上田 正勝
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

法人が従業員に対して財産を移転した場合、通常はその財産の価額の給与所得として課税が行われることとなる。しかし、伝統的な生命保険契約に比して解約返戻金の水準を引き下げた保険契約(以下、「低解約返戻金型生命保険契約」という。)を以下のように用いることによって所得税の負担軽減が可能となる可能性がある。

(1) 低解約返戻金型生命保険契約(例えば契約から10年間の解約返戻金額を大幅に少なくし、その後、解約返戻金額を伝統的な保険契約と同様の水準である保険料積立金額相当額程度に引き上げるような保険契約)を、契約者(=保険料支払者)及び保険金受取人を法人、被保険者を従業員として締結する。

(2) その後、解約返戻金予定額が低額な10年目において、契約者及び保険金受取人を法人から従業員に変更することで、当該保険契約の権利を法人から従業員に移転する。

(3) 翌年(11年目)、解約返戻金額が引き上げられるタイミングで、当該従業員が当該保険契約を解約し、解約返戻金を受け取る 。

この一連の行為に対する現行制度で想定される課税は、以下のとおりとなる。
 契約者変更によって法人から従業員に保険契約の権利が移転された時点で、雇用関係に基づく経済的利益が供与されたと認定し、給与所得課税となる。
 その際の経済的利益の額は、所得税基本通達36−37によって、移転時の解約返戻金相当額とされているため、低額な解約返戻金予定額が給与所得課税の対象となる。
 そして、翌年の解約時に実際に受け取る解約返戻金の額が一時所得の収入金額となり、その収入を得るために支出した金額として契約移転時に給与所得として課税された金額を控除した金額が一時所得金額となる。
 一時所得金額は、その二分の一が総所得金額に加算される。
 つまり、低解約返戻金型生命保険契約を用いた場合、譲渡時における低額な解約返戻金予定額と、実際に解約した際に受け取る解約返戻金額の差額につき、給与所得から二分の一課税の一時所得に転換することが可能となる。
 そこで、このような低解約返戻金型生命保険契約を用いた租税負担の軽減を防止するための方策につき検討を行うこととする。

2 研究の概要

(1)本スキームの問題点とその原因
  生命保険契約が譲渡された際の評価方法と解約返戻金による収入が二分の一課税の一時所得と判断されることを利用することで、低解約返戻金期間中の低額な解約返戻金予定額と実際に解約した際に受け取る解約返戻金の差額につき、給与所得となるべき経済的利益を二分の一課税の一時所得に転換できる。
 これは、租税回避とまでは言えないものの、単に「節税」と捉えていいような、租税法規が予定しているものではない。

(2)生命保険契約に関する権利の評価

イ 解約返戻金と保険料積立金
  生命保険契約に関する権利の評価においては、解約返戻金と保険料積立金の概念の理解が必要となる。
  しかし、解約返戻金の定義、計算方法などを規定する法は存在せず、契約において、契約ごとの保険料積立金から解約控除を行った残額を解約返戻金としていることが一般的である。
  他方、「保険料積立金」については「受領した保険料の総額のうち、当該生命保険契約に係る保険給付に充てるべきものとして、保険料又は保険給付の額を定めるための予定死亡率、予定利率その他の計算の基礎を用いて算出される金額に相当する部分をいう。」と保険法において定義されている。

ロ 生命保険契約の権利の経済的利益の額
  先述の「保険料積立金」の定義からすると、将来の保険事故発生確率等も加味した、その時点における保険契約の権利の経済的利益の額として、保険料積立金の額が最も相応しい金額だと考えられるが、保険会社は、個別の契約にかかる保険料積立金の額を開示していないため、保険料積立金額に代わるものとして、解約返戻金の額が利用されている。
  ここで、低解約返戻金型ではない生命保険契約の場合、一般的には、契約ごとの保険料積立金から解約控除を行った残額が解約返戻金となり、解約控除が不当なレベルでなければ、解約返戻金の額は、保険料積立金の額に概ね近似すると期待できる。
  また、解約返戻金の額は、契約時に契約後の年数に応じた金額が契約に付属する文書中に例示されるなど、保険契約者も金額を容易に知ることができる上に、実際に現金化可能な金額であることから、納税者の一般的な感覚として最も受け入れやすい評価方法であるといえる。
  つまり解約返戻金がこのように定まっている場合であれば、現行通達による保険契約の評価方法は十分に適切であるということができる。

