山田 晃央
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的

間接国税に対する税務調査については、従来から、必要に応じて課税調査又は犯則調査を行うことができるものとされてきたが、このうち犯則調査については、平成29年度税制改正における納税環境整備の一環として調査手続の整備が図られた。すなわち、間接国税のうち、税額確定方法が申告納税方式を採っているものに係る、ほ脱事件及び不正受還付事件については、通告処分の適用対象外とされ、間接国税以外の国税と同様に、検察官への告発に一本化された。また、これに併せて、適正申告を担保する観点から、課税調査においては、仮装又は隠ぺいに基づく納税申告に対して重加算税制度が導入された(平成30年4月施行)。
 しかしながら、間接国税のうち申告納税方式を採っていないもの、具体的には租税特別措置法における石油石炭税相当額の各種還付措置などについては改正が見送られたため、従前どおり、ほ脱事件及び不正受還付事件については、通告処分の適用対象となっている。
 これら租特法による石油石炭税の各種還付措置は、ほ脱等の不正の端緒を発見したような場合には、課税調査とは別に通告処分を念頭においた犯則調査を行い、当該調査の結果、犯則の心証を得たときは、罰金相当額を納付すべきことを犯則者に通告することになっている。
 その一方で、課税調査により非違が発見された場合であっても、不正行為が認められない場合には犯則調査を行うことはなく、課税調査のみで調査は終結することになる。この場合、納税者は、調査により指摘された非違税額を国に返納することが求められるものの、法人税や所得税といった申告納税方式を採っている国税とは異なり、過少申告加算税や重加算税といった行政上の制裁的な経済的負担が課されることはない。
 納税環境整備の一環として調査手続の整備を図る観点からは、今後、間接国税と、それ以外の国税に係る課税調査とのバランスをとり、また、間接国税の納税者のコンプライアンスの水準をより向上させるために、租特法による石油石炭税の還付措置に非違があった場合においても、行政的制裁として、何らかの経済的負担を新たに課すことが望ましいのではないかと考えられる。
 本研究においては、租特法による石油石炭税の還付措置について、通告処分を廃止した前例(印紙税)等を参考にしつつ、現行の通告処分に代わり、どのような行政的制裁を設ければ、より実効的に適正申告が担保できるのか等の観点から検討し、納税者のコンプライアンスの向上と、税務当局の効率的な調査事務に資するよう、論点を整理するとともに、それをクリアーするためにどのような手法が考えられるのかについて考察することとする。

2 研究の概要

(1) 租税特別措置法による石油石炭税の還付制度の概要

租税特別措置法においては、一定の政策目的を達成するために、石油化学製品の原料用特定揮発油等に係る石油石炭税の還付措置などの5項目について「石油石炭税に相当する金額」が還付されることとされており、還付額の合計は、1年間で960億円にのぼると見込まれている。

イ 石油石炭税の還付制度の概要
 石油石炭税法(本法)による納付又は還付は申告納税方式を採っているのに対し、租特法による石油石炭税「相当額」の還付制度は申告納税方式を採っていない。
 租特法による石油石炭税の還付制度は、石油石炭税法(本法)により発生した石油石炭税の「納税義務」や、同法により納税者が納税(又は還付請求)申告書を所轄税務署長に提出することによって一旦確定した「納付すべき石油石炭税額」には何ら影響を与えることなく、じ後に一定の要件を満たした場合に、石油石炭税額そのものではなく、石油石炭税に「相当する金額」の還付を発生させるという、本法とは一線を画するかたちで還付する法形式を採っている。
 したがって、本還付制度によって還付された還付金が過大であった場合に納税者が返納する金銭も石油石炭税そのものの納税とはいえないことから、国税通則法に規定する加算税制度等は適用されず、国税収納金整理資金に関する法律の規定による納入の告知の手続によって当該金銭は収納されることとなる。

ロ 適正申告を担保するための規定

(イ)不正受還付犯に係る罰則
 租特法においては、不正受還付犯については、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する旨が定められている。この罪刑は、石油石炭税法(本法)と同一のものである。

(ロ)虚偽帳簿記入罪に係る罰則
 租特法においては、石油石炭税法(本法)における記帳義務に関する規定及び虚偽帳簿記入罪について、必要な読替え規定を置いたうえで準用・適用することとされている。

