根本 浩之
税務大学校
研究部研究員

要約

1 研究の目的

我が国の消費課税制度は、長らく物品税などの個別消費税を中心とした租税体系が採用され、物品の種類によって異なる税率が適用されてきた。しかし、消費税法の創設により、従来の個別消費税の多くは廃止され、消費税法に整理・統合されている。その際、酒類・たばこ・揮発油等に対する個別消費税は存続し、これらの製品について、個別消費税を含んだ価格に消費税が併課されて現在に至っている。このような状況の下で、我が国では、税率の引上げ局面において、個別消費税を含む価格に消費税が併課されることは二重課税であり是正すべきではないかといった声もあり、そのような評価を踏まえれば、複数税目を併用する場合の課税上の歪みとみられなくもない。
 一般的に間接税は、製造者や流通業者の転嫁を通じて、最終的に消費者がその税を負担することが予定されている。すなわち、個別消費税が課される物品については、納税義務者である製造者等が個別消費税を納付するものの、その個別消費税相当額は、製造者等の販売価格に含められることを通じて転嫁され、最終的に消費者が負担することになる。そして、消費税は、このような仕組みを前提として、当事者間で授受することとした価額から消費税額を除いた対価の額を国内取引における課税標準とするため、個別消費税相当額に消費税が重層的に課税されることになる。
 このように、消費税と個別消費税の併課によって生ずる重層的負担は、個別消費税の「転嫁」の仕組みと消費税における「課税標準の基本構造」を前提とするものであるが、消費税と個別消費税の組み合わせにより成り立つ我が国の消費課税制度において、この併課をめぐる制度上の課題をどのように位置付けていくかという点は、将来の消費課税制度の在り方を考える上で重要である。
 そこで、本研究では、併課制度に焦点を当て、その歴史的経緯や併課をめぐる法的課題について税理論面から考察を加えるほか、諸外国における状況等も踏まえて、重層的負担問題の本質と今後の課題を明らかにする。そして、考察の結果を基礎に、我が国における今後の消費課税制度の在り方について論ずることを目的とする。

2 研究の概要

(1)消費税と個別消費税との併課をめぐる議論等
 消費税法の創設に伴い、従来の個別消費税は、各税目の特性や仕組み等を踏まえて整理・合理化された。当時の議論を顧みると、消費税法に吸収する形で廃止された税目と引き続き課税された税目の違いは、課税物件の特殊性の違いに起因する。酒類・たばこ・揮発油等に係る個別消費税については、一般の消費物資とは異なるし好性や特定の財政需要を賄う目的が重視された結果、個別に課税を行うことが引き継がれたが、これは、ある程度の消費量が社会に存在し定着している状況から、一定の税収を将来にわたって、比較的容易に確保することが期待されたからに他ならない。
 このように、我が国の消費課税制度は、個別消費税の財源調達機能を重視して一部の税目を存続させた結果、消費税と個別消費税が併存する消費課税体系へと移行したが、消費という同一の税源に対して複数の税目を課する仕組みにより、個別消費税を含めた価格に消費税が併課されることとなった。併課により生ずる重層的負担については、その後、消費者負担の増大の懸念から一種の不公平税制として批判されてきたが、これは、異なる複数の税目の組み合わせにより、消費税の課税標準の一部に個別消費税相当額が入り込んでしまうという構造上の要因がその端緒を成している。

(2)併課をめぐる法的課題−税理論面の考察−
 重層的負担は、個別消費税の「転嫁」と消費税における「課税標準の基本構造」を前提として生ずる追加的な負担である。しかし、租税転嫁の本質は、課税が価格に及ぼす経済的作用の結果であり、租税法律関係上も、転嫁する側の納税義務者と転嫁される側の消費者等との間で権利義務関係は存在しない。したがって、個別消費税の納税義務者(製造者等)が売り手の立場として転嫁した個別消費税相当額は、販売価格の一部を構成するものと解することが妥当である。
 また、消費税の対価概念は、裁判例において、広く消費に向けた支出を課税ベースに含めることを念頭に、私法上の対価概念よりも広く解釈されている。こうした点を踏まえれば、納税義務者が転嫁した個別消費税相当額は、預り金という性格ではなく、あくまで販売価格の一部として資産の譲渡等の対価に含まれると解すべきである。
 このように、租税転嫁の本質や消費税の対価概念を踏まえれば、個別消費税相当額が転嫁を通じて消費税の対価の一部を構成し、消費という同一の税源に対して重層的に課税されていたとしても、二重課税には該当せず、それを根拠として違法性が問われることはない。しかし、この問題は、複数の税目を併用することにより、税負担が重層的になる点を法的にどう捉えるかという消費課税制度に内在する課題であると考える。

