納税イロハ双六

 租税史料室には、税務署から移管を受けた巡回時計が4個あったが、「庁舎警備用施錠用時計」とか、「夜間警備用のもの」といった程度の情報しかなく、使い方など全く不明であった。しかし、平成21年度の収集租税史料で、金沢国税局管内の三国税務署から移管を受けた巡回時計には、カタログの添付があり、使い方の詳細が明らかとなった。
 巡回時計は、警備のため夜間に庁舎内などを巡回するときに用いたところから、明治期には夜警時計とか番人監督時計などと呼んだが、昭和戦後は巡回時計が普通の呼び名となり、最近ではタイムレコーダーとも呼ぶ。
 しかし、巡回のとき、時刻を見るだけなら腕時計などで充分に用が足せるのに、なぜ態々特別な巡回時計を用いたのだろうか?
 なぞを解く鍵は、巡回時計の仕組みと使い方に隠されている。巡回時計は、鎖付番号鍵と共通鍵、時計本体からなる。
 「鎖付番号鍵」は、それぞれ番号の付された複数の鍵であり、事前に、巡視する箇所に順番にこの番号鍵を固定して置く。鎖は固定するためにあり、番号は巡視する箇所を示すためにある。12箇所用、6箇所用などの別がある。
 「時計本体」は裏蓋がドアー式に開閉でき、裏蓋を開けると、ゼンマイ捲き用の捲心、時刻合わせ用の小突起、裏蓋の開閉用のフック、6時に相当するところには「剣先型金物」がある。
 巡回時計には、時計に似せて、時・分の目盛のある記録用紙が用意されており、用紙を捲心に装填し、「剣先型金物」の下側のすき間に用紙を滑り込ませ、時刻と用紙の指時を一致させる。記録用紙は時計の指針とともにごくゆっくり回転する仕組みになっている。
 「剣先型金物」の下には、記録用紙に数字を刻字する装置が内蔵してあり、操作は鎖付番号鍵を挿入して行う。つまり、時計本体に番号鍵を挿入して回転させると、番号鍵と同じ数字が記録用紙に刻字されるのである。
 さて、裏蓋の開閉、ゼンマイの捲き付け、時刻合わせ、記録用紙の取り替えなどは、別備えの「共通鍵」を用いて管理者が行う。管理者は巡回時計に記録用紙の装填などを終えると、これを巡視者に渡し、巡視者は巡回しつつ各箇所に固定された番号鍵で巡回時計を操作する。12箇所用ならば、1から12の数字が記録用紙の巡視予定時刻のところに刻字される。巡視者が予定時刻に該当の箇所を巡視したかどうかは、記録用紙を見ることで判断できるのである。
 巡回時計は普通、夜間の警備に用いた。すなわち、巡回時計とは庁舎などの管理者が警備員の夜警ぶりを監督するためのものだったのである。まさに、番人(警備員)監督時計である。
 今回移管を受けた巡回時計とカタログからは、東京銀座の服部時計店製は判明するが、製作年代は不明だ。しかし、服部時計店が株式会社服部セイコーと社名を変更するのは昭和58年(1983)、神田別館の開店は同40年(1965)である。そして、添付のカタログは神田別館名の載る最初のものとの指摘を受けた(「セイコー時計資料館」談)。従って、この巡回時計の製作は昭和40年から同58年の間にある。三国税務署は製作年代と比定される時期にこの巡回時計を入手し、宿直又は日直の際の警備に用いたのであろう。
 税務署の宿日直は、昭和50年前後まで行われており、税務署員(原則として、署長、副署長、女性職員等は除かれていた。)は輪番でこれに当たり、庁舎や書類の保全、外部との連絡、文書の収受及び庁舎内外の巡回を行っていたのである。

(研究調査員 鈴木芳行)