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青柳 達朗

大蔵省理財局
管理課総務係長


1.はじめに

1 問題の所在

 租税訴訟ないし税務訴訟といわれるもののうちで、中心をなしているのは、所得の認定を争う訴訟である。現行制度上は、所得の認定を争う訴訟は課税処分取消訴訟として、抗告訴訟の形態をとっている(1)。そして、この課税処分取消訴訟イコール所得の認定を争う訴訟を、狭義の税務訴訟と言うことが多い。本稿では、税務訴訟とは、所得の認定を争う訴訟を指すものとする。
税務訴訟においては、その特質に応じた理論構成が求められている。現在、最もそれが要請されているのは、証拠法の分野、特に証明責任についてである。租税法領域の特殊性から生起する証拠の偏在と、それによる課税庁の不利益をどのように正義と衡平の観点から是正していくのか。そのような問題意識から、本稿は出発している。
以下では、租税法領域の特殊性を分析し、そのうえで、証明責任論の新たな潮流とそれがどのように結合するのかを考察したい。

2 税務訴訟の本質

(1)  税務訴訟の本質について、現在の通説的見解は、民事訴訟上の債務不存在確認訴訟とパラレルに把え、租税債務不存在確認的な訴訟として構成し、訴訟の対象となるのは更正決定等で確定されている所得額の存否である、としている(2)
訴訟法上は、抗告訴訟の形態をとっているにも拘わらず、比較的初期の段階から、このように構成されてきたのは、訴訟の対象である課税処分の適否は、係争年度中の原告の客観的租税債務(いわゆる抽象的租税債務)と課税処分によって発生した租税債務(いわゆる具体的租税債務)とを対比することによってのみ判断され得るものと理解され、審理の重点が、抽象的租税債務の発生要件である係争年度中の原告の客観的所得額の確定におかれていたこと、に起因すると考えられる(3)(4)(5)
証明責任の所在についても、これらの通説的見解に基づけば、原則として、課税庁が負担することになる(6)(7)

(2) これらの通説的見解に対して、白石健三氏は、「所得の実額の存否ということが訴訟の対象となり、所得実額の存在について被告側が主張立証の責任を負うと考えることは正当でなく、訴訟の対象となるものは、むしろ、所得の推計方法(認定の仕方、あるいは認定方法)の合理性の有無ということであるべきであり、被告が主張立証責任を負うのは、所得の認定方法の合理性についてであると考えねばならない」と述べておられる(8)
この見解の背後には、厳密な意味での所得実額の確定は、観念的には可能であるといっても現実にはほとんど不可能である、という判断がある(9)
租税法領域の特殊性を踏まえた見解であり、訴訟物についての議論は別として、以下での検討に際して、基本的視点を提供するものである(10)

3 税務訴訟における証明責任

(1) 証明責任(挙証責任・立証責任ともいう)とは、訴訟において裁判所がある事実の存否につきそのいずれとも確定できない場合(真偽不明、non liquet)に、その結果として、判決において、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生または不発生が認められないことになる当事者の一方の危険またほ不利益である(民訴講義322頁)。
証明責任は、自由心証主義の働きの尽きたところでのみ機能する。この意味での証明責任の分配の法則は、抽象的かつ一義的に定まっているはずであり、個別訴訟の発展状態に応じて転換・移動するものではない、とされている。

(2) 証明責任は、もともと民事訴訟法上の概念として形成されたものであるが、行政訴訟においても認められている。そして、行政訴訟においても民事訴訟における同様の証明責任分配の原則が妥当するものとして、法律要件分類説に従って証明責任が分配されるべきである、というのが多数説である(11)
税務訴訟においても、法律要件分類説の適用ないし準用説が、通説とされている(12)
  法律要件分類説をとる論者は、税務訴訟における証明責任について、次のように説明する。すなわち、税務訴訟の本質を租税債務不存在確認訴訟と観念し、通常の民事訴訟である債務不存在確認訴訟と同様に、租税債権の存在を主張する課税庁が証明責任を負う(13)、と説くか、あるいは、税法は一定の要件を具備するときは、課税庁に課税処分の権能を与えているから、その規定の法律効果を主張する者は、その規定の要件事実について証明責任を負う(14)、としている。

(3) 学説の大多数は、以上のように、税務訴訟においては課税庁が証明責任を負担する、としているが、判例も「所得の存在およびその金額について決定庁が立証責任を負うことは、いうまでもないところである」 (最判昭38・3・3税資37号171頁)と判示したものを代表として、課税庁に証明責任があるとするのが、判例の主流となっている。(15)

4 証明責任分配基準の現状

(1) 課税標準となるべき所得(課税所得)は、所得税については一定期間(年分)における総収入金額から必要経費を控除した金額(所得税法23条以下)、また、法人税については一定事業年度における益金から損金を控除した金額(法人税法21条、22条)とされている。
そこで、証明責任の対象となる主要事実は、課税所得そのものか、それともこれを組成する収入、必要経費等かが問題となる。通説的見解は、所得金額は計算の結果であって具体的事実ではないから、個々の所得の発生原因たる収入、必要経費、収益、費用等が主要事実であるとしている。(16)

