赤壁 隆司
税務大学校
研究部教授

要約

1 研究の目的(問題の所在)

税務署長は、個人事業者が正確な収入金額等を容易に確認できたにもかかわらず、所得税の収支内訳書に根拠のない額を記載したという一連の行為等は当初から所得税等を過少に申告する意図を「外部からもうかがい得る特段の行動」に当たり、国税通則法(以下「通則法」という。)68条1項又は同条2項に規定する隠蔽又は仮装に該当するとして、重加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)を行ったのに対し、当該個人事業者がこれを不服とし審査請求の対象とした。
 ところが、国税不服審判所長は、継続して意図的に過少申告していたと認定するも、収支内訳書に根拠のない額を記載する行為は「過少申告行為」そのものであることから、原処分庁(税務署長)が主張する審査請求人(個人事業者)の行為は、当初から所得等を過少に申告する意図であったことを外部からもうかがい得る特段の行為には当たらず、重加算税の賦課要件を満たさないと判断して、本件処分を取り消す裁決(平成27年7月1日裁決)をした。
 そして、上記判断は、いわゆるつまみ申告(所得金額の大部分を脱漏してことさら過少の金額を記載した申告書を作成し、これを提出すること。)について、「納税者が、当初から所得を過少に申告する意図をし、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告をしたような場合」に、重加算税の賦課要件を満たすとした最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決(民集49巻4号1193頁、以下「最高裁平成7年判決」という。)の判断枠組みに基づくものであり、かつ、「過少申告行為」につき、申告書の作成行為に収支内訳書の作成行為が含まれることを前提に、申告書の作成行為と提出行為を一括した行為とし、隠蔽又は仮装に基づいて申告書の提出が行われたものでないとする立場により判断するものと考えられる。
 しかしながら、上記判断枠組みの解釈について、以下のとおり再考すべきとの主張があり疑義が生じている。すなわち、刑事制裁(ほ脱罪)の対象となる所得税法238条にいう「偽りその他不正の行為」該当性を論じるときの「過少申告行為」においては、不正な申告書を作成しその申告書の提出により所得税等を免れることから、申告書の提出行為が含まれる概念と解される。
 他方、「過少申告行為」という表現は法律上にはなくいわば造語であることから、重加算税の賦課要件該当性を議論する際には、通則法68条の規定との関係において理解すべきである。そうすると、同規定の文理に照らし申告書の「添付書類の作成」において隠蔽又は仮装行為が行われ、これに基づいて「申告書の提出」が行われたと解するものであれば、その賦課要件を満たし本件処分は維持されるべきとする。
 そこで、最高裁平成7年判決の判断枠組みに検討を加え、「特段の行動」等の意義を明らかにした上で、所得税確定申告書の添付書類である青色申告決算書及び収支内訳書における虚偽記載に対し、その重加算税の賦課要件該当性について、整理・検討する必要がある。

2 研究の概要

(1)国税不服審判所平成27年7月1日裁決
 国税不服審判所平成27年7月1日裁決(裁決事例集100号15頁、以下「平成27年裁決」という。)の概要とその論点は以下のとおり。

イ 裁決の概要
 原処分庁(税務署長)は、請求人が、事業所得(電気工事)に係る正確な収入金額等を容易に確認できたのにもかかわらず、収支内訳書に根拠のない額を記載したという一連の行為は、当初から所得等を過少に申告する意図であったことを外部からもうかがい得る特段の行動に当たる旨を主張したところ、国税不服審判所長は、FX取引の損失の穴埋めという自己資金需要に基因し、事業所得に係る総収入金額を意図的に過少に申告し、その事業所得に係る必要経費の額を過大に申告していたとして、本件各年分の所得税について、「過少申告の意図を継続して有し」、「収支内訳書に根拠のない適当な額を記載」のうえ、「所得が過少な申告書を提出した」と認定するものの、「収支内訳書に根拠のない額を記載していたことは過少申告行為そのもの」であり、原処分庁が主張する請求人の行為は、当初から所得等を過少に申告する意図であったことを外部からもうかがい得る特段の行動には当たらず、重加算税の賦課要件を充足しないとされた事例。

