前田 洋希
税務大学校
研究部教育官

要約

1 研究の目的(問題の所在)

相続税及び贈与税において、国際課税の問題となる要因は、1住所の判定、1財産の所在、1準拠法の決定、1国外財産の評価の方法、1国際的二重課税の問題等である。このうち、相続税及び贈与税の課税の範囲を決定するという視点から特に重要な要素は、1住所の判定及び1財産の所在である。
 そして、相続税法における財産の所在とは、ある財産の所在地が国内にあるか国外にあるかによって課税財産の範囲を判定する重要な要素である。
 しかしながら、相続税法では、財産の所在の判定について明文の規定がある財産は、相続税法10条1項及び2項に限定列挙されている財産のみである。明文の規定がない財産については、同条3項で被相続人又は贈与をした者(以下「被相続人等」という。)の住所の所在により判定する旨規定されている。そのため、明文の規定がない財産については、その財産の内容や性質にかかわらず、被相続人等の住所地によりその財産の所在が判定されるという問題がある。
 そこで、財産の所在を判定する基本的な考え方を整理し、財産の所在の判定基準を追究するとともに、明文の規定がない新たな財産について、その内容及び性質を個別に検討し、その財産の所在の研究を行うものである。
 なお、本稿においては、贈与税は相続税の補完税であることから、相続税を中心に考察する。

2 研究の概要

(1)国内財産に対する課税権の根拠と範囲
 相続税法10条(財産の所在)は、相続税及び贈与税の課税財産の範囲を決定し、財産(物)に対して課税権の及ぶ範囲に存在する財産が国内財産となる。
 そして、この課税権の及ぶ範囲について、水野忠恒教授は「領域との結びつきが存在する限りは課税管轄が認められる。そして居住地管轄と源泉地管轄はその一般的原則となっているといえる。」と述べられている。また、矢内一好教授は「課税権を行使する国と何らかの連結環が必要とされている。この連結環とは、対人的管轄及び国家の主権が及ぶ領土内における対物的管轄である。前者は、個人又は法人の居住形態―居住者あるいは非居住者―であり、後者は財産の所在地、所得の発生する場所、事業活動を行う場所等をその基準とするものである。この考え方は、税法独自の領域で発展したものではなく、法の適用という観点では、国際私法の影響もあるものと類推できる。」と述べられている。
 すなわち、課税権が及ぶためには、国家と行使対象との間に何らかの「結びつき」が必要である。
 この「結びつき」の基準ないし根拠として、属地主義(対物的管轄)や属人主義(対人的管轄)等があるが、これらに加え、国税租税法では、経済的利害のある国の課税当局がその経済的利害により納税者の能力に応じて支払われる金額の一部を課税することができるとする経済的関連性原則(経済的帰属主義)がある。つまり、課税権の基準として、経済活動が結びつく地域も重要な意味をもつということである。

(2)相続税法における課税権の配分
 我が国の相続税法における課税権の基準ないし根拠について、まず、納税義務者の範囲を規定する根拠(立法管轄権)は、国家管轄権の属人主義と属地主義に根拠を見ることができ、課税管轄権との関係においては対人的管轄と重なる。一方、課税財産の範囲を規定する根拠、すなわち国内財産としての課税の根拠は、国家管轄権の属地主義に根拠を見ることができ、課税管轄権との関係においては対物的管轄と重なる。
 なお、国外財産に対する相続税の課税は、属地主義の域外適用となるため、人的要素を媒介として課税することとなることから、その課税の根拠は属人主義に根拠を見ることができる。
 相続税の対人的管轄については、所得課税と同様に、居住地や国籍を「結びつき」(基準)として選択することになろう。また、課税財産を対象とする対物的管轄における「結びつき」(基準)については、領土内に物理的に所在している財産(物)はその所在を比較的認識しやすいと思われるが、法律上観念される財産(権利)は一義的にはその所在を認識し難いと思われる。この点について、対物的管轄における「結びつき」は、後述する国際私法上の連結点とも関連し、財産と物理的、法律的、経済的に最も密接に関係する地(最密接関係地)によって判定することになろう。

