三浦 佑樹
税務大学校
研究部研究員

要約

1 研究の目的

平成27年度税制改正においては、国境を越えた役務の提供に係る内外判定基準の見直しが行われるとともに、新たに国内取引として課税対象となる「事業者向け電気通信利用役務の提供」について、その納税義務を仕入側の事業者に転換する、いわゆる「リバースチャージ」が制度として導入された。
 これは、執行管轄権の及ばない地域等に所在する役務の提供者による納税がなされない場合に、その役務の提供を受ける国内の事業者における税額控除が行われることを防止する観点から導入されたものである。しかし、既にインボイス制度が定着しているEUと異なり、「課税事業者番号(VAT-ID)」といったインフラがない日本の消費税制度を前提にリバースチャージ制度が導入されたこともあり、我が国のリバースチャージ制度の対象はEUのそれと比較して、極めて限定されたものとなっている。
 平成27年度改正当時こうした制度設計とされたことについては、インボイス制度が導入されていない中、電子書籍等の分野において国内事業者と国外事業者の間における競争条件の不均衡是正が喫緊の課題であったことなど、相応の合理性があったと考えられる。しかし、直近の平成30年度税制改正大綱においても、国境を越えた役務の提供に対する消費税の課税の在り方については、引き続き検討を行うこととされている。ここで、特に平成28年度税制改正において導入され、平成35年10月に施行を予定している適格請求書等保存方式、いわゆるインボイス制度は、リバースチャージ制度を含む我が国の消費税制度の在り方について、更なる見直しを行う一つの契機となる可能性がある。
 付加価値税は前段階税額控除制度を採用することにより、原則として売手は買手が事業者であるか、消費者であるかというステータスを区別する必要がない。一般的にはこれが付加価値税の長所の一つとされている。しかし、リバースチャージ制度が導入された場合には、売手は取引額を税込とするか、税抜とするかを確定させるため、買手のステータスを確認する必要が生じることとなる。他方、買手にとっても、取引がリバースチャージ対象か否かは、自らの納税義務と密接に関わるため重要である。このように、リバースチャージ対象取引では、売手は納税義務から解放される一方で、買手が納税義務を負う取引であるため、リバースチャージ対象取引であるにもかかわらず、売手からリバースチャージである旨の通知を受けない場合があり得る。本研究は、このリバースチャージ対象取引であることを認識できない買手が存在する可能性を制度としてどのように考えるべきなのかについて考察することにより、買手側の予見可能性という側面から制度に光を当て、我が国の今後のリバースチャージ制度の在り方について論じたものである。

2 研究の概要

(1) 平成27年度税制改正の意味と予見可能性

平成27年度税制改正では、内外判定基準について「電気通信利用役務の提供」に限定して仕向地主義が採用され、そのうち「消費者向け電気通信利用役務の提供」を行う国外事業者については、あらかじめ税務署へ登録することとされた。また、リバースチャージ制度の対象である「事業者向け電気通信利用役務の提供」については、役務の性質又はその役務の提供に係る取引条件等から、その役務の提供を受ける者が通常事業者に限られるものとされ、BtoB取引の中でもその採用が一部に留められた。更に、課税売上割合95%以上の事業者については、当分の間の措置として、リバースチャージ対象取引が申告対象から除外された。これらが、平成27年度税制改正の主な内容である。
 平成27年度税制改正では、リバースチャージの対象取引の範囲が限定されていることそのものが予見可能性を高める役割を果たしていると考えられる。また、買手の予見可能性を確保するための制度上の手当としては、売手である国外事業者から買手に対してリバースチャージ取引である旨の通知義務が規定されている。この通知義務については、事業者免税点制度との関係では、国内に所在する買手が課税事業者である場合にリバースチャージ対象取引について課税することとされており、売手が課税事業者か否かは課税関係には影響しないため、通知義務が課されている売手側が免税事業者である可能性もある。このため、売手の通知義務についても規範的なものとして、義務違反に対する罰則の適用がない。この点、通達(消費税法基本通達5-8-2)では「当該表示義務の履行の有無は、当該特定資産の譲渡等を受ける事業者の納税義務には影響しない」としており、仮に国外事業者が取引に際して義務付けられている通知を怠ったとしても、リバースチャージ対象取引であれば、通知の有無にかかわらず課税されることを示している。
 リバースチャージ制度は、執行管轄外に所在する事業者から徴税することの困難さを乗り越えるための手法であるものの、インターネットを通じた取引のように、国境をそれほど意識することなく取引を行う場合もあり、リバースチャージ取引であることを認識できない買手が存在する可能性について認識しておく必要がある。

