長谷川 長
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

相続においては、被相続人の金銭債権は可分債権として法律上当然に分割され、各共同相続人はその法定相続分に応じて、権利を承継するというのが判例の原則的立場(最高裁昭和29年4月8日第一小法廷判決・民集8巻4号819頁、以下「最高裁昭和29年判決」という。)である。
 共同相続された預貯金債権についても、最高裁昭和29年判決でいう「可分債権」であるということを前提に、判例(最高裁平成16年4月20日第三小法廷判決・家月56巻10号48頁、以下「最高裁平成16年判決」という。)は従来から、各共同相続人に法律上当然に分割され遺産分割の対象財産とならないものとしてきた。しかし、こうした判例の考え方に対しては、1預貯金債権を遺産分割対象とするには共同相続人全員の同意が必要であり柔軟な遺産分割ができない、1生前に特別受益があった場合に、預貯金債権を遺産分割の対象に含めないとするのではその受益分の調整を十分考慮できず共同相続人間に不公平が生じるなどといった、相続財産の分与における不都合な問題が指摘され、多方面から議論されてきた経緯がある。
 平成27年2月に法務大臣の諮問を受け設置された法制審議会・民法(相続関係)部会(以下「法制審相続部会」という。)では、その中間試案において、この問題の立法的な見直しが検討されていたところであるが、最高裁平成28年12月19日大法廷決定(民集70巻8号2121頁、以下「最高裁平成28年決定」という。)が、最高裁平成16年判決の判断を変更し、共同相続された預貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となると判示したことで一応の決着をみせたところである。
 最高裁平成28年決定による判例変更は、共同相続人間の公平かつ柔軟な遺産分割を実現する上で大きな意義を果たしたと考えられるが、一方で、国税の滞納処分との関係をみたときに新たな問題を生じさせた。すなわち、判例が各共同相続人への帰属形態に対する考え方を180度転換させたことで、預貯金債権を各共同相続人に帰属する分割単独債権と捉えて滞納処分を執行してきた実務は採り得なくなり、どのような手段で差押え・取立てを行えばよいかという問題を生じさせることとなったのである。
 また、遺産分割の協議等が調った後であれば、各共同相続人には当該協議等に沿って分割された財産が帰属するため、滞納処分は遺産分割協議が調ってから執行すべきだとする考え方もなくはないが、民法が遺産分割はいつでもできるものと規定しているが故、現実問題として長期間に渡り遺産分割がなされない場合があるなど、財産の散逸や早期確実な租税債権の確保ができなくなるのではないかという問題にも直面することとなった。
 ところで、平成29年12月、国税庁が発表した「平成28年分の相続税の申告状況について」によると、各種相続財産の構成比(金額による構成比)は、土地の38.0%に次いで現預金が31.2%を占めている。現預金の構成比は、平成19年で20.5%であったことからすると、今では10ポイント以上、そのウエイトが増加していることになる。ここからは、預金として財産を遺しておこうという傾向が強まっていることが窺え、相続預金に対して滞納処分を執行しなければならない局面が増加していくのではないかと予想できる。
 相続預金に対する滞納処分の諸問題は、そういった意味でも喫緊の課題として取り上げるべきと考えるところであり、本稿は、相続預金に対する滞納処分を円滑に進めるための方策について多角的に検討を行っていこうとするものである。

2 研究の概要

(1)相続財産に滞納処分が及ぶ場面
 納税者が自己の事業活動等により納税義務が生じた国税を滞納していたときに相続を受けた場合、国は当該納税者(相続人)の租税債権者として、相続により取得した特定財産の持分(特定財産に係る共同相続人全員の持分のうち当該納税者の持分のみ)について滞納処分を執行する場面が想定される。他方、納税義務の承継又は相続税の納税義務(連帯納付義務を含む。)が発生した場合、共同相続人全員の承継国税又は相続税が滞納となり、その結果、特定財産に係る共同相続人全員の持分について滞納処分を執行する場面も想定される。
 遺産共有状態にある相続財産の法律関係については、民法249条以下の共有規定が適用されるところ、特定の相続財産の持分の一部について滞納処分を執行する場面では、滞納処分の対象となる共有財産そのものの内容に変更が伴う可能性があり、強制力ある滞納処分が民法上の制約(民法251条)を受けるのではないかといった問題が生じると考えられる。本稿第4章では、この点を中心に検討を進めながら、共同相続人全員が納税義務を負い全員の持分に滞納処分が及んだ場合の取扱いについても若干の考察を加えることとしたい。