(3)諸外国における併課制度
 付加価値税は、国境税調整や前段階税額控除といった経済中立的な課税システムを有するフランスの取引高税をモデルとして発展し、現在では、世界に広く普及している。付加価値税の導入経緯や背景は、国情の違いにより様々であるが、旧来型の複雑化した消費課税体系を簡素化し、財政基盤の安定に寄与したことは共通する。
 本研究では、第一世代(フランス・ドイツ・イギリス)と第二世代(ニュージーランド・カナダ)の2つの付加価値税グループに分けて考察を行ったが、両者の違いは、その税率構造にある。これは、個人の収入に対して逆進的な租税であるという付加価値税の特徴をどのように克服するかという政策選択の違いによるところが大きい。
 他方、税率構造以外の課税システムに関しては、各国共通しており、非常に調和のとれた税制となっている。国境税調整や前段階税額控除はもちろんのこと、取引対価を課税標準とし、転嫁を前提として最終的に消費支出に負担を求めるという税の性格は、第一世代と第二世代の付加価値税に共通するものである。また、個別消費税を含めた価格を取引対価として課税するという併課制度についても、基本的な仕組みとして認識されており、付加価値税システムの共通原則の一つであるといってよい。

(4)併課制度の位置付けと重層的負担問題の本質

イ 検討の視点
 我が国の消費課税体系は、消費を課税ベースとした複数の租税の組み合わせにより成り立っている。消費税と個別消費税は、転嫁経路の違いを除けば、課税物件を異にした同一の性格を有する租税であり、課税物件の性質の違いを考慮した税負担を、最終的に消費者に求めているにすぎない。したがって、併課制度の位置付けや重層的負担問題の本質を考える場合には、消費税と個別消費税を一体のまとまりとして捉える見方をすることが重要となる。

ロ 我が国の消費課税体系と併課制度の位置付け
 かかる視点により消費課税体系を見つめ直せば、我が国の消費課税制度は、広く消費者に負担を求める消費税を土台に、割増税率の代わりとして複数の個別消費税を組み合わせた実質的な複数税率構造の課税体系であることが理解できる。このような視点を前提とすれば、併課制度は、消費税と個別消費税をつなぐ「連結軸」として機能しており、消費を課税ベースとした複数の税目を有機的に関連付ける役割を担っている。

ハ 重層的負担問題の本質
 個別消費税が存在することにより実現する複数税率構造は、事業者の区分経理が不要で、消費税の仕入税額控除を複雑化させない仕組みである。したがって、消費税制度の中で複数税率構造を採るよりも、事業者コストや執行コストを最小化でき、制度的に簡素であるという利点を有する。他方、個別消費税の転嫁と消費税における課税標準の基本構造から、重層的負担が生じてしまうことも事実であり、制度の簡素性との関係でこの問題をどう捉えるかという視点が重要となる。
 消費税と個別消費税の税率を統合した視点でみれば、重層的負担問題の本質は、特定の物品に対する実効税率の適正性の問題と捉えることが自然であろう。したがって、重層的負担が生ずることのみに着目して対応的調整が必要である、といった議論は適切ではなく、むしろ、複数の税目の組み合わせによる制度的な簡素性を前提として、税負担の公平性の観点から、個別消費税が課される物品に対する税負担の在り方について議論を行うことが適当である。

(5)今後の課題
 消費税という消費支出に課税する一般的な租税がある中で、特定の物品に個別消費税を課し、他の物品よりも高い税負担を求めている以上、最終的な税負担の在り方を考える際には、財政状況や課税対象となる品目をめぐる環境の変化に留意しつつ、国民生活への影響等も踏まえながら、各品目の特性に応じた税負担の在り方について議論することが重要である。そして、重層的負担問題に対しては、そのような議論を行う中で、併課制度が国際的に共通する原則であることも踏まえて判断することが適当である。
 その際、基幹税とはいえない個別消費税が、独自の税目として存在する意義を明確にし、特定の物品に高い税負担を求めることの正当性や公平性を含めて、実効税率の適正性を判断することが今後の課題となろう。

3 結論(まとめ)

