領収証や契約書などの書類に、切手のような小さな紙を見たことがありますか?それが印紙です。印紙とは、税金や手数料を納めたことを証明するために使われています。
 印紙税の歴史は、17世紀のオランダから始まったといわれています。当時のオランダは、独立戦争の最中にありながら、証券取引所で活発な金融取引を行って、遠く日本にまで交易を求めて来るほどの新興国でした。そうした中で、印紙税が採用されました。その後、印紙税はフランスやイギリスなどでも導入されました。
 日本の印紙は明治時代から始まりました。当時の日本は、蚕種や生糸といった商品を主に輸出していました。明治5(1872)年以降、品質と納税を証明するため、これらの「商品に貼る印紙」が発行されました。明治9(1876)年には、煙草印紙も発行されました。
 一方、時期をほぼ同じくして、「文書に貼る印紙」として印紙税は導入されました。明治6(1873)年の受取諸証文印紙貼用心得方規則が、日本初の印紙税の法令です。第1条には、印紙が民間の契約を強固にするものだと説明しています。この規則は、その後条文が2度追加されました。
 これにより、印紙税の納付方法は、(1)証券印紙の貼用と(2)証券界紙の使用、(3)税印の押捺(おうなつ)の3種類で行われることになりました。

福沢諭吉『西洋事情』
明治3(1870)年(慶応2(1866)年初版)

福沢諭吉『西洋事情』
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(税務大学校 図書館 移管)

 『西洋事情』は、西洋の文明社会を体系的に紹介した書物です。
 現在につながる印紙税は、証印税と翻訳しています。証書を作る時に、後日の証明にするため、政府の印を押す「証印の税」と説明しています。もし政府の印がない場合は、争いになったとしても裁判に出訴することができず、政府を欺いた罪として違反金を科す法があると説明しています。

印紙税略説(『明治財政史』6巻)
明治37(1904)年(原史料は明治6(1873)年)

印紙税略説(『明治財政史』6巻)
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(税務大学校 仙台研修所 移管)

 明治6(1873)年5月、大蔵省が配布した印紙税の小冊子です。
 同年6月には、受取諸証文印紙貼用心得方規則が施行される予定でしたが、当時の日本では印紙税は未知の新税でした。そのため、世間の疑問に答える形で、世間一般に印紙税を周知してもらえるように作られました。

証券印紙の貼付
明治6(1873)年

証券印紙の貼付
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 明治6(1873)年11月に証券印紙が貼られた証書です。
 明治6(1873)年の印紙税導入によって、 (1)証券印紙の貼用と(2)証券界紙の使用、(3)税印の押捺という3つの方法で納付することになりました。
 なお、貼用とは貼って使うことです。

証券界紙の使用
明治6(1873)年

証券界紙の使用
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 明治6(1873)年8月に使用された証券界紙です。証券界紙は、印紙税の対象となる証書で、書面金高10円以下の場合等に用いる用紙です。
 明治6(1873)年では府県が証券界紙を発行しましたが、翌年から大蔵省紙幣寮(現、国立印刷局)が発行しました。

税印押捺の用例(証券印税心得)
明治6(1873)年

税印押捺の用例(証券印税心得)
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 明治6(1873)年、証券印税心得に収録された税印の用例です。証券印税心得は大蔵省によって発行された印紙税の小冊子です。
 なお、押捺(おうなつ)とは、印判を押すことです。

筋違万代橋租税寮之図
明治8(1875)年

筋違万代橋租税寮之図
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(加藤 喜一郎 氏 寄贈)

 明治7(1874)年9月、東京万代橋に建設された租税寮出張所の浮世絵です。租税寮は、全国の租税賦課に関する事務を担当する大蔵省の部局で、現在の財務省主税局に相当します。
 租税寮出張所は、当初、東京と大阪の2か所に設置されました。印紙類の販売も担当しました。その後、万代橋の出張所は、明治18(1885)年まで使われました。

『大蔵省租税寮改正局日報 印紙課』9号
明治6(1873)年

『大蔵省租税寮改正局日報 印紙課』9号
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 租税寮改正局印紙課の機関紙です。明治6(1873)年から明治7(1874)年まで刊行されました。その内容は、各府県からの伺いと印紙課の指令です。

絵はがき(養蚕)
明治〜大正時代

絵はがき(養蚕)
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 蚕を育て上げて、その繭(まゆ)を収穫する養蚕業を図で示した絵はがきです。養蚕業は、近代日本の主要産業でした。
 絵はがきの中心に、繭の形にふちどられた養蚕所の写真があります。左側には、蚕から成長した蛾(が)が卵を産み落して、蚕種紙につけています。蚕種を実際に売買する際には、この蚕種紙が用いられました。日本初の印紙である蚕種免許印紙は、この蚕種紙の裏側に貼りました。

生糸印紙の使用例(生糸製造取締規則)
明治6(1873)年

生糸印紙の使用例(生糸製造取締規則)
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(長田 好子 氏 寄贈)

 生糸製造取締規則に収録された生糸印紙の使用例です。ここでは、島田造(づくり)と鉄砲造という方法で生糸印紙を括(くく)っています。
 明治6(1873)年1月、生糸製造取締規則が発布されました。主要な輸出品であった生糸の品質を保つ目的がありました。

煙草印紙の使用例(煙草税則)
明治8(1875)年

煙草印紙の使用例(煙草税則)
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(久米 幹男 氏 寄贈)

 明治8(1875)年10月、煙草税則の制定により、翌年から煙草印紙が発行されました。煙草印紙には、長方形の角型と細長い帯型(長印紙)があります。
 明治8(1875)年12月、煙草税則の施行直前に、煙草印紙に消印するように改めて指示しました。史料中の赤い丸(〇)はその印を示しています。

目次

 ごあいさつ

  1. 1 印紙と印紙税
  2. 2 印紙制度の整備と販売
  3. 3 印紙制度の確立
  4. 4 明治時代の印紙

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