(2) EU付加価値税制度における予見可能性

EUでは国境を越えたBtoBの役務提供取引について、内外判定基準の原則を仕向地主義としており、これに伴いリバースチャージ制度も広く採用されている。また、リバースチャージ取引とそうでない取引とは、買手のVAT-IDの有無により区分しており、買手側がVAT-IDを持つ課税事業者である取引をリバースチャージの対象としている。これは、取引の性質や取引条件等により区別することとする我が国の制度と大きく異なる点である。また、EUではリバースチャージの対象取引についてインボイスにその旨の記載が義務付けられており、買手はリバースチャージである旨をインボイス記載の通知によって確認することができる。換言すれば、売手が自らの納税義務から解放されるためのアクションとして、リバースチャージである旨のインボイスの記載が存在しているともいえる。これは、通知の有無自体が課税方式(リバースチャージか否か)に影響を与えない我が国の制度とは対照的であり、売手の行為により成立した納税義務を一定の要件の下で買手に転換するEU方式と、買手の仕入行為そのものを課税の対象として捉える我が国の方式の違いとして表れている。なお、我が国で将来予定されているインボイス制度の導入後においても、リバースチャージである旨の通知はインボイス記載事項とされておらず、そもそもリバースチャージ取引については売手にインボイスの交付義務が課されていない。これらEUと我が国の制度の差異は、インボイス制度を付加価値税制度の中にどのように位置づけるのかと強く関係しており、EUの制度は、よりインボイスを重視する立場にあると言えよう。我が国において導入が予定されているインボイス制度ではあるが、売手及び買手の予見可能性確保の観点からは、我が国では仕向地主義の採用を限定的にしたからこそ、インボイスとの関係を切断したリバースチャージ制度が採用できたと考えられる。

(3) 非居住者課税に係る源泉徴収制度と予見可能性

リバースチャージ制度と、非居住者に対して支払が行われる場合の所得税の源泉徴収制度について、両制度は、いずれも国外に所在する者から税を徴収することの困難さを克服するための制度としての類似点を見出すことができることから、比較検討を行った。
  本研究では、具体的に源泉徴収義務者が取引の相手方が非居住者であること知らず源泉徴収を行わなかったことについて、実際に争われた二つの裁判(東京高裁平成23年8月3日判決及び東京高裁平成28年12月1日判決)を参照した。いずれの訴訟も国側勝訴として結審しているが、判決では、取引の相手方が非居住者であることを確認することが難しい場合であっても源泉徴収義務は免れないと判示されているわけではなく、むしろ、相手方が非居住者であることを予見できなかったことにつき納税者に帰責性がない場合には、源泉徴収義務自体が存在しないことの可能性が示唆されている。
 国境を越えた取引について適用されるこれらの制度は、現実としてそれが国境を越えているのか否かが判然としない取引も実際には想定される。リバースチャージ制度は、本来の納税義務者自体が買手として明確に規定されており、規定上は売手が登場しないため、源泉徴収制度と同様に考えることはできない。しかし、源泉徴収義務の有無をめぐる判決が示す通り、国境を越えた取引において、納税義務者にとっての予見可能性が十分でない可能性もあり、このようなケースで課税できないとまでは言えないとしても、制度を構築するに当たっては、予見可能性が求められることを示しているのではないか。

3 結論(まとめ)