 筆者は、消費税と個別消費税は共に消費を課税ベースとする租税として相互補完の関係があるところに、個別消費税が存在する現代的な意義や特定の物品に高い税負担を求めることの正当性や公平性を見出すことができるのではないかと考える。具体的には、財政面と政策面における相互補完性を挙げることができる。
 まず、財政面の相互補完性である。財源調達機能のみに着目して消費税と個別消費税を比較すれば、消費税の方が優れていることは明白である。しかし、消費税は30年を超える時を経て、現在では、社会保障財源として使途が特定され、財政税としての機動性は高くない。他方、普通税とされる税目が多い個別消費税は、財政税としての機動性という面では、消費税に比べて優位であり、こうした機能面から消費税を支える存在である。
 次に、政策面の相互補完性である。消費税は、その課税目的から、立法上も解釈上もなるべく包括的に構成する必要があり、できる限り例外の少ない制度を指向すべき租税である。したがって、特定の政策目的を実現するための租税誘因措置は、極力避けて制度設計が行われている。他方、個別消費税は、その存在自体に政策税制としての機能を備えており、消費税では導入し難い政策課税を実現する手段として、消費税を補完する役割を担っている。
 特定の物品に高い税負担を求めることの正当性は、このような消費税と個別消費税の相互補完性をどう評価するかということに尽きる。個別消費税の補完機能を重視すれば、重層的負担を含めて特定の物品を重課する正当性はあるといえるだろう。その一方で、個別消費税は、選択的に課税される租税であり、一律に全ての消費活動に課税される場合に比べ、特定の物品の消費者に対して多くの税負担を求めることとなり、税負担の公平性の問題は残る。
 しかし、消費税と個別消費税を一体のまとまりとして捉えた場合、飲食料品等の生存に不可欠な物品について税率を軽課し、一定の担税力が認められ特定の政策目的を有する物品について重課するという消費課税の複数税率構造は、ともすれば公平の基準(垂直的公平)に近づいているという見方もできる。そのように考えれば、消費税と個別消費税とのタックス・ミックスによる現行の消費課税制度は、制度の簡素性と公平性が相反しない、最良の消費課税体系を形作っているといえるのではないだろうか。
 今後の消費課税制度の在り方については、現在の基本的な体系を大きく崩すことなく、軽減税率制度の対象範囲を維持し、消費税の課税ベースの拡大の検討や個別消費税の新たな可能性の模索など、必要な改革を進めていくことが肝要である。


目次

項目 ページ
はじめに 330
第1章 消費税と個別消費税との併課をめぐる議論等 334
第1節 消費税法導入前史 334
1 併課制度の始まり 334
2 消費税法の導入までの議論 337
第2節 個別消費税の整理・合理化と消費税との併課 338
1 一般消費税議論 338
2 消費税法導入時の議論 339
第3節 消費税と個別消費税の伝統的役割 340
1 抜本的税制改革の評価 340
2 消費税の伝統的役割 340
3 個別消費税の伝統的役割 341
第4節 併課をめぐる議論と現状 343
第5節 小括 345
第2章 併課をめぐる法的課題−税理論面の考察− 347
第1節 重層的負担構造のメカニズム 347
1 我が国の消費課税体系 347
2 重層的負担構造 350
第2節 間接税の転嫁と法的性質 352
1 租税転嫁の本質 352
2 間接税転嫁の法的性質 353
3 税関係以外で示された間接税転嫁の法的性質 355
4 まとめ 357
第3節 消費税の対価性と個別消費税の領収 358
1 消費税法における「対価」の意義 358
2 消費税の対価性と個別消費税の領収−現行の取扱い− 360
3 個別消費税と消費税の関係が争点となった事例の検討 361
4 まとめ 366
第4節 我が国における学説の動向と展開 367
第5節 小括 369
第3章 諸外国における併課制度 371
第1節 第一世代の付加価値税における併課制度 371
1 EUにおける基本ルール 372
2 フランス 374
3 ドイツ 377
4 イギリス 380
第2節 第二世代の付加価値税における併課制度 383
1 ニュージーランド 383
2 カナダ 387
第3節 小括 392
第4章 併課制度の位置付けと重層的負担問題の本質 394
第1節 タックス・ミックスの議論を踏まえた問題提起 394
第2節 併課制度の位置付け 395
第3節 重層的負担問題の本質 397
1 消費税と個別消費税を統合した視点 397
2 実効税率の適正性と重層的負担 399
3 検討課題として挙げられる3つの視点 400
4 今後の課題 401
第4節 小括 402
第5章 我が国における今後の消費課税制度の在り方 404
第1節 消費税と個別消費税の現代的役割 404
1 消費税の現代的役割 404
2 個別消費税の現代的役割 405
第2節 消費税と個別消費税の機能面の違いと相互補完性 409
1 財政税としての機動性 409
2 政策税制としての消費課税 410
3 まとめ 411
第3節 補論−個別消費税の潜在的な可能性− 413
1 公平性原則を補完する機能 413
2 消費税が課されない取引に対する補完税としての機能 416
3 我が国の消費課税制度への示唆 419
第4節 小括 421
結びに代えて 423
参考文献 426