ハ 低解約返戻金型生命保険契約と保険数理
  生命保険契約は通常、保険数理に基づいて保険料又は保険給付の額を定めるために、予定死亡率、予定利率その他の計算の基礎を用いるところ、それらに加えて「予定解約率」を計算の基礎に追加することによって低解約返戻金型生命保険契約が組成される。
  これは、低解約返戻金期間中に予定解約率相当の解約が発生することによって資金余剰が生じることから、収支相等原則に従って低廉な保険料で同等の保険給付(保険金)を得られる生命保険契約となることを意味している。
  このような保険数理的特徴を持つ低解約返戻金型生命保険契約の解約返戻金については、保険数理による計算の結果としての解約返戻金ではなく、計算の前提としての解約返戻金に変化したということを意味しており、極端なことを言えば、各時点における解約返戻金の予定額を、保険契約の各時点における保険料積立金額(=経済的価値)から自由に乖離させて決定することが可能となっているということである。

ニ 小括
  保険契約の経済的価値を評価するという観点においては、保険数理の考え方が参考にできると考えられる。
  そして、保険数理による分析から、現行通達の評価方法は、伝統的な生命保険契約の評価においては、保険数理的にも、課税実務的にも十分に適切なものであると評価できると同時に、低解約返戻金型生命保険契約の評価においては、実態に即した評価に基づく課税とならない場合があることが分かった。

(3)生命保険契約に関する権利の評価の改善案
  これまでの検討から現行通達の評価方法につき改善の余地があると考えたところ、改善案を検討する。

イ 評価方法の検討1(保険料積立金額)
  保険料積立金額は、その保険法における定義から、資産評価方法として有力な方法の一つである将来のキャッシュフローの現在価値の合計による評価を、統計に基づく確率まで加味する数学的に確立された保険数理に基づいて計算したものということができるため、保険料積立金額が、生命保険契約の経済的価値を表していると考えることができる。

(イ) メリット
  生命保険契約を将来のキャッシュフローを生む資産もしくは権利と捉えた場合、ある時点における将来の保険金給付及び保険料負担を、保険数理に基づいて、その発生確率まで加味した期待値として計算したものであり、その時点における保険契約の経済的価値として最も適切であるといえる。

(ロ) デメリット
  保険料積立金額を開示することは保険契約ごとの収益構造という営業上の秘密を公開することに近いため、保険会社の協力を得にくい。

ロ 評価方法の検討2(支払保険料総額)
  保険料積立金額による評価は、将来のキャッシュフローの現在価値という点で優れた評価方法であるが、支払った保険料という観点からみると、将来の保険給付に対応する貯蓄保険料(とその運用益)の累計を意味することになる。
  それは、保険給付が行われることなく既に経過した期間に対応する危険保険料は既に費消され、保険契約の価値としては残存していないという理解に行き着く。
  しかし、保険実務の観点からすると、例えば、ある時点において保険加入を望んだとしても、その時点の健康状態等によっては加入できない可能性も十分にあるが、過去の加入可能であった時期に加入し、保険契約を継続していた場合、通常は、後日、健康状態の悪化等を理由に契約を解除されることはない。
  このことは、保険数理的には既に費消したと評価できる危険保険料部分であっても、それを費消し続けていたことも含めた継続的な保険料払い込みの結果として、その時点では加入することができない内容の保険に加入することができているという利益を享受していると評価することもできる。
  また、税務上も、危険保険料と貯蓄保険料の区分をしていないと解釈できる取り扱いが存在する。
  まずは、個人間で保険契約を贈与した場合、その贈与時点で贈与税を課すのではなく、最終的に何らかの給付が行われた段階で、支払保険料総額に対する保険料負担者ごとの保険料負担割合で給付金額を分割し、保険料負担者と給付の受取人との関係に応じた課税としている。(相続税法)
  また、一時所得課税の対象となった場合の所得計算では、支払保険料総額を収入金額から控除するが、そこには(前述した評価の考え方では残存していないとされる)既に経過した期間に対応する危険保険料相当額等も含まれる。(所得税法)
  これらの取扱いは、(前述した評価の考え方と異なり)危険保険料と貯蓄保険料を区分しないことを前提としていると解釈することができる。
  これらの観点からすると、ある時点における保険契約の評価額を支払保険料総額とする案も検討に値すると考える。