(3)国際私法における連結点
 連結点は、国際私法の分野で、準拠法の決定・適用の過程において、単位法律関係ごとにそれと密接な関係のある地の法を選び出すための媒介となる要素である。そして、連結点は、単位法律関係を構成する要素のうち、当事者の国籍や住所、行為地、目的物所在地といった特定の地の法律を導き出すことができる場所的な要素の中から選定される。
 一方、相続財産について、国内財産として相続税の課税権(対物的管轄)が及ぶためには、ある国家と相続財産との間に場所的な結びつきが必要となる。そして、ある財産を法律的な観点から見たとき、場所的な要素である連結点は、この場所的な要素によって、国家と財産との結びつきを有し、その場所的な要素をもってその財産の所在と観念することができる。このため、連結点は相続税法における財産の所在を判定するメルクマールとなる。特に、当事者間で合意がされた準拠法が存在しない場合に用いられる客観的連結点は法律的に最も中立的な連結点であり、財産の所在の有用なメルクマールとなる。

(4)財産の所在の一考察

イ 概要
 相続税法における財産の所在の判定に当たっては、属地主義の及ぶ範囲に存する財産が国内財産であるという前提に立ち、国際私法上の連結点をメルクマールとして、財産の所在を判定することとなる。
 現行相続税法及び先行研究を踏まえると、財産の所在は、まず、物理的所在地主義、登録地主義、債務者主義及び債権者主義に分類し類型化できる。その上で、新たな類型として、基因財産主義(仮称)を加えることができると考える。

ロ 物理的所在地主義
 物理的所在地主義の類型は、相続財産として実際に物理的な所在を認識ないし観念することができる財産については、その財産の物理的な所在地を財産の所在とするものである。この類型に係る連結点、すなわちこのメルクマールは、物権の対象が、不動産であればその不動産の所在地、動産であればその動産の所在地となると考える。

ハ 登録地主義
 登録地主義の類型は、国家管轄権に基づいて国家行為によって認められる財産(権利)については、その財産(権利)を登録している地(機関の所在地)又はその財産(権利)を保護又は利用している地を財産の所在とするものである。そして、この具体的な財産としては、登記・登録によって、効力等が認められる財産やある国家の保護下において効力を有する財産が該当し、主として無体財産権(知的財産権)が該当し、その連結点は財産の種類に応じて、登記・登録・保護・利用をした(する)地(機関等の所在地)となるとともに、その財産の所在ともなる。

二 債務者主義
 債務者主義の類型は、債権債務関係のある財産の所在を債務者の所在地をもってその財産の所在とするものである。
 相続財産は被相続人等の経済活動の結果として蓄積された財貨(財産)であることから、相続課税における財産の所在は、原則として、被相続人等の経済活動の場であり生活の本拠である住所地に相続財産が所在する(債権者主義)とみるのがもっとも合理的である。
 しかしながら、被相続人から見ると、取引(金銭・物品のやりとり等これに準ずるものを含む。)から生じた財産(債権)等は、被相続人等の財貨(金銭)が取引先(投資先等)である債務者に移転したことから発生したものであり、その移転した財貨が何らかの具体的な表象を持つ化体財産(株式、預金等)となり、取引の相手方である債務者の下で運用・活用されている場合には、その財産の所在は、債権者主義よりも債務者主義によって認識する方が合理的である。加えて、執行面においても、被相続人等が有する財産(債権)の充足に当たっては、投下した財貨ないしこれが化体した財産等を含めた取引の相手方である債務者の資産(財産)から充当されることとなる。

ホ 債権者主義
 債権者主義の類型は、財産の所在を債権者の所在地をもってその財産の所在とするものである。これは被相続人が行った経済活動の結果が蓄積された場所である被相続人等(債権者)の生活の本拠地(住所地)を重視するものであり、相続課税の視点から鑑みると、原則的な財産の所在の類型は債権者主義が妥当するであろう。
 財産の所在の類型への当てはめは、まず、物理的所在地主義及び登録地主義を検討した後、債務者主義に該当しない財産は、債権者主義の類型が該当することになる。現行相続税法のように財産の所在を財産の種類ごとに規定する法形式を採用する場合には、すべての財産を網羅的に規定することには限界があるため、バスケットクローズ(相法101)が必要となり、このバスケットクローズとしては原則的な類型である債権者主義が最も妥当することになろう。

