を行うことにより、1家族間で所得の分散を図り、累進税率の緩和を行うことができ、また、2利益を内部留保して法人税率と所得税率の差額を軽減することができる。
しかし、法人成り自体は租税回避とは言えないであろう。租税回避とは、「私法上の選択可能性を利用し、私的経済取引プロパーの見地からは合理的理由がないのに、通常用いられない法形式を選択することによって、結果的には意図した経済目的ないし経済成果を実現しながら、通常用いられる法形式に対応する課税要件の充足を免れ、もって税負担を減少させあるいは排除すること(1)」を言うものとされ、仮に税負担の軽減を図る目的をもって法人成りしたと しても、税法が予定していない異常な行為とは言えないからである。

2 支配芸能法人等の問題

 芸能人やプロスポーツ選手も他の業種と同様に法人成りが目止つ。しかし、同じ法人成りであっても、芸能人やプロスポーツ選手個有の業務は、他の業種の場合と異なり、そもそも法人の業務になじむのかという疑問を持つ。
芸能法人の中には、多数の芸能人を抱える大手プロダクションがあるが、このようなプロダクションは正に法人として活動している。
しかし、芸能人が一人しかおらず、その芸能人等が法人の役員等となっているようないわゆる一人芸能法人等は、1法人設立が主として税負担の軽減のために利用されていること、2代替性のない個人の人気・個性が反映する報酬を法人に帰属させていること、3芸能人等が法人の実質的支配者で、その出演料等が法人の主たる収入となっていることを考えると、他の業種の法人成りとは異なる不自然さを感ずる。
私は、芸能人等の業務に関して法人業務としてできるのは、芸能人等のマネージメント業務に限られ、その範囲において法人は所得を享受すべきではないかと考えている。
そこで、本稿においては、「芸能人(プロスポーツ選手を含む。)又はその親族が役員又は出資者となって支配する同族会社」を「支配芸能法人等」と呼ぶことにし、この支配芸能法人等を設立することによって所得分割を行い、税負担の軽減を図っている事例について、現行制度上対処すべき方法を考察するものである(2)
なお、会計検査院も芸能法人に関して、「節税手段をもたないサラリーマンに比べ、著しく公平を欠く」と指摘しているところである。
一人法人とは、通常、ある特定の者が実質上その法人の全株式を所有しており、その法人を支配している状態をいうものと思われる。
しかし、私は、支配芸能法人等の概念は、一人法人よりももっと広い概念として考え、日米租税条約でいういわゆる「ワンマンカンパニー」のようなものを想定している。
すなわち、日米租税条約第18条第3項は、芸能人、プロスポーツ選手等のいわゆるワンマンカンパニーの場合には、形式的にはその芸能人等が使用人とされていても、同条第2項に規定する短期滞在者免税の規定の適用を排除し、源泉地国における課税の確保を措置したものである。ここでいうワンマンカンパニーとは、人的役務の提供を行う者がその雇用者である法人等の実質的な所有者であつて、その実質的な所有者の人的役務が源泉地国で取得する法人等の所得の50%以上となっている場合の法人を意味する(3)
なお、上記の実質的な所有者の範囲は、本人及びその親族等がその法人等の株式又は資産の25%以上の権利を有しているかどうかによって判定されている。

第2節 本稿の進め方等

1 芸能法人の課税問題

 芸能法人の課税問題を指摘した論文等には、次のようなものがある。

(1) 法人格否認の問題として考えているもの
税制調査会における議論の中でも、「いわゆる芸能人会社の中には、法人とはいってもそれがたんなる仮装にすぎず、その法人の事業も特定の芸能人の役務の提供のみであるというような会社がみられるが、このような会社を税法上通常の法人と同様に取り扱うことが租税負担公平の見地から妥当であるかどうか」が問題とされ、「上記のような芸能人会社等で、法人としての実体を持たず、それがたんなる仮装にすぎないものについては、これを税法上否認すべきであるという意見が強かった(4)」と述べている。
これは、立法的な解決として税法上法人格を否認する規定を設けることの議論であるが、立法的な解決ではなく、法人格否認の法理適用の問題として考え、「いわゆる芸能法人などの場合には、法人格そのものを否定しなければ個人に課税することができない場合もあるのではないかと思われるが、それは実質所得者課税の問題ではなく、むしろ法人格否認の法理一般の問題として考えるべきことではなかろうか(5)」とする論文(6)がある。

(2) 実質所得者課税の問題として考えているもの
芸能出演契約が法人であっても、その契約の性質をみると、その出演報酬の法律上の権利者は個人であることから、実質所得者課税の原則により芸能人個人の所得とすべきであるとする論文がある(7)

(3) 同族会社等の行為計算否認の問題として考えているもの
芸能法人の問題については、「元来法人の生み出す付加価値は、法人に対する役務の対価である報酬などの部分と法人の資本利益とに分かれるが、芸能法人の利益は、主として本来個人のパーソナルな力量に基づいて受ける報酬であるはずであるから、それが資本利益として法人に帰属する形をとるのがおかしい。(芸能人といっても、劇団、楽団等については団体として法人を組織し、法人に帰属する資本利益を考えることもできる。)このような場合には、同族会社の行為計算否認という形で処理すべきである。(8)」と指摘しているように、同族会社等の行為計算否認によって解決すべきでないかとの考え方がある。

2 本稿の進め方

 上記のように、芸能法人の課税問題を考える上で、法人格否認の法理、実質所得者課税の原則及び同族会社等の行為計算の否認の規定が足掛りとなる。
そこで、本稿は、まず1支配芸能法人の実態として、業務内容や契約形態、税負担軽減事例について検討し、次に2法人格否認の法理からの検討、3所得税法第12条(実質所得者課税の原則)からの検討、4同法第157条(同族会社等の行為又は計算の否認)からの検討を行い、現行制度上対応すべき方法を考えることとする。

〔注〕

(1) 金子宏「租税法<補正版>」105頁本文に戻る

(2) 昭和56年12月11日朝日新聞報道本文に戻る

(3) 五味雄治・小沢進「日米租税条約逐条別解説」79頁参照本文に戻る

(4) 昭和36年7月5日「国税通則法の制定に関する税制調査会の第二次答申及び答申の説明」15頁本文に戻る

(5) 川村俊雄「課税物件の帰属(1)−実質所得者課税の原則の意義−」別冊ジュリスト79号(昭和58年3月)租税判例百選(第2版)55頁本文に戻る

(6) 同様に法人格否認の法理の問題としている論文には、石橋治男「法人格否認についての若干の考察−法人格否認の法理の私法上の適用と租税法への適用についてー」(昭和56年度税務大学校研究科論文集第5分冊)がある。本文に戻る

(7) 中野百々造「芸能法人と実質所得者課税の原則」昭和45年度税務大学校研究科論文集第11分冊本文に戻る

(8) 植松守雄「税法上の実質主義について(統)」税経通信23巻11号(昭和43年10月)164・165頁。塩崎潤ほか「所得税法の理論」187・188頁本文に戻る

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