松岡 克俊
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

日本国内において、少子高齢化に伴う人口減少が指摘されており、それに伴う国内の労働力不足は近年急速に深刻化している。また、人手不足を理由とする倒産も増えつつあり、外国人労働者による労働力確保の動きが急務となっている。
 一方、2017年11月に施行された外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(以下「技能実習法」という。)により技能実習制度が改正され、2019年4月に施行された出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)の一部改正により新たな在留資格(特定技能)が導入され、外国人労働者の受入れが更に拡大することが予想されている。
 こうした中、今後、これまで外国人労働者を雇用してこなかった事業所からも、外国人労働者を巡る給与に対する源泉徴収等の相談が税務署の窓口等に寄せられ、相談件数が増加することが考えられる。
 しかしながら、外国人労働者に係るこのような相談については、居住者・非居住者の判定から始まり、在留資格の確認や外国人労働者の母国と日本との間における租税条約締結の有無の確認や租税条約の適用関係の検討を必要とするなど一筋縄ではいかないケースが多い。
 そこで、本研究においては、外国人労働者を巡る入管法等の現状等を的確に把握した上で、外国人労働者の主な所得である給与所得の課税に関して、租税条約の適用関係を中心に研究を行う。
 具体的には、技能実習や職業訓練のために来日している非熟練の外国人労働者の課税関係を中心に、OECDモデル租税条約第20条、いわゆる学生等条項が規定されている租税条約の適用関係や入管法における在留資格と租税条約との関連性について明らかにする。

2 研究の概要

(1)外国人労働者の概要
 日本政府は、長年外国人の単純労働力を受け入れない方針を執ってきたが、1980年代頃から日本は外国人労働者の単純労働力を用いなければ、その生産力や国際競争力を維持することができない状況になってきた。
 そのため、日本政府は単純労働力の受入れではないとしつつも、在留資格の拡大(日系人の受入れ、技能実習制度など)によって実質的には外国人の単純労働力を受け入れてきた。その結果、外国人労働者は年々増加し、2019年10月末現在、約166万人にのぼっているのが現状である。
 現在の日本国内の人手不足は深刻であり、外国人労働者に依存する傾向は、今後も続いていくことが予想される。

(2)入管法の概要

イ 在留資格
 入管法では、日本に入国しようとする外国人は、入管法に定める在留資格を有することの審査を受けなければならず、原則として、一定の在留資格をもって日本に在留するものとされている(入管法2の2)。

ロ 在留管理
 日本に入国するまでは「査証(ビザ)」、入国してからは「在留資格」により外国人を管理することになる。

ハ 不法就労
 就労を認められていない在留資格の外国人が就労した場合や、就労を認められている場合でも許可なく資格外の就労活動を行ったときには不法就労となる(入管法19@)。
 不法就労が発覚した場合、外国人は退去強制の対象となる。1989年の入管法改正により、雇用主の刑事責任を問う不法就労助長罪が新設された。意図的に不法就労させた場合はもちろんのこと、外国人が不法就労していることを雇主が知らなかったとしても処罰は免れない。

(3)労働法の概要
 労働法とは、労働契約法、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、職業安定法、労働者派遣法等の労働関係法規の総称として捉えられている。こうした労働法については、外国人労働者が不法滞在であるか否かを問わずに適用されることになる。

(4)外国人労働者に対する租税条約の適用
 本論が扱う外国人労働者の多くは、アジア諸国からの労働者であり、技能実習生と留学生によるアルバイトで外国人労働者のほぼ半数を占めている状況である。こうした労働者が、雇用先から受け取る給与等に関して、租税条約の適用において関連してくると思われるのが、学生等の取扱いを定めたOECDモデル租税条約第20条である。そこで、OECDモデル租税条約第20条に関し、次のとおり用語の定義等について検討する。

イ OECDモデル租税条約第20条の主旨
 この条項は、一方の締約国に滞在する学生又は事業修習者が、生計、教育又は訓練のために受領する給付について、滞在地国で免税とすることを規定している。ただし、その給付が学生又は事業修習者の本国から給付されるものに限り免税とされているので、日本で給付されているものについては免税とされない規定となっている。

