明治14(1881)年、松方正義が大蔵卿(のち大蔵大臣)となり、日本銀行の創設やデフレ政策などの財政改革(いわゆる「松方財政」)を始めました。この松方財政において、所得税の創設や会計年度の4月開始、日本銀行による紙幣発行などが始まりました。同時に印紙制度の整備も本格的に始まります。
明治時代前期には、証券印紙や証券界紙、煙草印紙等の印紙類が、各種の規定に基づいて別々に販売されていました。そこで、明治15(1882)年、売薬印紙税規則の制定を契機として、印紙類売捌手続が制定されました。ここで、印紙類の販売を統一し、その販売を行う売捌人の規定が変更されました。
明治16(1883)年には、「商品に貼る印紙」の一つとして、売薬印紙が発行されました。売薬とは、様々な生薬を配合し調剤した商品用の薬であり、売薬印紙には、薬袋に付ける角型と、薬品の瓶を封じた帯型の2種類がありました。
その一方で、「文書に貼る印紙」に係る制度も整備されていきました。明治17(1884)年、証券印税規則の全文改正によって、課税文書に対する分類が変更されました。それ以外にも、行政手続きの「文書に貼る印紙」として、同年に訴訟用印紙が発行されました。明治21(1888)年には、登記印紙が発行されました。
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(久米 幹男 氏 寄贈)
明治17(1884)年に出版された印紙税等の解説書です。証券印税規則と民事訴訟用印紙規則の条文に注を付けています。
明治17(1884)年、証券印税規則が全文改正されました。この時に、証券界紙が廃止されました。また、同年には民事訴訟用印紙規則の施行によって、訴訟用印紙が発行されました。
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(久米 幹男 氏 寄贈)
明治19(1886)年7月施行の印紙類売下売捌規則を収録した京都府の布告です。この規則は、印紙類の流通(売下)と販売(売捌)を定めました。
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(滝島 功氏 寄贈)
売薬印紙税規則に収録された売薬印紙の使用例です。薬袋の裏側や薬瓶のフタに封する形で貼った上で、消印をしています。
売薬印紙税規則は、明治15(1882)年に制定され、翌年に施行されました。この規則は、売薬には必ず定価を記載し、売薬営業者が定価に応じた売薬印紙を貼って消印することが定められました。
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(池田 久男 氏 寄贈)
南多摩郡八王子町(現、東京都八王子市)の住民が作成した建物書入証書です。
この証書では、板葺きの木造と瓦葺きの土蔵の2軒を建物書入として、500円を借用しています。登記印紙は、5銭印紙を4枚貼っています。
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