NETWORK租税史料

 今回ご紹介する租税史料は、昭和25(1950)年に国税庁広報課が発行した高等学校用副教材『租税教室』です。
 昭和24(1949)年に国税庁に広報課が設置され、国税庁はラジオや新聞広告、ニュース映画などの広報活動に本格的に注力します。そのような中、新制高等学校の副教材として発行されたのが『租税教室』です。昭和25年1月に第1集「国や地方公共団体の歳入と歳出」が発行され、12月の第12集「各国租税制度」で完結しています(写真1)。内容は、B5版でカラーのイラストやグラフを多用して、日本の財政や租税について解説をしたもの(写真2)で、5万部を刷り、文部省や全国の教育庁及び新制高等学校に配付されました。

 この『租税教室』は、昭和24年末頃に企画され、昭和25年1月15日に国税庁広報課が、「新制高等学校生を対象とする租税教育宣伝に関するパンフレット発刊について」という方針を立てました。そこでは、学校を通じて一般国民の納税思想の高揚を図るために、新制高等学校生徒を対象に、国並びに地方財政、特に税に関するパンフレットを作成し、社会科の副教材として使用されることを目的にしていました。その際には、税に関する資料や統計をできるだけ多くのカットや写真を使って分かりやすく解説するよう配慮されていました。編集作業には、国税庁だけでなく、文部省中等教育課、東京都教育庁等が協議して当たることとし、更には、都内の50校を実験的学校として選び、授業等で使用してもらい、その実状を逐次、編集方針に反映させていくという手法が取られていました。
 このような国税庁広報課の方針に対して、同月30日に文部省中等教育課、東京都教育庁指導部、公立学校代表者、私立学校代表者との協議会が開催されました。この場で、文部省は、パンフレットの発刊に否定的であり、特に、高校社会科教育で生徒を利用して政府の施策を実行しようとすることには反対であるという懸念を示しました。加えて、内容についても、生徒から見て、単に税の種目を挙げるだけでは不必要な内容が多いので、時事問題と関連させて必要な財政問題を適宜解説するものがよいと要望しました。
 また、私立学校代表者は、「このパンフレットが納税思想の高揚を目的とするのであれば、現状においては、教師としては、国民に正直に申告して納めなさいと言い得ない」とし、「国税庁としては、税法だけでなく、税務行政について思い切った改革を行う必要があるのではないか」と述べています。内容については、客観的資料はもちろん必要だが、主観的資料もまた必要であると要望しました。文部省、私立学校代表者の意見は、戦前の教育への反省、あるいは戦後復興途中の重税感が漂う当時の風潮を感じさせるものといえます。
 一方、公立学校代表者は、参考資料が不足している時なので、このような計画は大歓迎であると述べました。また、文部省の懸念についても学校当局が主体性を持ってこのパンフレットを適切に利用すれば問題はないとしています。内容については、生徒が自ら研究しようとする意欲がかき立てられるものにしてほしいと要望しました。
 このように実験的に刊行された『租税教室』でしたが、どのような反響があったのでしょうか。実験校への書面アンケートと、編集会議で寄せられた意見を見ると、多くの場合、想定どおりに社会科のグループ研究の研究資材として利用されていたようです。また、学校教育だけではなく成人教育の教材として使用したいとの意見が寄せられていました。内容についても、逐次、実状を反映していったこともあり、おおむね好評で、もっと内容を厚くしてほしい、もしくは、実業教育に関連性のあるものにしてほしいといった要望が寄せられていました。
 『租税教室』は、予定どおり12集の刊行で終わりますが、戦後の学校での租税教育のスタートといえるでしょう。

(2023年1月 研究調査員 今村千文)