戸塚 裕輔
税務大学校
研究部研究員
法人税法22条2項は、益金の額について、「別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする」旨規定している。
同項に規定される「無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受け」をはじめとした対価のない取引は無償取引と称され、これらの取引から益金が生ずる根拠やその範囲について、多くの議論がなされてきたところであるが、無償による役務の享受(譲受け)については同項に明示がなく、そこから益金は生じないものとして一般的には理解されてきたことから、議論の対象外にあったとも考えられるところである。
しかしながら、無償による役務の享受からも益金が生ずるとの立場に立つと、一定の場 合には各事業年度の所得の金額に影響するケースもあると考えられることから、上記の一般的な理解をそのまま受け入れてよいものかとの疑問も生ずる。
また、無償による役務の享受の取扱いについては、上記の一般的な理解とグループ法人税制の一部をなす法人税法25条の2との間の矛盾を指摘する声もあることなどから、無償取引と関連を有する各種税制等との関係に着目した検討も必要と考えられる。
そこで、本稿は、無償取引に係るこれまでの議論や公正処理基準、各種税制との関係等を踏まえつつ、無償による役務の享受から益金が生ずるのか検討することを通じ、益金が生ずる無償取引について考察することを目的とする。
(1)法人所得及び益金の概念
法人税法においては、消費による心理的満足を観念することができないという点で個人との差異はあるものの、その所得概念としては純資産増加説に基づく包括的所得概念を採用していると考えられる。
法人税法22条は、昭和40年の法人税法全文改正時に創設されたものであるが、当時の立法担当者によれば、同条の創設により、従来行われていた所得計算の原則を変更するつもりはない旨の説明がなされている。
昭和40年の法人税法全文改正前後の状況や当時の立法担当者の説明を踏まえると、益金の概念とは、@法人税法固有の概念であり、また、Aネット(純額)ではなくグロス(総額)の概念であって、B純資産の増加に着目した概念であると考えられる。
(2)無償取引の取扱い
イ 無償による役務の享受の取扱いに係る一般的理解
無償取引のうち、無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けについては、法人税法22条2項に明示されており、これらの取引から益金が生ずる根拠やその範囲に関し議論はあるものの、益金が生ずるものと理解される。
一方、無償による役務の享受については、支出すべき費用が減少しその分だけ課税所得が増加するから、益金の額として計上する必要がなく、そのため、同項に規定されていないと一般に理解される。
しかしながら、無償による役務の享受について、益金と損金の両者が計上されるとの立場に立つと、享受された役務が原価の一構成要素として資産化された場合などには、益金と損金との計上時期が異なるため、本来的には各事業年度の所得金額に影響を及ぼすはずである。そのような前提の下で、一般的な理解に立った場合を見てみると、課税繰延等の事象が生じていると考えられるところ、法人税法が各事業年度の所得を課税範囲とする(同法5条)ことを原則としている以上、このような事象を看過することはできない。
ロ 無償による役務の享受の取扱いの検討
無償取引から益金が生ずる根拠については、実体的利益存在説(キャピタル・ゲイン課税説)、有償取引同視説(二段階説)、同一価値移転説などが提唱され、現在では、適正所得算出説が通説とされているところであるが、これまでの議論を踏まえると、適正所得算出説がその根拠として相当であると考えられる。
そこで、適正所得算出説を基に、同説が取引を二段階に引き直すことを通じて収益の発生を擬制するものであると理解した上で、無償による役務の享受を見てみると、これにより生じた債務の発生又は履行と、債務の免除又は履行分の返還の二段階として観念することができる。前段の債務の発生又は履行は、純資産の減少要因となるべき事実であるから、損金に該当することとなるが、その一方で、後段の債務の免除又は履行分の返還は、純資産の増加要因となるべき事実であるから、損金と同額の益金が生ずることになると考えられる。このような理解は、益金の概念がグロスの概念であることとも整合する。