(イ) メリット
  一時所得の所得計算や相続税法における保険料の取扱いと親和性の高い解釈に基づいており、税務理論としての理論的整合性が高まる。
  また、保険実務における、若いうちに保険に加入しておくことの価値を保険契約の評価に取り込むことができる。
  さらに、保険会社に問い合わせるまでもなく計算可能であり、納税者のコンプライアンスコストが減少する。

(ロ) デメリット
  評価額が、実際に解約した場合に解約返戻金として得られる金額から極端に乖離した金額となると、一般的な納税者の感覚として、納得感を得にくい評価となるおそれがある。

(ハ) デメリットが無いと考えられる場合
  養老保険や終身保険のように、必ず保険給付を受け取ることができる保険契約の場合であれば、最高解約返戻率は100%を超えることが一般的であるため、このようなデメリットは生じないといえる。

ハ 評価方法の検討3(最高解約返戻率)
  支払保険料総額によって評価することについて、感覚的な違和感があり得ることに対する改善策として、以下のように最高解約返戻率を利用する評価方法が考えられる。
  最高解約返戻率は、法人税基本通達9−3−5の2において活用が始まっており、一定の要件に該当する定期保険等の保険料を法人が支払った場合、当該支払保険料については、最高解約返戻率に応じて定められている資産計上ルールに基づいて資産計上することとされている。
  この資産計上ルールは、「保険契約者が把握可能な指標で、前払部分の保険料の累積額に近似する解約返戻金に着目し、解約返戻率に基づいて資産計上すべき金額を算定する」ものであり、「生命保険協会からのヒアリング等により、各生命保険会社が販売している各保険商品の実態を確認した上で、各保険商品の保険料の中に含まれる前払部分の保険料の累積額に近似するよう資産計上ルールを定めたもの」である。
  そのため、このルールによって資産計上される金額の累積額とは、前払部分の保険料の累積額、すなわち、保険料積立金に近似する金額ということになる。
  そうであるならば、イにおいて、経済的価値の評価として最も適切であると考えられたものの、保険会社の協力無しには実現できないと思われていた保険料積立金額による評価の近似的方法として、法人税基本通達9−3−5の2による評価も十分に検討に値するといえる。

(イ) メリット
  法人課税において、既に適用されている計算方法であり、法人から従業員へ譲渡された生命保険契約に関する法人における資産計上額と個人における評価額が、(一定の要件に該当する定期保険等に限られるとはいえ)同額となり、個人所得課税と法人所得課税における理論的整合性が高まる。
  保険契約者が把握可能な指標から保険料積立金額に近似する金額を計算することができるため実現性が高い。

(ロ) デメリット
  支払保険料総額による評価の場合に得られる所得税法と相続税法における税務理論としての理論的整合性向上というメリットが失われる。
  また、あくまで、一定の要件に該当する定期保険等にのみ適用される計算方法であることから、すべての保険契約の評価に用いることはできない。

(ハ) デメリットの詳細の検討
  法人税基本通達9−3−5の2が適用される一定の要件に該当する定期保険等とは、「保険期間が3年以上の定期保険又は第三分野保険で最高解約返戻率が50%を超えるもの」であり、これに当てはまらない生命保険契約についての計算方法は、法人税基本通達9−3−5の2においては示されていない。
  ところで、生命保険契約を用いて所得税の節税を行う場合、課税所得が二分の一となる一時所得となることを利用すると考えられる。
  しかし、最高解約返戻率が50%以下ということは、支出した保険料の半分以上は回収できないのであるから、二分の一課税でいかに節税したとしても、返戻されない保険料の方が節税額よりも当然に多額となる。
  そのため、本稿において懸念する租税負担軽減策としては、法人税基本通達9−3−5の2が適用されない最高解約返戻率50%以下の定期保険等については、考慮する必要がないことが分かる。
  他方、養老保険については、法人課税においては異なる規定がなされているものの、個人所得課税においては、ロにおいて検討した支払保険料総額をもって評価することにつきデメリットが存在しない。
  よって、最高解約返戻率が50%以下の定期保険等の場合は現行の評価方法のままとし、養老保険をロの支払保険料総額で評価することとし、法人税基本通達9−3−5の2が適用される定期保険等を、個人所得課税においても、その資産計上ルールに基づく評価額とするということで、漏れがないことになり、デメリットの後半部分については解消することができる。
  ただし、この場合、所得税法における基準に、相続税法と共通する理論と、法人税法と共通する理論が同時に存在することになり、理論的整合性が低下することになる。