ロ 論点
 平成27年裁決を素材に以下の論点を挙げ、本稿の中心的な検討対象として取り上げて行くこととする。

(イ)「外部からもうかがい得る特段の行動」の意義
 平成27年裁決の判断において、「FX取引の損失の穴埋めという自己の資金需要の必要性に基因した過少申告の意図を継続して有していた」と認める一方、「何ら根拠のない収入金額及び必要経費の額を本件収支内訳書に記載していたこと」は、「外部からもうかがい得る特段の行動」に当たらないとし、重加算税の賦課要件を満たさないとしている。
 しかしながら、つまみ申告が数回にわたり提出されていることなどについて、「外部からもうかがい得る特段の行動」を認定することなく重加算税の賦課要件が満たされるとした最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決(民集48巻7号1379頁、「最高裁平成6年判決」という。)があり、「外部からもうかがい得る特段の行動」を同賦課要件との関係においてどのように理解すべきか。

(ロ)収支内訳書(及び青色申告決算書)における虚偽記載の意義
 平成7年裁決は、所得税確定申告書の作成行為に収支内訳書の作成行為が含まれ、かつ、所得税確定申告書作成行為とその提出行為を一括したものとして「過少申告行為」と解し、通則法68条がいう「隠蔽し、又は仮装したころに基づき納税申告書を提出していたとき」に該当しないものとして理解しているようである。
 この点、所得税確定申告書と同申告書への添付が義務付けられる収支内訳書及び青色申告決算書は如何なる関係に位置づけられ、これらに対するつまみ申告と同様の単純な虚偽記載は、重加算税賦課要件との関係でどのような意義があると理解すべきか。

(2)重加算税の概要

イ 重加算税の沿革
 昭和22年の所得税等の改正によって、所得税等の直接国税について申告納税制度が採用されるとともに、追徴税という名称の加算税制度(昭和22年〜同25年)が採用された。昭和24年にシャウプ勧告が行われ、その加算税に関する内容としては脱税は詐偽事件であり、これに対処するものとしては、起訴を必要とする刑罰があるだけなので、起訴を必要としない民事罰則を設けるべきであるとされ、これに基づく昭和25年の税制改正により、追徴税は廃止され、その性質に応じ過少申告加算税額、無申告加算税額、源泉徴収加算税額及び重加算税額が創設された。
 その後の昭和62年の改正等を経て、その隠蔽し、又は仮装されている事実に係る部分の基礎税額に対し35%(無申告加算税を課する要件に該当する場合には40%)の割合で重加算税を課す現行制度に至っている。

ロ 重加算税の性格
 加算税は、納税義務違反により課されることから、脱税に係る刑事罰との関連において問題とされ、憲法にいう二重処罰の禁止に抵触するのではないかという点が議論となり、この点、判例・学説を中心にその性格についてみる。

(イ)裁判例の動向
 追徴税の裁判例として、長崎地裁昭和26年10月9日判決(税資10号375頁)は、「公法上の租税義務違反に対して法により課せられる公法上の一種の違約損害金であるともいうことができその性質及び目的において、刑罰と著しくその性質を異にするものと解するのが相当である。」であるとして、刑罰と追徴税との併科は憲法に抵触しないと判示した。追徴税につき、その後の最高裁昭和33年4月30日大法廷判決(民集12巻6号938頁)においても、「捕脱者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目し、これに対する制裁として科せられるものであるに反し、(筆者注:旧法人税)法43条の追徴税は、単に過少申告・不申告による納税義務違反の事実があれば、同条所定の已むを得ない事由のない限り、その違反の法人に対し課せられるものであり、これによって、過少申告・不申告による納税義務違反の発生を防止し、もって納税の実を挙げんとする趣旨に出た行政上の措置であると解すべきである。」としてその併科は違憲とはならない旨を判示した。この判断の趣旨は、通則法制定後の重加算税についての最高裁昭和45年9月11日第二小法廷判決(民集24巻10号1333頁)及び下級審判決においても踏襲されており、判例上確定しているといえる。

