長谷川 長
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

2020(令和2)年4月から施行される改正民法は、いわゆる債権法の規定について、企業や個人の取引社会を支える最も基本的な法的基礎である契約に関するものを中心に、社会・経済の変化へ対応するための見直しを行うとともに、国民一般に分かりやすいものとすることを目的として、実務で通用している基本的なルールを適切に明文化することとしたものである。
 租税徴収は、民法との関わりにおいて極めて深い関係にあり、私人の経済活動から生じる債権を対象にして滞納処分を執行したり、租税債権者としての立場から債権者代位権や詐害行為取消権を行使できるなど、民法規定を執行の前提とし、ないしは準用して執行が行われる場合が多い。今般の民法改正は税務執行における租税徴収に広く影響を及ぼすものと考えられるところ、国会では、保証債務の議論、とりわけ個人保証における保証人保護の拡充策の審議に多くの時間が割かれたようであり、保証人担保制度を有する租税法においても民法改正の内容を踏まえた検討が必要であろうと認識したため、本稿は、改正民法で新設された保証人に対する情報提供を取り上げ、税務執行上の課題を抽出し、研究・整理することを目的とした。
 問題の所在は、今般の民法改正による保証人保護の拡充策として、債権者が保証人に対し主たる債務者の履行状況等に関する情報を提供することが義務付けられた(改正民法458条の2及び458条の3)ことに端を発する。
 租税法においても、例えば、国税通則法(以下「通則法」という。)46条2項及び3項に規定する納税の猶予や国税徴収法(以下「徴収法」という。)151条及び151条の2に規定する換価の猶予は、原則、担保の提供を受けた上で、最長1年の猶予期間での分割納付を可能とするものであるが、担保として、保証人による保証が提供される場合がある。代表者が主宰法人の滞納国税を納税保証するといった、主たる納税者の履行状況を常に把握できるような関係にある場合を除き、租税法における保証人も保証債務を請求される場面になって、延滞税の発生による予期せぬ額の債務を負う危険性を抱えているという意味では、私法上の保証債務と何ら変わるところはない。この点、改正民法における情報提供規定の趣旨は、租税法における保証人にも妥当するように思える。しかしながら、現行租税法の下では、通則法127条において税務職員に対して一般の公務員等より重い守秘義務(罰則)を課しており、改正民法の規定があるからといって、そのまま租税法上の保証人に対して情報提供できるかどうかは慎重に検討すべきものと思われる。
 また、国税の場合、保証人の保証債務のように主たる納税者の納税義務と主従関係にあるものとして、相続税の連帯納付義務や第二次納税義務が設けられている。特に、相続税法34条に基づき相続人に対して連帯納付義務を追及した場合、連帯納付義務者は自らの相続税の納付を既に済ませていても、連帯納付義務の督促を受ける場面では不意打ち感を抱いてしまったり、他の相続人が納付すべき相続税をなぜ自分が負担しなければならないのかといった抵抗感を抱かせてしまうなど、連帯納付義務の追及に際し訴訟となることが少なくない。このような側面を捉えると、相続税の連帯納付義務者には保証人と類似した問題が存在するように考えられる。この点、改正民法における保証人保護の目的と同様に、連帯納付義務者に対しても、主たる納税者の納付状況を情報提供すべきかが問題となるところである。
 更に、改正民法458条の2とは異なる情報提供義務となるが、改正民法458条の3では、主たる債務者が期限の利益を喪失したときに、債権者がその旨を情報提供しなかった場合、一定期間の遅延損害金に係る保証債務が請求できなくなることを規定しているところ、これがそのまま租税法に適用されるとすると、延滞税に係る保証債務が請求できないといった場面が生じることも考えられ、同条の租税法への適用関係についても整理すべき課題として捉えたところである。