(2)民法の相続規定

イ 遺産共有
 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条)。この場合において、相続人が複数存在するときに、複数の相続人(共同相続人)は各自の相続分に応じて相続財産を共有するとされており(民法898条及び899条)、この状態を「遺産共有」と呼んでいる。
 遺産共有の法的性質について、最高裁昭和30年5月31日第三小法廷判決(民集9巻6号793頁)は、「相続財産の共有(民法898条、旧法1002条)は、民法改正の前後を通じ、民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものではない」としている。そして、民法251条は、共有物の変更について「各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることはできない。」とし、共有者の一部の者が単独で共有物に変更を加えることに対し制限を課している。また、ここでいう「共有物の変更」とは、物の性質を変えることにほかならない。ただし、共有持分を第三者に譲渡することについては、判例(最高裁昭和38年2月22日第二小法廷判決・民集17巻1号235頁)は、共同相続人の同意を得ずとも自己の持分を譲渡することは可能であるとし、学説にも異論は見られない。

ロ 遺産分割
 共同相続人は、被相続人が遺言で禁じた場合を除き、いつでも、その協議で遺産の分割をすることができ(民法907条1項)、遺産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議することができないときは、共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる(民法907条2項)。
 また、遺産分割は、相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法909条本文)。ただし、遺産分割の成立は短期間で決するものが少なくないため、遺産分割前の相続財産に係る一般的取引の安全を図る必要があり、分割までの間に遺産に対して利害関係を持った第三者の保護を考慮して、第三者の権利を害することはできないとする規定が設けられている(民法909条ただし書)。

(3)可分債権の相続と滞納処分
 被相続人が相続開始時に有していた財産に属する一切の権利義務、すなわち遺産は、被相続人の一身に専属するものを除き全て相続の対象となり、相続の開始によって相続人に承継されるが、相続により承継される遺産が全て遺産分割の対象となるわけではない。とりわけ、金銭債権のような可分債権は、遺産分割の対象から除かれるものとして扱われてきた(最高裁昭和29年判決)。これは、債権の共有的帰属については、債権総則中の「多数当事者の債権関係」に関する規定が特則をなしており、そこでは分割債権関係が原則となっていることから、可分債権は相続により当然に分割され各相続人単独で有する債権になると根拠付けされる。
 相続された預貯金債権についても、これを踏襲した判例(最高裁平成16年判決)があり、相続人に対して滞納処分を行う際は、相続開始と同時に各相続人に分割されそれぞれに単独で帰属する債権として、差し押さえるべき法定相続分の明示や金融機関への戸籍謄本等の写しの交付などのほかは通常の債権と同様の方法により差押え・取立てを行っていた。