ニ 評価方法の検討4(最高解約返戻金額)
  財産の評価方法としては、財産の取得以後にどのような経済的利益を得られるのかという観点で評価する方法もある。
  生命保険契約の解約返戻金にあてはめれば、将来において金銭の給付を受ける権利として評価することが考えられる。
  契約者の一般的な感覚としては、解約返戻金額が最大化する時点が財産としての価値が大きいと考えられることから、最高解約返戻金額を予定利率で割り引いた現在価値(その時点まで今後支払う必要がある保険料の現在価値の総額を控除した金額)をもって評価額とする評価方法が考えられる。
  これは、将来において一定の金銭の給付を受けることができる権利に対して用いられる評価方法に多い考え方であり、財産の評価方法としての十分な合理性があると考えられる。

(イ) メリット
  最高解約返戻額と予定利率は、保険契約者が問い合わせれば保険会社から提供を受けることができる情報であり、税務当局において計算のための様式を作成しておけば、納税者において計算可能な評価方法である。

(ロ) デメリット
  定期保険のような最終的に保険給付が無い可能性がある保険の場合、最高解約返戻率となる時点以降、自然保険料が平準払純保険料を超える分の補填として保険料積立金(≒解約返戻金)が減少するのであるが、この計算では、その減少過程を計算することができない。
  また、保険契約の特殊性として、保険契約の契約者変更後、新契約者にそれ以後の保険料支払義務が生じる点を考慮する必要があり、提案した評価方法は、将来支払う必要がある保険料の現在価値を控除するという形で考慮しているものの、その結果、計算の簡便性が低下することとなる。
  さらに、最も財産としての価値が高まるタイミングは最高解約返戻率となる時点である可能性もあるため、最高解約返戻金額の現在価値のみで評価することとした場合、最高解約返戻率となる時点と最高解約返戻金額となる時点をデザインすることによって新たな節税保険が作成可能となるおそれがある。

ホ 評価方法の検討5(同等の保険契約との比較)
  財産の評価方法としては、その時点で得られる同等の財産と比較する方法もある。
  保険契約にあてはめた場合、保険契約の譲渡時点で、その後の保険期間につき同等の保障内容の保険に新規加入した場合と比較することが考えられる。
  この比較を行った場合、支払う必要がある保険料に差がでることから、新規加入した場合の保険料と譲渡された保険契約の保険料とを比較し、その差額から評価する方法が考えられる。
  つまり、より低廉な保険料で保障内容が同等の保険契約を取得できることをその時点での経済的価値と考える評価方法である。
  これは、保険料の差額と保険料の払込満了までの期間に対する年金現価率を用いることで評価することができる。

(イ) メリット
  同一条件の財産と比較し、その際の将来の保険料支払義務の軽減分につき、その現在価値で評価する方法は、財産の評価方法としての合理性が高い。

(ロ) デメリット
  譲渡時点において残余の保険期間の保障内容が同等の新規契約を行った場合の保険料を計算することにつき、保険会社の協力が欠かせない。 また、保険会社からの協力が得られることとなったとしても、個別事情として、その時点において同等の保険商品の販売が終了しているなど、新規加入の場合の保険料が提示できないというような問題も生じうる。

