落合 信之
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

税務調査及び法定監査(以下「税務調査等」という。)は、いずれも法令に定める質問検査権に基づき行使される。質問検査権の行使は行政調査であり、納税者等に受忍義務はあるものの強制調査を認めるものではない。また、現行の質問検査権の実効性確保の手段は行政刑罰に限られているが、行政刑罰として検察に告発することはハードルが高く、また告発するための事務量が膨大になることから、行政刑罰の実施は自制されてきた。そのため、納税者等の検査拒否等にあうと、納税者等の有する課税資料を把握、確認することが困難となり、機動的かつ実効的な課税資料の収集(質問検査権の行使)ができない状況にある。
 また、法令によって義務付けられた法定資料は、@税務調査等における質問検査権による課税資料の収集とは違い、大量かつ自動的に税務当局が収集できる課税資料であること、A第三者又は納税者本人から納税者の取引・資産情報を収集し、税務当局がその情報を基に納税者の申告の適正性を確認し、必要があればその情報を端緒として税務調査を実施して不適正な申告を是正することができること、B第三者等から情報を収集し、税務当局が納税者の情報を保有することで、所得等を隠蔽し税を逃れようとする納税者に対してけんせい効果になることから、申告納税制度を基本とする我が国の税制において、課税の適正公平を図るための重要なファクターとなっている。
 しかし、この法定資料の提出義務に関する実効性確保手段は、質問検査による課税資料収集の場合と同様、行政刑罰に限られている。特に、法定資料の提出義務違反のような軽微な形式犯に対して、行政刑罰を科した例は過去に1件しかなく、法定資料の提出義務に関する実効性確保においては、もはや、その唯一の手段である行政刑罰は威嚇力を失い、完全に機能不全の状況にある。
 このような状況を打開するため、これらの実効性確保のための方策導入に係る最適な選択肢、及び実際に導入する際の具体的な検討事項を研究し、今後の税制改正要望の申入れに参考となる情報を提供することを目的として研究を行う。

2 研究の概要

(1)我が国の行政上の義務履行確保制度(第1章)
 この章では、今現在の我が国における行政上の義務履行確保措置の諸制度について概観し、これらの諸制度が課税資料収集の義務履行確保制度として、有効であるか等について検討する。

イ 伝統的な行政上の義務履行確保制度
 我が国の伝統的な行政上の義務履行確保制度は、@行政上の強制執行制度とA行政罰制度である。両者はその性質を異にしており、@行政上の強制執行制度は、行政機関が行政上の義務違反に対し、将来に向かって実力をもって義務を履行させる制度であり、A行政罰は、行政機関が過去の行政上の義務違反に対し、制裁として罰を科し、その威嚇力によって義務履行の確保及び将来の義務違反の抑止を図るものである。両者は義務履行確保の機能を有し、また、その目的を持っている点で共通しているが、@行政上の強制執行制度が将来の義務履行を確保するために義務違反者に対し何らかの強制的措置を図る制度であるの対し、A行政罰は過去の義務違反に対し制裁として義務違反者に何らかの罰を科す点において大きな差異が認められる。
 このようなそれぞれの特質を考慮すると、質問検査権に基づく課税資料の収集が、調査等において、適正な課税を確保するために、その課税の可否を判断し、更正等の処分を行うための準備的行政行為であると考えられることから、税務当局に対して課税資料の提出等の義務を履行しないことに対し、制裁として行政罰を科しても、最終目的である適正な課税の確保にはつながらず、質問検査権に基づく課税資料収集の実効性の確保に関する行政上の義務履行確保措置として機能は果たせないと考える。したがって、質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置については、将来に向かって義務の履行を強制する行政上の強制執行制度、とりわけ、非代替的作為義務違反に対する強制執行措置として有効である執行罰を模範として制度設計を行うのが有用であると思われる。
 法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置については、法定資料提出等の義務違反が、税務申告書の不提出等と同様、反復的かつ大量に発生すると見込まれること、比較的軽微で形式的な義務違反であることから、行政上の秩序維持のために義務違反者に対して制裁として金銭的負担を課す行政上の秩序罰によってその義務の履行を確保することが合理的であると考える。これは、法定資料の未提出等といった比較的軽微な義務違反に対し、現行の行政刑罰が機能不全にあるといわれる状況の中で、現実的にその義務履行の確保が困難であることから、行政刑罰の非刑罰化を図り、当該義務履行の確保を行うものである。