なお、法人税法22条2項の性格については、同項が創設された昭和40年当時の立法担当者の説明を踏まえると、確認的規定であると考えられるが、そのように捉えると、同項に規定された取引はあくまで例示であるから、無償による役務の享受は同項に明示されていないものの、そこから益金が生ずると解することができる。
また、無償取引から益金が生ずる範囲については、その範囲を限定する見解も存するところであるが、益金の概念がグロスの概念であることなどから、その範囲に限定は付されないと解するのが相当である。
(3)公正処理基準との関係
法人税法22条4項は、益金の額及び損金の額は、公正処理基準に従って計算される旨規定していることから、益金の認識には同項が適用され、基本的には公正処理基準の射程が及ぶこととなるが、公正処理基準の中心をなす企業会計及び会社法会計においては、無償による資産の譲受け以外の無償取引については収益の認識は行われていない状況にある。
しかしながら、公正処理基準の具体的内容である企業会計原則の内容や確立した会計慣行が必ず公正妥当であるとは限らず、また、それらが決して網羅的であるとはいえないことや、公正処理基準の解釈に係る近年の裁判例を踏まえると、租税法外の領域に会計基準といえるものが存在しない場合にも、租税法の観点から会計基準(税会計処理基準)を策定することができるとも考えられる。そのように考えると、無償による資産の譲受け以外の無償取引から益金を認識することは、「税会計処理基準」という意味での公正処理基準に合致する取扱いであると解することができるため、公正処理基準との関係で矛盾を生じることにはならないものと考えられる。
(4)各税制等との関係
イ グループ法人税制との関係
グループ法人税制は、グループ経営の実態に即した課税の実現を目的として平成22年度税制改正において導入されたところ、その一部をなす法人税法25条の2は、完全支配関係法人間の受贈益を益金不算入とする旨規定している。
同条の解釈を示した法人税基本通達4−2−6は、受贈益を益金不算入とする前提として、無償による役務の享受からも益金が生ずる旨述べていると読めるが、これは無償による役務の享受からは益金は認識しないとする一般的な解釈と矛盾するとも考えられることから疑問を呈する見解もある。
しかしながら、上記(2)ロのとおり、無償による役務の享受からも益金が生ずると考えられることから、同法22条2項と25条の2との間に不整合はないと解される。
ロ 移転価格税制との関係
移転価格税制は、実際の取引価格を別の価格に引き直すという点において、無償取引の取扱いと似た構造を持つと考えられる。
我が国における移転価格税制は、所得の海外移転に対応するため、昭和61年度税制改正で導入されたものであるところ、これは、国際取引しかも法人間の取引に限定し、一段階説の考え方を取り入れたものといわれる。
国外関連者との間の無償取引の取扱いについては、無償による資産の譲渡及び役務の提供を行う側は移転価格税制が適用となる一方で、それらを受ける側は適用とはならないという差異がある(租税特別措置法66条の4第1項)。その差異は、我が国の移転価格税制が、所得の海外移転に対処することを目的として国外関連者との一定の取引に限定して一段階説の考え方を取り入れた例外的な制度であることに由来するものであるから、法人税法22条2項が無償取引を二段階で捉える取扱いを原則としていることと齟齬を来しているとは考えられない。
ハ 平成30年度税制改正との関係
平成30年度税制改正において、収益認識に関する包括的な会計基準が公表されたことを契機に法人税法22条の2が創設されたが、同条について、無償取引の関係で注目すべきは4項である。
無償取引から益金が生ずる根拠として相当と考えられる適正所得算出説について、「適正所得」とは何かを明確に説明していない点を指摘する見解もあるが、益金の額に算入する金額はいわゆる時価である旨規定する同項は、この点について、法令上の回答を用意したものと理解することができる。
