下村 芳夫

税務大学校
租税理論研究室助教授


はじめに

 税法の解釈と適用は、税法の基本理念にそくして行なわれなければならない。税法の基本理念とは、税法が有する国家社会的機能とでもいうべきものであるが、その一つは、いうまでもなく、国家共同社会の福祉の実現をはかるために国家活動の源泉となる歳入を確保することである。税法における歳入の確保と、それが果すところの社会機能が、税法の基本理念の一つであることに異論をはさむ人はなかろう。この財政収入の確保にあたっては、いわゆる租税原則が考慮されなければならないのであるが、この租税原則は、税法の立法過程において、いわば立法に対する制約として機能する。なかでも、租税正義の原則、公平負担の原則は、ひとり財政学上の租税原則にとどまるものではなく、近代租税の本質とみるべきものであり、税法の定立過程において立法者を制約するばかりでなく、その解釈適用においても、租税法の基本理念の一つとして機能するものと考えられる。また、近代租税の本質をなす公平負担の原則は、憲法14条の 「法の下の平等」の租税法分野における適用をなすものとして、実定法上の根拠をもあわせ有するものといえよう。
租税法の基本理念の他の一つは、国民の私有財産権に対する侵害としての性質をもつ租税は、国民の総意の代表である国会が定めた法律によってのみ負担する、という、いわゆる租税法律主義の原則を確立するところにある。租税法律主義は、近代法治主義における租税法分野での表現であるが、国民代表による立法の原理と、国家の統治機構に関する権力分立制の確立とともに、憲法上「租税法律主義をとくに謳うことは、歴史的意味以上をもつものではなくなった(注1)」ともいえよう。しかし、租税法律主義については、その歴史的考察を通じて、現代的意義が究明されなければならないであろうし、また、現代の国民の経済生活に法的安定性と予測可能性を与えるものとして、その歴史的意味とともに、今日これが租税法の基本理念の一つをなすことに変りはない。
租税法の基本理念が租税法律主義と公平負担の原則であるとするならば、この基本理念が、税法の解釈と適用にあたっていかに機能するものであろうか。これが本稿でとりあげる問題である。
そこでまず第1に、租税法律主義と公平負担の原則が租税法の基本理念となされねばならない理由、および両目的の意義内容を明らかにし、次いで、この基本理念が、税法の解釈と適用にあたり、どのように考えられなければならないかについてのべることにする。特に、租税法律主義と公平負担の原則が税法の解釈と適用にあたっていかなる関係を有するか、その位置づけを明らかにし、両者の調和における税法の解釈原理に関する一議論を展開するものである。
次に租税法の二つの基本理念にそくした税法の解釈原理からみて、従来租税法律主義のみを唯一の税法の基本理念であるとする立場から提起されてきた諸問題、すなわち、「税法と私法との関係」、「実質課税の原則」、「疑わしき場合の解釈原理」、「税務通達について」、「信義誠実の原則」、「税法の不遡及効について」等をいかに考えるべきかについて述べることにする。
ただ、これらの租税法律主義をめぐる諸問題については、どの一つをとりあげてみても一つの論文として研究の対象となりうるものであり、その問題点の全てをこの小論でとりあげることは不可能であり、またその目的とするところでもない。本稿では、従来もっぱら租税法律主義を形式的、かつ厳格に解する立場から提起され、かつ主張されてきた上記の諸問題について、上述した租税法の解釈原理に関する一議論の見地からの検討を行なうことにする。検討の結果、結論を得られぬものについては、問題の提起にとどまらざるを得なかったものもあるが、それらについては、今後も引続き検討を重ねてゆきたいと考えている。

(注1)租税法律主義の歴史的考察については拙稿「現代における租税の意義について」(税務大学校論叢第5号1頁。国税速報2488号、昭和47年4月13日)を参照されたい。本文に戻る

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