へ 小括
  生命保険契約の評価(方法)として以下の5案を考えた。
  @.保険料積立金額
  A.支払保険料総額
  B.最高解約返戻率に応じた法人税基本通達9−3−5の2による評価
  C.最高解約返戻金額の現在価値
  D.同等の保険契約との比較
  これまでの検討から、生命保険業界の十分な協力が得られるならば@.が評価として適切であるが、協力が得られない場合、評価方法の合理性と実現可能性という点で、養老保険や終身保険はAで、100%>最高解約返戻率>50%の定期保険等はBで、最高解約返戻率が50%以下の場合は、現行と同様に解約返戻金相当額で評価するという方法が、保険種別と最高解約返戻率という外形的に把握できる指標に応じて、課税上の弊害が無くなる程度に@に近似する金額を得ることができることから有効であると考える。

(4)所得区分の検討
  現行の取扱いにおいて、生命保険契約から受け取る収入に所得税が課される場合は、年金形式で受け取る場合に雑所得となることを除けば、一時所得となると解されている。
  本稿において懸念している課税上の弊害は、給与所得となるべき譲渡された保険契約が低廉に評価され、その後、低解約返戻金期間終了後の当該保険契約から実際に生じる解約返戻金による所得が、解約返戻金水準の変動分も含めて一時所得として二分の一課税となること、つまり、給与所得となるべきであった経済的利益が一時所得に転換されることにある。
  しかし、そもそも所得区分の転換を計画的に行えるような収入が、偶発性をその特徴とする一時所得となることに疑問なしとしない。
  そこで、解約返戻金による所得を一時所得とする現行の取扱いについて検討する。

イ 給付の性質
  生命保険契約について、保険法が、人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うことを約するもの、と規定していることから、保険法学においては、解約返戻金は保険給付ではなく、付随的給付と解されている。
  また、保険の本来の経済的機能はリスクをコストに転換することであるが、解約返戻金はその機能を持っていない。
  つまり、死亡保険金と解約返戻金は、法的にも経済的機能としても性質が異なっている。
  このように性質の異なる所得であれば、異なる所得区分となる可能性を検討する余地がある。

ロ 文理解釈
  税法の解釈において最も基本となるのは文理解釈であるので、一時所得を規定する所得税法34条を検討する。
  所得税法34条の規定から、一時所得とは、@利子所得から譲渡所得の8つの所得区分以外の所得であること、A営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得であること、B労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの、という3要件を満たす所得であり、保険契約に基づく収入はこれを満たし、一時所得に該当すると解されている。
  しかし、解約返戻金の場合、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得」に当たるといえるかについては、検討の余地がある。
  例えば、資金拠出を行うことによって、特定の時期に確実に利益が上がる契約を締結し、実際にその利益を得た場合、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と解する余地も十分にあると考える。
  実際の保険契約に当てはめると、養老保険や終身保険のような保険金を必ず受け取ることができる保険は、保険料積立金を最終的には保険金額に達するまで積み立てる必要があり、その保険料積立金の積立期間中の運用益も併せて累積していくため、時期を選べば確実に利益を上げることができる契約となることが多い。「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」と解する余地は十分にあるものと考える。
  他方、定期保険などの最終的に保険金を得ることができるか確定していない保険の場合、解約返戻率が100%を超えることはまれであり、そのような条件の解約返戻金による収入が「営利を目的とする」とは言い難い。

ハ 小括
  解約返戻金による所得につき、一時所得とならない場合があり得るとの可能性を示唆することができたところ、一時所得に関する文理解釈の理論的精緻化や、一時所得として所得区分を構成すべき所得のあるべき範囲を立法論まで含めて研究をする必要性はあると考える。
  しかし、その逆に、現行の法令の元では一時所得ではないとは解釈しえない類型があることも判明した。このことから、本稿において検討している低解約返戻金型生命保険契約を利用した租税負担の軽減策に対しては、所得区分の解釈見直しでは、そのすべてを防止することは難しいと言わざるをえない。
  他方、所得区分の見直しを行った場合、一部の類型の解約返戻金についてだけとはいえ、解約返戻金の仕組みが通常の生命保険契約をも含めて、これまでの取扱いを大きく変更することとなる。
  これらの検討からすれば、生命保険契約に基づく収入の所得区分に関する解釈を変更することは、それが可能であったとしても、変更によって生ずる影響の大きさに対して不十分な効果しか得られないことから、今回の研究においては、これ以上検討する必要はないと考える。

