岡村 秀直
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

源泉所得税は、源泉徴収の対象となる所得の支払の時に源泉徴収義務者に納税義務が成立し、これと同時に特別の手続を要しないで納付すべき税額が確定するため、源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効の起算点は、「納付の日」になると考えられていた。
 しかし、名古屋地裁平成29年9月21日判決において、上記の考え方に基づく国側の主張に対し、本判決の前提となる事実関係の下では、源泉所得税の還付請求権を行使することについて、対象となった所得の支払の原因が無効であったこと等を理由とするその「返還」によって所得の経済的成果が失われるまでは、源泉所得税の課税要件に欠けるところはなく、「法律上の障害」があるというべきであるから、当該還付請求権が時効により消滅したとはいえず、還付すべきであるとする判断がなされた。
 そこで、本稿では、民法における債権及び他の請求権ほかについて「法律上の障害」があるなどとされた裁判例から、その意義及び原因を研究した上で、本判決の妥当性を検討し、源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効の起算点をどのように考えればよいかを考察するものである。

2 研究の概要

(1)民法の消滅時効制度

イ 消滅時効制度の意義等
 時効は真実の権利状態と異なった事実状態が永続した場合に、その事実状態をそのまま権利状態と認めてこれに適用するように権利の得喪を生じさせる制度である。民法は取得時効及び消滅時効をあわせて「時効」という上級概念に包括し、民法144条以下に規定している。
 消滅時効期間は一般の債権が10年である(現民法167条1項)。債権以外の財産権も20年の消滅時効にかかり(現民法167条2項)、その代表例は用益物件(地上権・永小作権・地役権)である。

ロ 「法律上の障害」
 消滅時効の起算点は、当該権利を行使しうる最初の時点をいう(現民法166条1項)。権利は既に発生していても、未だ履行期が到来しない等の事情があるときは、権利を行使しうる状態にはなっていないのであり、これを権利行使上の「法律上の障害」と呼ぶ。特殊の権利について、権利行使が可能であったとしても、なお、時効期間が開始しない場合があることを認めている。すなわち、判例は、そうした権利について、「権利の行使」につき法律上の障害がないというだけではなく、「権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであること」も必要であるとしている(最大判昭和45年7月15日民集24巻7号771頁、最判平成8年3月5日民集50巻3号383頁、最判平成13年11月27日民集55巻6号1311頁)。
 「事実上の障害」とは、権利者がその権利の存在や行使可能性を知らないとか、知らないことについての過失の有無など、権利者の主観的容態をいい、時効進行については顧慮されない。

ハ 改正民法前の学説
 権利行使ができる時の意義について、学説では、現民法第166条第1項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは「権利ノ内容ヲ実現スルニ付テ法律上の障碍ノ存セサル時」をいい、「権利行使ニ対スル事実上ノ障碍ハ時効ノ進行ヲ妨ケス」と説き、これが通説(以下「法律上の障害説」という。)・判例であった。その後、権利行使が事実上可能になったときとする見解と法律上の障害説との対立があり、折衷的な見解として、「法律上の障害」がないという原理的な基準を具体的に個々の事案に当てはめる場合のその認定判断に際しての補充的な基準として、「その権利行使が現実に期待できるものであることを要する」という判断基準(以下「現実的期待可能性説」という。)があるとする者もあった。

ニ 改正民法
 民法(債券法)改正を内容とする「民法の一部を改正する法律」が、平成29年5月26日に可決成立し、同年6月2日に公布され(施行日:令和2年(2020)年4月1日)、施行日以後に生じた債権は、改正民法の規定が適用されることとなった。
 現民法においては、一定の業種についての短期消滅時効の特例(現民法170条〜174条)、が設けられ、また、商法においても商事消滅時効の特例が設けられていたが、これらを廃止するとともに、消滅時効の長期化を避けるため、債権の消滅時効の起算点及び期間について、「権利を行使することができる時」から10年という旧法の原則的な消滅時効期間は維持した上で、「権利を行使することができることを知った時」から5年という主観的起算点からの消滅時効期間を追加し、そのいずれかが経過した場合には、時効により債権が消滅するとしている(改正民法166条1項)。
 改正民法の主観的観点からの消滅時効は、@権利行使を期待されてもやむを得ない程度に権利の発生原因等を認識して債権者が「権利を行使することができることを知った」といえることと、A「権利を行使することができる」ことの双方が満たされた時点から、その進行を開始する。そして、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の起算点とされる「損害及び加害者を知った時(改正民法第724条第1号)」と同旨になると解される。また、客観的起算点の解釈は現民法の解釈と同様と解される。

