加藤 浩
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

財産評価基本通達(以下「評価通達」という。)における取引相場のない株式(以降、単に「株式」という。)の価額については、昭和39年の同通達制定時から、原則として、上場会社に匹敵するような大会社の株式については「類似業種比準方式」により、個人企業とそれほど変わるところがない小会社の株式については「純資産価額方式」により、中会社の株式についてはその併用方式により評価するとともに、少数株主が保有する株式については、これとは別の特例的評価方式(現在は「配当還元方式」。)により評価する、という基本的なスタンスは変わりがない。
 しかし、度重なる通達改正により、小会社に対しても類似業種比準方式を2分の1適用することを認めるなど、基本的なスタンスとは若干のずれが生じている部分もある。
 また、株式の評価に関しては、識者や関係団体などから、いくつか問題点が指摘されているところでもある。
 そこで本稿では、現行の株式の評価に関する問題点を抽出し、これらの問題を解決するため、新たな評価方式の導入をも含めた見直しを試みてみたい。併せて、相続税における財産の評価については、従来から、(一部)法定化すべきとの意見もあることから、株式の評価方法を法定化することについても検討してみたい。

2 研究の概要

(1)株式の評価方法の問題点

イ 評価方式の問題

(イ) 類似業種比準方式の問題
 類似業種比準方式については、上場会社の株価を基に評価する方式であることから、小会社にも同方式を2分の1適用することを認めたことや、上場会社との類似性が希薄であるとの理由によりしんしゃく率を0.5まで引き下げたことについて、問題とする意見がある。
 また、同方式の場合、比準要素の数値を恣意的に引き下げるようなスキームが容易であるというデメリットもある。
 更に、同方式は、適用ができないとされるケースが存在することも問題の一つである。

(ロ) 純資産価額方式の問題
 純資産価額方式については、方式自体を問題とする意見は見受けられない。
 ただ、純資産価額計算上の法人税額等相当額控除については、恣意的に作出することができる余地があるという問題のほか、相当以前に行われた現物出資等の場合に「現物出資等受入れ差額」の認定が困難であるなどの指摘もある。

(ハ) 配当還元方式の問題
 配当還元方式については、10%という高い還元率で還元することにより、評価額が低めに抑えられていることについて問題とする意見がある。
 更に、非上場会社の場合には、多くの会社が無配であると考えられるが、にもかかわらず実額配当を基に評価する方式を採用していることの妥当性や、無配の場合に「1株当たりの配当金額」を2円50銭で評価(結果として、1株当たりの資本金等の額の2分の1で評価)することの妥当性などについての意見がある。

ロ 評価体系の問題

(イ) 同族判定と株主間の評価額バランスの問題
 同族判定は、ある株主の保有する株式を、原則的評価方式で評価するのか、特例的評価方式で評価するのかの判定であることから、株主にとって重要な意味を持つ。特に、原則的評価方式による評価額と特例的評価方式(配当還元方式)による評価額とに大きな乖離があるため、この同族判定により、議決権割合が1%異なるだけで評価額が大きく異なる可能性がある。

(ロ) 会社規模の違いによる評価額バランスの問題
 会社規模区分の判定基準については、時代の変化に応じて見直すべきとの意見がある。
 また、類似業種比準価額の方が純資産価額より評価額が低く算出される傾向にあるため、評価会社をより大きな規模区分に該当するようにするスキームなどが考えられている。

ハ 検討事項の整理
 まず、類似業種比準方式については、様々な問題が指摘されていることから、これに代わり、新たな評価方式を導入することを検討する。
 次に、純資産価額方式については、方式自体に特段の問題点は見受けられないことから、これを存置した上で、指摘される問題点の解決を検討する。
 最後に、配当還元方式であるが、多くの非上場会社自体が無配であるにもかかわらず、同方式を採用していることについては問題ないとはいえない。したがって、これに代わり、新たな評価方式を導入することを検討する。ただし、配当還元方式の代替となる評価方式は、少数株主等でも把握が可能な数値を用いなければならないという制約がある。
 以上に基づき、各評価方式を見直した上で、全体的な評価体系の見直しを検討する。