(ロ)学説
 重加算税と刑罰の併科が憲法に抵触しないことに疑問視する立場がある一方、金子宏名誉教授は、「加算税は、刑事制裁と異なり、申告納税義務および徴収納付義務の適正な履行を確保し、ひいては申告納税制度および徴収納付制度の定着を図るための特別の経済的負担であって、処罰ないし制裁の要素は少ないから、それは二重処罰にはあたらないと解すべきであろう」と述べておられ、学説は重加算税と刑罰の併科が憲法に抵触しないとする立場が多数である。

(3)「隠蔽又は仮装」行為

  ほ脱犯の「偽りその他不正の行為」(所法238等)は、反社会性、反道徳性に着目しての刑事制裁である一方、重加算税は「隠蔽又は仮装」という不正な方法に基づいて納税義務違反が行われた場合にその違反者に対して課される行政上の措置であるところ、「偽りその他不正の行為」の範囲と「隠蔽又は仮装」の範囲とが如何なる関係にあるかについて考察する。
 シャウプ勧告による導入契機・沿革から「『脱税』のうち、比較的悪質性が低い行為を重加算税の対象にするにとどめ、その中で特に悪質な行為に対してはさらに刑事罰を加える」という制度の基本発想があり、その実行的な制裁としては行政制裁である重加算税を用い、刑事罰の発動を非常に謙抑的に行ってきた課税ないし検察の実務がある。こうした機能的連携があるとされる関係にある中で、以下に述べるとおり刑事罰(ほ脱罪)の処罰範囲の変遷と重加算税に係る判例への影響が見られる。

イ 判例における刑事罰(ほ脱罪)の処罰範囲の変遷

(イ)最高裁昭和24年7月9日第二小法廷判決(刑集3巻8号1213頁)は、旧所得税法69条1項は「詐偽その他不正の行為によって所得税を免れた行為を処罰しているがそれは詐偽その他不正手段が積極的に行われた場合に限るのである。」と判示している(下線筆者)。

(ロ)最高裁昭和42年11月8日大法廷判決(刑集21巻9号1197頁)は、「詐偽その他不正の行為とは、ほ脱の意図をもってその手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うことをいう」と判示し「詐偽その他不正の行為」の内容として「ほ脱の意図」が取り込まれている(下線筆者)。

(ハ)最高裁昭和48年3月20日第三小法廷判決(刑集27巻2号138頁、以下「最高裁昭和48年判決」という。)は「真実の所得を隠ぺいし、それが課税対象となることを回避するため、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出する行為(以下、これを過少申告行為という。)自体、単なる所得税不申告の不作為にとどまるものではなく、右大法廷判決の判示する『詐欺その他不正の行為』にあたるものと解すべきである。」(下線筆者)と判示し、ここでいう「過少申告行為」が「不正の行為」としている

ロ 社会情勢の影響と重加算税の判例への影響
 「不正の行為」の定義は、社会通念に委ねられたものと解されているところ、昭和20、30年代はじめなどの時期は、我が国における納税倫理や納税者の税制に関する知識の程度は一般に非常に低く積極的な所得秘匿工作等を伴わない確定申告書の提出等は、未だ刑事罰の対象とするに足る悪質性を肯定できなかった。
 その後、所得に対して所得税が課せられるべきこと、また、そのための資料等を保存すべきことについての理解は相当深まり、また、青色申告の特典その他種々租税政策とあいまって確定申告制度も一般化した。こうした納税倫理の高揚等の社会情勢を背景とし、法的に課せられた納税の手段である申告について、多額の所得を得ているにもかかわらず、確定的な意図のもと申告しない若しくは過少な申告をすること自体が法的に不正であり、刑事罰による制裁を正当化するだけの悪質性を備えていると評価されることとなる。
 そして、以上のような判例におけるほ脱罪の処罰範囲の実質的な拡大ともとれる変遷がある中、最高裁平成6年判決が、前述の最高裁昭和48年判決を刑事判例であるにもかかわらず、民事判決上に参照判例として挙げており、このことは、ほ脱犯が認定できる事実関係の下では、当然、重加算税も認定しうる関係にあるとする、その関係性に最高裁が言及したものとの指摘があり、重加算税事案に影響を与えている。

