吉田 隆一
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

所得税法上、「配偶者」という用語には定義規定が置かれていないところ、課税実務では、所得税基本通達において、「配偶者」という用語は民法からの借用概念であることを明らかにしており(所基通2−46)、この解釈は、過去の裁判例(最判平成9年9月9日、大阪地判昭和36年9月19日など)においても支持されている。
 しかしながら、今後、法律婚をあえて選択しない(又はできない)者が増加することが見込まれることを考慮した場合に、所得税法上の「配偶者」について、必ずしも法律婚のみに限定するのではなく、法律婚以外の場合、すなわち、事実婚や同性婚の場合も含めて良いのではないかとの考え方も採り得るところである。
 更に、平成30年の通常国会(第196回国会)において、法務委員会における民法改正法案の議論の中で、多様な価値観が混在している現代社会において、法律婚の場合と事実婚や同性婚の場合とで差異を設けることが適当かといった観点からの議論が行われるなど、現在、社会的な関心も高まっている状況にある。
 こうしたことから、所得税法上の「配偶者」の範囲について、特に法律婚の場合に限定するべきなのか否かといった観点から研究・考察を行うこととしたものである。

2 研究の概要

(1)現行所得税法における「配偶者」に関する制度と「配偶者」の範囲

イ 配偶者控除(所法83)

(イ) 制度の概要等
 配偶者控除とは、居住者が控除対象配偶者を有する場合に、総所得金額等から一定の金額を控除する制度である。「控除対象配偶者」とは、同一生計配偶者のうち、合計所得金額が1,000万円以下である居住者の「配偶者」をいい(所法2@三十三の二)、「同一生計配偶者」とは、居住者の「配偶者」でその居住者と生計を一にするもののうち、合計所得金額が38万円以下である者をいう(所法2@三十三)。

(ロ) 「配偶者」の範囲
 所得税法においては、この「配偶者」という用語に対して特段の定義は与えられていないが、課税実務においては、この「配偶者」という用語は、民法の規定による配偶者をいい、いわゆる内縁関係にある者は、これに該当しないと解されている(所基通2−46)。

(ハ) 制度の趣旨と変遷
 昭和15年改正において、「妻」が扶養控除(大正9年創設)の対象とされた。これは、独身者と妻帯者との間に相当、担税力に差があることを認めたためである。
 更に、昭和36年改正において、扶養控除から独立する形で配偶者控除が創設された。これは、配偶者の所得の稼得に対する貢献や、夫婦共稼ぎ世帯と夫婦の一方が所得を得ている世帯との税負担のバランスを考慮し、扶養控除とは別に基礎控除と同額の控除を設けて税制上配慮することが適当であるとされたためである。
 その後、昭和49年改正により、配偶者控除の控除額と扶養控除の控除額は同額とされたことから、配偶者の所得の稼得に対する貢献等の考慮という意義は薄れている。したがって、配偶者控除は、今日的には、配偶者を扶養していることによる、担税力の減殺を考慮したものという性格の方が強いということができる。

ロ 所得税法上の「配偶者」の範囲を巡る裁判例

(イ) 最判平成9年9月9日(確定)
 借用概念論(統一説)に基づき、所得税法上の「配偶者」は民法の規定による配偶者と同義に解すべきとした。

(ロ) 大阪地判昭和36年9月19日(確定)
 当時の扶養控除の制度趣旨を仔細に考察し、扶養控除の制度趣旨を踏まえれば、内縁の配偶者に扶養控除を適用することには合理性があることに言及したものの、結論としては、借用概念論(統一説)に基づき、所得税法上の「配偶者」は民法の規定による配偶者と同義に解すべきとした。

ハ 借用概念の解釈を巡る三つの学説
 租税法の中で用いられる概念には、借用概念と固有概念とがある。借用概念は、他の法分野(とりわけ私法)で用いられている概念を租税法が借用しているものである。借用概念の解釈を巡っては、次の三つの学説がある。

(イ) 統一説(通説)
 法秩序の一体性と法的安定性を基礎として、借用概念は、原則として私法における概念と同義に解すべきであるとする考え方。ただし、制度趣旨等からして同義に解さないことが明らかな場合はこの限りではないとする。

