(注2)


堺澤 良

税務大学校
研究部教授


はじめに

 租税法律関係は、課税権者たる国とその対立関係にある納税者との間における相互関係を意味し、もとより公法たる租税法の支配する関係であって、その内容は、国と納税者との契約によって成立するものではなく、租税法自体が設定している関係といえる。
およそ、租税法律関係の基本的な性格をみるに当っては、国が納税者に対して、租税としての金銭給付を請求する関係であるとする点を正面にすえて理解する必要がある。そして、租税法の解釈及び適用を中心とする法技術的、実践的な観点からこれをみると、租税法は、租税実体法と租税手続法から成り立っているが、このうち、租税実体法の分野では、民商法等私的取引法と境を接し、また租税手続法の分野では、行政法ないしは私法と深いかかわりをもっている。その結果、前者では、納税者が国に対して負担すべき租税債務額の算定に当たり、いかなる内容のものをどの範囲で取り込むべきかという私法的な取引行為を前提とした課税要件論が正面に位置することは明らかであるから、その意味から私法上の法理が強く作用する結果となることは避けられない。また、後者にあっては、租税実体法により規律された租税債務額につき、その成立、確定及び履行の手続関係に属するものであるから、行政法や私法の一般理論の体系のなかで、その概念や理論が密接なかかわりをもつことになろう。
もっとも、租税法律関係をどのようにとらえるかについて、ドイツでは、それを権力関係とする「租税権力関係説」と、債務関係とする「租税債務関係説」との対立があるとされている。そして、前者は、伝統的な行政法学の立場からの見方であり、また、後者は、独立した法分野としての租税法学の立場を代表するものと意義づけられている(注1)。思うに、このような論争が原理論として展開され、それが租税法律関係全体をどのようには握するかという見方に関するのであれば、その意義少しとしないけれども、具体的な法の解釈適用という技術面からのアプローチとしては、租税法律関係のなかに、行政の優越的関係が存在することは事実であるし、また、国と国民との間の債務関係であることも否定しえないところである(注2)。租税法律関係がこのような二つの側面を併せ有することを否定しえない以上(もっとも、この点も、その評価として問題の存するところではあろうが)このような角度から検討すべき利益ないし必要性が大きいとは考えられない。したがって、今この両説についての検討は差控えることとしたい。
ところで、最近租税事件の数は著しく増加し、その解決を要する多くの法理論及び解釈論の問題が、次々と提起されており、とりわけ、租税手続法に係る事例が、適正手続の保障の確固たる傾向と相まって、行政手続上の重要な論点を誘発しつつあり(注3)、法曹界の注目をあつめている現状である。
そこで、本稿では、租税手続の形成過程を通して私法関係の適用の有無、その範囲及び程度を探ることを目的とし、また、検討の方法は、この種の事項を取り上げた判決を手がかりとした。このような検討を通して、租税法律関係への私法規定の介入の程度等を明らかにすることになり、他面この関係の行政法上の位置づけが明瞭となるであろうし、また行政法上の理論との特殊性の存否も自ら明らかになると考えたからである。右のような意図のものに、信義則・禁反言、納税申告と錯誤、表見代理、租税法律関係と民法177条、及び不当利得について検討を加えることとした。

(注1) ドイツにおける租税法律関係の性質に関する論争について概観する。
租税権力関係説は、オットマイヤーとオトマールビューラに代表されるものであり、租税債務関係説は、アルベルトへンゼルに代表されるものである。これによれば、租税債務関係説は、租税法律関係の中核は、租税実体法関係であり、租税債務は、法律の定めるところにより課税要件の充足により発生し、国と納税者との間に成立するのであり、租税法のもとでは両者は対等の関係に立つというものである。これに対して租税権力関係説は、租税手続法であれ租税実体法であれ、国が租税債権の主体たる地位に自力執行権を有する点で国の決定的な優越性を有し、総体として国と納税者との間は権力関係とするにふさわしいというものである(須貝脩一「租税債務関係理論とその展開」、金子宏「租税法学の体系」 公法研究34号251頁、田中二郎「租税法」127頁、北野弘久「租税法律関係の性質」税法学の基本問題37頁)。
両学説の特質をあげると、1権力関係説は、租税法律関係を権力関係であるとみるのに対し、債務関係説は、公法上の関係ではあるけれども、私法上の債権債務関係と類似の性質を持つ関係とみる。2国の納税者に対する関係につき、権力関係説は、優越的地位にあることを強調するのに対し、債務関係説は、対等性を強調する。3租税法律関係における行政行為につき、権力関係説は、その重要性を強調するのに対し、債務関係説は、重要性を否定する。4租税法律関係を租税実体法関係と租税手続法関係とに区分することにつき、債務関係説は、その区分を肯定し、かつ、租税実体法関係を基本的な関係として重視するのに対し、権力関係説は、そのような区分に消極的であり、かつ、租税実体法関係の重要性を否定する。5納税者の権利救済手続の存在につき、権力関係説は、租税法律関係を一方的な命令服従の関係としてとらえるが故に、右手続の存在を重視しないのに対し、債務関係説は、租税法律関係における国と納税者との対等性を強調するが故に、右手続の存在を重視する、という点にある(清永敬次「租税法律関係の性質」ジュリスト別冊4号・続学説展望54頁)。本文に戻る

(注2)清永敬次「前掲書」55頁 本文に戻る

(注3)金子宏「前掲書」260頁 本文に戻る

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