2 研究の概要

(1)民法における保証債務

イ 保証債務の概要
 保証債務は、いうまでもなく、債権担保の一形態であり、物的担保に対して人的担保と呼ばれるものである。すなわち、保証債務には、必ずそれによって担保される債務、いわゆる「主たる債務」が存在する。そして、保証債務は、その主たる債務の実現を、保証人の人的信用に依拠して、その総財産(一般財産・責任財産)を引当てとすることによって確実にすることを目的としたものである。
 保証債務は自ら独立した目的を有しないで、主たる債務を担保する目的のためにのみ存在する。そのため、保証債務は主たる債務に対して附従性を有する。具体的には、@主たる債務が不成立であれば、保証債務も成立しない(成立における附従性)、A主たる債務が弁済、時効等によって消滅すれば保証債務も消滅する(消滅における附従性)、B主たる債務よりも保証債務の方が債務の内容が重くなることはない(内容における附従性)。
 また、保証債務はその従たる性質から、債権者に対して二次的な地位にあり、主たる債務者が債務を履行しないときに、はじめて履行すればよい。これを保証債務の補充性といい、その法律的な現われとして、保証人は、債権者に対して、まず主たる債務者に請求せよという催告の抗弁権と、まず主たる債務者の財産に執行せよという検索の抗弁権を持つ。

ロ 保証人への各種情報提供義務の創設
 保証人保護の方策について、2004年(平成16年)の民法改正では、保証人に対して、保証の内容や保証人が負う負担などを説明する義務を債権者に負わせるという方策は見送られたものの、参議院法務委員会では、銀行を始めとする融資機関の保証人に対する説明責任が十分に果たされるよう必要な措置を講ずるよう求める付帯決議がなされていた。
 今般の改正では、より一層の保証人保護の拡充を行うべく、個人保証の制限が強化されるとともに、保証人が個人である根保証契約は、極度額を書面等で合意しない限り無効とすることや、債権者や主たる債務者から保証人に対し情報提供を行う義務などが導入された。

(イ) 契約締結時の説明義務及び情報提供義務
 改正民法465条の10の規定では、主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者に対し、財産及び収支の状況等に関する情報を提供しなければならないとされた。
 この保証契約締結時の情報の提供義務については、当該義務の主体が「主たる債務者」であり、租税債権者である国は当該義務の主体になり得ないことや、「事業のために負担する債務」の中に租税債務は含まれないと解されることから、租税法への影響はないものと考えられる。

(ロ) 主たる債務の履行状況等に関する情報提供義務
 債権者に情報提供義務が課される、以下の2つの場面では、租税債権者である国も義務の主体となり得ることから、各規定の租税法への適用関係が問題となる。

A 主たる債務の履行状況に関する情報提供
 改正民法458条の2の規定では、保証人が主たる債務者の委託を受けて保証した場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならないとされた。
 なお、債権者に対して情報を求めることができる保証人の態様を「委託を受けた保証人」に限定した理由は、債務不履行の有無や主債務の額などは主たる債務者の信用などに関する情報であるから、主たる債務者の委託を受けていない場合にまで、これらの情報を請求する権利を与えるのは相当でないからと説明されている。

B 主たる債務者が期限の利益を喪失した場合の情報提供
 改正民法458条の3の規定では、主たる債務者が期限の利益を有する場合において、その利益を喪失したときは、債権者は、保証人に対し、その利益の喪失を知った時から2箇月以内に、その旨を通知しなければならないとされ(同条1項)、この期間内に通知をしなかったときは、債権者は、保証人に対し、主たる債務者が期限の利益を喪失した時からこの通知を現にするまでに生じた遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)に係る保証債務を請求することができないとし(同条2項)、本条の規定は、保証人が法人である場合には、適用しないとされた(同条3項)。
 なお、本条の規定において、保証人が法人の場合を適用除外としている理由は、保証人が法人である場合には保証債務の負担が増大してもそれによって生活の破綻といった極めて深刻な事態が直ちに生じないことや、保証人からの請求がなくても債権者に情報提供義務を課すものであるため、真に必要な場合に限って債権者に義務を課すのが適切であることなどを考慮したものであるとされている。