(ロ) 独立説
 租税法が借用概念を用いている場合でも、それは原則として独自の意義を与えられるべきであるとする考え方。

(ハ) 目的適合説
 租税法においても目的論的解釈が妥当すべきであって、借用概念の意義は、それを規定している法規の目的との関連において探求すべきであるとする考え方。

  これら三つの学説のうち、独立説については、納税者の法的安定性と予測可能性が損なわれるおそれがあり、解釈方法として妥当ではないと考える。

  次に、統一説と目的適合説については、完全に対立し合うものではなく、両者の違いは、借用概念を、私法における概念と同義に解することを原則とするか、それとも中立的な立場でそれを判断するかの違いということになる。

  しかし、目的適合説の立場を採ると、借用概念について自由な解釈が行われやすく、その結果、納税者の法的安定性と予測可能性が損なわれるおそれがあることは否定できない。

  したがって、借用概念の解釈に当たっては、統一説の立場を採るべきである。

ニ 所得税法上の「配偶者」の範囲(現行)
 ハでの考察を踏まえると、所得税法において定義規定が置かれていない「配偶者」の範囲については、配偶者控除の制度趣旨から考えても、内縁の配偶者も含めて解すべきであることが明らかであるとはいえないことから、借用概念論(統一説)の原則どおり、民法の規定による配偶者と同義に解すことになる。
 しかしながら、制度論的には、配偶者控除の制度趣旨に鑑みて、民法の規定による配偶者と同義とすることが妥当なのかという疑問が生じることから、以下、このことについて検討する。

(2)事実婚に対する民法における対応と社会立法における対応

イ 我が国における内縁発生理由(明治時代〜第二次世界大戦前)
 我が国の民法は、婚姻の効力の発生には届出が必要であるとしており、届出婚主義を採用している。このように、法律上の夫婦と認められる中身を審査して、登録公証させる建て前のことを法律婚主義という。
 届出婚主義は、明治民法(明治31年法律第9号)によって確立された。立法時には、起草委員は、届出を基準に婚姻と非婚姻を区別するという立場から、届出の励行によって婚姻が近代化することを期待し、届出をしない男女結合については、やむを得ないと考えていた。
 しかしながら、実際には、起草委員の期待とは裏腹に、多数の内縁関係が発生することになった。その原因としては、(イ) 当時、婚姻は家と家との結びつきであり、家風に合うかどうか、また、跡継ぎが出産できるかどうかといったことが重視され、それが判断できるまでは届出をしない、というような伝統的な婚姻慣行が存在したこと、(ロ) 明治民法では、厳しい「家」制度が採用されており、法的な婚姻障害が存在していたこと、(ハ) 当時の一般的な工場や鉱山などの労働者層においては、法律知識の欠乏や無関心といった事情に加え、届出制度がこうした人々にとって利用しにくいものであったことが挙げられる。

ロ 民法における内縁保護の法理の形成
 イで述べたような、いわばやむを得ず生じた内縁に対して、民法の判例・学説は内縁を保護するための法理を形成していった。 

(イ) 大連判大正4年1月26日(確定)(婚姻予約有効判決)
 挙式後、届出前に離別された女性からの損害賠償請求に対して、婚姻の予約は有効であり、婚姻の締結の強制はできないが、正当な理由なく違約した者には債務不履行として損害賠償責任があると判示し、その請求を認めた事案である。

  この判決に対し、学説は、婚姻予約の法理では、実際の生活上の問題(日常家事債務など)に対処できないとして、内縁の性質を、婚姻に準ずるもの、すなわち準婚関係と捉えて保護を図る準婚理論が唱えられた。判例も次の(ロ)の判決においてこの準婚理論を採用するに至った。

(ロ) 最判昭和33年4月11日(確定)
 挙式後、届出前に離別された女性からの損害賠償請求及び医療費分担請求に対して、以下のとおり判示し、その請求を認めた事案である。
 いわゆる内縁は、婚姻の届出を欠くがゆえに、法律上の婚姻ということはできないが、男女が相協力して夫婦としての生活を営む結合であるという点においては、婚姻関係と異なるものではなく、これを婚姻に準ずる関係というを妨げない。内縁も保護せられるべき生活関係に他ならないのである。