ヘ 基因財産主義(仮称)
 基因財産主義(仮称)の類型は、相続税法10条1項12号に規定するみなし贈与(相法7)に見られるように、財産の所在を判定するに当たり、みなし贈与財産を組成している財産に着目してその財産の種類に応じて財産の所在を判定するものである。これは財産の経済的実質性を重視して財産の所在を判定するものである。
 この類型のメルクマールは場所的要素(連結点)からではなく、租税法の視点から、経済的帰属説(経済的実質課税)を採用する財産がその対象となると考える。なぜなら、このような財産は、租税法が、所得(財産を含む。)を法律上の帰属ではなく、経済上の帰属に即して課税しようとすることとのバランスから、財産の所在も経済的実質で捉えるものである。したがって、この類型に該当する財産は、上記の4類型の判断枠組み(フレームワーク)の埒外として、経済的実質課税を踏まえて判定されるものになろう。

(5)新たな財産の一考察

イ 信託受益権
 信託受益権の財産の所在について、連結点からアプローチをすると、最密接関係地は、種々のもの(ハーグ信託条約において最密接関係地は、委託者の指定した信託事務遂行地、信託財産の所在地、受益者の居住地又は営業地、信託の目的を達成するべき地などを参酌するとしている(同条約7)。)があるが、これを財産の所在の類型に当てはめると、まず、信託受益権は債権であることから、債権者主義か債務者主義に分類されることになる。そして、この判断に当たっては、信託受益権は、集団投資信託等の信託受益権と同様に、財貨の移転を伴い、少なからず取引の相手方である債務者(受託者)の下で運用されることから、その所在は債務者主義を採用することになろう。
 しかしながら、租税法の視座から経済的実質を鑑みると、水野忠恒教授が指摘されたように、所得税も相続税も信託課税において導管理論を採用している。そうすると、信託という導管を通じて所有する信託財産から発生する信託受益権は、その信託財産の所在によって判断するという解釈も妥当性を有する。
 つまり、信託受益権は、財産の所在の類型として、まずは債務者主義が該当するが、信託課税(経済的実質に即した課税である導管理論)との課税上のバランスから基因財産主義(仮称)が妥当するであろう。

ロ 仮想通貨
 仮想通貨(本稿では、仮想通貨のうち世界最初の仮想通貨であり、最も時価総額が多い、ブロックチェーン技術によるビットコインを中心に取り扱う。以下同じ。)の法的性質については明らかではなく、したがって、連結点も明らかではない。仮想通貨の財産の所在について、仮に仮想通貨が債権であるとする説に基づくと、仮想通貨には発行者は存在しておらず仮想通貨における債務者は明確でないこと、仮想通貨はそれ自体が資金決済手段としての性質を有しており、被相続人等の経済活動の蓄積そのものであること等から、債務者主義よりも原則どおり債権者主義の類型が妥当しよう。
 また、仮想通貨を無体財産権(類似)とする説に基づいた場合には、仮想通貨自体に登録制度はないことから、著作権と同様に捉え、その連結点はその財産の保護地(国)ないし利用行為地(国)となる。そして、財産の所在の類型は登録地主義(この場合の登録地は保護地ないし利用行為地を指す。)となるが、結果としてこの利用行為地は、被相続人が現に仮想通貨を利用していた場所であり、被相続人等の経済活動の中心の場である被相続人等の住所地となろう。
 さらに、ネットワーク参加者による合意(契約)とする説に基づいた場合も、その連結点は債権とする説と同様になり、結果として債権者主義の類型に当てはまる。
 したがって、仮想通貨に関する現行の法制下においては、その財産の所在は、被相続人等の住所地となり、結果的に債権者主義の類型とするのが最も妥当であろう。ただし、今後の仮想通貨を巡る議論や法整備の状況を注視していく必要があろう。

