(注1)


野村 昌夫

税務大学校
研究部教授


序論

 オイル・ショック後における、いわゆる減速経済の影響から昭和50年度以降租税収入の減少による歳入欠陥が見込まれ、国債依存度は飛躍的に増加傾向を示し、昭和50年度は25.3%、それ以後毎年度、赤字国債を含む国債の増発が続き、54年度はついに国債発行総額15兆2700億円(うち赤字国債8兆550億円)となった。
このように、深刻な財政危磯の現状から、国民は増税か歳出圧縮かの選択の問題を迫まられることになった。
現状における歳出合理化も限度があり、また、「国債という借金のツケが後世代に回される」とする世代間の公平の問題等から、財政再建のためには、国、地方を通じ、既存の制度、既定経費の徹底した見直しにより歳出の節減合理化を図るとともに、歳入面においても積極的に税収を図ることが必要とされている(注1)
このような実情から、一般的な税負担の引上げを求める方策として、中期答申の提言(注2)を受け、昭和53年9月、一般消費税の試案が公表されたが、同試案公表以後その導入をめぐっての議論が激化してきた。
その議論の中で、まず新税導入の前になすべきことは、不公平税制の是正や歳出の節減合理化が不十分であるとし、特に不公平税制の問題について厳しい意見が大勢を占めてきた。
税制調査会並びに大蔵省も、不公平税制の是正による税負担の公平確保については、税制及び執行面の両面から問題をとらえ、まず不公平税制のシンボルとされる医師優遇税制の是正(注3)と、利子・配当分離課税の総合課税への移行が検討された。特に、利子・配当所得については現行の課税の特例の適用期限が55年末までとされているが、総合課税への移行に伴う問題として所得の把握が完全に可能かどうかが現実の問題として提起されている。
現行法上、利子・配当等については、所得税法第225条において、その支払者に対し支払調書の提出を義務づけているが、利子・配当等の源泉分離課税を廃止し総合課税の実施に踏み切った場合、支払調書の提出枚数が相当の枚数となることは明らかである。
これらの資料を、短期間に「名寄せ」し、適正な課税を行うためには、現在の税務体制では不可能に近い。
そこで、国税庁は、利子・配当所得の適正な把握のため「納税者番号制度」を導入し、これらの資料をコンピューターで管理することを目的とする試案を発表した。
本稿は、この議論の対象となっている利子・配当等の適正な課税につき、税務行政の執行面における問題点を踏まえつつ、「納税者番号制」の導入について論じることとした。
まず、第一章において、納税者番号制導入の背景をさぐり、第二章は、利子・配当等について永年分離課税を採用した沿革を概観し、第三章では、タックス・イロージョンの問題、第四章で、現行法下の支払調書制度、第五章でアメリカの納税者番号制度を、そして第六章において納税者番号制度の導入の必然性とその問題点を整理することとした。
なお、納税者番号制度の導入をめぐるプライバシーの問題については、別稿(荒川浩平、プライバシーの権利と税務調査)に譲って、本稿では触れないことにした。

(注1) 昭和54年度の税制改正に関する答申一の1の(3)本文に戻る

(注2) 昭和52年10月4日「今後の税制のあり方についての答申」本文に戻る

(注3) 社会保険診療報酬の所得計算の特例については、昭和54年度税制改正において、社会保険診療報酬につき必要経費に算入する金額について、その収入金額の72パーセント相当額による特例を次のように改正した。本文に戻る


収入金額
2,500万円以下
2,500万円超3,000万円以下
3,000万円〃4000万円〃
4000万円〃5,000万円〃
5,000万円〃
72%
70%
62%
57%
52%

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