  このように、民法は、法律婚主義を採用する一方で、内縁を婚姻に準ずる関係と捉えて保護する、いわば、ダブルスタンダードを採っている。

  なお、この準婚理論によれば、夫婦に関する民法の規定のうち、@同居協力扶助義務(752条)、A婚姻費用の分担(760条)、B日常家事債務の連帯責任(761条)、C帰属不明財産の共有推定(762条2項)等の規定は、内縁についても準用されることになる。

ハ 社会立法における内縁への対応
 民法の分野において、大正4年に婚姻予約有効判決が出された後、社会立法においても内縁をどのように取り扱うかが議論された。特に、工場における労働災害の多発と労働者家族に内縁関係が多かったことから、内縁関係を無視できない状況となり、工場法において「本人の死亡当時其の収入に依り生計を維持したる者」という表現で、内縁の配偶者が遺族補償の受給資格者に含められることとなった(大正12年)。その後、社会立法においては、「『配偶者』……には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」というような、より直接的な表現によって、内縁の配偶者を法律上の配偶者と同様に取り扱うようになり、現在では、これがスタンダードになっている。社会立法において、これがスタンダードになったのは、社会立法は、その規範によって社会を律するというものではなく、現実の社会を受け止めて規範を定立することに重きがあるからであると考えられる(社会あっての法)。

ニ 事実婚発生理由の変化
 今日では、事実婚の発生理由がかつてと大きく異なっている。すなわち、戦後の民法改正により、「家」制度が廃止され、昭和30年代半ば以降、高度経済成長、農村の変化と都市化、女性の高学歴化や社会進出などに伴い、伝統的習俗は衰退した。こうした社会変化の中で、婚姻の届出の励行が着実に浸透していった。こうしたことから、今日、事実婚の発生理由の多くは、届出をしないことに当事者がそれ相応の意味を認めている場合(例えば夫婦別姓を実現するためなど)といえる。かつてのやむを得ず生じた内縁から、当事者の選択する事実婚へと変化したのである。
 こうした状況の変化を受けて、現在、民法の分野では、内縁保護を支えてきた準婚理論のあり方の再検討がなされるようになっている(当事者の選択する事実婚にも準婚理論を適用して保護を図るべきか否か)。

ホ 新たな論点の登場
 今日では、LGBTという言葉が一般化するなど、同性婚という論点も顕在化してきている。
 LGBTとは、Lesbian(女性の同性愛者)、Gay(男性の同性愛者)、Bisexual(両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー)の頭文字から作られた言葉である。
 我が国では、日本国憲法において、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立」すると規定されている(憲法24条1項)。したがって、婚姻の当事者たり得るのは男女であって、同性婚は、社会観念上、婚姻的共同生活関係とは認められず、婚姻意思ありとはいえないから無効であるとするのが通説であり、政府の公式な見解も、同性婚の成立を認めることは想定していないとしている。また、準婚理論による保護も認められていない。
 更に、明文の規定によって事実婚保護を図っている社会立法においても、同性婚については、保護の対象とはなっていない。
 このように、現在、我が国では、同性婚に対する法的保護がかなり弱い状況にある。

ヘ 小括
  以上のように、今日の我が国においては、かつて、内縁を準婚理論という法理や社会立法により保護を図っていった時代とは状況が大きく異なっている。今日、課題となっているのは、当事者の選択する事実婚や同性婚に対してどのように対応していくか、ということである。
 このように考えると、こうした複雑化した課題に対して、所得税法のみで対応するというのは困難であり、まずは、民法における議論がなされた上で、それを踏まえて検討するべきではないかと思われる。

(3)主要国における事実婚・同性婚に関する立法例と我が国地方公共団体における取組

イ 主要国における配偶者の存在を考慮した税制上の制度
 諸外国においては、その国が採用する課税単位に応じて、配偶者の存在を考慮した税制上の制度が存在する。主要国における配偶者の存在を考慮した税制上の制度についてまとめたものが下の表である。なお、主要国において、税法上、我が国の社会立法のような事実婚を法律婚と同様に取り扱う規定を設けるという立法は一般的ではない。