(ハ)質問検査権及び受忍義務
 租特法においては、石油石炭税相当額の還付に係る質問検査権、提出物件の留置き、権限の解釈、調査の事前通知、調査の終了の際の手続、身分証明書の携帯について、石油石炭税法(本法)及び国税通則法の該当規定や罰条を適宜読み替えて適用することとされている。

(2)税額の確定方式と加算税制度

イ 申告納税方式
 民主主義国家において課税が適正かつ公平に行われるためには、その課税の前提となる事実を最もよく熟知している納税義務者による課税標準等の申告が要請されることとなる。
 納税申告方式は、納付すべき税額が、原則として納税者の「申告」によって「確定」することを原則とし、申告がない場合や申告が不相応と認められる場合に限って課税庁の更正又は決定によって税額が確定することとなる。

ロ 賦課課税方式
 賦課課税方式は、納付すべき税額が、もっぱら課税庁の処分によって「確定」する方式である。
 賦課課税方式においても、課税標準についての申告義務を課しているものもあるが、これは課税標準決定の効果をもたず、政府の賦課処分の基礎資料の一となるにすぎないものである。

ハ 加算税制度
 間接税に申告納税方式が導入されたのは、昭和37年からであるが、導入に当たっての税制調査会の議論においては、「賦課課税方式であるか申告納税方式であるかの区別や間接税であるか直接税であるかの区分は、このような加算税制度に格別の差異をもたらすとは考えられないように思われる」との指摘がなされ、また、「間接税についても・・・正確な申告を期待する事情は直接税の場合と異ならないはず」であり、「税額決定が政府において行われる建前になっているという関係もあって、しいて加算税の制度を設けることとはしていなかったということであろう」と指摘されている。

3 結論

租特法による石油石炭税の還付措置は、申告納税方式を採る石油石炭税法(本法)とは一線を画するかたちでの還付申請方式を採っているものであるが、石油化学製品の原料用特定揮発油等に係る還付措置を例にとれば、当該国産ナフサ等が同還付措置の要件にあてはまっているか否かや、いつ、どれだけの数量の国産ナフサ等を原料に供したのか、また、それによっていくら還付されるかといった詳細な事情について一番知悉しているのは納税者(還付申請者)であり、同措置は法令の「形式」上は申告納税方式を採っていないものの、提出される還付申請書の「実質」をみれば、申告納税方式の下の還付請求申告書と何ら変わるところはない。また、租特法による還付措置が申告納税方式に親しまないものとみることも、加算税制度になじまないものとみることも困難である。
 また、不正受還付犯に対する罰則や虚偽帳簿記入罪等の罪刑が、租特法も石油石炭税法も同一に規定されていることからみても、法令上、両者の間に質的な差異は認められない。
 更には、課税実務上、還付申請書であれ、還付申告書であれ、所轄税務署長は、まずは提出された当該書類の記載内容を基礎として一定の事務処理(収納、滞納処分、支払決定、充当など)を始めることになるのであるし、事後的な実地の調査又は行政指導の必要性や、申請等の審査のための調査といった部内処理の判断等も行うことになるのであるから、当該書類に記載された税額計算の基礎となるべき事実に正確性を期待する事情は、いずれの書類(申請書・申告書)においても同様であり、これは、税額の確定方式が申告納税方式を採っているか否かによって左右されるものではない。
 そして、国税通則法によれば、還付金は、遅滞なく、それも金銭で還付しなければならないことから、税務署長には、速やかに、かつ誤りがないように慎重な判断が求められることになる。そして、還付が遅れた場合には還付加算金を支払わなければならないことに鑑みれば、一般的に、納税者が提出する還付のための申請書には、納税のための申告書よりも、より正確性や信頼性が求められるというべきである。
 更には、石油石炭税相当額の還付金額は、石油業界全体で年間960億円にのぼり巨額であることや、法令上、還付申請者は国産ナフサ等の製造者等とされていることからみて、一般的には大企業が還付申請を行っていると思料されることから、いわゆる納税事務負担に配慮が必要な中小零細事業者よりも、石油石炭税の還付申請書の記載内容には、更に正確性が求められるべきであるし、仮に誤りがあった場合に何らの行政的制裁が課されないことに、さしたる理由はないというべきである。
 また、石油化学製品の原料用特定揮発油等に係る石油石炭税の還付措置(租特法90条の5)、及び、石油アスファルト等に係る石油石炭税の還付措置(同法90条の6の2)については、還付金額が多額であるうえに、適用期限も定められていないことに鑑みれば、還付申請者は、決して還付額を誤って過大に申請することがないよう、気を引き締めて、継続的に、企業努力を重ねるべきであるし、その結果として過大還付申請が起きなければ、仮に行政的制裁制度が創設されたとしても空振りになるのであるから、大きな支障はないのではなかろうか。
 以上の諸点を総合勘案すれば、租特法による石油石炭税の還付措置についても、申告納税方式を採る石油石炭税法(本法)の還付申告制度や、その他の国税における納税環境とのバランスをとって、実質的な申告納税方式を採るものとして新たに加算税を課すことができるよう、納税環境整備を図ることが望ましいと考えられ、今後、関係者において前向きな議論が行われることを期待する。


