この史料(写真1)は、昭和25年(1950)8月10日から40日間、埼玉県で実施された感謝券付き焼酎の特売ポスターです。主催者は埼玉県酒類卸協同組合などの業界団体で、税務署が後援しています。
 この特売は、期間内に埼玉県内の酒屋や飲食店で焼酎を購入または飲んだお客に対し、2合ごとに感謝券1枚を配り、抽選で賞金や景品(焼酎)が当たるというものです。特等賞金は10万円です。飲食店で飲むと1合50円程度とされているので、2合だと100円の計算です。これより安い焼酎は、分量が少ないか、水増しているか、または密造酒などのいかがわしいものである可能性が高かったようです。
 戦後になり、焼酎は大衆酒として需要が急増しました。しかし、露店等で販売されていた「メチール酒」により死亡したり失明するなど、密造酒の脅威は社会問題化していました。そのため、昭和25年4月の改正で焼酎の税率を引き下げ、密造酒の防止と税収の確保策が講じられました。こうしたなか、酒類販売団体の要望により、安心して飲める焼酎の特売が計画され、販売促進のために賞金や景品が当たる感謝券が発行されることになったのです。
 最初に感謝券付き焼酎の特売を計画したのは、東京都と神奈川県内の酒類販売団体でした。昭和25年5月の新聞には、神奈川県内で密造されたメチール酒により東京都内で9名もの中毒死事件が発生し、その被害が拡大していると報じられています。東京都と神奈川県の酒類販売団体の動きには、こうした事件も影響しているようです。
 東京都内における実施要綱により、感謝券付き焼酎特売について詳しく見ていきましょう。感謝券は、焼酎2合につき1枚、販売店や飲食店が店名を記入して利用者に渡します。「感謝券」の名称は、特売の趣旨に協力してくれたことへの感謝を意味するようです。特売の焼酎は2万石(1石は約180リットル)で、1店舗当たり4石を基準に、約5千店の組合員に割り当てるとされています。感謝券は主催者である東京酒類商業協同組合が1千万枚印刷し、配付完了の時点で特売は終了します。東京都内は7月10日から、神奈川県内は同月15日から2ケ月間の予定で実施されました。東京都の場合は、国税庁と東京国税局、それに東京都が後援しています。
 東京都の賞金は、特等50万円と埼玉県より高額です。焼酎以外の景品には林檎ジャム1個とあり、それぞれ工夫がなされていることがわかります。ただし、温泉旅行や観劇など、乱売の原因になりかねないものは景品として認められませんでした。抽選は10月上旬に行われたようですが、残念ながら確認できていません。
 同様な焼酎の特売は、各地の酒類販売団体等の申請があれば、国税局の判断で許可してよいとされました。埼玉県の場合は、関東信越国税局が許可したことになります。租税史料室には、東京都(写真2)と神奈川県(写真3)のほかに、中国地方で発行された感謝券(写真4)が保存されています。これは、広島国税局管内の広島・山口・岡山・鳥取・島根の5県の酒類販売団体で構成される中国酒類卸懇話会の発行です。神奈川県の特等は30万円です。中国地方の特等は20万円ですが、自転車やタオル、宝くじ券も景品になっています。ちなみに、このときの宝くじは1枚30円で、最高当選額は100万円でした。
 これらのポスターや感謝券は、戦後間もない時期、安全な酒類を安定的に供給し、なおかつ酒税の確保を図っていこうとする酒類行政の一端を明らかにするものといえます。

(研究調査員 牛米 努)