荒川 浩平

税務大学校
研究部教授


はじめに

 税制のしくみのなかで、所得を課税標準とする租税が応能負担に適した最も理想的な租税と言れている。ところが、一定期間の所得ほど把握しにくいものはない。つまり、その要件事実の認定資料が納税者側に存在し、納税者自身の裁量によって第一次的に確定されるために必ずしも適正、かつ公平な租税の負担が期待しがたいところがある。現実に、税務官庁の収集する課税資料は、一事業年度又は暦年におけるごくわずかの資料であって、そのために、一般に言われている10・5・3とか、9・6・4といった把握力に起因した課税の不公平の問題が生じやすいのである。これを放置すると課税の適正・公平を欠き、結果的に納税思想の低下をもたらす。
不公平税制の是正をはかるため利子・配当所得の総合課税移行が可能になる条件を整備する目的から、昭和53年9月、国税庁は金融資産の本人確認並びに利子・配当所得の一人別名寄せ、つまり、把握力を高める必要性から納税者番号制を税制調査会に提案した。
ところが、日ごろ不公平是正を要求していた識者の一部から個人のプライバシーが侵害されるから反対するという意見が聞かれる。
そこで、アメリカで生成・発展したといわれているプライバシーの概念とは何かということ、さらに、税務官庁の課税資料収集制度並びに質問検査権とのかかわり合いはどのように解すべきであるのか、税務行政の公益性との調整はどうあるべきなのか等多くの疑問が生じた。本稿ではプライバシーの概念を多角的な面から考察するために、プライバシーの概念とその形成過程を検討し、これを公的機関がどのように保護してきたのか、そして現在どのように解され、保護されているのか考察することとした。さらに、プライバシーの権利と税務調査との調整については、その権利を侵害する主体並びに客体についてまづ検討し、現行法上の調整等から考察するのが本稿の目的である。

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