目次

項目 ページ
はじめに282
第1章 石油石炭税(本法・租特法)の概要286
第1節 石油石炭税法(本法)の基本的な仕組み286
1 課税対象287
2 納付すべき税額の確定方式(申告納税方式)287
3 税率287
4 税収288
5 適正申告を担保するための規定289
第2節 租特法による還付申請の基本的な仕組み290
1 石油石炭税相当額の還付税額の確定方式(申告納税方法以外の方式)290
2 適正申告を担保するための規定292
3 還付額が過大であった場合の取戻し293
第3節 租特法による石油石炭税の還付措置の概要295
1 石油化学製品の原料用特定揮発油等に係る石油石炭税の還付措置(租特法90条の5)296
2 特定の重油を農林漁業の用に供した場合の石油石炭税の還付措置(租特法90条の6)296
3 石油アスファルト等に係る石油石炭税の還付措置(租特法90条の6の2)297
4 非製品ガスに係る石油石炭税の還付措置(租特法90条の6の3)297
5 特定の石油製品等を特定の運送、農林漁業又は発電の用に供した場合の石油石炭税の還付措置(租特法90条の3の4)298
第4節 旧物品税法における類似の還付制度299
1 旧物品税法における特殊な還付制度の趣旨・概要299
2 還付加算金を付さない理由301
3 還付額が過大であった場合の取戻し301
第2章 国税犯則取締法の改正の概要303
第1節 国税庁税制改正意見303
1 経済活動の高度化に対応した犯則調査手続の整備(査察課意見)303
2 間接諸税に係る質問検査権の拡充(消費税室意見)303
第2節 国税犯則取締法改正の経緯304
1 政府税制調査会における議論304
2 平成29年度税制改正における国税犯則取締法の改正306
第3章 行政上の義務履行確保制度316
第1節 執行罰316
第2節 行政罰317
1 行政刑罰317
2 秩序罰318
第3節 加算税320
1 加算税制度の概要320
2 加算税制度の沿革321
3 加算税の趣旨322
4 税額確定方式の基本的な考え方327
第4節 過怠税330
1 法定資料提出義務違反に対する過怠税試案(昭和36年)330
2 印紙税法における過怠税制度の創設(昭和42年)333
第4章 間接国税に係る行政的制裁についての一考察341
第1節 過怠税類似制裁についての検討341
1 租特法による石油石炭税の還付措置が抱える問題点341
2 過怠税制度から得られる示唆342
3 検討344
4 小括345
第2節 加算税制度導入についての検討346
1 申告納税制度導入の歴史347
2 申告納税制度導入の考え方349
3 加算税制度の基本的な考え方からの検討350
4 存置された賦課課税方式からの検討353
5 納税申告書の法的性格からの検討356
6 不正受還付犯に対する罰則等からの検討357
7 結論359
第3節 その他362
1 執行罰導入についての検討362
2 行政罰導入についての検討362
第4節 補論(用途外消費等の場合の自主申告についての検討)363
1 製造たばこを密造した場合のたばこ税の申告・納付364
2 航空機燃料用免税揮発油を用途外消費した場合又は譲渡(横流し)した場合の揮発油税の申告・納付365
3 特定用途免税の適用を受けた課税石油ガスを用途外消費した場合又は譲渡(横流し)した場合の石油ガス税の申告・納付368
4 結論369
結びに代えて371