菅野 保文

税務大学校
租税理論研究室助教授


はじめに

 税務職員が行なう税務調査については、その実効性を担保するため、調査を受ける者が調査に協力しなかった場合の罰則が各税法に規定されている(所得税法242条8〜9号、法人税法162条2〜3号、相続税法70条2〜5号など)。
この罰則は、戦後申告納税制度が採用されて以来、ほぼ同様の内容で現在に続いているものであるが、ここ数年来、いわゆる民商事件が契機となって、この罰則の適用をめぐる種々の問題が提起され、議論されるようになった。
この罰則が、懲役刑をも含む比較的重いものであり、ほとんどの国民が関係する税務調査にからむものであるだけに、調査を受ける者の人権との関係において、十分な検討がなされねばならないことは当然であろう。
ただ、従来の議論のうちには、税務調査というものの性格を軽視した観念論とみられるものも多い。税務調査を否定する立場であれば格別、「租税行政上の公平を保障する枢要な担い手(注1)」として税務調査を考えるとすれば、納税者側の記帳水準や税務行政当局の調査水準、さらに税務調査というものの技術性を超越して議論するわけにはいかないであろう。
本稿は、所得税調査を中心に(注2)、納税者の人権を保護する観点から主張されている「調査(注3)を拒む正当な理由」をとりあげ、これについて検討したものである。

(注1) 内閣総理大臣の諮問機関である税制調査会が、昭和36年7月に行なった「国税通則法の制定に関する答申」においては、次のように述べている。(答申別冊の80頁) 本文に戻る
「税務職員の質問検査権等の的確な行使は、すべての納税義務者をして租税法に定める納税義務を確実に履行せしめることの担保となるものである。したがって、それは租税行政上の公平を保障する枢要な担い手となる。」

(注2) 本稿で論ずる問題については、所得税法以外の税法に規定する質問検査権についても存在するが、従来主として所得税調査にからんで問題が生じているので、本稿も所得税法の規定を中心に検討した。 本文に戻る

(注3) 本稿では、所得税法234条1項に規定する質問検査権の行使を総称して、「調査」の語を用いている。 本文に戻る

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