ロ 「学生」(student)の用語の意味
用語の意味について、OECDモデル租税条約では定義されていない。日本が締結している租税条約においても条約中に定義はないが、租税条約等実施特例省令第8条1項により、「学生」とは、学校教育法1条に規定する学校(大学、短大、高校等)の学生をいうと定義されている。

ハ 「事業修習者」(business apprentice)の用語の意味
 用語の意味は、「学生」(student)同様、OECDモデル租税条約上、定義されていない。直訳すれば「事業上の見習い」ということであるが、国税庁HPには「企業内の見習研修者や日本の職業訓練所等において訓練、研修を受ける者」と定義されている。

ニ 「滞在直前に他方の締約国の居住者」
 この用語が挿入されたのは、かつて一度締約国に居住していたことがある者が、留学や実習を行うため他の締約国を訪れる前に、居所を第三国へ移動した者には適用しないということを明確にするためのものである。

ホ 「専ら教育又は訓練を受けるため」
 留学生が、締結国の大学に学籍はありながらも、ほとんど授業には出席せず、留学生としての本来の目的ではなく専ら就労活動をしている状況では、免税規定の適用はないということになるだろう。

へ 「生計、教育又は訓練のために受け取る給付」の範囲
 一般的に「生計、教育又は訓練のために受け取る給付」とは、宿舎費、食費等の生活費など、学生や技能実習生が必要な実費に充てるものをいうと解され、人的役務の提供の対価ではなく、飽くまでも学生や研修上の実費弁済と考えられる。

ト 「ただし、その給付が当該一方の締約国外の源泉から生じたものに限る。」
 学生又は事業修習者が教育又は訓練のみの目的で在留している国の国外にある源泉から生じる支払に限って適用されるとされている。
 しかし、中国との日中租税条約第21条では、この「ただし、その給付が当該一方の締約国外の源泉から生じたものに限る。」部分が記載されておらず、国内外問わず、いずれから受領した給付についても免税という取扱いになっている。

チ その他OECDモデル租税条約以外における必要な用語の解釈等
 「研修員」(trainee)、「事業習得者」について言及。

(5)入管法における在留資格と租税条約

イ 租税条約の用語等を入管法による在留資格により解釈する意義
 外国人労働者の租税条約への適用可能性を検討する際、それぞれ外国人労働者の持つ在留資格により、租税条約上のどの用語(事業修習者、事業習得者等)に該当するのかをおおよそ検討することができれば、租税条約の適用可能性を見極める際の一助となるのではないかと考える。

ロ 在留資格「技能実習」に関する考察
 在留資格「技能実習1号」は、最初の1年間、「講習による知識修得活動」及び「雇用契約に基づく技能等修得活動」を行い、さらに在留資格「技能実習2号」として2年間、在留資格「技能実習1号」の活動内容に従事し技能等を修得した者がその技能等に習熟するため、実習を行うことになっている。一方、OECDモデル租税条約第20条に規定されている「事業修習者」については、「企業内の見習研修者や日本の職業訓練所等において訓練、研修を受ける者」と定義されており、在留資格「技能実習1号」及び「技能実習2号」の外国人労働者は、「事業修習者」に該当する可能性が高いと考える。

ハ 在留資格「留学」に関する考察
 日本との二国間租税条約上、「学生」の範囲については、「学校教育法第1条に規定する学校の学生、生徒又は児童をいう。」と規定されている(実施特例省令8@)。したがって、日本の大学、短期大学、高等学校等の学生には、租税条約の適用があるが、日本語学校等の専修学校(学校教育法第124条)や各種学校(学校教育法第134条)の学生には適用がないということになる。

ニ 在留資格「特定技能」に関する考察
 2019年4月に新設された在留資格「特定技能」においては、日本に滞在する外国人労働者は、一定水準以上の技能を有しており、人手不足が深刻な日本の労働力として、就労目的で日本に在留しているのであるから、一般的に租税条約上の「事業修習者」又は「事業習得者」に該当しないとされている。

ホ 在留資格「研修」に関する考察
 国税不服審判所・平成21年3月24日裁決「外国人研修生等が在留資格の基準に適合する活動を行っていないことを理由に日中租税条約第21条の免税規定の適用がないとした事例」について言及。技能実習法に基づく技能実習制度が始まる以前の研修制度下で行われた労働であるが、「研修」等の在留資格の基準に適合するような活動を行っている者とはいえないことから、日中租税条約による免税を認めなかった裁決事例である。