(4)相続預金に関する判例変更とその対応

イ 最高裁平成28年決定
 最高裁平成28年決定の説示は、預貯金債権が遺産分割の調整資産として機能する面を踏まえつつ、普通預金契約及び通常貯金契約の性質について、預金者がいつでも入出金できる継続的取引契約であると位置付け、当該契約から発生する預貯金債権は1個の債権として同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものであるとし、また、定期貯金債権について、契約上分割払戻しが制限されているものであり、この制限は単なる特約ではなく定期貯金契約の要素であると述べている。これは、債権の発生原因となる預貯金契約が、それぞれの預貯金債権に対し、債権の分割を阻害する要因を与えていることを明確に述べているものであるといえる。
 預貯金債権の性質をこのように捉えることにより、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解する」と判示し、貯金債権について当然分割するとしていた従来の判例(最高裁平成16年判決)を変更した。その後の最高裁平成29年4月6日第一小法廷判決(裁判集民255号129頁)も、定期預金債権及び定期積金債権について契約上分割払戻しができないものであることなどを理由とし、相続開始による当然分割を否定した。これにより、預貯金債権のうち、普通預金債権、通常貯金債権、定期預金債権、定期貯金債権、定期積金債権が遺産分割対象となることが示された。
 当然分割を否定したこれまでの判例を踏まえると、相続された債権が、分割単独債権として各共同相続人に帰属するのか、若しくは準共有となるのかは、潮見佳男教授が述べているように「債権の発生原因たる契約により当該債権に与えられた内容・属性に即して判断する」という考え方を基礎に置いていると考えられる。そこで、最高裁で判示された以外の預貯金債権等(定額貯金債権、当座預金債権、信用金庫の出資金払戻請求権)や各種金銭債権(貸金債権、売掛債権など)に相続があった場合、上記のような考え方に基づくと、それぞれの遺産分割対象性は次のとおりに整理できると考える。
 定額貯金債権には契約上の分割払戻しの制限があることや、当座預金債権には小切手の振出人の死亡後においても生前に振り出された小切手の支払が相続人の意思の下許容されていることなどから、いずれも債権の発生原因たる契約に当該債権の分割を阻害する要因が存在していると認められ、これらの債権は当然分割にならず遺産分割の対象になるものと考えられる。
 信用金庫の出資金払戻請求権については、会員たる被相続人の死亡という法定脱退事由により、債権の発生元となる信用金庫の出資持分から身分権的要素(議決権等)が脱落し、当該払戻請求権が顕在化すると考えられている。そうすると、出資持分は、被相続人の死亡によって出資金払戻請求権となって遺産を構成することとなるが、信用金庫法14条(相続加入)は、共同相続人全員の同意により相続人が相続加入した場合、相続開始の時にさかのぼって被相続人の出資持分を承継すると規定しており、当該規定に基づき相続加入をすると、出資金払戻請求権は相続開始の時にさかのぼって発生しなかったことになる。このことは信用金庫法が、相続加入前における出資金払戻請求権の存在を暫定的なものとして性質決定しているとみることができ、信用金庫法が当該払戻請求権に対して分割を阻害する要因を与えていると捉えることができる。よって、当該払戻請求権も当然分割とならず、遺産分割の対象になるものと考えられる。
 一方、金銭消費貸借契約や売買契約については、一般的に、契約から発生する貸金債権や売掛債権の分割を阻害するような要因はなく、仮に、これらの契約において「相続があった場合は、債権を分割して権利を行使できない」旨の特約があったとしても、その特約が契約の本質的要素をいえないときは、当然分割となるものと整理できる。

ロ 相続預金の差押え
 最高裁平成28年決定により、相続された預金は、相続開始後・遺産分割前にあっては共同相続人の準共有財産として遺産を構成すると解されている。
 遺産を構成する特定財産の持分譲渡に関して、判例は、相続された不動産の共有持分を第三者に譲渡することが可能であることを認めており、譲渡性のある財産は、原則差し押さえすることができると解されている。債権の準共有持分も民法物権編の共有規定が準用されることに照らせば、相続不動産の共有持分同様、譲渡することは可能であり、差し押さえすることができると考えられる。

ハ 差し押さえた相続預金の取立て
 遺産分割の対象となるものとされた預貯金債権は、民法251条の規定により、相続人は全員で共同しなければ預貯金の払戻しを受けることができない。つまり、相続人の払戻しという権利行使によって準共有状態にある債権が消滅してしまう(共有物そのものに変更が生じることになる)から、相続人は単独での払戻請求をすることができないということである。
 差押債権者の取立権の行使は、滞納者が行使し得る権利の範囲に限られるため、相続人が単独での払戻請求ができない以上、差押債権者は遺産分割前に単独で滞納者の持分を取り立てることはできず、取立てしようとする場合には他の共同相続人全員の同意を得ることが必要となる。
 しかしながら、実務上の問題として、共同相続人間に争いがあり遺産分割の協議にすら入らない場合や分割協議に入ったとしても長期間成立する見通しのない場合には、相続人全員の同意を得ることは困難となり、その結果、租税債権の早期徴収が図れないほか公平性の観点からも望ましくない事態が生じるため、その対応について検討する。