(4)最高裁平成7年判決の意義

  最高裁平成7年判決とこれに類似するつまみ申告に係る重加算税事案である最高裁平成6年判決を概観し検討を加えた上で、最高裁平成7年判決の判断枠組みである「納税者が、当初から所得を過少に申告する意図をし、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした上、その意図に基づく過少申告行為をしたような場合」(下線筆者)について、ほ脱犯の構成要件との関係や「外部からうかがい得る特段の行動」及び「過少申告行為」の意義について、通則法68条の規定に照らしどのように理解すべきかを中心に以下考察する。

イ 過少申告の意図は重加算税の賦課要件なのか
 ほ脱罪は故意犯であると解され、租税を免れる故意(犯意)を要件とする一方、最高裁昭和62年判決は、重加算税の要件として「隠蔽又は仮装」行為についての認識で足り、過少申告(租税を免れる)の故意を不要とする判例であるところ、最高裁平成7年判決が小法廷によるものであることから、最高裁昭和62年判決の判例としての意義は変更されていないと考えられる。
 そうすると、最高裁平成7年判決は故意不要の立場からのものと理解すべきであり、「当初から所得を過少に申告する意図をし、」とは、「外部からもうかがい得る特段の行動」により推認される1隠蔽・仮装の認識(意図)、これにより通常成立し得る2過少申告の故意について認定しているものと解され、前者と後者はいわば「必要条件」と「十分条件」の関係にあると考えられ、1の要件を満たした結果として、2のような認定ができること及びその事実を判決文上記載していると解される、との指摘かあり相当なものと考えられる。

ロ 外部からうかがい得る特段の行動の意義は何か
 「隠蔽又は仮装」については、「不正手段による租税徴収権の侵害行為を意味し」、具体的には「事実の隠ぺいは、二重帳簿の作成、売上除外、架空仕入若しくは架空経費の計上、たな卸資産の一部除外等によるものをその典型的なものとする。事実の仮装は、取引上の他人名義の使用、虚偽答弁等をその典型なものとする。」と解されており、いずれもその意図的な行為として行われるものである。
 他方、納税者の税法や事実関係の不知から生じた単なる一部申告漏れ、計算違いや書き間違いによる申告書の虚偽記載については、一般に過失と評価されるものであり、その意図はなく、隠蔽・仮装とはいえない。したがって、隠蔽・仮装はその意図を前提としているものであり、積極的な意思が働いていると考えられる。
 この点、過少な所得金額を記載する「つまみ申告」の場合、それが1書き間違い等によるものか2真実の所得金額を隠蔽する確定的な意図によるものか、により「不正手段による租税徴収権の侵害行為」である「隠蔽又は仮装」行為として重加算税の賦課が決せられるため、その立証が問題となる。前述の典型とされる二重帳簿の作成や架空経費の計上などは作為的であり、その証拠自体から、客観的に隠蔽又は仮装(以下「隠蔽等」という。)に係る「確定的な意図」が推認されるものであるが、つまみ申告については、自白がない場合、最高裁平成6年判決のように、申告等に関する一連の「客観的事実関係」ないし「間接事実としての行為」からその「確定的な意図」を推認し、その「確定的意図の下に真実の所得金額の大部分を脱漏して殊更過少の金額を記載した申告書を作成し、これを提出する行為は、それにより自己の所得は申告額しかないとういことを表明するものであって、実質的に課税要件事実を隠ぺいし、隠ぺいしたところに対応する申告額をもって納税申告書を提出しているものとみられる。」と解されている。そして、最高裁平成7年判決がいう「外部からうかがい得る特段の行動」により、最高裁平成6年判決と同様に客観的にその「確定的な意図」を推認するものと解され、当該特段の行動の意義は、その行動自体の有無を重加算税の賦課要件としているのではなく、その推認の客観性を担保している事情と考えられる。このように考えることで最高裁平成6年判決と最高裁平成7年判決は同様の判断過程をたどるものであり、「外部からうかがい得る特段の行動」の有無のみに捕われず、両判決を統一的に理解することが可能となる。

