山田 敏也
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成28年度税制改正等により、2019年(令和元年)10月1日から消費税率(地方消費税を含めた税率)が10%に引き上げられるとともに、低所得者対策として軽減税率制度が導入されることとなる。
 軽減税率制度の導入は、消費税が有する性質に起因する、いわゆる所得に対する「逆進性」や消費者が持つ「痛税感」の緩和といった観点から採用されるものであるが、これにより、我が国の消費税率は「単一税率」から「複数税率」に移行することとなる。
 こうした複数税率の下で、適正な課税の実現を図るためには、取引当事者間における適用税率や税額の認識を一致させることが必要不可欠であるとされ、2023年(令和5年)10月1日から、新たな仕入税額控除方式として、「適格請求書等保存方式」が採用されることとなった。
 ところで、これまで我が国の消費税法は、仕入税額控除の適用要件として「帳簿及び請求書等の保存」を求めており、同方式採用後においても同様の規定となっている。
 一方、消費税制度の導入及び同方式採用に当たり参考としたEU諸国の付加価値税制度では、仕入税額控除の適用要件として「インボイスの保存」を求めているのみであり、「帳簿の保存」まで求めているものではない。
 そこで、本稿では、制度の簡素化及び事業者負担軽減の観点から、我が国が採用する適格請求書等保存方式においても、仕入税額控除の適用要件を「適格請求書等の保存」のみとすることは可能なのか検討を行うとともに、本検討事項以外に、制度の簡素化及び事務負担軽減の観点から仕入税額控除制度の将来的な在り方について検討を行うこととする。

2 研究の概要

(1)軽減税率制度導入と適格請求書等保存方式
 我が国の消費税制度における仕入税額控除方式は、これまで、帳簿方式を経て、請求書等保存方式が採用されてきたところであるが、消費税率の引上げ及び軽減税率制度の導入に伴い、税の転嫁の透明性などがより強く求められることになるため、いわゆるインボイス方式である「適格請求書等保存方式」が採用されるに至った。

(2)適格請求書等保存方式

イ これまでの仕入税額控除方式における課題
 消費税創設以降、消費税における仕入税額控除方式においては、免税事業者や消費者からの仕入れについても仕入税額控除を行うことができていたため、全体として税の転嫁と帰着の関係が不透明であり、また、制度上益税の余地が残されているともいわれ、それが消費税に対する不信感の大きな原因となっているとの指摘がなされていた。

ロ 適正性、信頼性の確保

(イ) 税額転嫁の適正化
 適格請求書等保存方式採用後は、原則、適格請求書発行事業者以外の者からの仕入れについて、仕入税額控除の適用が認められないこととなる。また、少額取引のうち、一定の取引以外のものについても、適格請求書の保存が求められることになる。これらにより、適格請求書等を介して取引当事者間における適用税率及び税額の認識を一致させることとなるため、インボイスが持つ「相互牽制作用(self-policing)」が発揮され、税の転嫁の適正化が図られるとともに、適正性、透明性の確保が担保されることとなる。

(ロ) 税額計算における計算方法の制限
 税額計算に当たっては、納付税額の軽減を目的とする有利計算を排除する観点から、売上税額及び仕入税額の計算方法の組み合わせに制限を設けることとし、これにより、信頼性の確保が図られるものと考えられる。

(3)諸外国における付加価値税制度

イ 付加価値税導入の背景
 欧州では、第一次世界大戦の戦費調達や財政危機への対応のため、取引高税を採用していた国が多く、税の累積を解消する前段階税額控除及びインボイス方式はそれほど抵抗なく受け入れられたとされる。なお、EU域内では、各国がそれぞれの歴史を背景として、独自の政策に基づいて付加価値税制を実施しているのが現状である。

ロ インボイスの機能
 インボイスは、その受領者が仕入税額控除を行うために必要なものであると同時に、その発行者に納税を促す機能も併せ持つ。すなわち、インボイスにより、課税対象となる取引の売上げに係る消費税と仕入れに係る消費税の相互牽制作用が働くとされる。