(2)株式の評価方法の見直しの試み

イ 評価方式の問題

(イ) 「ガイドライン」の評価アプローチ
 日本公認会計士協会が、株式を評価する場合の実施、報告について取りまとめ、公認会計士に示した「企業価値評価ガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)では、株式の評価アプローチを、ネットアセット・アプローチ、マーケット・アプローチ、及び、インカム・アプローチの3つに分類している。なお、評価通達の各評価方式を、この3つの分類に当てはめた場合、類似業種比準方式はマーケット・アプローチ、純資産価額方式はネットアセット・アプローチ、配当還元方式はインカム・アプローチに属するものと考えられる。

(ロ) 類似業種比準方式の見直し
 「ガイドライン」を基に、類似業種比準方式の代替となる評価方式を検討する。
 まず、ネットアセット・アプローチの評価法については、もう一つの原則的評価方式である純資産価額方式をそのまま存置するとした場合、同じアプローチからの重複採用となるため適当でない。
 また、マーケット・アプローチの評価法の中で、唯一採用可能性のある「類似上場会社法」は、比準方法等の違いはあるものの、現行類似業種比準方式と同じ考え方に基づく評価法であることから、同方式の問題点がほとんどそのまま残るため、代替の評価方式としては適当でない。
 残るはインカム・アプローチのみとなるが、このアプローチの評価法は、総じて将来収益の予測が困難であることなどの問題がある上、基本的に将来収益と還元率だけで評価額が決定するため、これらの数値の見積もりや算定方法の良否が結果としての評価額を大きく左右することになる。また、将来収益に代わり、過去収益で評価するとしても、過去収益がゼロであった場合に、それをもって評価額をゼロとすることの妥当性の問題がある。
 ただ、インカム・アプローチのうちの「残余利益法」については、評価要素の中に簿価純資産価額が含まれ、予測部分(資本還元率で還元する部分)は、将来の残余利益に限定されるため、予測部分への依存度が低い、といったメリットがある。
 この残余利益法について、簿価純資産価額が将来も一定であり、かつ、純利益は一定成長率で成長するとの仮定を置いた場合の算式は、次のとおりとなる。
残余利益法
 このように、一定の仮定の下では、残余利益法は、「株主資本コスト」と「成長率」以外の数値を、計算書類である貸借対照表及び損益計算書から抽出することが可能な算式とすることができる。
 残余利益法は、過去収益の調整可能性や「株主資本コスト」(資本還元率)の算定方法などの問題が残るものの、最低限簿価純資産価額の部分は評価額に反映されるなど他のインカム・アプローチの評価法にはないメリットがある。そこで、本稿では、次善の方策として、類似業種比準方式に代わりこれを採用することとする(以下、残余利益法を、評価通達で採用する評価方式として「残余利益方式」という。)。

(ハ) 純資産価額方式の見直し
 純資産価額方式は、前述のとおり、方式自体に問題点は見受けられないことから、これを存置することとする。
 ただし、法人税額等相当額控除については、前述のような問題も考えられることから、これを廃止する。元々、この法人税額等相当額を控除するのは、財産を直接所有する場合(個人)と間接所有する場合(会社)との差を考慮するためのしんしゃくであるとされていることから、これに代わるものとして、しんしゃくとして一定の割合を控除すべきと考える。
 なお、しんしゃくを控除する前までの部分については、理論的な根拠に基づき算定された「時価」といえるが、しんしゃくの部分については、数値の理論的な根拠を見出し難く 、また、政策的な判断が介入する可能性も否定できない。したがって、このしんしゃく率については、法令で定めることが望ましいと考える。

(ニ) 配当還元方式の見直し
 「ガイドライン」の中では、配当還元法以外に、少数株主等が保有する株式の評価に適した他の評価法は見当たらない。したがって、少数株主等が保有する株式の評価方式としては、現行の配当還元方式を存置した上で、前述の問題点の解決を検討すべきと考える。
 まず、還元率の問題については、現行の10%の固定率に代え、残余利益方式で採用する「株主資本コスト」によるべきと考える。
 次に、無配又は低配当(以下「無配等」という。)の場合(配当還元価額の下限値)については、当該株主等が評価会社に拠出した金額を基に評価することが望ましいものと考える。ただ、その金額は、前述のとおり、少数株主等でも把握が可能な数値である必要がある。そこで、会計上の「払込資本」に相当する、貸借対照表上の「資本金及び資本剰余金の合計額」を、無配等の場合の下限値としてはどうかと考える。

