村上 泰治
税務大学校
教育官
税務統計資料(昭和50年分)によると、わが国において現在活動している法人数は1,211,036で、そのうち同族会社の数はなんと1,171,576その割合は96.7%という大きなものとなっている。この割合は、昭和25年頃からさしたる変化もなく推移してきている(注1)。
右の同族会社とは、株主等の3人以下並びにこれらと特殊の関係のある個人及び法人が有する株式の総数又は出資の金額の合計額がその会社の発行済株式の総数又は出資金額の100分の50以上に相当する会社をいうのであって、要するに特定人とその特殊関係者が資本の大半を有し、これらの者によってその会社の支配権が握られている会社をいうのである(注2)。
ところで、同族会社に対する法人税の課税に関しては、法人税法上次の2つの特別な規定が定められている。
その一は、同族会社の留保所得に対する課税に関する規定である。すなわち、現行の所得税法、法人税法は、法人に対する法人税の課税は法人の資本主の所得課税に対する前払的性格を有しているものとして、所得税及び法人税の課税の方式を統一的に構成しているので、法人が所得を社内に留保して分配しないでいる限り、資本主たる個人の所得に対する課税が留保されていることになる。同族会社は、非同族会社と異なり、特殊な関係を持つ少数の資本主がその法人を支配することから、利益の配当等の時期を延期し、又はある年度には全くその分配を行わないか又はごく少ない分配しか行わないことによって、法人税、所得税を通ずる総合負担を容易に操作することができることになる。このことは、超過累進税率による課税方式をとる個人所得税との関連において特に問題となるので、これに対処するため、同族会社が各事業年度の所得のうち不当に多額の留保をした場合に留保金額に対して、一回限り、その留保した年度において一定の率により附加的に課税することとしているのである(注3)。
その二は、同族会社の行為又は計算の否認規定である。すなわち、同族会社の行為又は計算で、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、その行為又は計算にかかわらず税務署長の認定によって課税標準等を計算することができるということである。
ところで、同族会社の行為計算の否認規定については、一般に、多数の資本主によって構成されている非同族会社の場合には、利害関係者相互の牽制が作用するため一部の資本主が会社の意思決定を任意に行う可能性は比較的少ないが同族会社の場合には会社の意思決定が一部の資本主の意図により左右されるので、租税回避行為を容易になし得るところから、これを是正し、負担の適正化を図るためのものであると説明されている。
同族会社の行為計算の否認規定の趣旨に関する裁判例では、非同族会社では容易になし得ないような行為、計算を否認し得る権限を認めたもの(昭35.5.17広島地裁、税務訴訟資料33号681号)又は租税負担の公平を期するため、同族会社であるが故に租税負担を免れるような行為、計算を是正するもの(昭32.12.23東京地裁、税務訴訟資料26号1248頁)と判示しているものと、同族会社はその性格上租税回避行為が容易に行われるので、同族会社に対する課税を円滑かつ適切に行うために設けられたもので、この規定を根拠に、具体的な構成要件の範囲を超えて安易に私人間の行為、計算の否認が許されるものではない(昭44.4.5名古屋地裁、税務訴訟資料56号495頁)とする型のものがある。
同族会社の行為計算否認の規定の趣旨を前記のいずれに解するかは、法人税法の解釈適用上は極めて重要な意義をもつものといえよう。
今日の租税法律主義を過度に重視する結果、一般に、法人の租税回避行為については、特別に実定法としての規定がない限りこれを否認することは許されないという意見や、また、同族会社の行為計算否認規定について、「法人税を不当に減少させる……」というような不確定概念による規定は違憲無効であるとする意見がある反面、租税法の解釈に当っては租税法律主義とともに租税負担の公平が実現されるようにしなければならないとの考え方のもとに、租税回避行為が行われている場合には、規定の有無にかかわらずこれを否認することができるのであり、法人税を不当に減少させるという概念も右の租税回避行為と同様に解すべきであるという意見がある。
同族会社の行為計算否認の規定も一般の法解釈の原理により、規定されているところにしたがい法規を客観的に解釈しなければならないことはいうまでもなく、その場合規定の創設及び改正の沿革、その立法趣旨、理由等が参酌されなければならないことは当然である。本稿は、この否認規定の制度の創設趣旨やその後の改正理由を裁判例や文献等をとおして整理し、検討し、その適正な解釈に資することを目的としたものである(注4)。
