(注1)


浅田 久治郎

税務大学校
研究部教授


序説

(一) 本稿の目的
租税法において私法と同一の用語が用いられている場合に、その用語の意義−いわゆる「借用概念」(注1)の意義−を私法におけるそれと同一に解すべきかどうかが問題とされる(注2)。この点について、基本的な立場として同一に解すべきだとの見解を採ったとしても、常に、全く同一に解釈することにはならず、租税法の趣旨目的などから私法上のそれとは異なる解釈をすべき例外の場合がある。従って、問題の焦点は、どのような場合に、どのように、私法上のそれを修正して解釈できるかであろう。
本稿は、国税徴収法(以下「徴収法」という。)第34条の清算人等の第二次納税義務における借用概念について、裁判例の検討を通じて、どのように解すべきかを考察しようとするものである。
(二) 徴収法第34条の趣旨と借用概念
一般に、違法な残余財産の分配が行われたときは、受益者が返還義務を負う(注3)ほか、清算人も損害賠償責任を負う(注4)。徴収法第34条は、この趣旨をとり入れて、受益者及び清算人に第二次納税義務を負わせることにより、国税徴収の迅速・適切な確保を図ろうとするものと解される。(注5)
具体的には、1法人が解散した場合において、2その法人の国税を納付しないで残余財産の分配(又は引渡し)をしたときは、3その法人に対して滞納処分をしても徴収すべき国税に不足すると認められるときに限り、4清算人及び残余財産の分配(又は引渡し)を受けた者に対して−一定の限度において−第二次納税義務を負わせることとされている。
本稿では、この第二次納税義務における「残余財産」、「分配(注6)」及び「解散」の三つの借用概念を考察の対象とする。
(三) 検討の対象とする裁判例
本稿で検討する裁判例は、次の5つである。
〔裁判例1〕 広島高裁(松江支部)昭和33・8・20判決<昭和32年(ネ)120号仮差押異議控訴・同附帯控訴事件>(国税庁編・第二次納税義務関係判例集38頁)
〔裁判例2〕 広島地裁昭和45・2・24判決<昭和42年(行ウ)22号第二次納税義務者としての法人税賦課処分取消請求事件>(国税庁編・前掲書353頁)
〔裁判例3〕 広島地裁昭和46・3・30判決<昭和38年(行)2号法人税審査決定取消等・(行)10号法人税納付決定取消等(併合)請求事件>(国税庁編・前掲書471頁、訟務月報17巻7号1174頁)
〔裁判例4〕 広島高裁昭和47・7・18判決>昭和45年(行コ)3号第二次納税義務者としての法人税賦課処分取消請求控訴事件>(国税庁編・前掲書538頁) 本判決は、裁判例?Uの控訴審判決である。
〔裁判例5〕 東京地裁昭和47・9・18判決<昭和45年(行ウ)76号第二次納税義務告知処分取消請求事件>(国税庁編・前掲書556頁、訟務月報18巻12号1908頁)

(注1) 新井隆一「実質課税の原則とその限界−固有概念と借用概念」租税法講座第1巻303頁では、「広義に租税法における『借用概念』とは、租税法以外の法の分野において、既に固定性を有している概念を、実定租税法においてそのまま用いている場合の概念、ということになる」とされている。本文に戻る

(注2) 借用概念の解釈はいわゆる課税法規において問題とされるが、第二次納税義務の法規においても同様であろう。この点を指摘するものに、西沢博「第二次納税義務制度における私法の借用概念」国税速報2670号4頁がある。本文に戻る

(注3) 例えば、商法第131条違反の分配があった場合には、「会社は分配を受けた各社員に対しその取戻を請求する権利を有する」(注釈会社法(1)487頁)とされている。本文に戻る

(注4) 例えば、商法第134条ノ2では、清算人がその任務を怠ったときは会社に対して損害賠償責任を負うほか、−悪意又は重過失があるときは−第三者に対しても損害賠償責任を負う旨規定している。本文に戻る

(注5) 吉国二郎ほか共編・国税徴収法精解<昭和49年改訂>426頁では、徴収法第34条の立法趣旨について次のとおり述べている。すなわち、違法は残余財産の分配につき清算人が損害賠償責任を負う旨の規定(商法134条ノ2等)のあることを述べたうえで、「租税債権については、これらの規定の趣旨とその特殊性から、これを納付せずに分配等が行れた場合には清算人又は残余財産の分配等を受けた者は、その悪意等を要件とせず、その法人の納税義務について、法律上当然に、直接、第二次納税義務を負うこととして、租税債権の迅速かつ適切な確保に資することとされている」とする。これは、清算人の責任を強調し過ぎるきらいがあり、受益者に対する措置をも含めて、本文で述べたように理解するのが妥当であろう。本文に戻る

(注6) 徴収法第34条では「分配又は引渡」と規定しているが、本稿では分配だけを取り上げる。なお、分配も引渡しも共に残余財産の処分であるが、その用語の使い分けの基準は明らかでない(拙稿「清算人等の第二次納税義務」国税速報2726号4頁参照)。本文に戻る

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