ロ その他の行政上の義務履行確保制度
 伝統的な行政上の義務履行確保制度以外の諸制度について、@加算税、過怠税、延滞税等、A課徴金、B公表、C授益的処分の撤回等、D行政サービス、許認可等の拒否、E契約関係からの排除の6項目を挙げて、それらの制度を概観し検討する。これらの制度は、伝統的な行政上の義務履行確保制度が機能不全を起こしている状況の中で、様々な社会問題が顕在化し、行政がそれらの社会の変化に対応するために、生み出されてきた制度である。
 課徴金制度については、行政上の義務違反に対して、罰金とは別に一定金額を課し、将来の違反を抑止する経済不利益賦課制度である点で、課税資料収集の義務履行確保措置として有効な制度であると思われる。しかし、課徴金の性質は、本来的に、違法に得た利益を剥奪することを主な目的とし、違反行為により得た利益相当額を超える部分の金額に行政制裁としての性質を有するものであり、一方、課税資料収集に係る義務違反においては直接的な利益の創出は存在しないため、その実効性の確保のための方策を課徴金のカテゴリーとして制度設計を行うことは不合理であると考える。
 制裁的公表は、ある程度の実効性が見込め、手続上も行政機関において迅速、簡易に実施できる上、社会的評判(reputation)を意識する事業者にとっては強い実効性が認められ、また、情報化社会といわれる現代社会おいては、情報を活用した行政手法は注目されるところである。しかし、課税資料の収集において制裁的公表を検討するとき、法定資料の未提出等のように、大量に違反者が発生する可能性があるため税務当局側の事務量等の負担が大きくなることや、直接的に租税債権の侵害等をもたらす税務申告書の未提出等の義務違反者に対しては加算税制度を採用していることとのバランスの問題、また、制裁的公表には違反者の社会的評判(reputation)に対する考え方により、その効果に不確実性があることから、制裁的公表を課税資料収集の実効性の確保手段とすることは実現性に乏しいように思われる。
 受益的処分の撤回等、行政サービス、許認可等の拒否及び契約関係からの排除といった行政上の義務履行確保措置は、税務分野においても酒税法等の免許取消等で既に取り入れられているが、課税資料収集の義務履行確保措置としてこれらの制度を導入することは、課税資料収集に関する義務違反が許認可の撤回及び拒否や行政サービスの拒否などの処分等に対して、直接的な関連性がないため、ふさわしくないと思料される。

(2)諸外国の行政上の義務履行確保制度(第2章)
 この章では、今現在の諸外国における行政上の義務履行確保措置の諸制度について、ドイツの強制金制度、アメリカの民事罰を中心に概観し、これらの諸制度が課税資料収集の義務履行確保制度として、有効であるか等について検討を行う。

イ ドイツの強制金制度
 ドイツの強制金制度は、代償強制拘留制度を除けば、我が国の執行罰と同様の制度である。したがって、ドイツの強制金制度は、前述(1)イで述べたように、質問検査権に基づく課税資料の収集の目的が、適正な課税を確保するため、その課税の可否を判断し、更正等の処分を行うための情報収集であることから、将来に向かって義務の履行を強制する強制金制度を模範として、質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置の制度設計を行うことが有用であると思われる。
 また、実際のドイツの租税分野における強制金の運用は、調査非協力により課税資料の提供がない場合には、一旦は強制金により課税資料の把握を試みるが、強制金の効果がない場合には、制裁的意味合いが含まれる高めの推計課税を実施して、課税の確保を行っている。実際に強制金が徴収されるのは、推計ができない場合に限られている。
 このことは、調査における質問検査権に基づく課税資料収集の実効性の確保においては、推計課税と強制金のような行政上の強制執行制度とのバランスを考慮しつつ執行することが我が国においても有効であることを示唆している。

ロ アメリカの民事罰
 アメリカの民事罰は、我が国の行政上の秩序罰と類似しており、行政機関等が課す金銭的負担(制裁)であって、行政上の義務履行確保又は将来の違反の抑止を目的として行政法違反行為に対しペナルティとして賦課されている。したがって、アメリカの民事罰は、前述(1)イで述べたように、法定資料の未提出等が反復的かつ大量に発生すると見込まれること、また、比較的軽微で形式的な義務違反であることから、行政上の秩序維持のために義務違反者に対して制裁として金銭的負担を課す行政上の秩序罰によってその義務の履行を確保することが合理的であると考える。アメリカでは、情報申告制度が充実しており、その制度の実効性を確保するために非常に詳細な民事罰を設けており、そのアメリカの制度は、我が国の法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置について多くの示唆を提供する。