(2)国税の消滅時効制度

イ 国税の消滅時効制度の意義・特色
 国税の消滅時効制度は、徴収権の消滅時効(国税通則法72条)と還付金の消滅時効(国税通則法74条)とが規定されており、いずれも時効期間は5年とされている。国税の徴収権の時効については、援用を要せず、時効完成後における権利の放棄はできない(国税通則法72条2項)。また、国税の還付金等に係る請求権の消滅時効については、国税の徴収権の消滅時効と同様、援用を要せず、時効完成後における利益の放棄はできない(国税通則法74条2項)。
 また、国税の徴収権及び還付請求権の時効については、別段の定めがあるものを除き、民法の規定が準用される(国税通則法72条3項、74条2項)。

ロ 還付金及び過誤納金の意義
 還付金とは、適法に納付又は徴収が行われたが、後に租税法の計算規定の適用によって、国が保有する正当な理由がなくなったため、納税者に還付されるべき税額をいう。
 過誤納金は過納金と誤納金とからなり、過納金は租税債務の内容を確定する行為が当然に無効ではないが、それによって確定された税額が過大であるため減額更正・減額再更正等がなされた場合に、それによって減少した税額のことである。誤納金は、実定法的にも手続法的にも、納付または徴収の時点からすでに法律上の原因を欠いていた税額のことである。

(3)源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効

イ 源泉所得税制度の意義・概要
 源泉徴収制度はわが国の税制において、次の二つの特色を持っている。一つは源泉徴収の範囲がきわめて広いことであり、いま一つは、給与所得に対する源泉徴収制度がきわめて精密にできていることである。
 源泉徴収方式によって確定した納税義務を徴収・納付する制度を源泉徴収制度という。換言すれば源泉徴収制度とは、源泉徴収の対象とされている所得の支払者を源泉徴収義務者(国税通則法2条1項5号)とし、支払者がその支払いの際に、税務官庁に代わって、給与等を受ける源泉徴収義務者(以下「受給者」と称する場合がある。)の納付すべき所得税を天引き徴収し、受給者に代わって、徴収した所得税を納付する制度である。

ロ 源泉徴収制度における支払者、受給者及び国との関係
 源泉徴収には、@国と支払者の関係、A国と受給者の関係、B支払者と受給者の関係、の3つの法律関係が存在する。
 国と受給者の間には、源泉徴収手続の発生の基礎となる租税実定法(租税債権債務関係)は存在するが、租税手続法の側面で、両者は完全に遮断されており、両者が手続的に接合することは全くない。他方、国と支払者との間では、源泉徴収義務の発生を根拠付けるような租税実定法(租税債権債務関係)は存在しない。しかるに支払者は、租税手続法の面では、自己の本来の納税義務とは直接の関連しない様々な義務を課され、しかもその過怠は、あたかも自己の義務違反のごとく処罰される。
 支払者と受給者との間には、民法上の雇用関係等に伴う債権債務関係は存在するが、それ以外の租税法上の債権債務関係、すなわち租税実定法関係は全く存在しない。

ハ 源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効
 自動確定方式の源泉所得税は、租税確定行為が存在せず、税額が過大に確定されることはないから、過納金が生じることはないのである。したがって、源泉所得税の過誤納金とは給与等の支払の際に自動確定した本来納付すべき税額と実際に納付された税額の差額が誤納金として生ずることとなる。そして、源泉所得税の過誤納金とは、@納税義務がないのに納付した源泉所得税額、A本来納付すべき税額よりも過大に納付した源泉所得税額、つまりは誤納金であるいえる。
 消滅時効の基本的な考え方である「法律上の障害」がないときはいつかという点について、「納付の日」において還付請求権を行使する上での期限の未到来や、租税確定行為がなされた過納金などは見当たらない。誤納金が発生していることに気付かなかったり、知らなかったりしていても、それは「事実上の障害」であって「法律上の障害」ではない。したがって、源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効の起算点である「その請求することができる日」は「納付の日」であると考えられてきた。