日本 ドイツ フランス イギリス アメリカ
(トランプ税制改革前)
配偶者の存在を
考慮した仕組
配偶者控除 夫婦単位課税
(二分二乗方式)
世帯単位課税
(N分N乗方式)
婚姻控除 ・夫婦単位課税
(実質二分二乗方式)
・人的控除
(配偶者の控除)
課税単位 個人単位課税 個人単位課税と
夫婦単位課税の
選択制
世帯単位課税 個人単位課税 個人単位課税と
夫婦単位課税の
選択制

ロ 主要国における事実婚・同性婚に関する立法例
 当事者の選択する事実婚や同性婚にどのように対応していくかという課題は、我が国だけに生じているのではなく、諸外国でも同様に生じている。しかしながら、特にヨーロッパの国々を中心に、この課題に対しては、様々な私法上の立法措置が講じられている。主要国における事実婚・同性婚に関する立法例についてまとめたものが下の表である。

制度名 制定年 適用対象
(同性・異性)
相互扶養
義務
所得税
(パートナー関係)
社会保障
受給権
関係解消方法 同性婚の可否 同性婚認容後
の対応
ドイツ 生活パートナー
シップ
2001 同性のみ あり あり
(合算分割)
あり 婚姻と同じ 2017年
同性婚認容
新規登録不可
フランス PACS
(民事連帯契約)
1999 同性・異性 あり あり
(合算分割)
あり 婚姻と異なる
(同意すれば即時)
2013年
同性婚認容
影響なし
イギリス シビルパートナー
シップ
2004 同性のみ あり あり
(婚姻控除)
あり 婚姻と同じ 2013年
同性婚認容
異性間にも
拡大方針
アメリカ (州によって異なる)
○シビル・ユニオン
○ドメスティック・
パートナーシップ
など
1997〜 ○連邦レベルでは、DOMA(婚姻防衛法 1996)により、婚姻が男女間に限られていた。
○州レベルでは、シビル・ユニオンやドメスティック・パートナーシップといった制度が創設された。
○その後、2013年6月にDOMAが違憲と判断され、更に2015年6月に州が同性婚を認めないことが違憲と判断された。これにより、全米で同性婚が認められることとなった。

  上の表のように、主要国においては、この課題に対して、まずは、私法上、法律上の婚姻とは別に、「パートナーシップ制度」という枠組みを設けることによって解決を図ろうとしてきた(所得税についてもそのパッケージの一部である)。各国のパートナーシップ制度は、同性のみを対象とするもの、同性だけでなく、異性も対象とするものなど国によって様々である。もちろん、各国とも、政治的な理由や宗教上の理由、また、法律上の婚姻の地位を低下させるのではないかといった懸念から、立法においてはかなりの議論が行われたようであるが、パートナーシップ制度に婚姻との違いを持たせること等により、制度創設までこぎ着けている(いずれの国も、その後、同性婚が認容されている)。なお、いずれの制度も、パートナーとして法的保護(権利)が与えられることの前提として、パートナー相互間に相互扶養義務が課されているということも重要な点である。

ハ 我が国地方公共団体における取組
 我が国においては、現在のところ、国の制度として、パートナーシップ制度を導入するという動きは見られない。
 一方で、一部の地方公共団体において、パートナーシップ制度を導入する動きが見られる。もっとも、地方公共団体レベルの制度なので、保護の程度は限定的ではある。
 具体的には、平成27年に渋谷区と世田谷区が同性パートナーシップ制度を導入したのを皮切りに、現在では、伊賀市、宝塚市、那覇市、札幌市、福岡市、大阪市など、多くの地方公共団体で導入されている。
 さらに、平成31年には、千葉市が、同性だけでなく異性も対象としたパートナーシップ制度を導入した。
 このように、現在、地方公共団体では、パートナーシップ制度導入の流れが加速している。こうした流れは、今後、国の制度として導入すべきとの流れにつながってくるかもしれない。  

(4)所得税法上の「配偶者」の範囲の在り方

イ 現行所得税法上の「配偶者」の範囲とその理由
 (1)での考察のとおり、現行所得税法上の「配偶者」は、民法の規定による配偶者と同義であると解される。
 このように、現行所得税法上の「配偶者」が、民法の規定による配偶者と同義とされる主な理由としては、次のことが考えられる。