(3)課税資料収集に係る義務履行確保措置(第3章)
 この章では、課税資料収集の義務履行確保制度の必要性、基本的な考え方を前提として、@質問検査権に係る課税資料収集の義務履行確保措置とA法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置に分けて、最適な制度の基本設計及び導入に当たっての諸問題を検討する。

イ 課税資料収集に係る義務履行確保措置の必要性
 租税違反行為のうち「租税債権の侵害等をもたらす場合」は、行政刑罰の前段階として加算税制度が存在しており、この加算税制度が申告納税の義務履行確保のための措置として非常に効果的に機能している。一方、「租税債権の侵害等をもたらさない場合」は、行政刑罰の前段階として、加算税制度のような効果的な義務履行確保措置が存在しておらず、課税資料収集に係る実効性確保措置は行政刑罰のみの状況となっている。
 しかし、課税資料収集の義務違反に係る行政刑罰の適用状況は、当初から行政刑罰を科することを視野に入れて施策的に実施した事例を除けば、全く事例がない状況となっている。
 このような行政刑罰が機能不全を起こしてその威嚇力を失い、すでに義務履行確保措置の効果が期待できない状況においては、行政刑罰の前段階として、違反者に対して行政上の強制執行(強制金)又は行政上の秩序罰としての過料(違反金)など経済的負担を課す制度を導入し、課税資料収集に係る実効性確保を図る必要があるのではないかと考える。

ロ 課税資料収集に係る義務履行確保措置の基本的考え方
 課税資料の実効性の確保を実現するために、新たな制度を導入するに当たっての基本的な考え方は、以下の4点である。
 まず1点目は、課税資料収集に係る行政刑罰が機能不全を起こしてその威嚇力を失い、すでに義務履行確保措置の効果が期待できない状況においては、行政刑罰の非刑罰化の概念を念頭において、新たな義務履行確保措置制度の導入を目指す。第2に、我が国の行政上の義務履行は現状として自力救済が原則であること、また、機動的な行政対応によって行政効率を維持する必要があることから、税務当局の手続のみで執行が可能であることを前提とする。第3に、確かな実効性を確保するため、違反者に対しては、比例原則を確保しつつも、それに見合った強制金又は制裁金を課す必要がある。最後第4として、新たな義務履行確保措置は、義務違反者に対して新たに経済的負担を課して義務の履行を促す制度を想定していることから、その手続の適正性及び透明性が確実に確保される制度設計にすることが必要である。

ハ 質問検査権に係る課税資料収集の義務履行確保措置

(イ) 導入する制度(情報提供義務執行強制金)の概要
 税務調査等における質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置については、日本の行政上の強制執行制度である執行罰及びドイツの強制金を模範とした「情報提供義務執行強制金」(仮称、以下「執行強制金」という。)の導入を提案する。

(ロ) 執行強制金の手続の流れ
 執行強制金の手続フローは以下のとおりである。

@ 税務調査等の実施。

A 税務調査等において、質問検査権の行使に対する非協力等により、物件の提示又は要求の拒否、虚偽物件の提示・提出(国税通則法128条二号、三号)の受忍義務違反の存在。

B 事案が課税事案である場合には、税務当局部内において、執行強制金による義務履行確保措置を実施するか、従来から存在する推計課税による課税を行うかを検討する。

C 上記Bで、執行強制金による義務履行確保措置を実施することとした場合には、その相手方(物件等の保有者)に対する弁明の機会を付与する。

D これまでの税務調査等の経過や相手方の弁明の内容等を審理し、正当な理由等がないのに物件等の提出等を拒否する場合には、@)調査上必要となる情報内容を特定(物件の特定)し、A)当該情報に係る文書等の物件等の提出を、期限を付して、命ずる処分を行うとともに、B)執行強制金を戒告する。これらの命令及び戒告は書面により通知する。