(2)租税法における保証債務

イ 租税法における私法の適用関係
 金子宏教授は、租税法律関係について、国家と納税義務者との間の債権・債務関係、すなわち債務関係であるが、それは私法上の債務関係と異なる種々の特質をもっていると述べ、第一に、租税債務は法定債務であること、第二に、公法上の法律関係にあること、第三に、租税が公共サービスの資金調達手段として強い公益性を帯びていることとその確定と徴収が公平・確実かつ迅速に行われなければならないことを理由に私法上の債権者には見られない特権(質問検査権・自力執行権・滞納処分に当たっての一般的優先権等)の行使が認められていることを挙げている。そして、これらの特権を取り除けば、租税法律関係は私法上の債務関係に異ならないものとなり、租税法律関係についても、それを排除する明文の規定ないし特段の理由がない限り、私法規定が適用ないし準用されると解すべきであろうと説明されている。また、判例の立場も、租税債権の成立、すなわち租税の賦課は権力関係によって生じるのであるが、一旦成立した租税債権の実現については、租税法に特別の規定がない限り、私債権と区別する必要がないという考え方が基本にあると考えられる。

ロ 納税保証の性質と履行状況の情報提供の必要性
 租税法上の保証契約ないし保証債務は、租税債権者である国と納税保証人との間の契約によって成立し、主たる納税者の納税義務に対し補充性・附従性を有する点で、私法上の保証債務の成立及び性質と基本的に共通した性質を持っているといえる。そのため、主たる納税者の納税義務と納税保証人の保証債務との関係においては、原則、保証債務に関する民法規定が類推適用されると解し、実務上の運用が行われているところである。
 今般の民法改正によって新設された改正民法458条の2の規定の趣旨は、保証債務の予見可能性を高めるという保証人保護を目的とするものであり、納税保証人にとっても共通するものがある。加えて、納税保証人に催告の抗弁権や検索の抗弁権が認められていないことの反射として、納税保証人から求めがあれば主たる納税者の履行状況を開示可能とすることで、国と納税保証人の権利義務の均衡が保たれるということがいえ、この点からも、情報提供の必要性が認められる。
 そのため、改正民法458条の2の規定を租税法に類推適用できると解し、情報提供を行うことも考えられるが、税務職員に加重に課せられた守秘義務との関係をみたときに、納税保証人に対する情報提供が守秘義務規定と齟齬を来たすことにならないか疑問が生ずるところである。

(3)履行情報の提供と守秘義務の解除

イ 税務職員の守秘義務の意義
 国家公務員法100条1項及び2項は、一般職の国家公務員の守秘義務について規定し、同法109条12号は、これに違反して秘密を漏らした者は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する旨の罰則を定めているが、通則法127条では、更に、税務職員の守秘義務について、国家公務員法上の一般規定より重い罰則規定(2年以下の懲役又は100万円以下の罰金)を設けている。
 税務職員にこのような加重の守秘義務が課されているのは、税務調査の権限は租税の確定・徴収を確実に行うためにのみ認められた権限であり、それによって得られた納税者等の秘密は、外部に漏れないよう厳格に守られなければならないという理由からである。加えて、そうした秘密を保護することによって、納税者が税務当局に対して事業内容や収支の状況を自主的に開示・申告しても、また、税務調査等に納税者や取引先等の第三者が協力しても、税務職員によりこれが公開されないことを保障して、税務調査等の税務事務への信頼や協力を確保し、納税者や第三者の真実の開示を担保として、申告納税制度の下での税務行政の適正な執行を確保することを目的とするものである。

ロ 守秘義務が解除される場合
 法令により守秘義務が解除される例としては、民事訴訟法191条1項(公務員の尋問)、刑事訴訟法144条(公務上秘密と証人資格)、生活保護法29条、通則法97条の3第1項、徴収法55条などが挙げられ、開示の目的に応じて必要な措置が設けられている。
 一方、個別法によらずとも、開示すべき正当な理由が存在することにより違法性が阻却され、守秘義務違反に問われない場合がある。税務職員の守秘義務に関する裁判例を俯瞰すると、法益の比較衡量によって判断がなされており、第一に、情報開示の目的が何であるか、第二に、開示によって達成できる目的は社会通念に照らし納税者の秘密保持の利益に優先するのか、第三に、納税者の秘密保持の利益に優先するとしても、開示する内容は当該目的を達成するために必要なものに限らなければならない、ということが共通して読み取れる。