ロ 評価体系の見直し

(イ) 原則的評価方式
 類似業種比準方式は、上場会社に匹敵するような大会社に適用されるべきものとされていたが、残余利益方式については、そのような制約がないことから、会社規模にかかわらず適用することが可能となる。
 また、純資産価額方式についても、会社法上株主の権利として残余財産分配請求権を有するのは大会社も同様であり、「ガイドライン」においても、ネットアセット・アプローチを小規模の会社に適用を限定しているわけではないことから、必ずしも小会社に限定する必要はないものと考える。
 したがって、両方式とも会社規模に関係なく適用することが可能であることから、全ての会社の株式について「残余利益方式と純資産価額方式との2分の1併用」で評価すべきと考える。そうすることにより、現行評価通達の会社規模区分は不要となり、会社規模の違いによる評価額バランスの問題も解消されることになる。
 ただし、会社自体が資産の固まりと考えることができるような会社など一部の会社の株式については、純資産価額方式のみで評価する必要があると考える。

(ロ) 特例的評価方式
 少数株主等が保有する株式については、「会社への経営支配の割合が弱まるにつれ、配当受益権の価値等を評価に斟酌」するという考え方もあることから、当該株主が属する同族グループの議決権割合が多くなるにつれて残余利益方式の比重を高める「配当還元方式と残余利益方式との併用方式」 としてはどうかと考える。そうすることにより、議決権割合が1%違うだけで評価額が大きく異なるという問題は解消されるとともに、議決権割合を調整するようなスキームもある程度防止できるものと考えられる。
 また、種類株式の活用等により議決権割合を引き下げるような相続税の負担軽減スキームに対応するため、議決権割合のみではなく、議決権割合と持株割合のいずれか高い方で判定することが考えられる。

(3)評価方法の法定化の検討

イ 法定化の議論(識者の意見)
 金子宏名誉教授をはじめとする多くの識者は、評価方法に関する基本事項を法定化すべきとしている。また、株式の評価に係る具体的な法定化の範囲については、総則としての時価の意義のほか、各評価方式の基本算式及び同族判定の方法という意見に集約されるものと考える。

ロ 法定化が困難な理由
 評価方法の法定化が困難な理由については、@財産の種類が多いこと、A評価方法が多種多様であること、B時代の流れに即応できないこと、C法律では評価方法の詳細まで規定できないこと、D政省令事項と通達事項の区分が困難であること、及び、E法律で規定すると不公平や不合理が生じること、の6つを挙げることができる。
 これについて、法定化する財産を株式とした上で、前述のとおり法定化の範囲を基本事項に限定した場合には、上記の理由はほぼ解決するものと考える。

ハ 諸外国の状況
 諸外国では、相続税や遺産税を導入していない、又は、既に廃止している国が多い中で、相続税や遺産税に関する財産の評価方法を法定化している国は、ドイツ(評価法)と韓国(相続税及び贈与税法(以下「韓国相続税法」という。))の2か国のみであると思われる。
 両国の法定評価を比較してみると、法律と政令の違いはあるものの、株式の評価方法の算式だけでなく、算式中の評価要素の具体的な算出方法についても法令で定めている。ただ、法定評価は、「時価」等が推定できない場合や算定が困難な場合に適用されることとしており、直近に株式の第三者間取引があった場合など、時価が明らかな場合には法定評価によらず、取引価額等を基に評価する旨の定めが置かれている。

ニ 具体的な法定化の範囲
 評価に関する基本事項については法定化すべきと考える。法定化する基本事項については、評価の総則に係る「時価の意義」、株式の評価に係る「各評価方式の算式」及び「同族判定」と考える(株式の評価の場合。)。また、ドイツ評価法や韓国相続税法のように、直近に、当該株式に係る第三者間取引があった場合など、「時価」等が明らかな場合の対応についても規定すべきであろう。加えて、前述のとおり、純資産価額計算上のしんしゃく率についても、法令で規定すべきと考える。
 なお、法定化された評価方法を利用した租税回避行為に対応するため、評価方法に係る行為計算否認規定も新たに設けるべきと考える。