(注1) 国税庁総務課編「税務統計から見た法人企業の実態(昭和52年3月)」の同族会社等の状況(165頁)では次のようになっている。
資本金 階級別 |
活動中の 法人数 |
同非区分 | |||
同族会社 | 非同族会社 | ||||
留保金課税 の対象会社 |
非同族の 同族会社 |
計 | |||
100万円未満 100万円以上 500万円 〃 1,000万円 〃 5,000万円 〃 1億円 〃 10億円 〃 50億円 〃 100億円 〃 計 |
246,568 634,647 158,568 148,047 10,124 11,189 1,436 231 226 1,211,036 |
241,654 614,533 147,510 125,251 5,046 3,590 78 3 3 1,137,668 |
1,115 7,385 4,537 12,122 3,305 4,779 582 59 24 33,908 |
242,769 621,918 152,047 137,373 8,351 8,369 660 62 27 1,171,576 |
3,799 12,729 6,521 10,674 1,773 2,820 776 169 199 39,460 |
構成比 100万円未満 100万円以上 500万円 〃 1,000万円 〃 5,000万円 〃 1億円 〃 10億円 〃 50億円 〃 100億円 〃 計 |
% |
% 98.0 96.8 93.0 84.6 49.8 32.1 5.4 1.3 1.3 93.9 |
% 0.5 1.2 2.9 8.2 32.6 42.7 40.5 25.5 10.6 2.8 |
% 98.5 98.0 95.9 92.8 82.4 74.8 45.9 26.8 11.9 96.7 |
% 1.5 2.0 4.1 7.2 17.6 25.2 54.1 73.2 88.1 3.3 |
なお、G・H・Q(経済科学局調査計画課)の調査によると昭和24年3月末日現在のわが国の普通法人数は305,502法人でその内同族会社は7・8割以上を占めているといわれている。(栗原一平著「税の実務(昭和26年版)」(昭和26年8月)323頁参照)本文に戻る
(注2) 税法において「同族会社」の意義が規定されたのは大正15年のことであるが、その実質規定は、大正12年の改正で所得税法に創設された過大留保所得に対するみなし配当課税(法第73条ノ2)の中にみられる。創設当初は株主等一人でその会社の持株割合が50%以上となる会社とされていたが、その後次のような改正を経て今日に至っている。
(1) 昭和25年の改正では、これまでの単数2分の1が複数制に改正された。つまり、株主等1人(その同族関係者を含む。以下同じ。)で30%以上、2人で40%以上、3人で50%以上、4人で60%以上、5人で70%以上の持株割合となる会社とされた。
(2) 昭和29年の改正では、株主等3人以下で50%以上、4人で60%以上、5人で70%以上の持株割合となる会社とされた。
(3) 昭和45年の改正では、株主等3人以下で50%以上の持株割合となる会社とされ、この規定は現行法となっている。本文に戻る
(注3) 同族会社に対し特別の税率により課税する制度は、大正9年に創設された。しかし、課税方法は必ずしも一貫してきたものではない。当初においては一定の保全会社、同族会社については、その資本に対する一定割合を超えた留保額について、それが各株主に分配されたものとして課税を行う方法が採られたことがあり、また資本の一定額を超える留保について特別の加算税率を用いたこともある。昭和36年度の税制改正により同族会社の留保金課税は、各事業年度の所得のうち留保した金額に対する課税に改められて、その留保の金額の高に応じて累進税率により課することとし、現在におよんでいる。本文に戻る
(注4) 同族会社の行為又は計算の否認は、法人税法第132条の規定のほか次の各税法に法人税法と大体同様の内容でそれぞれ規定が設けられている。
所得税法第157条
相続税法第64条
地方税法第72条の43
なお、大正15年にこれまでの営業税に代って創設された営業収益税についても同族会社の行為又は計算の否認規定が適用されることになっていた。
営業収益税法第27条 所得税税法第73条ノ2ノ規定ハ純益金額ノ計算ニ付之ヲ準用スル本文に戻る
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