ハ つまみ申告による過少申告行為は、通則法68条の文理上その要件を充足しているか
 最高裁昭和48年判決は、判決文において申告書の「作成行為」と「提出行為」を一括して明確に「過少申告行為」と定義している。これは、所得税法238条の規定ぶりから、申告書の提出をせずに、「所得税を免れ」たり、「所得税の還付」を受けることができないことらすれば、「偽りその他不正の行為」には、申告書の提出ないし不提出行為が含まれるとの理解に基づくものとの指摘があり、相当なものと考えられる。また、申告書の「提出行為」は、申告書の「作成行為」を前提にしていることからすれば、これらを一連の行為とする理解も可能であり、このような理解の下では、つまみ申告は通則法68条が規定する重加算税の賦課要件を満たしていないとも考えられる。
 しかしながら、申告書の「作成行為」と「提出行為」の二つの行為は、通常、日時・場所は別であり、行為者すら別となり得るもので、事実関係としては、別個の行為であることに疑いはないとする指摘もある。そして、重加算税の要件を定める通則法68条は、「その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたとき」(筆者下線)と規定し、隠蔽等の行為と提出行為を別個のものとして取り扱っており、この文理に照らすと、つまみ申告は、申告書の「作成」(虚偽記載)において隠蔽等が行われ、これに基づき、申告書の「提出」があったものであることから重加算税の賦課要件を満たすものと解される。
 加えて、つまみ申告による意図的な申告書への所得金額の虚偽記載については、その虚偽記載の背後には納税者が具体的な収入金額又は必要経費の存在(あるいはその具体的な所得金額)を認識しつつ、隠蔽等をする行為があり、これらの行為を原因とする結果として、所得金額の虚偽記載がなされるものと解する指摘もある。
 したがって、最高裁平成7年判決にいう「確定的な意図」を認定し、確定申告書への虚偽記載による「過少申告行為」は、申告書の「作成行為」と「提出行為」は別個とする一般的な理解の下、通則法68条の文理に照らし理解することにより、その重加算税の賦課要件を満たすものと解される。

(5)青色申告決算書・収支内訳書の虚偽記載の意義

イ 所得税確定申告書

(イ)納税申告書の法的性質等
 所得税の確定申告は、通則法17条以下に規定される納税申告の一つであるところ、この納税申告について、「この申告の主要な内容をなすものは課税標準と税額であるが、その課税標準と税額が租税法の規定により、すでに客観的租税として定まっている限り、納税者が申告するということは、これらの基礎となる要件事実を納税者が確認し、定められた方法で数額を確定してそれを政府に通知するにすぎない性質のものと考えられるから、これを一種の通知行為と解することが適当であろう。」とされる。そして、納税申告書は、申告納税方式による国税に関し課税標準、課税標準から控除する金額及び税額等の記載した申告書をいい(通法2六)、その税務署長への提出によって納付すべき税額が確定する法的効果を有するものである(通法161一、171)。

(ロ)確定申告書(納税申告書)としての取扱い
 所得税確定申告書には、課税標準である所得金額、所得控除の額、税額計算の特例の適用を受ける場合の計算内容、税額控除の額、源泉徴収税額、予定納税額その他の課税要件事実を中心に、確定申告により納付する納税額又は還付を受ける還付金が算出されるまでの過程が記載される(所法12012、所規47)。
 また、確定申告書を提出する者は、所得税法120条1項各号の法定記載事項のうち該当する事項は全て記載しなければならず、その該当する事項の一部を欠いた場合には、その申告書は所得税法に規定する確定申告書には該当しないこととなる。

