下村 慧

税務大学校
租税理論研究室助教授


はしがき

 法人税法は、法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、当該事業年度の原価、販売費、一般管理費等の費用及び資本等取引以外の取引に係る損失であるとし、更に、その損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算するものとしている(第22条3、4項)。
従って、法人の有する売掛金、貸付金その他の債権(以下、税務上の取扱いにおいて「貸金等」という。) の貸倒損失についても、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って処理することとなるが、貸金等が貸倒れとなったかどうかは、つまるところ債務者の弁済能力の判定の問題であるところから、専ら個々の事案の事実認定に委ねることとしている。そして、法人税基本通達は、次のようにその取扱いの一般的な基準を定めている(第9章第6節)。
すなわち、法人の有する貸金等について、法令に定める整理手続等によりその全部又は一部が法律的に消滅した場合には、法人がこれを貸倒れとして経理しているかどうかにかかわらず、その消滅した金額を損金に算入する。
また、貸金等が法律的に存在する場合であっても、債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額を回収できないことが明らかになったとき、又は売掛金等について、一定期間取引停止後弁済がない等の事情により、その貸金等が実質的に無価値となったときは、法人がこれを貸倒れとして損金経理した場合に限り、その損金算入を認めることとしている。
更に、債務者について一定の事実が生じた場合には、その貸金等の一部に相当する金額を債権償却特別勘定に繰り入れることにより、これを貸倒れとして損金算入を認めるほか、出版業を営む法人については、特定の売掛金のうち一定の金額を返品債権特別勘定に繰り入れた場合に、その金額を貸倒れとして損金に算入することとしている。
しかしながら、貸金等が法令に定める整理手続等により法律的に消滅した場合はともかく、法律的に存在している場合の貸倒れの判定については、実務上困難な問題を伴うことが多く、また、争訟事件として司法審査の対象となった事例も数多く見受けられるところである。本稿は、このような実情にかんがみ、貸倒れの判定をめぐって争われた訴訟事件の一部をとりあげ、判決の内容を検討したものである。
事例1
大阪地裁昭和44年5月24日判決(昭和40年行(ウ)第121号)
課税処分取消請求事件(税務訴訟資料56号707頁 行政事件裁判例集20巻5、6号675頁)
〔事実〕
]社(原告)は、昭和36年9月21日から昭和37年3月20日までの事業年度の法人税について、欠損金4,199,753円、法人税額を零円として確定申告をしたのに対し、Y税務署長(被告)より昭和40年3月31日付で所得金額を8,791,629円、法人税額を3,687,930円とする更正処分を受けた。]社は、右の更正処分を不服としてY税務署長に対し異議の申立てをしたところ、同年5月29日付で棄却され、更にO国税局長に対し審査の請求をしたが、同年8月31日付でこれを棄却する旨の裁決がなされた。
本件の更正処分は、]社が本件事業年度において、訴外A社に対する貸付債権11,102,679円、B社に対する前渡金7,087,859円につき、それぞれ10,000,000円及び5,000,000円を5年間たな上げする旨を契約し、そのたな上げ債権の合計額15,000,000円を債権償却特別勘定に繰り入れるとともに、その繰入額を貸倒れ損失として処理したところ、Y税務署長がこれを否認した結果なされたものである。]社は、右の貸倒れ処理について何ら否認されるべき理由がないから、本件の更正処分は違法であるとして、その取消しを求めて提訴したのが本件である。

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