近年日本を大地震が襲い、災害救済の特別措置が話題になることが多い。同様の救済措置は、明治時代から行われており、救済の方法も大正3年(1914)に延納から免除へと広がった。こうした中、特筆すべきは大正12年(1923)9月に起きた関東大震災に対する対応で、それまでは一部の例外を除いて救済措置の対象は地租だけであったが、その対象を所得税、相続税及び営業税にも広げている。
 この関東大震災が起きた大正12年は、税務相談所が出来た年でもあった。関東大震災が起きる少し前、大正12年5月に石和税務署(大正13年に甲府税務署に併合)から一通の通牒が出された。これは、東京税務監督局が編纂した「個人所得税便覧」という所得税の解説本を送付する旨を記したもので、この本の間に挿入されていたものである。この本は、第3種所得税の計算と申告・申請について納税者の側に立って解説した本で、同時に一般に講読者を募ることを依頼しており、希望する者は、厳松堂(発売所)または東京税務監督局税務相談部に申し込むこととしている。この解説本は、所得税法の趣旨を宣伝し、知識の普及を計ると同時に所謂官民協調を以て税務の執行を円滑にするため配布されたのである。この後、この「個人所得税便覧」は、大正14年に改訂版として簡易版が作られ、東京財務協会から発売され冒頭に「不平の海・苦情の山」の項が設けられた。さらに翌年には大正15年版として改訂版が作られ、税務監督局長勝正憲が序文で『租税』は『会費』であると記し、冒頭に「所得税は国民税」という項が設けられており、より納税者にわかりやすいものとなっている。
 今回紹介する史料は、雑誌『税』に掲載された関東大震災の後瓦礫の中に立つテントを写した一枚の写真である。側に立つ電柱には京橋税務署出張所という張り紙が貼られている(『財務協会雑誌』では相談部の京橋出張所となっている)。
 東京税務監督局の局報第40号(大正14年10月9日)に掲載されている「税務相談部状況」によると、東京税務監督局の税務相談部は大正12年3月に開始に先立ち税務相談部開設の趣旨を都下の著名新聞紙上に発表し、相談部設置の趣旨を広く一般に周知させ、4月1日の開始以来応接は懇切丁寧に、処理は最も迅速を旨とした。大正12年の震災後における租税減免の申請その他の手続などに関する取扱については特に東京市内・横浜などの枢要地点14ヶ所に臨時出張所を設けて震災被害者の諸税減免の申請手続その他の取扱を行い、大正12年11月から大正13年1月の期間における取扱件数は5万件を突破した(ちなみに大正14年の4月から8月の取扱件数は合計781件。内、口頭によるものが611件。用件別には第3種所得税が544件・営業税が169件となっている)。税務相談所は、納税者に納税に関する知識を普及させる点で大きな効果を発揮すると同時に奇しくも関東大震災の被害者救済にも大きな効力を発揮したのである。
 現在、税務情報センター(租税史料室)では、「納税者の声とその実現」と題した特別展示を行っている。今回の特別展示では、明治期から昭和戦前までの納税者の声を取り上げている。展示で取り上げた納税者の声は、大きく国会請願とそれ以外に分けられるが、明治時代の災害救済による特別減税から関東大震災までの流れ、また国会請願や税務相談所に見られる納税者の声をめぐる様子を見ることが出来る。是非一度来館し、本物の史料に触れていただきたい(展示は本年9月まで)。