E 期限までに、指定された物件等の提出がない場合には、執行強制金の賦課決定を行う。

F 執行強制金の賦課決定を行っても納付がない場合には、強制徴収手続に移行する。

G 当該執行強制金の賦課決定に対して不服がある場合には、不服審査手続に移行する。

H 1回目の執行強制金の義務履行確保措置を講じても義務の履行がなされなかった場合には、税務当局部内において、執行強制金の義務履行確保措置の実施の効果、必要性等を再検討し、必要であると判断された場合には、再度、執行強制金の義務履行確保措置を実施する(以下、CからHまで繰り返す。)。
 なお、再度、執行強制金の戒告を行う際には、執行強制金の効果を高めるために、金額の増額を検討する。

I 複数回にわたって命令、戒告を繰り返しても物件等の提出がない場合には、行政刑罰(国税通則法128条二号又は三号)を科することを検討する。

(ハ) 執行強制金の導入に当たっての課題

A 推計課税との関係
 推計課税と執行強制金どちらを採用するかについては、事案に応じて、最終目的である適正・公平な課税の実現の確実性と行政効率を考慮して、税務当局の裁量により決し得ると考える。
 実際、ドイツなどでは、強制金により資料提出要求を行う場合もあるが、強制金の効果が見込めないときは、制裁的な意味合いを含んだ高めの推計課税を実施している。強制金を賦課する事例は、推計課税が困難な場合に行われる。
 我が国では、制裁的な意味合いの高めの推計は認められていないが、合理的な方法により推計課税が可能で、効率的かつ効果的な課税が成し得るときは、推計課税を選択することは合理的であると思わる。
 しかし、富裕層や大企業などの国際的租税回避スキーム事案等においては、スキーム等に係る資料を確実に入手しスキームの全容を把握しなければ、適正な課税ができない場合も少なくなく、そのような場合には執行強制金のような強力な制度を導入し、それらの義務違反に対抗する必要があると思料される。

B 物件(文書等)の特定及び当該物件等の提出命令
 税務調査のような行政調査は、行政主体の法的決定(処分)ではなく、その準備段階である事実行為であるとされ、税務調査が、最終的に適正な課税を実現するために、更正又は決定等の処分を行うための情報収集活動であり、税務調査自体には行政処分性がないと考えられる。
 したがって、執行強制金を課す場合、直接に受忍義務違反に対して課するのではなく、適正な課税処分を行うために必要で証拠足り得る物件の提示・提出等を、「物件等提出命令」として改めて法律上で義務付け、その命令に従わなかった場合には、執行強制金を課すというシステムが必要であると考える。

C 執行強制金の相手方に対する事前手続における聴聞又は弁明の機会の付与
 行政手続法上は一定の額の金銭の納付を命じる不利益処分については、事前の意見陳述の機会を与えることは必要としていない(同法13条2項4号)。また、税務手続上は不服審査手続が整備されており、最終的には対審公開の裁判の保障がなされている。
 しかし、執行強制金は、加算税のように、法律に規定された要件を満たせば、法律に明記された一定の割合を賦課するものではなく、執行強制金を賦課する相手方に対し、その義務の履行があるまで反覆して、行政庁が合理的な方法により事案に応じて算定した執行強制金(経済的負担)を課するものであることから、相手方に事前の意見陳述の機会を与えることは、適正手続の面から必要であると考える。

D 執行強制金の金額と上限額
 執行強制金の金額は、その実効性を確保するためには、それ相応の金額でなければならず、心理的圧迫により義務の履行をなさしめる程度の額である必要がある。戦後、日本において執行罰制度が導入されなかったのは、執行罰における過料の金額が低すぎてその効果を引き出せなかったことが理由の一因であると指摘されている。
 したがって、執行強制金の金額は、上限についてのみ法律によってある程度高めに設定し、実際に賦課する執行強制金の金額は、執行強制金を賦課する相手方が、@個人か法人の違い、Aそれぞれの資力又は所得の違い、B納税者か反面調査先かの違いなどを考慮して、当局がその上限の範囲内で金額を決定することが合理的であると思われる。

E 司法的判断(司法的執行)の介入の可能性
 アメリカのサモンズ制度のように、執行強制金制度に司法的判断を介入させることは、メリットよりもクリアしなければならない問題点、デメリットが多く存在し、特に、英米法にあるような裁判所が発した命令、令状等に従わない場合に適用される裁判所侮辱罪(間接侮辱)は存在しないため、新たな制度を構築する必要がある。したがって、執行強制金制度に司法的判断を介入させることは、現段階では、困難であると考える。

