NETWORK租税史料

 警察などの仕事現場を追いかけたドキュメンタリー番組は今やテレビ番組の定番ですが、かつて税務署の密造酒取締りを追いかけたドキュメンタリー番組がありました。 今回ご紹介する史料は、昭和37(1962)年に作られた「どぶろく作戦」という密造酒取締りを取り上げたテレビ番組のフィルムです【写真1】。

 この番組は総理府広報室が提供した「9000万人の広場」という番組の中で放映されたもので、昭和37年の12月に民放で放映されました。この「9000万人の広場」では他にも「脱税を追って」や「商売と税金」といった税務署とタイアップした番組を放映していました。これらの番組は映画用フィルムにプリントされ、各国税局に配付され、各地で税務署の広報用映画として使用されていたようです。
 「どぶろく作戦」は浅草税務署が舞台で、当時現役の職員が実際に夜の居酒屋で地道な内偵で証拠を固めながら、密造されたどぶろくを追うドキュメンタリーです。番組は実際の取締り現場にも同行し、冒頭からサイレンを鳴らした警察車両と共に密造酒製造が行われている郊外の集落へ取締りに向かうところから始まります。
 しかしこの取締りは失敗し、舞台は密造酒の流通する浅草に移ります。「取締りは失敗したが(中略)、密造酒は流れている。いつ、どこで、誰が密造酒を作っているのか。」とナレーションが流れ、一人の男性が登場します。その男性は浅草税務署酒税係の相場係長であり、この番組の主人公です。彼は、夜になると客を装って居酒屋などを練り歩き、密造されたどぶろくの有無をさりげなく調べていたのです【写真2】。
 集落で密造酒が見つからないならば、店で密造が行われていると考えた相場係長は、また夜の街に向かい、酔っぱらったふりをして証拠を集めます。
 地道な内偵で証拠を固めた浅草税務署のチームは、警察に応援を要請して改めて取締りに向かいます。警察と共に出発した税務署のチームは家屋の中や路地など、様々なところから密造されたどぶろくを発見していきます。中には古びた甕(かめ)や、ごみ箱の脇などからもどぶろくが見つかり、当時行われていた密造の状況を見ることができます。
 実際の取締り現場で撮影を行っただけあって、映像からは緊迫した雰囲気や密造犯とのやり取りなど、紙の史料からでは分からない雰囲気を感じることができます。
 密造酒製造は明治時代から根強く続く犯罪ですが、それまで主として農家で自家用飲酒を目的として製造されていたのが、太平洋戦争後は集団密造組織にまで拡大し、密造の規模も大きくなっていました。密造酒の取締りは危険が伴う仕事で、明治時代から毎年負傷者を出し、時には殉職者まで出たこともありました。番組では、警察と綿密な打合せを行い、連携して取締りに当たっていましたが、危険と隣り合わせだった状況が映像全体から伝わってきます。国税庁が発行した「週刊 国税広報」の記事によると、番組が放送された前年の昭和36年度には18人が公務傷害を負ったそうです。
 この番組からは密造の現場や、町の雰囲気、実際の取締り風景などがリアルに見て取ることができ、当時の様子を知る貴重な史料となっています。
 また同じ年に大阪国税局でも同様の番組が企画され、こちらは尼崎税務署と加古川税務署が撮影協力をしたと当時の記事では紹介されています。
 昭和37年と言えば、東京の人口が1000万人に達した年であり、高度経済成長期の最中といえる時期です。今の私たちからすれば活気が溢れていたように思える高度成長の片隅では、このような密造酒を巡る水面下での戦いがあったということを、このフィルムは今の私たちに教えてくれます。
 なお、「どぶろく作戦」は租税史料室で視聴いただくこともできます。

(研究調査員 菅沼 明弘)