『鎮西財務』〜熊本税務監督局の機関誌〜

 『鎮西財務』は、鎮西財務研究会から刊行された熊本税務監督局の機関誌である。このほど、昭和7年10月から同9年12月までの27冊(通巻第233〜259号)が、まとめて寄贈された。体裁は、昭和7年分は120〜130ページ、昭和8〜9年分は100ページ程度である。発行責任者は税務監督局の事務官(当時は属(ぞく))で、税法及び税務行政に関する論考や、法令・通達、局長の訓示、管内紹介、俳句など多彩な内容である。
 これらの税務監督局の機関誌は、明治後半期から大正期にかけて相次いで発行されている。『財務協会雑誌』(東京局)、『大阪財務』(大阪局)、『北海財務』(札幌局)、『東北財務』(仙台局)、『中京財務』(名古屋局)、『広島財務』(広島局)、『四国財務』(丸亀局)、そして『鎮西財務』である。『鎮西財務』の創刊は、号数を遡ると明治44年(1910)になる。ちなみに最も創刊が遅かったのは、東京局の大正11年(1922)である。
 これらの機関誌は、昭和11年(1936)10月に創刊された『財政』に統合されて廃刊となる。『財政』は、専売局と造幣局を除く大蔵省関係職員の福利増進を目的に設立された、財団法人大蔵財務協会の発行であるが、昭和34年に休刊となった。
 これまで私が確認できた『鎮西財務』の原本は、熊本県立図書館が所蔵する第7巻第11号(大正6年11月)のたった1冊だけであった。租税資料叢書第5巻で雑誌『財政』総目次を刊行したとき、その前身の各税務監督局の機関誌を調べたときの成果である。まだインターネットなど見たこともない時代で、蔵書目録や知人からの情報などで、全局分の機関誌のタイトルや所蔵状況を調査したことを記憶している。
 その後、大学図書館などのインターネット検索が可能になり、『鎮西財務』は京都大学経済学部図書館に比較的まとまって所蔵されていることが判明した。しかし、京都大学以外には所蔵されておらず、この雑誌の希少性を改めて認識する結果となった。もちろん、国立国会図書館にも所蔵されていない。それがまとまって寄贈されたのであるから、租税史料室は第一級の史料を所蔵することになったのである。
 この雑誌の旧蔵者は、税務職員の園田勝氏である。同氏は、昭和7年7月に預金部鹿児島出張所の雇(やとい)に採用され、鹿児島税務署在勤となっている。預金部は郵便貯金の管理・運用を行う機関で、昭和7年11月に大蔵省の外局となった。昭和金融恐慌により、資金難に喘ぐ市町村への貸出事務を拡大する必要から、税務署を出張所とする組織の拡充がなされたのである。このとき九州・沖縄を管轄する熊本税務監督局管内では、7月に沖縄県を除く各県に1名宛の雇が採用されており、氏はその一人だったのである。その後、税務属となり福岡県の久留米署や大川署、熊本財務局などでの勤務が確認される。
 旧蔵者の経歴を追ったのには訳がある。それは『鎮西財務』が、会員である税務職員の手元にしか残らない特別な雑誌だからである。氏は雇時代に会員になって購読を開始したことになるが、約1年後の昭和8年12月号には氏の随筆が掲載されている。購読は税務職員としての研鑽が第一であっただろうが、作品の投稿も理由の一つであったのかもしれない。随筆には、氏が『一握の砂』を愛読する文学青年であったことが書かれている。
 『鎮西財務』は家族の大事な思い出の品として保管されてきたのであるが、それは同時に、戦前の税務監督局の機関誌という大変貴重な史料でもあったのである。

(研究調査員 牛米努)