 

3 結論

以上をまとめると次のとおりとなる。

(1)株式の評価方法の見直し

イ 原則的評価方式
 類似業種比準方式に代え、残余利益方式を導入する。また、純資産価額方式については、法人税額等相当額控除を廃止し、代わりに一定のしんしゃくを乗ずることとする。
 その上で、会社規模にかかわらず、全ての規模の会社の株式について、原則として、残余利益方式と純資産価額方式との2分の1併用方式とする。

ロ 特例的評価方式
 少数株主等が保有する株式については、上記イによらず、当該株主等が属する同族グループの議決権等割合(議決権割合と持株割合のいずれか高い方)に応じて比重を変える、配当還元方式と残余利益方式との併用方式とする。配当還元方式については、資本還元率を「株主資本コスト」とし、これにより求めた評価額が、無配等により1株当たりの「資本金及び資本剰余金の額」を下回る場合には、1株当たりの「資本金及び資本剰余金の額」による。

(2)評価方法の法定化
 評価の総則に係る「時価の意義」、株式の評価に係る「各評価方式の算式」及び「同族判定」については、法令に定める。なお、直近に第三者間取引があるなどにより時価が明らかな場合には、当該取引価額等を基に評価する旨も定める。
 また、純資産価額計算上のしんしゃく率についても法令に定める。
 更に、法定化された評価方法を利用した租税回避行為に対応するため、評価方法に係る行為計算否認規定も新たに設ける。


目次

項目 ページ
はじめに 295
第1章 取引相場のない株式の評価方法の変遷 297
第1節 評価通達制定前の株式評価 297
1 旧相続税法における株式評価 297
2 財産税法における株式評価 298
3 富裕税法における株式評価 302
第2節 評価通達における株式評価の変遷 311
1 通達制定時の株式評価 311
2 昭和期の改正 315
3 平成期の改正 321
第2章 取引相場のない株式の評価方法の問題 329
第1節 現行の取引相場のない株式の評価方法 329
1 基本的な考え方 329
2 具体的な評価方法等 331
第2節 評価方式に関する問題 332
1 類似業種比準方式 333
2 純資産価額方式 337
3 配当還元方式 339
第3節 評価体系に関する問題 340
1 同族判定と株主間の評価バランスの問題 340
2 会社規模の違いによる評価バランスの問題 342
第4節 本稿における検討事項 343
1 評価方式に関する問題 343
2 評価体系に関する問題 345
第3章 評価方式・評価体系の見直しの試み 347
第1節 企業価値評価等の評価方法 347
1 「ガイドライン」の評価アプローチ 347
2 各アプローチの具体的な評価法 349
3 係争事件における株式評価 354
第2節 評価方式の見直しの検討 355
1 類似業種比準方式の見直し 355
2 純資産価額方式の見直し 369
3 配当還元方式の見直し 370
第3節 評価体系の見直しの検討 372
1 原則的評価方式 372
2 特例的評価方式(少数株主等が保有する株式の評価) 374
第4節 本章のまとめ 375
1 原則的評価方式の見直し案とその特長 376
2 特例的評価方式の見直し案とその特長 377
第4章 評価方法の法定化の検討 379
第1節 法定化の議論 379
1 法定化に関する識者意見等 379
2 法定化を困難とする理由 383
3 富裕税法で法定化が見送られた理由 386
4 小括 388
第2節 諸外国における株式評価の規定 389
1 主要4カ国の現状 389
2 ドイツ評価法における株式評価 393
3 韓国相続税法における株式評価 396
4 小括 400
第3節 具体的な法定化の範囲 401
1 時価の意義と法定評価の位置づけ 401
2 取引相場のない株式の評価方法 402
3 評価上のしんしゃく 402
4 行為計算否認規定 404
第5章 本稿のまとめと課題 405
1 評価方法の見直し 405
2 評価方法の法定化 406
3 他の財産の評価方法の法定化 406
結びに代えて 407