(6)海外の状況
 ドイツ、フランス、イギリスのEU3か国について、日本と同様に外国人労働者を受け入れる各国の在留状況を確認した。

3 結びに代えて

外国人労働者について、技能実習や職業訓練のために来日している非熟練の外国人労働者の課税関係を中心に、OECDモデル租税条約第20条、いわゆる学生等条項が規定されている租税条約の適用関係や入管法における在留資格と租税条約との関連性について言及した。
 その中で大きな問題としてあげておきたいのが、入管法の在留資格と学生等条項がある租税条約との関連性である。租税条約上の「事業修習者」等について租税関係法令が特段の規定を置いていない状況下においては、租税条約に規定する「事業修習者」等に該当するか否かの検討においては、入管法上の在留資格の基準に適合するか否かの観点からのみではなく、個々の案件に応じた事実関係に基づいて十分な検討・吟味・評価を行って判断することが求められるであろう。


目次

項目 ページ
はじめに 15
第1章 外国人労働者についての概要 17
第1節 外国人労働者の現状 17
1 外国人労働者の定義 17
2 外国人労働者数の推移 18
3 外国人労働者の属性 19
4 外国人労働者の変遷 22
第2節 外国人労働者の受入れを巡るこれまでの動き 23
1 日本政府の方針 23
2 日本における外国人労働者の始まり 24
3 小括 26
第2章 入管法の概要 28
第1節 在留資格制度 28
1 在留資格の種類 29
2 外国人労働者との関連性があると思われる在留資格 31
3 在留資格の問題点等 41
第2節 在留管理制度 46
1 入国手続 46
2 不法就労 50
3 在留審査手続 51
4 外国人登録法の廃止と在留カードの導入 53
第3章 労働法の概要 56
第1節 労働法の意義と主な労働関係法令 56
1 「労働法」の意義 56
2 「労働法」における主な法令 56
3 労働基準法の役割 56
第2節 外国人労働者に対する労働関連法令の適用 57
1 労働関連法令の適用可能性 57
2 外国人差別の禁止 58
第3節 外国人労働者の労働法上の問題点等 59
1 職業安定(雇用形態)に関する問題 59
2 労働基準に関する問題 60
3 労働安全衛生に関する問題 60
4 在留制度に関する問題 60
5 その他の人権問題 61
6 小括 62
第4章 外国人労働者に係る課税の概要 63
第1節 居住者・非居住者の判定 63
1 個人の納税義務者の区分 63
2 個人の課税所得の範囲 64
3 住所及び居所の定義 65
4 推定規定 65
第2節 外国人労働者の源泉所得税等の取扱い 67
1 居住者の源泉所得税等の取扱い 67
2 非居住者の源泉所得税等の取扱い 67
第3節 租税条約の概要 68
1 租税条約の目的 68
2 外国人労働者への租税条約の適用 68
3 租税条約適用の現状 69
4 租税条約の基本ルール 69
5 OECDモデル租税条約等 71
第5章 外国人労働者に対する租税条約の適用についての考察 74
第1節 OECDモデル租税条約第20条の解釈 74
1 OECDモデル租税条約第20条の概要 74
2 OECDモデル租税条約第20条における各用語の解釈等 76
3 OECDモデル租税条約以外における必要な用語の解釈等 82
第2節 入管法における在留資格と租税条約 85
1 租税条約の用語等を入管法による在留資格により解釈する意義 85
2 在留資格「技能実習」に関する考察 85
3 在留資格「留学」に関する考察 92
4 在留資格「特定技能」に関する考察 94
5 在留資格「研修」に関する考察 96
6 在留資格「特定活動」等に関する考察 99
7 その他 101
8 小括 102
第6章 海外の状況 103
第1節 欧州主要国における外国人労働者受入れの概要等 103
1 ドイツ 104
2 フランス 108
3 イギリス 110
第2節 欧州主要国における外国人労働者と租税条約 113
1 ドイツについての考察 114
2 フランス 115
3 イギリス 117
4 小括 118
結びに代えて 120