NETWORK租税史料

 今回紹介する史料は、国税庁広報課が、納税意識の高揚を目的として昭和25(1950)年に発行した納税演劇脚本集です(写真1)。青年向けと児童向けの2種類があります。
 一つ目の史料(写真2)は青年向けの脚本集です。表紙裏の注意書きには、この脚本集が納税啓蒙運動の一端に資するため、国税庁の新しい試みとして編集され、青年団や学校などで上演することを想定していることが書かれています。
 この脚本集には「道険しけれど」、「からくり問答」、「笑顔の像」、「男の魂」、「グラフ」及び「幡随院長兵衛の手紙」の6編が収録されています。これらの脚本は納税意識の啓蒙や、記帳の大切さなどを題材にしており、観客に身近な現代劇風の作りとなっています。また、劇中に「お国をよくもし、立派に立て直していくのもみんな私達の納める税金から」というセリフがあり、まだ戦争からの復興途上にあった時代背景を見ることもできます。
 次に、児童向けの脚本集(写真3)ですが、こちらは短編の童話7編と共に、児童劇の脚本「たのしい誕生会」、「あかつき子供会」の2編が収録されています。
 収録されている劇のひとつ「あかつき子供会」では、あかつき子供会の議会を子供たちが演じ、図書購入費用などの支出と収入である子供会の会費の議論をします。この劇は観客だけでなく、演じる子供たち自身が架空の議論を通じて集めたお金の使われ方、お金の集め方などを学んでいくように作られています。
 このような納税劇の脚本集は戦前にも存在しました。こちら(写真4)は大正15(1926)年に大阪税務監督局並びに大阪市、京都市及び神戸市の三市が後援して、一般から募集した脚本を収録しています。この本には納税劇の脚本の他に納税美談と納税標語も収録されています。
 これらの脚本が、どの程度実際に活用されたのかは記録や記事が確認できなかったため不明です。児童や青年たち自身が納税劇を演じることは、受け身ではなく自らが主体となって話を理解することができるという、他の媒体にはないメリットがあります。反面、人員の確保や練習期間など、劇には多くの手間が必要であり、上演するためのハードルが非常に高かったことなどが容易に想像できます。
 当時の国税庁事業年報書によると、納税脚本集は昭和25年に青年向け5千部、児童向け5万部がそれぞれ刊行されたことが記録されています。しかしこれ以降、国税庁主導で同様の脚本集が作られたという記録も、同様の史料も確認できていません。発足直後の国税庁が映画や、幻灯など様々な媒体での広報を模索していた中で、この脚本が作られたと考えられます。その後、映画やアニメなど映像媒体を用いた広報が主流になっていく中で、このような演劇用の脚本は姿を消していったと考えられます。

(研究調査員 菅沼 明弘)