(4)消滅時効の起算点に関する裁判例

イ 最高裁判決
 最高裁昭和45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁は、「弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要と解するのが相当である。(下線は筆者)」とする消滅時効の起算点について、新しい解釈を示すものであった。
 最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁は、最高裁昭和45年7月15日大法廷判決の「弁済供託における供託物の払渡請求、すなわち供託物の還付または取戻の請求について」という限定が、本判決ではなくなっていることを捉え、例外がないか検討は要するが一般的解釈を示したものであると考えることができる。
 最高裁平成28年3月31日第一小法廷判決・民集70巻3号969頁は、法律上の規定自体が法律上の障害を生じさせているという点、すなわち、債権者が宅建業法第30条第2項の取戻公告をしない旨を選択し、10年後に取戻請求権を行使するという法律の規定自体が法律上の障害を観念しうるものであるといえるのではなかろうか。

ロ 学説
 星野英一教授は最高裁昭和45年7月15日大法廷判決民集24巻7号771頁(以下「昭和45年判決」という。)以降、「債権者の職業・地位・教育などから『権利者を行使することを期待ないし要求することができる時期』と解すべきである」と述べられた。
 松久三四彦教授は星野説について、解釈の方向性としては賛成するが、「権利者の職業・地位・教育などの個性に左右されるべきではないとし、権利行使を期待しうるか否かは権利者の個性を捨象した通常人を基礎として判断すべきである。」としたうえで、この原則の例外を認めるため、次のように述べられる。「通説の区分からすると事実上の障碍に該たる事由であっても、なお、時効の進行開始を妨げるとする妥当な場合があれば、・・・これを認めてよいように思われる。このような場合を便宜的に客観的事実上の障碍(他を主観的事実上の障碍)と呼び」、客観的事実上の障碍は「昭和45年判決に倣い「権利の性質上、その行使を現実に要求できない場合」と表現するのがよい」と述べられている。
 通説とされている星野説では定型的な物差しが必要となる裁判実務に耐えられる規範とはなり得ず、松久説は、昭和45年判決で示された「権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要と解する」とする解釈と整合するものであり、本稿においては、現実的期待可能性説のうち松久説が基準となり得るものと考える。なお、昭和45年判決の解釈と松久説との相違は、松久説が権利行使を期待するか否かは権利者の個性について通常人を基礎として判断するのに対し、昭和45年判決は権利者の個性について何らの言及がない点にある。

ハ 「消滅時効の起算点」を争点とした判例の俯瞰
 昭和45年判決前の判決は、10年の消滅時効に関する判例に現れた起算点確定法理について、進行開始障害事由を「法律上の障害」に限定し、消滅時効の完成を早める傾向にあった。5年以下の短期消滅時効に関する判例は、主観的事実上の障害が進行開始障害事由にならないとしたもの、権利の存在を知っていたとしても、権利行使できなくなるという意味で、客観的事実上の障害が進行開始障害事由とされたものもあった。
 そして、昭和45年判決以降の現民法第167条第1項の10年の消滅時効に関する判決は、「法律上の障害」を時効進行開始障害事由としつつも、実質的には昭和45年判決の起算点確定法理に基づいて、客観的事実上の障害を進行開始障害事由とするものであった。5年以下の消滅時効においても、実質的に昭和45年判決の起算点確定法理に基づき、客観的事実上の障害を時効進行開始障害事由とするものがある。また、最判平成15年12月11日第一小法廷判決は保険約款の解釈に関するものであるが、昭和45年判決の起算点確定法理に基づき、主観的事実上の障害を進行開始障害事由としたものであった。
 最高裁昭和45年大法廷判決の「「権利ヲ行使スルコト得ル」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要」とする新しい解釈は、その後の昭和45年判決を引用した下級審の裁判例のほか、一定数存在しており、判例法理を形成しつつあると考える。
 なお、どのような「権利の性質」であれば、「権利行使が現実に期待できる」ことを要するかは専ら司法判断によるものであり、その点で予見可能性に乏しいと考えられるが、この判例法理を適用した裁判例が参考となる。

3 結論

(1)「法律上の障害」等の意義及び原因

イ 意義
 「法律上の障害」とは、権利は存在するがこれを行使することが法律的にできないことをいう。換言すれば、その権利を実現する訴訟を提起しても請求認容の判決をえられないことをいうものである。典型的には期限の定めのある債権に係る履行期未到来、停止条件付債権に係る停止条件の未成就などが挙げられる。
 さらにいうならば、消滅時効の起算点が後ろ倒しされることであり、その起算点まで、遡るものである。