(イ) 毎年、膨大な数の債権債務が生じる租税法の特殊性から、執行上の公平性を確保するため、画一的な取扱いが可能である必要があるところ、民法の規定による配偶者は、届出という形式的要件を備えていることから、外形上、「配偶者」に該当することが明らかであり、執行上の公平性が確保されること

(ロ) 事実婚や同性婚といった民法の規定による配偶者以外を控除の対象とした場合、家族という私的領域において、控除の対象となる「配偶者」に該当するか否かの事実認定を行う必要が生じるが、これは困難を伴うこと

(ハ) 民法の規定による配偶者には、民法752条の同居協力扶助義務が存すること

ロ 社会立法と租税法における対応の違いについての考え方
 (2)において確認したように、社会立法では、事実婚を民法の規定による配偶者と同格に位置付ける立法がスタンダードになっている。これは、「配偶者」の範囲を民法の規定による配偶者に限定する租税法と対照的である。
 社会立法は、生存権を根拠とした生活保障を目的とし、貧困化の契機となるべき社会的事故(例えば生計を支えていた者の死亡など)の発生に際し、予防的に所得保障を図る制度として発展してきたものであり、受給権者等の生活実態が民法の規範的要請に優先する(生活実態が重視される)という考え方に基づき、配偶者の範囲に事実婚を含めるという対応をしている。もちろん、この対応をするに当たっては、社会立法では、受給権者等からの請求に基づき、保険者(給付者)がその請求内容を審査した上で給付がなされるため、保険者において、1つ1つの事案を給付前(事前)に精査することが可能であるということも大きいのではないかと思われる。
 一方、租税法は、公共サービスの資金とするために、何らかの利益と直接結びつくことなく強制的に徴収される租税について、国民の納税義務を定める法であり、その意味で国民の財産権への侵害を根拠付ける、いわゆる侵害規範である。したがって、租税負担は国民の間に公平に配分されなければならず、公平性の確保は極めて重要とされる。そして膨大な数の債権債務が同時期に申告等によって確定するという特殊性から、執行上の公平性を担保するため、画一的な取扱いが可能となることを重視するという考え方に基づき、「配偶者」の範囲を民法の規定による配偶者に限定している。
 具体的には、申告納税制度を採用する所得税では、確定申告の時期に大量の申告書が提出される。仮に適用を誤った申告書が提出された場合でも、一旦、その誤った申告内容で租税債権が確定する。課税庁がこれを是正するためには、納税者に対して税務調査を行うなどして、修正申告や更正処分といった手続を経なければならない。それでも、是正がなされればよいが、税務調査がスムーズに進まなかったり、大量の申告書の処理の中で見落とされるというようなことがあれば、適用を誤った申告書がその申告内容で確定してしまうこととなり、適正な申告をしている者との公平性が維持できなくなる。こうしたことから、画一的な取扱いが重視されるのである。
 このように、社会立法と租税法とでは、その制度の目的や事実認定のプロセスなど様々な側面で違いがある。したがって、社会立法と租税法とで対応が異なっても問題はないと考える。それぞれの制度において、それぞれの目的に基づき、判断がなされるべきである。