ロ 青色申告決算書及び収支内訳書と確定申告書の関係等

(イ)青色申告決算書
 青色申告者は不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額が正確に計算できるように資産、負債及び資本に影響を及ぼす一切の取引を正規の簿記の原則に従い整然と、かつ明瞭に記録し、その記録に基づき貸借対照表及び損益計算書を作成することなどが定められている(所規57)。
 そして、青色申告書には、1貸借対照表、2損益計算書、3不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算に関する4純損失の金額の計算に関する明細書を添付しなければならない(所法149、所規65)。 国税庁が配付する青色申告決算書は、上記に該当する書類であるところ、青色申告者は、帳簿書類を備え付け、この帳簿書類から誘導することにより青色申告決算書を作成することとなる。
 そして、この青色申告決算書のうち、損益計算書の部分については、単に所得金額の計算過程の記載を意味するのでははく、その事業等の活動の実態、すなわち、事業等の活動により生み出された成果としての収入金額等、及びその収入を生み出すための努力としての費用の金額が項目ごとに詳細に記載されるものであり、また、貸借対照表の部分は、その事業等の活動に係る財務状況を示すものである。更にこれらの作成過程を踏まえると、青色申告決算書と帳簿書類は互いに有機的関連性を有している関係にある。
 加えて、その法的性質に関しては、青色申告決算書は、所得税確定申告書の法定記載事項のうち所得金額については満たすものの、その他の所得控除や税額計算等の法定記載事項を欠き、これを単独で提出しても納付すべき税額は確定されず、所得税法120条にいう申告書に該当しないこととなる。
 したがって、青色申告決算書は、その事業等の活動等の実態を示す等の実質及び法的性質から、確定申告書の一部を構成するものではなく別個のものとして取り扱うことが相当であると考えられる。

(ロ)収支内訳書
 不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う者(青色申告者を除く。)は、帳簿を備え付け、業務にかかるその年の取引のうち総収入金額及び必要経費に関する事項を財務大臣の定める簡易な方法により記録し、かつ、当該帳簿を保存しなければならない(所法2321、所規10212)。そして、事業所得等に係る取引に関する帳簿の記録の方法等については、帳簿を備え、その年分の事業所得等の金額が正確に計算できるように、これらの所得を生ずべき業務に係るその年の取引のうち総収入金額及び必要経費に関する事項(損益に関する事項)を財務大臣の定める簡易な記録の方法に従い、整然と、かつ、明りょうに記録すると定められている(所規102、昭和59年大蔵省告示37号)。
 また、上記各業務を行う者は、その年中の総収入金額及び必要経費の内訳を記載した書類(収支内訳書)を確定申告書に添付して提出しなければならない(所法1204)。収支内訳書は、所得税法施行令47条の3第1項の規定に従い、総収入金額及び必要経費に係る各費目別に記入欄があり「簡易な損益計算書」に相当するものである。
 したがって、収支内訳書は、青色申告決算書と同様、その事業等の活動等の実態を示す等の実質及び法的性質から、確定申告書の一部を構成するものではなく別個のものとして取り扱うことが相当であると考えられる。

ハ 青色申告決算書及び収支内訳書への虚偽記載の意義等
 青色申告決算書及び収支内訳書の各項目に記載される金額は、いずれも基本的に帳簿やその取引等にかかる事実を反映するものであり、実際の取引金額、取引数量及び取引状況等に関する客観的資料の基づく具体的即物的な積上げ計算を基本とするその結果が、これらの項目の各金額に反映されているものである。
 そうすると、これらの項目によりその所得金額が算出されていることを鑑みれば、納税者自らが作成するものであるものの、正しくその所得計算を行っていること証明しているもの、すなわち、その所得の金額を証する書類に相当すると考えられる。
 そして、青色申告決算書又は収支内訳書に対して、隠蔽等に係る「確定的な意図」の下、つまみ申告と同様に、二重帳簿などの典型的な隠蔽等の行為に該当する所得秘匿等の工作行為等がないとしても、収入金額を過少に計上又は必要経費の額を過大に計上するなどして、その所得金額を過少とする虚偽記載をすることは、帳簿ないし各取引等の事実に反するものであり、「改ざん」とも評価され、「課税標準等の基礎となるべき事実」に対する「隠蔽又は仮装」に該当することなる。
 したがって、青色申告決算書及び収支内訳書に上記のとおりの虚偽記載をし、これらを確定申告書に添付して提出することにより過少な申告を行う場合、通則法68条1項(無申告の場合は2項)が規定する重加算税の賦課要件を満たすこととなる。