(5)法令改正の検討
  保険契約の譲渡時点での評価額が適正なものとなれば、少なくとも本稿で検討している課税上の弊害はほぼ防止できると考えられるが、精緻な評価のためには、保険業界の協力が不可欠である。
  そして、業界の協力が得られないなどの理由で、簡便な評価法とした場合、適正な価値からの乖離が生じることとなり、課税上の弊害の防止策としては不十分なものとなる可能性があるし、個別の契約類型に対して相応に適切な課税が実現できるような簡便法が開発できたとしても、今度は逆に、その簡便法では適切に評価できない契約を利用した節税策が新たに開発されるおそれが残ると考えるべきであろう。
  そこで、本稿で検討している契約者変更によって移転された低解約返戻金型生命保険契約に係る課税を適正化するために、保険料積立金額と解約返戻金額の乖離が大きい保険契約を念頭に置いて、課税のタイミングや所得区分判定の在り方を、特別な立法によって規定することを検討する。

イ 検討1(最終段階でのみ課税)
  個人間で保険契約の名義変更(贈与)を行った場合、保険給付が実現するまで課税を行わず、保険料負担者と保険金受取人の関係と保険料負担割合に応じて所得の性質決定を行っている。
  本稿において検討している課税上の弊害とは、生命保険契約の贈与に関する個人に対する課税のタイミングが、個人間贈与では保険給付等の給付時点である一方、法人からの贈与は生命保険契約の贈与時点となっていることから生じているともいえる。
  そこで、法人からの生命保険契約の贈与も個人間と同様に、保険給付等が実現するまで課税を延期し、保険料負担者と保険金受取人の関係と保険料負担割合に応じた所得の性質決定を行うこととする方策が考えられる。

(イ) メリット
  個人間での贈与の場合の取扱いとの差異がなくなり、また、最終的な保険料負担割合に応じた所得の性質決定がなされるため、特定のタイミングでの評価額を考慮する必要がない。

(ロ) デメリット
  現在、フリンジベネフィットとして給与課税が行われているような、法人が一部の役員のみの保険料負担を肩代わりしている状態(経済的利益)につき、その時点で課税しないこととなり、本稿での検討とは別の弊害が生じることとなる。
  また、保険給付等が実現した時点において給与所得に当たると性質決定された場合、その時点で既に退職等によって従業員でなくなっていることもあるところ、そのような場合の給与所得課税をいかにするべきかという問題が生じることとなる。

(ハ) 本案の評価
  本件において検討している事例以外に対して大きな影響が及ぶことになるため適当ではない。

ロ 検討2(各時点での課税は維持しつつ最終段階で調整)
  現行の取扱いにおいて、生命保険契約に関連する各時点での経済的利益としての給与課税等が行われた場合は、その給与課税等が行われた金額をもって当該個人が保険料を負担したものとして、以後の保険給付等が実現した際の相続税法に基づく按分計算及び一時所得の所得計算に組み込まれている。
  つまり、現行の取扱いは、最終的に保険給付等が実現した時点において、それまでの各時点での課税の結果を保険料負担者と保険料負担額の変動という形で取り入れて計算される各保険料負担者と保険料負担割合によって保険給付等の金額を按分し、各保険料負担者と保険金受給者との関係に基づいて所得の性質決定を行っており、現行の所得課税における取扱いと相続税法に基づく按分計算は、その点において両立しているといえる。
  ここで、本稿において検討しているような、法人から個人へ生命保険契約を譲渡した場合については、譲渡時点での評価額が個人負担分の保険料となる一方、譲渡時点での評価額と支払保険料総額との差額は、法人負担分でもなく個人負担分でもないものとして消滅しており、この点については、保険給付等の段階での保険料負担割合に基づく按分計算という相続税法の論理からすれば疑義を感じるところである。
  そこで、当該差額について、譲渡時点で消滅させるのではなく、保険給付等が行われた時点での相続税法における按分計算の際に、法人負担分の保険料として反映させるという取扱いに変更すれば、この点についても、理論的な整合性を確保することができると考える。
  そしてこの変更が行われるならば、もしも、譲渡時点での評価額に問題が生じたとしても、保険給付等が行われた段階で調整されるため、最終的な租税負担という点で、より適正公平な課税となることが期待できる。