ハ 改正民法458条の2の類推適用の可否
 租税法の保証債務の本質(補充性・附従性)は私法上の保証債務と何ら変わりがなく、かつ、納税者及び納税保証人がこの本質を踏まえ、両者合意の下に保証契約がなされていることからすれば、こうした法律上の利害関係にある納税保証人にまで主たる納税者の履行状況を秘匿にすることは、納税保証人の保護法益との比較衡量において妥当とはいえないと考えられる。また、納税保証人からの情報請求を認め当該情報を提供することは、納税保証人から主たる納税者への監督又は支援効果が期待でき、租税債権の確保という観点では、むしろ納税保証人に履行状況を開示した方が適正かつ公平な賦課徴収の実現が図れるという点において、法益の比較衡量によって守秘義務が解除されると判断した裁判例と共通するところがあると考えられる。
 すなわち、税務職員の守秘義務との関係においては、改正民法458条の2の規定を租税法に類推適用することに問題は生じないと解されることから、納税者の滞納状況につき、いかなる第三者にも開示してこなかった従来の運用を変更し、納税保証人に限っては、必要以上の情報が開示されることのないよう開示範囲を明確にし、その範囲で開示可能とする運用を行ってはどうかと考える。

ニ 各種納税緩和措置において情報提供すべき内容との整合性
 改正民法458条の2の規定が類推適用できるかどうかに当たっては、同条に規定する情報提供内容と租税法の各種納税緩和措置において情報提供すべき内容に齟齬が生じることがないか、その開示範囲について精査する必要がある。
 担保の提供を求める納税緩和措置には、@納税の猶予(通則法46条2項及び3項)、A換価の猶予(徴収法151条及び151条の2)、B延納(相続税法38条、所得税法132条)、C納期限の延長(酒税法30条の6、たばこ税法22条等)、D保全担保(酒税法31条、たばこ税法23条等)、E差押えの猶予(通則法105条3項)、F繰上保全差押え又は保全差押えをしないことを求める申出(通則法38条4項、徴収法159条4項)があり、これらの情報提供すべき内容を各々検証したところ、改正民法458条の2に定める情報提供内容に対応して、第一に、「納期限(猶予においては分割納付期限)までに完納されていない国税の有無」、第二に、「情報提供の請求時点における滞納税額(延滞税等の附帯税を含む)、第三に、猶予又は延納のような分割の方法により納付されるものにあっては「分割納付期限までに履行されていないものの額」という内容に集約できることを確認した。いずれの納税緩和措置においても、改正民法458条の2の規定との整合性があることが認められ、同条の類推適用が可能であると解すことができる。

ホ 連帯納付義務者に対する情報提供の要否
 連帯納付義務者も、主たる納税者の納税義務について責任を負う第三者である点においては納税保証人と同様であり、国に改正民法458条の2に規定する情報提供義務を当てはめることが妥当するのか問題となる。
 この点、連帯納付義務は相続税法34条によって法律上当然に生じる義務であり、当該義務が課されることにつき、納税保証契約にみられるような当事者の意思(主たる納税者の意思や連帯納付義務者の意思)が伴わないものである。今般の改正民法458条の2の規定を設ける検討過程においても、主債務の履行状況に関する情報は主たる債務者の財産的信用に関わるものであることに照らし、主たる債務者から保証の委託を受けていない(主たる債務者の意思が働いていない)、いわゆる無委託保証人に対してまで、その情報の提供を求める権利を付与するのは相当でないとの結論に至っていることから、主たる納税者の納税義務の確定によって自動的に義務が確定する連帯納付義務者もこれと同様に捉え、情報提供を求める権利を付与すべきではないということができる。加えて、連帯納付義務者は主たる納税者と親近性があり、主たる納税者の納税義務の内容を相当程度知り得る立場にあることからしても、あえて債権者である国から情報提供する必要性は認めらないし、平成23・24年度の税制改正により、連帯納付義務者の予見可能性が高められ、かつ、長期間経過してから連帯納付義務の追及を受けることもなくなった点を踏まえると、改正民法458条の2の情報提供の適用を連帯納付義務者にまで拡大して立法措置する必要性はないものと考える。

(4)租税法と改正民法458条の3の規定との関係
 上記(3)までは、保証人に対する主たる債務者の履行状況に係る情報提供(改正民法458条の2)について、租税法との関係を考察してきたが、ここでは、主たる債務者が期限の利益を喪失した場合の保証人に対する情報提供義務(改正民法458条の3)について、租税法への適用関係を考察する。