ハ マージン課税制度(marjin scheme)
 マージン課税制度は、主として、中古品、美術品、収集家の収集品骨とう品の中古商品取扱業者に対して設けられた対策であり、イギリスやドイツをはじめ、欧州諸国では、多くの国が採用している。インボイスが交付されない取引が多い中古品に対する付加価値税の取扱いである当該制度の検討は、インボイス方式に相当する適格請求書等保存方式を採用する我が国にとっても、将来的な仕入税額控除方式を検討するに当たり、有用なものと考えられる。

ニ EU付加価値税が直面している問題
 EUの付加価値税にとって、大きな課題の一つに巨額不正還付の発生がある。EUに大きなダメージと衝撃を与えたこの不正還付詐欺は、回転木馬型(カルーセル)詐欺と呼ばれる。この大部分は組織的に行われ、多額の付加価値税がEUから流出することとなった。このような詐欺が発生し得るのは、域内貿易に関して、ボーダーコントロールがなく、域内の他国から財の供給を受ける事業者が、付加価値税の納税前に財を受領できてしまう、すなわち、EUが域内市場統一のため、輸入品に対して水際での課税ではなく、流通の第一段階で課税する方法を採っているため、課税のタイミングが遅れるからであり、この問題の解決策の検討が急務とされている。
 これに関して付加価値税指令は、緊急かつ甚大な脱税スキームが認められるときには、各加盟国が物品・サービスの受領者に納税義務を転換するリバース・チャージ方式の発動を認めるという対応を行っている。また、欧州委員会は付加価値税制の抜本的改革案の検討を開始し、2010年10月、本格的なVAT税制改革案の指針を示し、この指針はVATの未徴収により生じる損失を減らし、不正ができない税制を構築し、またそれによって加盟国の税収を増やすことを目的としているものである。

(4)仕入税額控除方式における帳簿保存

イ 仕入税額控除における諸外国との比較
 我が国では、2023年(令和5年)10月から適格請求書等保存方式が採用されることとなり、適格請求書には、事業者登録番号の記載や消費税額等が別記されるほか、インボイス記載事項など、EU型付加価値税のインボイスと同等の内容が記載されることとなる。また、免税事業者は適格請求書を発行することが認められていないことから、免税事業者からの仕入れについて仕入税額控除を行うことができない点においてもEU型付加価値税のインボイスと同等の取扱いとなる。
 一方、相違点としては、次の2点が挙げられる。1点目は税額の計算方法である。すなわち、EU型付加価値税では、税額の積上げ計算であるのに対して、我が国の消費税では、適格請求書等保存方式の採用後も税額の計算方法として、組み合わせに制限はあるものの、売上げ、仕入れのいずれにおいても、積上げ計算のほか、割戻し計算も認められている。そして、2点目は、仕入税額控除の適用要件である。仕入税額控除の適用要件として、EU型付加価値税では、「インボイスの保存」を適用要件としているのに対して、消費税では適格請求書等保存方式採用後も、「帳簿及び請求書等の保存」が適用要件とされている。

ロ 帳簿保存を仕入税額控除の適用要件とする必要性

(イ) 適格請求書採用前の仕入税額控除方式における帳簿保存の役割
 我が国は、消費税創設の際に、仕入税額控除方式としてEU諸国で広く採用されるインボイス方式ではなく、世界に類を見ない我が国独自の帳簿方式を採用した。そして、この帳簿方式においては、事業者が自ら記帳した帳簿に基づいて税額を算出することから、帳簿記載に当たっては、一定の記載項目を定め、当該帳簿の保存を適用要件とすることによりその信頼性を確保したとされる。
 その後、平成9年4月からの5%への消費税率引上げに伴い採用された請求書等保存方式において、適用要件が「帳簿又は請求書等の保存」から「帳簿及び請求書等の保存」とされたが、これは仕入税額控除制度の更なる信頼性の確保のため、より強化されたものとされる。仕入税額の計算を行う際に、取引総額から割戻し計算により税額を算出する我が国の消費税においては、その正確性を担保するためには、一定事項を記載した帳簿の保存は必要であったと考えられる。