ロ 原因
 本章で掲げた、消滅時効の起算点が争点とされた裁判例のうち、「法律上の障害」があったとする判決のほとんどが、制度上の趣旨や仕組みから時効の完成が許されないとするものであった。また、昭和45年判決の判例法理(「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは単に権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることをも必要)が同判決以降の裁判で広く適用されるようになってきている。
 なお、本稿では現民法下における消滅時効の起算点に関する学説等として、「法律上の障害説」、「現実的期待可能性説」及び「判例法理」の3つを挙げた。
 いまだ、「法律上の障害説」が通説とされているが、本稿における研究では「判例法理」が確立しつつあると考えている。
 改正民法下における客観的起算点(改正民法166条1項2号)が「法律上の障害説」なのか「現実的期待可能性説」又は「判例法理」に拠ることとなるかは今後の解釈に委ねられているとされているが、現民法下における解釈と同様であると考えてよかろう。
 そして、現民法下における消滅時効の起算点が後倒しされる事象の原因は、法律上の障害説、現実的期待可能性説、判例法理のいずれに当たる場合であっても、次のいずれかまたは両方に該当する場合などに発生するものと分析した。  

@ 制度上の趣旨や仕組みから、時効の完成が許されないこと。

A ある前提事実について、後に真実が判明し確定するといった、権利行使が現実に期待できない特段の事情があること。

(2)名古屋地裁平成29年9月21日判決・裁判所ウェブサイト

イ 事案の概要
 会社であるX(原告、役員退職慰労金支給時はE社、後にF社はE社を合併しXはF社を合併する。)は平成20年4月6日開催のE社の臨時株主総会で役員退職慰労金2億8,000万円を支給する旨の決議を行ったとして、平成20年5月30日を含め4回に分けて元代表者訴外Aに支給し、E社は同年6月3日に源泉所得税及び市県民税を納付した。そして、平成27年の別件の名古屋高裁の控訴審判決で、平成20年4月6日開催の株主総会は不存在で、退職金の支給は法律上の原因を欠くものであり、Aに対し、退職金手取額に相当する金額等の支払を命じる判決が確定した。平成27年3月30日及び4月14日に元代表者AからXへ退職慰労金が返還された。時を同じくして平成27年4月7日XはY税務署長(被告)に対し、源泉所得税の還付請求書を提出したが、Yはこれに応じなかった。その結果、Xは名古屋地裁に提訴し、次の理由により国が敗訴した。

ロ 判旨
 「国税通則法第74条1項所定の「その請求をすることができる」とは、民法166条1項の「権利を行使することができる」と同義であるから、その権利の行使について法律上の障害がないこと、及び権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることを要すると解するのが相当である(同項に関する最高裁昭和40年(行ツ)第100号同45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁、最高裁平成4年(オ)第701号同8年3月5日第三小法廷判決・民集50巻3号383頁参照)。
 ・・・源泉所得税については、申告納税方式による場合の納税者の税額の申告やこれを補正するための税務署長等の処分(更正、決定)賦課課税方式による場合の税務署長等の処分(賦課決定)なくして、その税額が法令の定めるところに従って当然に、いわば自動的に確定するものとされている(最高裁昭和43年(オ)第258号同45年12月24日第一小法廷判決・民集24巻13号2243頁参照)。
 しかしながら、支払者が源泉徴収義務の発生する所得を支払い、源泉所得税を納付した後になって、その支払いの原因が無効であったこと等を理由として、支払者が上記所得に相当する金員の返還を受けたことにより、上記所得の支払による経済的成果が失われる場合がありえるところ、このよう場合について、被告の主張するとおり、当初から租税法律関係が存在しなかったものとして、源泉所得税の納付時にその還付請求権が発生すると解したとしても、前記(1)で説示したとおり、所得税法上の所得は専ら経済的面から把握すべきものであり、経済的にみて利得者がその利得を現実に支配管理し、自己のために享受する限りその利得は所得を構成するのであるから、上記返還によって所得の経済的成果が失われるまでは、源泉所得税の課税要件に欠けるところはなく、上記源泉所得税についての還付請求権を行使するにつき、法律上の障害があるというべきである。(下線は筆者)」