イ 租税法における期限の利益を喪失した旨の通知と問題点
 あらためて、改正民法458条の3の規定を確認すると、第1項において、主たる債務者が期限の利益を有する場合において、その利益を喪失したときは、債権者は、保証人に対し、その利益の喪失を知った時から2か月以内に、その旨を通知しなければならないとされ、第2項において、この通知をしなかったときは、債権者は、保証人に対し、主たる債務者が期限の利益を喪失した時から同項の通知を現にするまでに生じた遅延損害金(期限の利益を喪失しなかったとしても生ずべきものを除く。)に係る保証債務を請求することができないこととされている。そして、第3項では、本条の規定は、保証人が法人である場合には適用しないとされている。
 租税法において、主たる納税者が期限の利益を喪失する場面としては、納税(換価)の猶予の取消し及び延納の取消しが行われた場合が想定される。猶予等を取り消した時は、主たる納税者に対し、納税(換価)の猶予取消通知書又は延納許可取消通知書が送達され、主たる納税者は当初認められていた猶予期限ないし延納期限の利益を喪失することとなる。一方、納税保証人に対しては、主たる納税者が期限の利益を喪失した旨を理由附記した納付通知書の送達によって、納税告知を行う。
 上記のとおり、改正民法458条の3第2項では、保証人に対し、定められた期限までに、期限の利益を喪失した旨の通知をしなかったときは、懈怠していた期間に生じた遅延損害金に係る保証債務を請求できないこととされているため、同条の租税法への適用関係の解釈如何によっては、保証債務に係る租税の一部が徴収できない場合が想定される。
 この点につき、今般の民法改正において同条を新設した趣旨が、長期間、保証人に対し通知されない場合に発生する遅延損害金を問題視しており、租税法上の保証債務であっても保証人に生じる不利益は、私法上のものと何ら変わるものではないため、基本的には同条の内容を踏襲して租税法への適用関係を検討すべきであると考える。

ロ 改正民法458条の3の租税法への類推適用の可否
 改正民法458条の3第1項における通知規定、及び同条2項における当該通知を遅滞した場合の制裁規定は、同条3項により保証人が法人である場合は適用しないとしている。通則法における期限の利益を喪失した旨の通知(=納付通知書の理由附記)は、保証人が個人であるか法人であるかを問わず行っているにもかかわらず、通知に遅滞があった場面では、個人保証人には保証債務が請求できない規律を適用するが、法人保証人には適用しないとすることには、租税徴収の公平性の観点から違和感を感じざるを得ない。
 また、納税保証人から保証債務の履行を求める通則法52条1項の規定は、文理解釈上、納税保証した滞納額全額を納付させると読むのが自然であると思われる。通則法の規定は、納税保証した国税全額を請求した上で、その後、通則法に定める延滞税免除事由が納税保証人固有の事実として生じれば、納税保証人に対し延滞税免除する法律構成になっているのに対し、改正民法458条の3の規定は、保証債務の履行を求める段階で、初めから保証債務の一部を請求することができないと解されることから、この点で両者の規定に齟齬が生じており、同条の類推適用はできないものと考えられる。
 そのため、租税法にも改正民法と同様の制裁規定を置いたところで、制裁に係る部分を保証債務から減額することを明記して納税保証人に請求する措置を講じることが最も適切ではないかと考え、通則法52条1項の条文改正(第4章3参照)を提案したい。