(ロ) EU諸国との比較からみた帳簿保存の必要性
 2019年(令和元年)10月の軽減税率制度導入に伴い採用される区分記載請求書には、「軽減税率の対象品目である旨」及び「税率ごとに合計した対価の額(税込)」が新たに記載項目として追加されることとなり、2023年(令和5年)10月から採用される適格請求書には、さらに、「発行者の登録番号」及び「税率ごとの消費税額及び適用税率」の記載が加えられ、これにより、我が国の適格請求書への記載内容は、EU諸国のインボイスと同等のものとなる。このため、EU諸国では仕入税額控除の適用要件が、インボイスの保存のみとされていることに着目すれば、我が国の仕入税額控除方式においても、適格請求書のみの保存によることも可能であり、帳簿保存の必要性はないのではないかと考えることができる。

(ハ) 適格請求書の交付を受けることが困難な取引等
 消費税法第30条第7項かっこ書きに規定する「請求書等の交付を受けることが困難な場合、特定課税仕入れに係るものである場合、その他政令で定める場合」には、適用要件が帳簿の保存のみとされているところ、適用要件から帳簿保存を外した場合には、取引事実を確認するものを何も求めないこととなり、他にその正確性や信頼性を担保するものがない限り、仕入税額控除における正確性、信頼性については当然のことながら維持されなくなってしまうことが懸念される。このような状況を踏まえれば、適格請求書の交付が受けられない取引のうち、帳簿保存のみにより仕入税額控除が認められるものがある現状において、これらの取引に係る仕入税額控除にも、正確性、信頼性を維持させるためには、一定事項を記載した帳簿の保存は必要不可欠であると考えられる。

(ニ) 税額計算における帳簿保存の必要性
 適格請求書採用後、課税仕入れに係る消費税額の計算に当たっては、売上税額の計算において積上げ計算の適用を受けない事業者に限り、その課税期間中の課税仕入れに係る支払対価の額の合計額から割戻し計算する方法を例外として認めることとされている。割戻し計算は、従来から事業者自らが記帳した帳簿を基に、税額計算を行う方法として認められており、適格請求書等保存方式採用後も、限定的であるにせよ、割戻し計算が認められているのは、事業者の事務負担に配慮したものであると考えられる。したがって、割戻し計算が認められる限り、当該税額計算の正確性を担保するためには、従来の仕入税額控除方式同様、個々の取引とともに取引総額が記載されている帳簿の保存を求めることは必要であると考えられる。

(ホ) 事務負担の観点からの検討
  課税仕入れに係る帳簿への記載事項については、交付を受ける適格請求書にも記載されているにもかかわらず、自らの帳簿にも記載する必要がある上、これまでの記載事項に加えて、課税仕入れに係る資産又は役務の内容として当該課税仕入れが他の者から受けた軽減対象資産の譲渡等に係るものである場合には、「資産の内容」及び「軽減対象課税資産の譲渡等に係るものである旨」を新たに追加記載する必要があるため、事業者負担が増加することとなる。

ハ 小括
 消費税創設当初、我が国では、単一税率であり、かつ、非課税取引の範囲も限定的であることを踏まえ、簡素な方法として帳簿方式を採用し、取引相手方から交付を受ける請求書の客観性とともに、制度の信頼性を帳簿に依拠してきた。
  軽減税率制度導入により複数税率となったことに伴い、EU諸国のインボイスと同等の「適格請求書」が採用されることとなった今、EU諸国において、インボイスの保存のみが仕入税額控除の適用要件とされていることに鑑みれば、我が国においても、適格請求書が採用され、税額転嫁が適正に行われるなど仕入税額控除制度の透明性や信頼性が高められるのであれば、制度の信頼性の担保を適格請求書にシフトすることは可能であるようにも思える。
  しかしながら、適格請求書等保存方式採用後も、適格請求書の交付を受けることが困難な取引について、仕入税額控除を認める場合があること及び税額計算において、取引総額からの割戻し計算を認めていることからすると、帳簿保存を仕入税額控除の適用要件としないことは、すなわち、取引事実を確認するものを何も求めないこととなり、また、税額計算の正確性を証明するものがなく、制度自体の信頼性の欠如につながると考えられる。したがって、取引の事実や計算の正確性を帳簿に依拠せざるを得ない現状においては、仕入税額控除の適用要件から帳簿保存を切り離すことはできないと考えるべきであろう。
  我が国では、長い時間をかけて、仕入税額控除の適用要件である「帳簿及び請求書等の保存」が事業者に定着している。軽減税率制度が導入され、その対応策として適格請求書等保存方式が採用される局面において、諸外国で採用されているマージン課税制度等、新しい制度を採り入れてまで仕入税額控除の適用要件を変更しなかったことは、事業者の新たな事務負担に配慮した新しい制度への円滑な導入のための接続として当然のことなのかもしれない。
  また、仕入税額控除の適用要件としての帳簿保存の存在は、事業者が自ら記帳した帳簿に責任を持ち、仕入税額控除において不正を行わないという抑止力となっていたとも考えられる。将来、社会全体の電子化が進み、事業者における取引事実の認識からインボイスの発行・受領、記帳、申告納税といった一連の流れも電子化され、事業者間の取引情報が、課税当局を含む三者間においてデータ共有されるシステムが構築されることにより新たな抑止力が生まれ、制度への信頼性が確保されたときには、帳簿保存を仕入税額控除の適用要件としないことも可能になるのではないだろうか。