ニ 法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置

(イ) 導入する制度(情報提供義務違反金)の概要
 法定資料等の提出義務違反に係る義務履行確保措置については、アメリカの民事罰に類似した制裁としての性格を有する行政上の秩序罰として、「情報提供義務違反金」(仮称、以下「義務違反金」という。)の導入を提案する。

(ロ) 義務違反金の手続の流れ

@ 法定資料の提出期限までに提出がない場合には、部内情報等とマッチングさせて提出漏れが想定される提出義務者を抽出し、第一次督促を実施する。このモデルでは、第一次督促までが、行政指導の範囲として、義務違反金を賦課しないこととする。

A 第一次督促を実施しても提出されない場合には、第二次督促を実施する。ここで提出された場合には、実地の法定監査を実施しないので、意図的に提出等しなかった場合の判断が困難であると思われることから、明らかに意図的な未提出等が認められる場合を除き、原則、単純なミスによる未提出等と判断し、法律で規定する金額及び上限の範囲内で義務違反金を賦課することとする。
 また、法定資料の未提出等が意図的でない場合には、@早期提出に係る軽減措置、A誤り等が僅少な場合の除外措置、及びB小規模者に対する低額上限設定などの緩和措置を採用する。

B 第二次督促によっても、法定資料の提出がない場合には、実地の法定監査に移行する。

C 法定監査によって、法定資料の提出漏れ等を把握した場合には、速やかに、提出義務者に対して当該法定資料の提出をしょうようし、提出させる。
  なお、法定資料の未提出等が意図的なものである場合には、義務違反金を増額するとともに、上記Aの緩和措置の適用及び上限の設定は行わないで義務違反金を賦課する。

D また、法定監査において、提出義務者が法定資料に関連する資料等の提出、提示等を拒否した場合には、前述の執行強制金の手続に移行し、それによって提出等があった場合には義務違反金を賦課する。

(ハ) 義務違反金の導入に当たっての課題

A 意図的な未提出又は記載内容の誤り及び不完全な情報の判断
 意図的な不履行かどうかの判断は、アメリカの通達、判例等を参考に、実地の法定監査を通じて把握した事実・状況等を総合勘案して「不履行を認識している(knowing)及び故意的な(willful)不履行」であるかどうかを決定することが考えられる。
 特に、「故意的な(willful)不履行」であるかどうかを決定するに当たっては、法令の義務違反を行う特定の意図を示す証拠により認定する。証拠については、故意であることを直接的に示す証拠が最も確実であるが、たとえ、故意であることを直接的に示す証拠でなくても、故意を裏付ける間接(状況)証拠の積み重ねにより、「故意的な(willful)不履行」の認定は可能であると考える。

B 個別の法定資料の検討

(a) 大量かつ反復的に提出される法定資料
 1件当たりの義務違反金は定額かつ比較的低い金額を設定し、一方、実効性を確保するためには、義務違反金の上限は、ある程度高めに設定する必要がある。

(b) 納税者自らが自身の情報を提出する法定資料
 納税者自身が提出する法定資料については、その義務の履行を確実なものとするために、行政刑罰との比例原則を考慮しつつ、第三者が提出する法定資料よりも厳しい義務違反金を賦課する必要がある。
 今後、特に海外関連情報等については、納税者自身から提出される法定資料がますます重要性を増してくると予想されることから、その義務履行の確保については十分留意する必要がある。

(c) 優先して義務違反金を導入すべき法定資料の検討
 優先して導入すべき法定資料は、未提出等により課税リスク等が高くなるものが挙げられる。具体的には、以下のような法定資料が挙げられる。
@ 法定資料の提出漏れや情報内容の誤りが多い法定資料
A 各種所得の申告漏れを把握するケースが多い法定資料
B 租税回避等の把握に有効な法定資料

3 結論

(1)質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置
 税務調査等における質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置については、日本の行政上の強制執行制度である執行罰及びドイツの強制金を模範とした「情報提供義務執行強制金」の導入を提案する。
 執行強制金は、課税資料等の収集に係る協力義務違反のような非代替的義務違反について、その協力義務違反に対して、一定期間内に、一定額の執行強制金を課すことを戒告して間接的に義務の履行を促し、一定期間内に義務の履行がない場合には、これを強制的に徴収することによって義務履行を確保する制度である。
 税務調査等における課税資料の提出に係る義務の履行については、過去になされた違反行為自体に対する処罰・制裁を行うだけでは効果はなく、あくまでも、税務調査等において関連資料の提出等を受け、課税の可否を判断し、適正・公平な課税の実現を図ることが最終的な目的であることから、単に制裁としての行政上の秩序罰を科しただけでは意味がなく、執行強制金をもってその実効性を確保すべきであると考える。その意味で、執行強制金は、刑罰である罰金・科料や行政上の秩序罰である過料と異なり、過去になされた違反行為自体に対する処罰・制裁としてではなく、将来にわたって行政上の義務の履行(課税資料の提出等)を確保するために適用されるものである。