(イ) メリット
  各時点における現行の取扱いには影響を及ぼさない。
  保険料負担割合で保険給付等の金額を按分する方法で、保険給付等による収入に対する課税を、所得税法、相続税法を通して統一することができ理論的な整合性が高まる。
  評価方法の改善と並行して実施できる。
  実際の価値と評価額の間にある程度の乖離が避けられないような簡便な評価方法であったとしても、最終的に課税上の弊害がほとんど無いと評価できる課税となる。

(ロ) デメリット
  保険給付等が実現した時点において給与所得に当たると性質決定された場合、その時点で既に退職等によって従業員でなくなっていることもあるところ、そのような場合の給与所得課税をいかにするべきかという問題が生じることとなる。
  また、従業員であったとしても、どの年分の給与所得とすべきかという問題が生じる。

(ハ) 特別措置による対応
  保険給付等による収入を得た時点で給与所得としての性質を持つとされる収入金額が定まった場合、理論的な理想だけを適用するならば、これは、保険契約譲渡時点において法人負担部分として残った保険料相当額を、保険契約譲渡時点での給与収入であるとして、さかのぼって源泉徴収すべきであるということになる。
  ただし、理論的にはこれでいいとしても、実際に保険給付等が実現した時点では除斥期間が経過している可能性も高く、そうでなくても、当該従業員が既に退職しているなど、源泉徴収を行うことが現実的ではない時期に保険給付等が実現することも容易に想像することができる。
  以上の検討から、これらの点につき、適切なバランスを取った特例を設ける必要があるといえる。
  まず、源泉徴収であるが、給与所得としての源泉徴収を不要とすると同時に、保険給付等を得た個人において申告を義務付けることを、特例をもって措置することが考えられる。
  これが措置できれば、後は、期間制限の問題となる。
  更正決定は5年の除斥期間があることから、譲渡が行われた年から5年以内であれば、譲渡時点の給与所得として申告することについては、問題ないであろう。
  それ以上の年数が経過していた場合については、それもさかのぼって申告、更正等を認めるという特例措置もあり得るが、除斥期間が定められていることの趣旨及び各種証拠書類の散逸の可能性という実務上の問題からすると、あまりに長期にわたって申告を義務付ける制度は適当ではない。
  そこで、譲渡した年から5年以上経過した場合につき、その時点での所得として、申告を行うという特例を措置することが考えられる。
  この場合の所得区分であるが、給与所得としての性質を持つ収入ではあるものの、給与所得としての本来の年分から離れた年分の収入と擬制されていることから、給与所得とするとしても特例として措置する必要がある。
  しかし、保険契約を譲渡した場合、譲渡した年分において高額な給与所得となっていることが考えられ、給与所得控除が上限近くまで控除されている可能性が高いことを考えると、あえて、保険給付等の実現時点において、特例で給与所得とするよりも、給与所得の性質を持っているが給与所得ではない所得として、雑所得として取り扱うことが適当であると考える。
  つまり、保険契約の譲渡から5年以内であれば、譲渡時の給与所得として申告を行い、5年以降であれば、保険給付等の実現時点における雑所得として申告を行うと、特別措置法によって規定することが適切であると考える。
  他方で、このような特別措置が実現した場合、将来の複雑な課税関係を避け、簡素な課税関係としたい納税者もいると考えられることから、例えば通達によって、保険契約の譲渡時点で、その譲渡価額を自主的に保険料総額で評価した場合それを認める(つまり将来的に法人負担分の課税を考慮する必要がなくなる)といった取り扱いを定めることも、一案として考えられるであろう。

(ニ) 小括
  特別措置によって、@雇用者による源泉徴収を免除し、確定申告の対象とし、A保険契約が譲渡された時点から5年以内に保険給付等による収入を得た場合は、譲渡した年分の給与所得として申告を行い、B5年以上経過後の場合は、保険給付等の実現時点における雑所得として申告を行うと定めることで、本稿において検討している課税上の弊害を、緻密とは言えないまでも簡便かつ十分に防止することができると考える。

