2.生命保険
生命保険料控除は、大正12年の衆議院議員の議員立法により創設されました(施行は翌年)。
生命保険料控除は、個人の生活の安定や貯蓄心の向上を目的とするほか、当時は生命保険料控除を受けるためには申告が必要であったため、申告者数の増加も見込まれるとして提案されました。
それに対し、当初、政府は、類似の性質を有する貯蓄預金等との権衡上、生命保険料控除の導入に難色を示しましたが、最終的には議会で可決されました。
この所得税法改正法律案の提案者の一人である衆議院議員の金光庸夫氏(大分県選出、立憲政友会)は、明治38(1905)年には甘木税務署長を務めるなどしましたが、近代日本を代表する巨大商社である鈴木商店(注1)勤務を経て、大正2(1913)年に大正生命保険を創立した人物です。後には、日本火災海上保険や王子電気軌道(注2)の役員なども務めています。
金光氏は、衆議院本会議で述べた所得税法改正法律案の提案理由において、生命保険料の利益を享受する者は多くの場合、「被扶養義務者」すなわち子孫であるから、保険料はこの社会的な扶養義務を履行する一つの税金であるというアメリカの学者の説を紹介しています。そして、生命保険は「勤倹貯蓄ノ美風」、「堅忍不抜、自制克己ノ精神」「犠牲的ノ精神」を養うのに最も効果的であるから奨励したいと強調しました。このように、金光氏にとって、生命保険は、働き手を失って残された家族、すなわち「弱小者」を助ける制度であり、「武士道ノ精神」にも合致するものであり、生活保障としてだけではなく、人々の思想を善導するのに有用でもあるため、奨励しようとしたのです。
ちなみに、雇用保険(失業保険)については昭和27(1952)年の補正予算に伴う所得税の特例法から創設された「社会保険料控除」として、火災保険については昭和39(1964)年の税制改正により創設された「損害保険料控除」として控除されることとなりました。地震保険については、更に遅く、平成18(2006)年の税制改正によりそれまでの「損害保険料控除」に代わって導入された「地震保険料控除」として所得控除の対象となりました。
注1 鈴木商店は昭和2(1927)年に破綻しますが、一部は日商岩井や帝人等に引き継がれています。
注2 王子電気軌道は、都電荒川線の前身ですが、電気事業やバス事業も手掛けていました。
(研究調査員 今村千文)