ハ 所得税法上の「配偶者」の範囲の在り方
 (1)での考察のとおり、配偶者控除は、配偶者を扶養していることによる担税力の減殺の考慮という趣旨で設けられている制度であり、単純にこの考え方に基づけば、事実婚や同性婚の場合であっても、実際に「扶養の事実」が認められる場合には、控除の対象とされるべきという考え方は、採り得なくはない。
 しかしながら、現行制度が、民法の規定による配偶者のみを控除の対象としているのは、前述の執行上の公平性の確保等の理由だけでなく、民法上の同居協力扶助義務が存する配偶者を扶養しているという事実を重視しているということが大きいと思われる。これは、「扶養の事実」を認定する場合に、その背景に、民法上の同居協力扶助義務が存するということが大きな拠り所になる(「扶養の事実」が強く推定される)と考えられているということであろう。
 すなわち、所得税法において配偶者間の関係を議論する際は、民法上の同居協力扶助義務が存するということが出発点とされるべきであり、それを念頭に置いた議論が必須である。
 ところで、(2)での考察のとおり、現在、当事者の選択する事実婚については、民法の分野においてその保護の必要性(準婚理論を適用して保護を図るべきか否か)が議論されている状況である。また、同性婚については、民法の分野においても認めるべきか否かも含めて議論が進んでいない状況である。
 こうした現状に鑑みれば、まずは、民法の分野において、事実婚や同性婚といった課題に対して、保護を図るべき対象なのか否か、また、保護を図るとすればどのような手段が適当なのかなど、どのように対応していくべきかが議論され、一定の結論が示される必要があると考える。
 そして、その民法の分野における議論の内容を踏まえ、所得税法としてどのような対応をするべきか、議論をしていくことが必要であると考える。

3 結論

  事実婚や同性婚といった課題については、私法上の対応(例えばパートナーシップ制度の創設等)に併せて所得税法も対応するというのが妥当である。
 2(3)で確認したように、主要国では、この課題を解決するためにパートナーシップ制度を創設することなどで対応しており、所得税もそのパートナーシップ制度のパッケージの一部となっている。
 こうしたことから、我が国においても、同様の制度を創設するという流れになった場合には、当該制度に基づきパートナー関係になり相互扶養義務が課せられた者(パートナー)を配偶者と同視し、配偶者控除の適用を認めるという改正を行うというのが最も望ましい対応であると考える。


目次

項目 ページ
はじめに 193
第1章 現行所得税法における「配偶者」に関する制度と「配偶者」の範囲 195
第1節 配偶者控除と配偶者特別控除 195
1 配偶者控除と配偶者特別控除の概要 195
2 配偶者控除と配偶者特別控除の変遷 200
3 配偶者控除と配偶者特別控除の今日的意義 209
第2節 「配偶者」に関するその他の制度 211
1 現行所得税法における「配偶者」に関する主な規定 211
2 所得税法上の「配偶者」の用例 213
第3節 所得税法上の「配偶者」の範囲 213
1 所得税法上の「配偶者」の範囲を巡る裁判例 213
2 借用概念論についての考察と所得税法上の「配偶者」の範囲 218
第4節 小括 227
第2章 事実婚に対する民法における対応と社会立法における対応 228
第1節 我が国における内縁の歴史的展開 228
1 民法における婚姻制度の概要 228
2 我が国における内縁発生理由(明治時代〜第二次世界大戦前) 229
第2節 民法における内縁保護の法理の形成 231
1 明治時代の判例・学説 231
2 大連判大正4年1月26日(婚姻予約有効判決) 232
3 最判昭和33年4月11日 233
4 準婚理論 234
第3節 社会立法における内縁への対応 235
1 工場法における内縁への対応(大正時代) 235
2 法令における内縁保護の表現方法 238
3 第二次世界大戦後〜現在の社会立法の規定例 239
第4節 事実婚発生理由の変化と新たな論点の登場 240
1 事実婚発生理由の変化と民法における反応 240
2 新たな論点の登場 242
第5節 小括 243
第3章 主要国における事実婚・同性婚に関する立法例と我が国地方公共団体における取組 244
第1節 主要国における配偶者の存在を考慮した税制上の制度 244
第2節 主要国における事実婚・同性婚に関する立法例 246
1 ドイツ 247
2 フランス 252
3 イギリス 255
4 アメリカ 260
5 主要国における事実婚・同性婚に関する立法例の総括 265
第3節 我が国地方公共団体における取組 267
1 渋谷区・世田谷区・千葉市におけるパートナーシップ制度 267
2 国の制度としてのパートナーシップ制度の導入の動き 270
第4節 小括 270
第4章 所得税法上の「配偶者」の範囲の在り方 272
第1節 所得税法上の「配偶者」の範囲の在り方 272
1 現行所得税法上の「配偶者」の範囲とその理由 272
2 社会立法と租税法における対応の違いについての考え方 273
3 所得税法上の「配偶者」の範囲の在り方 275
第2節 所得税法に求められる対応 277
結びに代えて 278