藤田 良一

税務大学校
研究部教授


はじめに

 所得税の納税義務者である個人の経済活動には、所得の稼得を目的とする経済活動のほかに、所得の消費主体の経済活動があるところから、その保有する資産には、所得の稼得の基因となり、あるいは所得の稼得過程において生じた資産がある一方、他方においては所得の稼得とは関係のない消費生活上保有する資産があるなど、個人の資産は極めてバラエティに富んでいる。しかも、個人の保有するこのような資産のなかには、その用途において固定的なものも少なくはないが、その所有者の自由な意思のもとに、その用途を任意に転換し得る流動的なものが数多くあり、ある時点においては所得の稼得の基因となっていた資産が他の時点においては所得の稼得とは無縁のものとなる場合があり、あるいはこの逆の場合も生ずる。さらに、個人の保有する資産のなかには、いわゆる趣味と実益を兼ねて保有する資産のように、所得の稼得の基因となると同時に、趣味、娯楽等の目的となっている資産があるほか、所得の稼得主体として有している資産なのか、消費主体として有している資産なのかの色分けをすることの困難な資産もみられる。
ところで、現行の所得税法は、個人が保有するこのような多種多様な資産について損失が生じた場合には、その損失のうち特定の資産損失のみをその個人の所得税の課税面に反映させて所得税の負担の軽減免除を図る各種の制度を設けているが、これらの資産損失に関する制度は、資産の種類ないしその利用形態、損失の発生原因などに応じ、極めて多岐にわたっている。
本稿は、このように多岐にわたる現行の資産損失に関する制度全般について、その構造分析を行うとともに、その沿革をたどりながらその変遷の過程を明らかにし、資産損失に関する現行諸制度の所得税法上の位置づけとその問題点について若干の考察を加えようとするものである。
なお、国税通則法、災害被害者に対する租税の減免、徴収猶予等に関する法律は、災害被害者等が納付すべき所得税の納付に関する特例措置を定めているが、本稿においては、この納付面の特例措置については触れない。

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。

論叢本文(PDF)・・・・・・3.93MB