(2)法定資料等の提出義務違反に係る義務履行確保措置
 法定資料等の提出義務違反に係る義務履行確保措置については、アメリカの民事罰に類似した制裁としての性格を有する行政上の秩序罰として、「情報提供義務違反金」の導入を提案する。義務違反金は、行政上の秩序維持のために、法定資料提出義務違反者に対して制裁として経済的負担を課し、併せて、法定資料提出義務の履行確保及び将来の違反抑止を目論むものである。


目次

項目 ページ
はじめに 20
第1章 我が国の行政上の義務履行確保制度 22
第1節 行政上の強制執行制度 23
1 行政強制制度の意義と種類 23
2 行政上の強制執行制度の意義と種類 23
3 我が国の行政上の強制執行制度の史的変遷 29
第2節 行政罰制度 30
1 行政罰制度の概要 30
2 行政刑罰 31
3 行政上の秩序罰 34
第3節 行政上の強制執行制度及び行政刑罰の機能不全 37
1 行政上の強制執行(行政強制)制度の機能不全 37
2 行政刑罰の機能不全 38
第4節 その他の行政上の義務履行確保制度 43
1 加算税、過怠税、延滞税等 43
2 課徴金 46
3 公表 48
4 授益的処分の撤回等 50
5 行政サービス、許認可等の拒否 50
6 契約関係からの排除 52
第5節 この章のまとめ 53
1 伝統的な行政上の義務履行確保制度 53
2 その他の行政上の義務履行確保制度 55
第2章 諸外国の行政上の義務履行確保措置 57
第1節 欧米諸国と日本における主な行政上の義務履行確保措置等の比較 57
第2節 ドイツの間接強制制度 57
1 ドイツの行政上の義務履行確保措置の概要 57
2 強制金制度の概要 58
3 行政の秩序罰(過料) 62
第3節 フランスの間接強制制度 63
1 フランスの間接強制制度アストラント(罰金強制)の概要 63
2 アストラントの法的根拠及び手続の流れ 64
第4節 アメリカの間接強制制度 65
1 アメリカのシビルペナルティ(民事罰)の概要 65
2 租税行政分野の民事罰 66
3 アメリカの税務調査における課税資料収集の実効性の確保 66
第5節 この章のまとめ 67
1 ドイツの強制金制度 67
2 アメリカの民事罰 68
第3章 課税資料収集に係る義務履行確保措置 70
第1節 課税資料収集に係る義務履行確保措置の必要性と基本的考え方 70
1 課税資料収集に係る義務履行確保措置の必要性 70
2 課税資料収集に係る義務履行確保措置の基本的考え方 72
第2節 質問検査権に係る課税資料収集の義務履行確保措置 73
1 導入する制度(情報提供義務執行強制金)の概要 73
2 執行強制金の手続の流れ 74
3 導入に当たっての課題 75
第3節 法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置 82
1 導入する制度(情報提供義務違反金)の概要 82
2 義務違反金の手続の流れ 83
3 導入に当たっての課題等 86
第4節 この章のまとめ 94
1 質問検査権に係る課税資料収集の義務履行確保措置 94
2 法定資料の未提出等に係る課税資料収集の義務履行確保措置 96
おわりに 97
別添図表1 アメリカの民事罰の賦課、取消しに係る税目別データ(2017会計年度) 98
別添図表2 課税資料収集に係る義務履行確保措置の必要性のイメージ 99
別添図表3 税務分野における不答弁・検査拒否等及び法定資料未提出等で行政刑罰を科した事例 100
別添図表4 質問検査権に基づく課税資料収集の義務履行確保措置(案) 101
別添図表5 法定資料未提出者等に対する義務履行確保措置(案) 102
別添図表6 不動産等の譲受けの対価の支払調書に係る法定監査の状況 103