(2) その場合、収入や収益について課税庁が証明責任を負う点については争いはないが、必要経費や費用については議論がある。判例にも「必要経費の主張立証責任は納税義務者たる原告にあるものと解すべきである」 (名古屋地判昭38・2・19行集第14巻2号165頁)とするものがあるが、裁判例の多くは、所得の存在について課税庁に証明責任がある以上、必要経費等についても課税庁が証明責任を負う、としている(17)。そのうえで、事実の性質にかんがみ、課税庁の負担の軽減を図っている、と理解されている(18)

(3) 実額課税の場合には、以上のようであるが、推計課税にあっては、推計の適法要件である推計の合理性について、課税庁に証明責任がある(19)
そして、推計課税と実額課税とは所得計算の認定方法の差にすぎない、と考えるならば、「推計の合理性を基礎づける事実は、実額課税における個々の所得発生原因事実に相当するものとして主要事実を構成する(20)」と解される(21)


(1) 広義の租税訴訟について、金子教授は訴訟形式等を基準として、(イ)取消訴訟、(ロ)無効確認訴訟、(ハ)争点訴訟、(ニ)不作為の違法確認の訴え、(ホ)過誤納金還付請求訴訟、(ヘ)国家賠償請求訴訟、の6つに分顕している(金子宏「租税法」464頁)。本文に戻る

(2) 講座3巻317頁(松沢智)、杉本良吉「裁判の今日的課題(行政事件訴訟)」判例時報465号7頁、「税務訴訟における諸問題」司法研修所論集1968年3号119貢以下(石崎発言)本文に戻る

(3) 現在の多数説は、訴訟物については、一般の行政訴訟と同様に処分の違法性一般としている。緒方節郎「課税処分取消訴訟の訴訟物」実務民訴9巻3頁。しかし、課税処分の適否は、所得実額の存否に係るということを否定していない。本文に戻る

(4)  杉本・前掲7頁は、課税処分取消訴訟において審理の対象となるのは課税処分の当否ではなく、原告の主張する具体的違法事由の成否それ自体である、とする。本文に戻る

(5)  町田顕「税法事件の審理について」判例タイムズ201号174頁。本文に戻る

(6) 講座3巻327頁(松沢智)、南博方編注釈行政事件訴訟法84頁(高林克己)。本文に戻る

(7) 審理の対象を、処分の具体的違法性と解する立場からは、原告に有利な事実については原告に、原告に不利益な事実については被告課税庁にそれぞれ立証責任がある、とされる(杉本・前掲8頁)。本文に戻る

(8) 白石健三「税務訴訟の特質」税理7巻12号8頁。本文に戻る

(9) 白石氏は、所得実額というものが客観的に決まっているという仮説、それが訴訟の対象となり、それが訴訟で確定できるのだという仮説を信じない、合理的な認定方法、推計の仕方ということと不可分でしか所得額は決まらない、といわれる(白石健三外・行政事件訴訟の審理をめぐる実務上の諸問題・研究会(6)・判例タイムズ175号35頁)。本文に戻る

(10) 緒方・前掲9頁は、所得の認定そのものが行政手続に当たるか疑問とした上で、かりに認定方法そのものが独立の違法原因であるとしても、処分の遵法一般のなかの一つの違法事由に過ぎず、訴訟物はやはり違法一般というべきである、としている。また、村井正教授も、実額把握の困難性ということから、訴訟物を別異に構成する契機を引きだすべきではない、といわれる(村井正「税法上の抗告訴訟の訴訟物」税法学200号112頁)。本文に戻る

(11) 滝川叡一「行政訴訟における立証責任」岩松還暦記念論文集訴訟と裁判484頁以下、斉藤秀夫「税務訴訟の立証責任と適法性の推定」同上539-40頁、村上博巳「証明責任の研究」320-1頁等。本文に戻る

(12) (11)に掲げたもの以外に、講座3巻327-8頁(松沢智)、紙浦健二「税務訴訟における立証責任と立証の必要性の程度−課税処分取消訴訟を中心として」判例タイムズ315号41頁等。本文に戻る

(13) 講座3巻327頁(松沢智)。本文に戻る

(14) 村上・前掲353頁。本文に戻る

(15) 秋田地判昭27・4・10行集3巻3号512頁、福岡地判昭29・12・20行集1巻追録1894頁、東京地判昭35・3・17行集11巻3号598頁、その他。本文に戻る

(16) 佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」新実務民訴10巻67頁、講座3巻332頁(松沢智)、高須要子「課税訴訟における主要事実」税務弘報30巻13号153頁。村上・前掲355頁は課税総所得金額が主要事実だとしている。本文に戻る

(17) 徳島地判昭33・3・27行集9巻3号433頁、熊本地判昭33・6・19行集9巻6号1149頁、大阪地判昭48・9・6税資71号98頁、高松地判昭50・7・1税資82号230頁。本文に戻る

(18) 佐藤・前掲78頁。本文に戻る

(19) 佐藤・前掲78頁、村上・前掲358頁。本文に戻る

(20) 佐藤・前掲68頁。本文に戻る

(21) 松沢教授は、推計課税における主要事実は推計された所得の存否のみで、推計過程を組成する事実はすべて間接事実にすぎないとの見解をとっている(講座3巻331頁以下)。本文に戻る

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