近年、国境を越えた物、サービスの移動は、年を追うごとに加速している。付加価値税はこれまで、不正の手段とすることが難しい公平な税としてその位置づけを拡大してきたが、国境管理のない中で課税する場面が増してきたことにより、新たな局面へと突入している。特に、オンラインで行われる取引については軽々と国境を越えてしまい、それに伴う付加価値税の不正も増大しているとされる。EUでは、仕向地主義への転換に伴うリバースチャージ制度の導入、また、その国内取引への拡大など、様々な対策によりこの困難を乗り越えようとする動きもある。
 我が国の状況を見れば、国境を越えた役務の提供に係る平成27年度改正は、限定的な改正にとどまっており、更なる改正が期待されるとの意見もある。また、国際的な潮流としても、競争上の不均衡を是正する観点から、仕向地主義の拡大が志向されている。今後、電気通信利用役務の提供以外の役務の提供についても仕向地主義を拡大する場合には、

  • 買手の予見可能性が損なわれないよう、取引の性質から判断できる分野とするなど、線引きの明確な分野に限定して内外判定基準を見直す。
  • 買手の予見可能性を高めるために、インボイス制度の枠内にリバースチャージ制度を位置づけた上で、売手の通知義務を強化する。
など、買手側の予見可能性にも配慮した制度設計とすることを検討すべきである。
 なお、平成35年のインボイス制度導入は、課税方式について更なる見直しを行う一つの契機となるものの、内外判定基準を見直さないままインボイス制度と接続することについては、制度が複雑となり、事業者の事務負担が更に増すことが見込まれるため、慎重に検討すべきと考える。将来、仕向地主義をより徹底する改正を行うのと同時にリバースチャージの範囲を大きく拡大するのであれば、買手の予見可能性の確保の観点からも、買手の課税事業者番号を確認できた取引に限りリバースチャージの対象とする、EU型の制度とすべきであるが、現行の内外判定基準を維持するのであれば、課税事業者番号による確認を要しない制度を維持したほうが、課税当局及び納税者にとってより簡素な制度となるのではないか。
 税収の面から見れば、仕向地主義を拡大しても非課税売上割合が高い事業者を除きBtoB取引からは税収は生まれず、国境を越えたBtoC取引のうち原産地主義とされていることを理由に課税ができていない分野はそれほど多くないであろう。今後、更なる制度改正として必然的にEU型の制度への移行が想定されるわけではなく、むしろ、制度をこれ以上複雑化しないため、また、事業者の事務負担を考慮して、現行制度の枠組みを維持するという選択肢もあると考えられる。EUの付加価値税制度も未だ進化の途上であり、リバースチャージ制度の今後の在り方については、様々な可能性があるが、今後の制度を検討する際には、買手の予見可能性に注目する必要について、本研究のまとめとして、再度強調しておきたい。


目次

項目 ページ
はじめに200
第1章 国境を越えた役務の提供に係る平成27年度改正について204
第1節 国境を越えた役務の提供に係る改正の概略204
第2節 仕向地主義と原産地主義207
第3節 政府税制調査会の提言を中心とした改正までの経緯211
第4節 平成27年改正の特徴とその評価216
第5節 インボイス制度との関係220
第6節 改正の意味と予見可能性222
第7節 小括225
第2章 EU付加価値税制度における予見可能性の確保227
第1節 リバースチャージ制度導入に至る経緯227
第2節 EUにおけるリバースチャージ制度の概要233
第3節 インボイス制度との関係と予見可能性の確保235
第4節 我が国制度との相違237
第5節 小括239
第3章 非居住者課税に係る源泉徴収制度と予見可能性241
第1節 源泉徴収制度における予見可能性241
第2節 源泉徴収義務者の予見可能性をめぐる裁判243
第3節 リバースチャージ制度と源泉徴収制度249
第4節 小括251
第4章 今後のリバースチャージ制度をめぐる検討252
第1節 予見可能性の観点から考えるリバースチャージ制度252
第2節 我が国のリバースチャージ制度への示唆255
結びに代えて261
参考文献263