(5)仕入税額控除方式の将来的な在り方

イ 仕入税額控除制度の信頼性の確保
 消費税率が10%へ引き上げられ、更に不正へのインセンティブが働く状況において、消費税制度の信頼性を確保し続けていくためには、諸外国との協調を図りながら、特に還付スキームや納税なき仕入税額控除への対応の観点から、そのような事例が生じた場合には、限定的なリバースチャージ方式の採用も含め、迅速な制度改正などの対応が不可欠であると考える。

ロ 電子インボイスによる簡素化・効率化の検討
 我が国においては、適格請求書等保存方式の採用と同時に電子インボイスが消費税法上の請求書等であるとされた。インボイスの電子化はコスト削減及び効率化に資するとの説明がされるところ、簡素化・効率化が求められる消費税制度において、電子インボイス利用は推進していくべきであろう。ただし、韓国のような課税当局への電子インボイスの提出義務化には更なる検討が必要であると考える。その理由としては、@韓国等提出が義務化されている国において、義務化による実効性及び費用対効果等の定量的な評価が明らかでないことA効果が発揮されるのは、BtoB取引に限定されることB義務化に対応しきれない事業者への対応が必要なこと等が挙げられる。
 したがって、このような状況においては、まずはコンプライアンスコスト及び行政コスト低減の観点から、事業者の任意の利用を推進していくべきではないかと考える。そして、義務化の優位性が明らかになり、社会環境が整った状況において国際社会の潮流に合わせながら、更なる事務負担軽減及び事業者間取引の透明化のための電子インボイス義務化を検討すべきと考える。

ハ 電子化による事務軽減策

(イ) 電子化による納税環境の整備
 適格請求書等保存方式では、免税事業者の中には中間取引から排除されることを避けるため、課税事業者を選択する事業者が増加するものと想定される。課税の適正化に向け、課税当局には新たな課税事業者に対する適切な制度の周知、指導が求められるところであるが、更に事業者支援策として、例えば、事業者が取引の事実である適格請求書等の記載事項を入力すると、適格請求書の作成から各種帳票、最終的には消費税の確定申告書まで作成されるようなサポートシステムの無償提供を行うことが考えられる。このようなシステムの無償提供が可能となれば、消費税の申告水準向上が期待できるだけでなく、将来的な電子化にも対応することが可能となり、結果として、事業者の事務負担及び執行部局の行政コスト低減にもつながるものと思料される。

(ロ) 諸外国における事務軽減策
 既に付加価値税を導入している諸外国では、技術の進展に伴い付加価値税制度の電子化が進められており、課税の適正化あるいは事務簡素化、効率化への期待が高まっている。加盟国間の制度の統一化がなかなか進まないEUにおいても、加盟国それぞれの状況に応じた取組がなされているほか、EU以外の諸外国においても電子化が進められている。
 我が国においても、課税の適正化や国際社会との協調及び環境の変化に対する利便性の向上等のため、早晩、消費税制度における電子化の必要性が訪れるときが来るであろう。我が国の将来的な電子化による事務負担軽減策を検討するに当たっては、これら諸外国の取組における実効性の検討等を継続的に行っていく必要があるものと考える。