(イ) 共同相続人全員の同意が得られない場合に準共有持分を回収する手段
 民法は、共有関係の解消方法として共有物の分割請求(民法256条1項)を定めるほか、遺産共有の解消方法として共同相続人の協議による遺産分割(民法907条1項)を設けている。そして、それぞれ協議が調わないときは、裁判上の手続として、共有物分割訴訟の提起(民法258条1項)と遺産分割審判の申立て(民法907条2項)ができるとしている。
 差押債権者が取立てに当たり共同相続人全員の同意が得られない場合、上記のいずれかの裁判手続により共有関係が解消されない限りは差し押さえた持分を回収することができないこととなる。差押債権者の取立権は滞納者が有する権利を行使できる権利であることから、滞納者が差押えに係る持分を分割するためにどのような裁判手続を採り得るのかを検討することが、すなわち、差押債権者が取立権で行使でき得る裁判手続が何であるかの結論に結びつく。
 最高裁昭和50年11月7日第二小法廷判決(民集29巻10号1525頁、以下「最高裁昭和50年判決」という。)は、共同相続人の一部から遺産を構成する特定不動産の共有持分を譲り受けた第三者が当該不動産の共有関係を解消する手段について、遺産分割審判ではなく、共有物分割訴訟によって分割を請求すべきである旨判示している。最高裁昭和50年判決の説示によると、第三者に譲渡された部分は遺産分割の対象から逸出するということが遺産分割審判によらない理由の一つとされている。そこで、「遺産分割の対象から逸出する」との意味をどのように捉えるかであるが、遺産分割は譲渡された持分を含めて行うことができると解されており、そうすると、「遺産分割の対象から逸出する」という意味は、第三者に譲渡された持分が最終的にいかなる遺産分割がなされようともその結果に左右されない(民法909条ただし書の規定により遺産分割は第三者の権利を害することはできない)ことに照らして述べたものと考えることが可能である。そして、差押債権者も民法909条ただし書の適用を受ける結果、第三者に差し押さえられた持分も最終的にいかなる遺産分割がなされようともその結果に左右されないという意味では、「遺産分割の対象から逸出する」と捉えることができる。最高裁昭和50年判決は、この場合における共同所有関係は物権法上の共有関係(民法249条以下の共有)になると説示していることから、滞納者は、差押えを受けた持分について物権法上の共有者の立場を有することになり、共有物分割訴訟を提起することができることになると考えられる。ただし、滞納者は、共同相続人である以上、遺産共有者の立場にあることに変わりないため、遺産分割審判の申立てにより全相続財産を包括的に分割する中で当該持分の分割を求めることも可能である。
 以上の検討により、差押債権者は、取立権の性質上、滞納者が提起できる共有物分割訴訟につき、差押債権者の立場で提起することができると考えられる。他方、遺産分割審判の申立てを行うことも可能であるが、最高裁昭和50年判決が、第三者に対して遺産分割審判手続上の地位を与えることは、1審判手続を複雑にして共同相続人側に手続上の負担をかけること、1第三者に対してもその取得した権利とは何ら関係のない他の遺産を含めた分割手続に関与した上でなければ分割を受けることができないという著しい負担をかけることを説示しており、第三者と共同相続人の利益の調和を図る見地からすると、共有物分割訴訟を選択して提起することが最高裁昭和50年判決の趣旨に沿うものとして適当であると考えられる。

(ロ) 共同相続人全員の準共有持分を差し押さえた場合の取立て
 被相続人の納税義務が相続人に承継された場合や相続人に相続税の納税義務が生じた場合において、資金繰り等の事情により納付ができず、共同相続人の全員が当該国税を滞納することもあり得る。
 最高裁平成28年決定の調査官解説では、被相続人が抱えていた債務を共同相続人が相続した場合を前提にして、被相続人の債権者は、共同相続人全員に対する債権の満足に充てるために、共同相続人全員の準共有持分を差し押さえて取立てすることができると述べている。
 差押債権者による取立てが制限されるのは、遺産分割により預貯金債権の準共有状態が解消されるまで、共同相続人全員が共同して権利を行使する必要があり、差押債権者がその取立権に基づき、共同相続人のうち1人(滞納者)の権利を単独で行使することができないためである。
 共同相続人全員の準共有持分を差し押さえて取立てを行う場合は、全員の持分相当額につき払戻しを請求する結果、全員による・・・・・全持分の払戻請求という権利行使が行われているとみることができる。したがって、共同相続人全員の準共有持分を差し押さえた場合は、何ら制約を受けず取立権を行使できるものと考えられる。

(ハ) 相続法改正要綱案及び法律案における仮払い制度との関係
 最高裁平成28年決定に従えば、相続した預貯金から、遺産分割前に、被相続人が負っていた債務の弁済や相続人の当面の生活費などを払い戻す必要があるにもかかわらず、共同相続人全員の同意が得られなければ一切払戻しすることができない不都合が生じることとなる。そのため、民法(相続関係)等の改正に関する要綱案及び法律案には、相続された預貯金から一定の条件の下で仮払いを認めるという制度の創設が盛り込まれている。
 要綱案検討段階における法務省の説明では、預貯金債権の準共有持分の譲受人や差押債権者たる第三者は仮払い相当額の払戻し(取立て)ができないと述べているが、改正案における規律内容をみると、不都合が生じていない相続人でも単独で払戻しができる規定になっているため、相続人・・・債権者の差押えによる取立てを排除する理由が見当たらないと思われる。また、仮払い制度の創設経緯をみると相続債務の弁済なども考慮されているのに対し、相続・・債権者の差押えまで取立てが制限されてしまっては、制度の趣旨に沿わないのではないかといった疑問も生ずるところである。そうすると、仮払い相当額の範囲内であれば、差押債権者は単独で取立てを行うことができるものと解した方が、文理上も制度趣旨からしても妥当するように考えられる。