無償による役務の享受から益金は生じないと一般には理解されているところであるが、法人所得の概念や益金の概念、そして、無償取引から益金が生ずる根拠やその範囲に係るこれまでの議論を踏まえると、無償による役務の享受からも益金が生ずると考えられる。そして、そのことは、公正処理基準や各種税制等との関係でも矛盾や齟齬を来さないと考えられる。
なお、無償による役務の享受から益金が生ずるとの立場に立った場合であっても、課税所得に影響が生ずるケースと生じないケースがあると考えられる。無償による役務の享受について、同一事業年度において益金と損金が同額で生ずるケースでは、結果的に課税所得に影響を及ぼさないが、享受された役務が原価の一構成要素として資産化される場合など、次の5つのケースでは、益金と損金が計上される時期が異なるなどの理由から、各事業年度の所得金額に影響を及ぼすことになると考えられる。
@ 無償による役務の享受が当事業年度に計上されない売上に係る原価を構成するケース
A 無償による役務の享受が減価償却資産の取得価額を構成するケース
B 無償による役務の享受が繰延資産の取得価額を構成するケース
C 無償による役務の享受が減価償却の対象とならない固定資産の取得価額を構成するケース
D 無償による役務の享受が損金不算入となる支出に該当するケース
項目 | ページ |
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はじめに | 103 |
第1章 法人所得及び益金の概念 | 105 |
第1節 法人所得概念 | 105 |
1 所得概念を巡る議論 | 105 |
2 法人税法における所得概念 | 107 |
第2節 益金の概念 | 108 |
1 法人税法22条2項の創設経緯 | 108 |
2 昭和40年度税制改正を踏まえた検討 | 109 |
第2章 無償取引の取扱い | 111 |
第1節 法人税法22条2項の一般的理解 | 111 |
1 法人税法22条2項の条文構造 | 111 |
2 無償による役務の享受の取扱いに係る一般的理解 | 112 |
第2節 無償取引から益金が生ずる根拠を巡る議論 | 114 |
1 昭和40年度税制改正前の状況 | 114 |
2 昭和40年度税制改正時の立法担当者による説明 | 116 |
3 大阪高裁昭和53年3月30日判決(訟月24巻6号1360頁) | 117 |
4 適正所得算出説の提唱 | 119 |
5 適正所得算出説に対する批判 | 121 |
第3節 益金が生ずる無償取引の範囲を巡る議論 | 122 |
1 損金の側からの考察 | 122 |
2 大阪高裁昭和53年3月30日判決(訟月24巻6号1360頁) | 123 |
3 損金の側から切り離した考察 | 124 |
4 無限定説に対する批判 | 125 |
第4節 無償による役務の享受の取扱い | 126 |
1 無償取引から益金が生ずる根拠からの検討 | 126 |
2 益金が生ずる無償取引の範囲からの検討 | 132 |
第5節 無償による役務の享受のうち課税所得に 影響が生ずる具体的ケース | 135 |
第3章 公正処理基準との関係 | 139 |
第1節 公正処理基準の一般的理解 | 139 |
1 法人税法22条4項の創設経緯 | 139 |
2 会計の三重構造ないしトライアングル体制 | 140 |
3 公正処理基準の具体的内容 | 141 |
第2節 企業会計等における無償取引の取扱い | 142 |
1 企業会計における取扱い | 142 |
2 会社法会計における取扱い | 144 |
第3節 無償取引の取扱いと公正処理基準との関係 | 145 |
1 法人税法と企業会計等との差異 | 145 |
2 公正処理基準の解釈に係る裁判例 | 145 |
3 無償取引の取扱いと公正処理基準との関係 | 148 |
第4章 各税制等との関係 | 150 |
第1節 グループ法人税制との関係 | 150 |
1 グループ法人税制の概要とその趣旨 | 150 |
2 法人税法25条の2における無償取引の取扱い | 151 |
第2節 移転価格税制との関係 | 153 |
1 移転価格税制の概要とその趣旨 | 153 |
2 移転価格税制における無償取引の取扱い | 155 |
第3節 平成30年度税制改正との関係 | 156 |
1 法人税法22条の2の創設 | 156 |
2 無償取引の取扱いへの影響等 | 157 |
おわりに | 159 |