ニ 小括
 仕入税額控除方式の将来的在り方について、「仕入税額控除の信頼性の確保」、「電子インボイスによる簡素化・効率化の検討」及び「電子化による事務軽減策」の観点から検討を行った。
 消費税制度の信頼性を確保していくためには、消費税の根幹といわれる「仕入税額控除の信頼性の確保」が極めて重要とされる。そのため、消費税率が10%へ引き上げられ、脱税や新たな還付スキームへのインセンティブが更に働くことから、特に還付スキームや納税なき仕入税額控除への対応として、その適用を限定的とするリバースチャージ方式の採用も含め、迅速な制度改正による対応が必要であると考えられる。
 次に、「電子インボイスによる簡素化・効率化の検討」では、我が国の仕入税額控除方式における今後の電子インボイス利用の観点から、EUと韓国のインボイス制度を検討した。その結果としては、コンプライアンスコスト及び行政コストの低減の観点から言えば、まずは、事業者の任意の利用を推進し、効率化及びコスト削減を目指すべきであると考える。なお、将来的な検討に当たっては、これらEUや韓国等電子化が先行している国の動向を注視していく必要があり、提出義務化の具体的な検討は、その優位性が明らかにされ、BtoC取引情報の把握が可能となる状況において、改めて行うべきではないかと考える。
 そして、「電子化による事務負担軽減策」の検討については、先に述べたとおり、新たに課税事業者を選択する零細事業者の適正な申告納税のための課税当局によるシステムサポートの提供を提案した。このようなサポートは、事業者の納税事務の負担軽減だけでなく、適正な申告納税が行われなかった場合に投下される課税当局の人的資源の低減にもつながるのと考えられる。例えば、インボイスの作成から行えるシステムであれば、電子インボイスの利用拡大も期待できるものと考えられ、電子化を推進していく上では、このような環境を整備することは重要なことではないかと思料する。
 諸外国に目を向けると、簡素化及び効率化並びに適正な執行等の実現に向けて、電子化による様々な取組が実施されている。国によってインフラや政策等に違いがあるものの、これらの取組を確認しておくことは有意義なものと考えられる。また、世界的にみれば、電子化がますます進展することは明らかであり、我が国でも今後、事業者及び執行部局双方の事務負担軽減策及び制度の適正な執行を検討していく上で、電子化は避けて通ることはできないものと考えられることから、これら諸外国で推進される取組を参考とし、その実効性を継続的に検討していくことが重要であると考える。