3 まとめ

納税保証については、主たる債務が公法上の債務であるにせよ、その本質は私法上の保証債務と何ら変わるところがなく、保証人保護等の観点からは、納税保証人に対しても主たる納税者(主たる債務者)の履行状況につき情報提供する必要性が認められる。しかし一方で、適正な税務行政を執行する上で加重の義務を課している租税法上の守秘義務規定が、情報提供を定めた民法規定を排除することにはならないかという疑問があり、ここに問題意識を持ちながら検討を進めてきたところである。
 この点、納税保証人への情報開示に直接関連した裁判例は見当たらないが、税務職員の守秘義務に関連する複数の裁判例等を踏まえ検討したところ、主たる納税者の履行状況について納税保証人に情報提供することは、租税法上の守秘義務に抵触することがないとの結論に至った。過去の裁判例では、一般に、守秘義務が解除されるかどうかを法益の比較衡量を用いて判断しているところであり、主たる納税者と納税保証人の間で、保証債務を負ってもらう、ないしは負うことにつき、両者が合意して納税保証契約が結ばれていることからすれば、こうした関係にある納税保証人に対してまで、主たる納税者の履行状況を秘匿にすることは、納税保証人の保護法益との比較衡量において妥当ではないと考えられる。国は納税者の財産状況や収支状況など様々な情報を保有しているが、主たる納税者の履行状況に限って開示するならば、納税者等の協力・信頼の上に成り立つ税務行政の執行を妨げることにはならず、税務職員に課せられた加重の守秘義務の趣旨を損なうことにはならないものと考えた。そして、改正民法458条の2が定めた履行状況に関する情報項目と租税法の各種納税緩和措置に係る情報とに齟齬が生じないことを確認し、同条の規定を租税法に類推適用できるという結論を導き出したところである。
 ただし、これを正面から肯定する学説や蓄積された判例等がないことも事実であり、守秘義務の問題は、税務行政の根幹に関わる問題でもあることから、関係部署における組織的な検討が必要になろうかと思われる。検討の方向性としては、法的安定性を図る上で、租税法に民法と同様の規定を盛り込むことも選択肢として当然あろうかと思うが、その点、本稿が、これからの検討に際して、何らかのお役に立てればということを願っている。
 なお、本稿では、改正民法458条の2とは異なる情報提供義務である、改正458条の3の規定(主たる債務者が期限の利益を喪失した場合における情報提供義務)の租税法への適用関係についても触れた。これについては、民法改正において同条を新設した趣旨が、納税保証人に対しても妥当するところ、租税徴収の公平性に関わる問題や現行租税法の法律構成と齟齬を来たすことなどもあり、所要の立法措置が必要ではないかという提案をしたところである。もっとも、徴収実務において重要なのは、納税保証人に対する通知がその通知期限を徒過したために、本来請求できる保証債務が請求できなくなってしまうという事態を完全に防止することであって、これに対応した適正な事務処理の構築を図っていくことが肝要であると思われる。この点、どのような管理方法が有効であるかが今後の課題として残るところであり、引き続き検討しなければならないものと考えている。

 

目次

項目 ページ
はじめに 294
第1章 民法における保証債務 298
第1節 保証債務の性質と保証人保護 298
1 保証債務の概要 298
2 保証人保護に関する議論と方策 299
第2節 保証人への各種情報提供義務の創設 300
1 契約締結時の説明義務及び情報提供義務 300
2 主たる債務の履行状況等に関する情報提供義務 302
3 小括 306
第2章 租税法における保証債務 307
第1節 租税債権と私債権の比較 307
1 租税債権の特殊性 307
2 租税徴収における私法の適用関係 309
3 小括 312
第2節 納税保証の性質と履行状況の情報提供の必要性 313
1 納税保証の法的性質 313
2 納税保証人からの徴収手続と抗弁権の否認 318
3 履行状況に関する情報提供の必要性 320
第3章 履行情報の提供と守秘義務の解除 325
第1節 民間部門における守秘義務 325
1 金融機関に課せられている守秘義務 325
2 特定の職業の者に課せられている守秘義務 327
第2節 税務職員の守秘義務 327
1 税務職員に課された加重の義務 328
2 守秘義務が解除される場合 328
3 改正民法458条の2の類推適用の可否 340
第3節 履行状況に関する情報提供内容の個別検討 341
1 改正民法458条の2における情報提供内容の範囲 341
2 租税法の納税緩和措置と情報提供内容の範囲 342
3 小括 354
第4節 連帯納付義務者に対する情報提供の要否 355
1 連帯納付義務の性質 356
2 納税保証との相違点 357
3 連帯納付義務の履行を求める際の手続整備の変遷 359
4 小括 363
第4章 租税法と改正民法458条の3の規定との関係 364
1 改正民法458条の3の規定の内容 364
2 租税法における期限の利益を喪失した旨の通知と問題点 367
3 改正民法458条の3の租税法への類推適用の可否 373
結びに代えて 381