3 結論

(1)「外部からもうかがい得る特段の行動」の意義
 最高裁平成7年判決及び最高裁平成6年判決は、いずれも隠蔽等に係る「確定的な意図」を重視し、申告等に関する一連の「客観的事実関係」、「間接事実としての行為」及び「特段の行動」によりその「確定的な意図」を推認により立証するものであり、「外部からもうかがい得る特段の行動」の意義は、その行動自体を重加算税の賦課要件とするものではなく、隠蔽等に係る「確定的な意図」の推認の客観性を担保する事情と解すべきである。

(2)青色申告決算書・収支内訳書の虚偽記載の意義
 青色申告決算及び収支内訳書はその実質及び法的性質から確定申告書の一部を構成するものではなく別個のものであり、隠蔽等に係る「確定的な意図」の下、これらに対しその収入金額を過少に計上又は必要経費の額を過大に計上するなどしてその所得金額を過少とする虚偽記載は、帳簿ないし各取引等事実に反するもので「課税標準等の基礎となるべき事実」に対する「隠蔽又は仮装」に該当し、これに基づく確定申告書の提出は、重加算税の賦課要件を満たすものである。


目次

項目 ページ
はじめに158
第1章 国税不服審判所平成27年7月1日裁決160
第1節 裁決の概要160
1 事案の概要160
2 争点160
3 争点に対する当事者の主張161
4 争点に対する判断(裁決要旨)163
第2節 平成27年裁決の論点167
第2章 重加算税の概要170
第1節 重加算税の沿革170
1 通則法(昭和37年法律66号)制定前170
2 通則法(昭和37年法律66号)制定以後174
第2節 重加算税の課税要件及び計算176
1 課税要件176
2 重加算税の計算の留意事項等180
第3節 重加算税の性格183
1 裁判例183
2 学説等186
第3章 「隠蔽又は仮装」行為190
第1節 「隠蔽又は仮装」に係る通達の取扱い190
1 申告所得税の現行通達の取扱い190
2 源泉所得税の現行通達の取扱い192
3 法人税の現行通達の取扱い194
第2節 隠蔽・仮装の意義196
1 裁判例196
2 立法者の考え方等197
3 隠蔽・仮装と故意198
4 「課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実」205
第3節 「偽りその他不正」との関係209
1 「隠蔽又は仮装」に係る規定210
2 実態的な相違211
3 機能的連携213
4 判例における刑事罰(ほ脱罪)の処罰範囲の変遷213
5 社会情勢の影響と重加算税の判例への影響216
第4章 最高裁平成7年判決の意義219
第1節 最高裁平成7年判決及び類似判決219
1 最高裁平成7年判決の概要219
2 最高裁平成6年判決の概要220
第2節 検討222
1 最高裁平成6年判決の検討222
2 最高裁平成7年判決の検討及び「特段の行動」の意義227
第5章 青色申告決算書及び収支内訳書の虚偽記載の意義239
第1節 所得税確定申告書239
1 納税申告書の法的性質等239
2 確定申告書(納税申告書)としての取扱い240
第2節 青色申告決算書及び収支内訳書と確定申告書の関係等242
1 青色申告決算書242
2 収支内訳書244
第3節 青色申告決算書及び収支内訳書への虚偽記載の意義等247
1 虚偽記載についての「隠蔽又は仮装」該当性247
2 虚偽記載の主張・立証249
第4節 平成27年裁決の論点との関係255
結びに代えて257