(6)結びに代えて
 我が国の消費税と諸外国の付加価値税との相違点は、我が国の仕入税額控除制度においてインボイスを用いないこと及び免税事業者からの仕入税額控除が可能であることといわれていた。そして、これらに起因して、我が国の仕入税額控除の適用要件は「帳簿及び請求書等の保存」とされていた。
 2023年(令和5年)10月から、我が国に適格請求書等保存方式が採用され、両者におけるこの2つの相違点は見られなくなった。それでもなお、諸外国の仕入税額控除の適用要件は、「インボイスの保存」であるのに対して、我が国の適用要件は、依然として「帳簿及び請求書等の保存」とされている。
 本稿では、このような問題意識を持ち、適格請求書等保存方式において、事務負担軽減の観点から、仕入税額控除の適用要件を諸外国のインボイス方式同様、「請求書等の保存」のみとすることは可能なのか検討を行った。
 検討において、適格請求書の交付を受けることが困難な取引のうち、仕入税額控除が認められ、その正確性の担保を帳簿に依拠せざるを得ない取引があることを確認し、また、税額計算においては、割戻し計算が認められるなど、従来の仕入税額控除方式を維持している部分もあり、我が国の制度は、諸外国の付加価値税制度と全く同じ制度ではないということも確認された。そのような意味では、諸外国、特にEU主要国のインボイス方式を採り入れながら、円滑なインボイス方式の導入のため、従来の仕入税額控除方式も維持するというまさしく日本独自のインボイス方式であると考えられる。
 仕入税額控除は、消費税制度の根幹をなすものともいわれており、現状において、この制度の信頼性を確保することが命題とされ、そのためには仕入税額控除の適用要件としての帳簿保存は必要であるものと考えられる。
 また、本稿では、上記のほか、仕入税額控除の将来的な在り方について検討を行った。
 消費税創設以後、帳簿方式に始まった我が国の仕入税額控除制度は、常に制度の信頼性、透明性を確保する観点から、数次の改正が行われてきた。そして、税率が10%へ引き上げられ、国民の関心がますます高まる中、引き続き、制度の信頼性、透明性を確保していくことが極めて重要であると考えられる。
 一方、制度の透明性、公平性を求めることは、それだけ制度が複雑化するということに他ならず、その対策として、制度の簡素化・効率化が求められることになる。今後、制度の簡素化・効率化を検討していく上では、「電子化」を避けて通ることはできないと考えられ、本稿においても電子インボイスの利用推進や、システムサポートの無償提供及び諸外国の取組に対する継続的な検討の重要性ついて述べた。
 世界に目を向けると、想像を超えるスピードで「電子化」が進展している。我が国も世界の潮流に乗り遅れないよう「電子化」を推進していく必要があるが、そのためには、諸外国の取組を注視し、その実効性を見極めていくことも重要であると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 19
第1章 軽減税率制度導入と適格請求書等保存方式 20
第1節 軽減税率制度の導入 20
1 消費税率の引上げと軽減税率制度 20
2 軽減税率制度導入に向けた議論 22
第2節 軽減税率制度導入の意義 23
1 軽減税率制度の性質 23
2 消費税の「逆進性」と「痛税感」への対応 23
第3節 適格請求書等保存方式の採用 26
第2章 我が国の消費税制度における仕入税額控除方式 27
第1節 適格請求書等保存方式採用前の仕入税額控除方式 27
1 帳簿方式 27
2 請求書等保存方式 28
3 区分記載請求書等保存方式 30
第2節 適格請求書等保存方式 33
1 これまでの仕入税額控除方式における課題 33
2 適格請求書発行事業者登録制度等 33
3 適正性、信頼性の確保 38
4 仕入税額控除の適用要件 39
5 電子インボイスと電子帳簿保存法 42
6 適格請求書等保存方式採用により想定される影響 43
第3章 諸外国における付加価値税制度 45
第1節 EU型付加価値税 45
1 付加価値税導入の背景 45
2 EUの基本的ルール 47
3 付加価値税の原則 48
4 インボイスの機能 49
第2節 EU主要国の付加価値税制度 49
1 フランスの付加価値税 50
2 ドイツの付加価値税 53
3 イギリスの付加価値税 55
4 マージン課税制度(marjin scheme) 58
5 EU付加価値税が直面している問題 60
6 EUにおける最近の付加価値税制の抜本的改革に向けた取組 62
7 EU型付加価値税の評価 64
第4章 仕入税額控除方式における帳簿保存 66
第1節 仕入税額控除方式における帳簿保存 66
1 帳簿の保存とは 66
2 適格請求書等保存方式採用前の帳簿保存の意義 67
3 適格請求書等保存方式における帳簿保存 68
4 帳簿保存のみを仕入税額控除の適用要件とする取引 69
5 仕入控除税額の計算における帳簿の役割 71
第2節 仕入税額控除における諸外国との比較 71
1 我が国とEU諸国における仕入税額控除の考え方 72
2 仕入税額控除におけるEU型付加価値税との異同 73
第3節 帳簿保存を仕入税額控除の適用要件とする必要性 74
1 適格請求書採用前の仕入税額控除方式における帳簿保存の役割 74
2 EU諸国との比較からみた帳簿保存の必要性 75
3 適格請求書の交付を受けることが困難な取引等 75
4 税額計算における帳簿保存の必要性 75
5 事務負担の観点からみた帳簿保存の必要性 76
第4節 小括 76
第5章 仕入税額控除方式の将来的な在り方の検討 78
第1節 仕入税額控除制度の信頼性の確保 78
1 中小事業者に対する特例措置に係る制度の見直し 78
2 仕入税額控除制度におけるいわゆる「95%ルール」の見直し 82
3 消費税還付スキームへの対応 83
4 納税なき仕入税額控除への対応 86
第2節 電子インボイスによる簡素化・効率化の検討 92
1 EU付加価値税における電子インボイス 93
2 韓国の電子インボイス制度 96
3 我が国における電子インボイス義務化の検討 98
第3節 電子化による事務軽減策 99
1 電子化による納税環境の整備 99
2 諸外国における事務軽減策 101
第4節 小括 105
結びに代えて 106