ハ 考察
 本判決は、A及びBが原告の経営権を争っている中、原告が退職慰労金を支給したという前提事実が、後に無効であることが別件訴訟1及び2で既判力をもって確定し、退職所得の該当性や退職の事実についても問題は認められなかったとする事実認定があり、また、元代表者Aから原告に対し退職慰労金相当額及びその利息として2億7千万円もの多額の金員が返還された、という高いハードルをクリアしたきわめてまれな事例判決といえ、個別事案としての判示は妥当なものといわざるを得ないものと思料する。すなわち、前提事実の無効が別訴の確定判決により確定的になり、多額の金員が返還された結果、消滅時効の起算点についてたまたま「法律上の障害」があったと評価されたのではなかろうか。
 本判決は源泉所得税の誤納金の還付請求権に係る消滅時効の起算点につき「法律上の障害」があるとされた事案であるが、大量反復的な処理が求められる税務署職員による課税実務においては、過度に個別具体的考慮を求めることは困難であり、原則的な源泉所得税の誤納金に係る還付請求権の消滅時効の起算点は「納付の日」と解すべきである。なぜならば、源泉徴収に係る租税法律関係がいつまでも不安定な立場に置かれることとなり、国税通則法第74条第1項、第2項の趣旨を没却しかねないこととなるからである。


目次

項目 ページ
はじめに 246
第1章 民法の消滅時効制度 249
第1節 消滅時効制度の意義 249
1 時効制度の意義 249
2 時効制度の概要 249
3 沿革 250
4 除斥期間 254
第2節 消滅時効期間 254
1 債権など 254
2 消滅時効にかからない権利 255
3 判決などにより確定した権利 255
第3節 消滅時効の起算点 255
1 現民法 255
2 改正民法 260
第4節 主要国の時効制度 266
1 主要国の時効制度 266
2 ドイツ 266
3 フランス 268
4 主要国の時効制度のまとめ 270
第5節 小括 270
第2章 国税の消滅時効制度 272
第1節 国税の消滅時効制度の意義 272
1 消滅時効制度の意義 272
2 沿革 272
3 徴収権と賦課権 273
第2節 国税の時効制度の特色 274
1 時効の絶対的効力 274
2 民法の準用 275
第3節 消滅時効期間 278
1 徴収権 278
2 還付請求権 278
第4節 消滅時効の起算点の考え方 279
1 徴収権 279
2 還付金等 279
第5節 消滅時効の起算日の具体例 280
1 起算日 280
2 法律上の障害 282
第6節 還付金及び過誤納金の意義 283
1 還付金の意義 283
2 過誤納金の意義 284
第7節 還付金及び過誤納金の発生時期 286
1 還付金の発生時期 286
2 過誤納金の発生時期 287
3 還付金等の発生と還付請求権の消滅時効の起算点の関係 288
第8節 小括 289
第3章 源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効 290
第1節 源泉徴収制度の概要 290
1 源泉徴収制度の意義 290
2 源泉徴収制度の概要 291
3 源泉徴収制度の沿革 292
第2節 源泉徴収義務者 293
第3節 過誤納金の還付請求権者 294
1 問題意識 294
2 内閣法制局の見解 294
3 最高裁の判旨ほか 295
第4節 源泉徴収制度における支払者、受給者及び国との関係 295
1 国と支払者の関係 296
2 国と受給者の関係 297
3 支払者と受給者の関係 297
4 三者構造のまとめ 298
第5節 納税義務の成立と税額の確定 298
第6節 納税の告知 300
1 納税の告知の意義 300
2 納税の告知の手続 300
3 納税の告知の効果 301
4 納税の告知の法的性格 301
5 源泉所得税に係る納税の告知と受給者への影響 302
第7節 源泉所得税の過誤納金に係る還付請求権の消滅時効 302
1 源泉所得税と過誤納金 302
2 源泉所得税の還付請求権の消滅時効 303
第8節 小括 304
第4章 消滅時効の起算点に関する裁判例 306
第1節 消滅時効の起算点が争点となった最高裁判決 306
1 最高裁昭和45年7月15日大法廷判決・民集24巻7号771頁 306
2 最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決
・民集50巻3号383頁
309
3 最高裁平成15年12月11日第一小法廷判決
・民集57巻11号2196頁
312
4 最高裁平成28年3月31日第一小法廷判決
・民集70巻3号969頁
316
第2節 「消滅時効の起算点」が争点となった裁判例の俯瞰 321
「消滅時効の起算点」の学説及び裁判例の変遷 322
第3節 「法律上の障害」等の意義及び原因 329
1 意義 330
2 原因 330
第4節 国税に関して消滅時効の起算点が争点となった裁判例 331
1 最高裁昭和53年2月10日第二小法廷判決
・訟月24巻10号2108頁
331
2 名古屋地裁平成29年9月21日判決・裁判所ウェブサイト 334
第5節 小括 342
第5章 まとめ 345
結びに代えて 347