3 まとめ

第一に、相続預金の準共有持分の差押えは可能であるが、共同相続人のうちの一部の準共有持分を取立てしようとする場合には他の共同相続人の同意を求めなければならない。同意を得られない場合は、租税債権の早期徴収を図る観点から、取立権に基づき共有物分割訴訟を提起することが最も適切な手段であると考えられる。
 第二に、最高裁平成28年決定等が当然分割を否定した債権は、最高裁昭和29年判決でいう可分債権の例外として判示したものである。しかし、判示された以外の各種債権等が相続によって準共有になるのか、それとも当然に分割されるのか、実務では判断に迷うことが少なくないと思われる。本稿では、その判断基準について一連の最高裁判決を整理し、債権の発生原因たる契約が当該債権に分割を阻害する要因を与えているかどうかが重要な分かれ目になることを確認した。この点については、債権差押えに当たっての今後の指針の一端になればと思う。
 最後になるが、先般、法制審議会から答申された要綱案に基づき民法(相続関係)の改正案が閣議決定され、国会に提出されたところである。ただし、改正案の中でも遺産の分割前における預貯金債権の行使については、本稿で取り上げたような滞納処分上の疑義が生じるなど、改正法によって生じる課題が幾つかあるように思われる。いずれにせよ、国税徴収法は、国税以外の租税公課を徴収するに当たっても滞納処分の例として準用される基本法のような位置付けであることから、税務官庁等の滞納処分実務に混乱を来たさぬよう、これからも先回りして検討を進めていくことが私共に求められる点であることをあらためて意識しておきたい。

「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律案」は、平成30年7月6日、国会にて可決成立している。本稿は、法案成立前に執筆したものであるため、本文中「改正案」等の表記を用いていることにつきご了承願いたい。


目次

項目 ページ
はじめに 419
1 問題の所在419
2 研究の進め方421
第1章 相続財産に滞納処分が及ぶ場面422
第1節 相続人固有の納付すべき国税と相続財産422
1 相続財産の取得422
2 相続人固有の国税に係る滞納処分423
第2節 相続による納税義務の承継424
1 納税義務の承継の意義424
2 承継の効果425
3 承継額の算定及び納付責任426
第3節 相続税の納税義務428
1 相続税の申告及び納税428
2 相続税の連帯納付義務428
第4節 小括430
第2章 民法の相続規定432
第1節 遺産共有432
1 遺産共有から遺産分割までの流れ432
2 遺産共有の法的性質432
3 相続分の意義435
第2節 遺産分割437
1 遺産分割の時期・方法437
2 遺産分割の基準438
3 遺産分割の効力439
第3章 可分債権の相続441
第1節 可分債権の相続に関する判例・学説441
1 可分債権の当然分割441
2 相続預金(判例変更前の考え方)445
第2節 可分債権に対する滞納処分451
1 相続された可分債権の帰属形態451
2 差押え・取立て452
第4章 相続預金に関する判例変更とその対応453
第1節 相続預金の取扱いを巡る周辺環境453
1 金銭債権について当然分割を否定する近時の判例の動向453
2 家庭裁判所及び金融機関での実務対応457
3 法制審議会における議論458
第2節 最高裁平成28年決定459
1 事案概要459
2 判決要旨459
3 その他の預貯金債権等の遺産分割対象性463
4 各種金銭債権が相続開始により当然分割となるかどうかの判断基準469
第3節 相続預金の差押え470
1 相続預金の帰属形態470
2 差押えの可否471
第4節 差し押さえた相続預金の取立て480
1 共同相続人の一部の者による単独での払戻請求480
2 債権に係る準共有持分の取立て481
3 共同相続人全員の同意が得られない場合に準共有持分を回収する手段483
4 共同相続人全員の準共有持分を差し押さえた場合の取立て494
5 相続法改正案における仮払い制度との関係495
結びに代えて501