(ホ) 本案の評価
  デメリットを特別措置によって解消することで、最終段階での課税への変更と現行の課税を両立させることのメリットを得ることができることは、現行の課税の必要性と極端な租税負担の軽減策の防止の両立が可能になるということであり、適正公平な課税にとって有意義であると考える。
  また、これらの施策の結果、今後、行き過ぎた租税負担の軽減を可能とする生命保険商品の開発、販売に歯止めがかかるという効果も得られるものと考える。

3 結論

これまでの検討によって、本稿において検討する課税上の弊害を防止するためには、所得区分の解釈の変更は、必ずしも有効ではないが、それ以外の方法ではある程度実現可能性のある改善策が考えられることが分かった。
  その結果、@保険契約譲渡時点での評価方法の改善を可能な限り行うとともに、A保険給付等が実現した時点での按分計算の方法を適正化し、Bその際に、給与所得の性質を持つと判定された場合の特例を措置することが適当と考えた。
  詳しくは、@現行の取扱いを基本的に維持しつつ、譲渡時点での評価額と支払保険料総額との差額について、保険給付等が行われた時点での按分計算の際に、法人負担分の保険料として反映させるという取扱いに変更した上で、最終的な保険給付等が実現した時点において、各時点での課税の結果も取り入れて計算される各保険料負担者と保険料負担割合によって保険給付等の金額を按分し、各保険料負担者と保険金受給者との関係に基づく課税により最終的に調整する制度に変更すること、Aその際、給与所得の性質を持つこととなる金額に対する課税の特例として、雇用者による源泉徴収の免除及び受給者本人による申告を義務付けること、B課税時期を、保険給付等が実現した時点が保険契約の譲渡時点から5年以内であれば譲渡時点の給与所得として申告することとし、5年以上経過しているならば、給付時点での雑所得として申告することを措置すること、それらと並行して、C保険契約の譲渡時点での評価を、保険業界の協力が得られるならば保険料積立金額による評価、得られないならば、保険種別と最高解約返戻率に応じて、支払保険料総額による評価、法人税基本通達9−3−5の2と同様の評価、現行の解約返戻金相当額による評価の組み合わせによって改善するというものである。
  もちろん、課税庁において取り扱いを変更し、立法担当者が実際に法案を作成する際に、どのような案をどのように組み合わせるのかということは、その時点での政策判断によるところが大きく、最終的にどのような制度となるかは分からないが、本論文における検討が、今後の生命保険契約に関する課税の適正化の参考となれば幸いである。


目次

項目 ページ
はじめに 147
第1章 生命保険契約が法人から従業員に譲渡された際の課税の現状 149
第1節 関係する保険制度と税制の概要 149
1 課税に影響を与える生命保険契約に関する制度 149
2 生命保険契約による給付と課税 156
3 保険料支出時点における経済的利益 158
4 生命保険契約の譲渡と課税 159
5 生命保険契約に関する所得税課税の特徴 160
第2節 所得税額変動の概要 161
1 設例 161
2 租税負担の変動 162
3 本スキームの問題点 164
第2章 生命保険契約に関する権利の評価方法の検討 167
第1節 現行の評価方法の分析 167
1 解約返戻金と保険料積立金 167
2 所得税基本通達36−37による評価 171
3 低解約返戻金型生命保険契約 172
4 小括 177
第2節 生命保険契約に関する権利の評価方法の改善案 177
1 保険料積立金額 177
2 支払保険料総額 178
3 最高解約返戻率 181
4 最高解約返戻金額 185
5 同等の保険契約との比較 186
6 小括 187
第3章 所得区分の検討 189
1 給付の性質 189
2 文理解釈 190
3 小括 191
第4章 法令改正の検討 193
第1節 最終段階でのみ課税 193
1 個人に対する課税理論としての整合性 193
2 本案の評価 194
第2節 各時点での課税は維持しつつ最終段階で調整 194
1 現行の各時点での課税結果に対する解釈 194
2 特別措置による対応 196
3 本案の評価 200
おわりに 201