3 結論

ある相続財産の所在を判定するに当たっては、その財産との物理的、法律的、経済的側面から見た場所的な結びつきが必要である。この場所的な結びつきは、ある財産と最も密接な関係のある地(最密接関係地)を判定することであり、この判定、すなわち財産の所在の判定に当たっては、国際私法における連結点が有用なメルクマールとなる。そして、この場所的な結びつき(最密接関係地)の選択は、国際私法における連結政策(連結点の選択)と同様に、価値判断を伴う選択となる。
 ある相続財産に関して選択された場所的な結びつきは、フレームワークとしての財産の所在の類型に当てはめ、類型と場所的な結びつき(連結点)との相互検証によってその財産の所在を選択・決定することになる。
 そして、新たな財産や明文の規定がない財産はバスケットクローズである債権者主義によって財産の所在が判定されることになるが、それ故に、当該財産の所在の検討を通じ、この検討の結果によっては、当該財産を債権者主義の類型から引き抜き、最も合理的な類型に規定する必要があろう。
 次に、本稿における新たな財産の所在の考察として、まず、仮想通貨は、現行法制下において、その財産の所在は結果として債権者主義が妥当であるとの結論に至り、現行相続税法10条3項の規定のとおりとなろう。
 また、信託受益権の財産の所在は、債務者主義又は基因財産主義(仮称)が妥当するであろうが、信託課税とのバランス及び相続税法9条の2第6項の解釈論から、基因財産主義(仮称)が最も合理的であると考える。


目次

項目 ページ
はじめに285
第1章 相続と相続税287
第1節 相続法制と相続課税制度287
1 相続の根拠287
2 相続法制288
3 相続課税制度(概要)289
4 我が国の相続課税方式とその沿革290
第2節 財産の所在に関する規定(相続税法10条)292
1 法第10条の意義(機能)293
2 財産の意義293
3 相続税法10条の規定295
4 相続税法10条(財産の所在)の規定に係る沿革299
第2章 国家管轄権と課税権(課税管轄権)305
第1節 国家管轄権305
1 租税根拠論305
2 国家管轄権の意義307
3 国家管轄権の分類基準308
4 国家管轄権の適用基準(配分基準)308
5 国家管轄権の競合と調整(配分)311
第2節 課税管轄権と課税権の配分312
1 課税管轄権の射程範囲とその制約313
2 国際租税法における課税権の配分314
3 相続税における課税権の根拠317
4 所得課税における国際租税法と相続課税の接点319
5 相続税法の視座からの課税管轄権319
第3節 租税条約321
1 日米相続税条約321
2 OECDモデル相続税条約330
第3章 国際私法と財産の所在334
第1節 国際私法における連結点334
1 連結点の意義334
2 単位法律関係に係る連結点と準拠法335
3 連結点と財産の所在(小括)343
第2節 国際裁判管轄344
1 裁判権と国際裁判管轄344
2 裁判籍(土地管轄)346
3 国際裁判管轄決定347
4 国際裁判管轄(裁判籍)の分類349
5 国際裁判管轄と財産の所在(小括)353
第4章 財産の所在の一考察355
第1節 財産の所在の判定基準355
1 国内財産の範囲355
2 国内財産と属地主義の射程範囲356
第2節 財産の所在の類型360
1 財産の所在の類型の種類(概要)360
2 物理的所在地主義361
3 登録地主義363
4 債務者主義366
5 債権者主義368
6 基因財産主義(仮称)369
7 効果理論の適用370
第5章 新たな財産の所在の一考察373
第1節 信託受益権373
1 信託受益権に関する財産の所在を巡る見解373
2 信託と信託受益権の概要376
3 信託と信託受益権の法的性質377
4 国際私法上の法的性質と客観的連結点379
5 所得課税における信託と所得帰属(導管理論)381
6 相続税・贈与税の信託課税382
7 導管理論からみた信託受益権の財産の所在385
8 財産の所在(小括)386
第2節 仮想通貨388
1 概要388
2 特徴389
3 法的性質390
4 相続財産性395
5 財産の所在(小括)397
おわりに400