前田 純武
税務大学校
研究科第52期研究員


要約

1 研究の目的

相続による納税義務の承継について、相続人が二人以上あるときは、国税通則法(以下「通則法」という。)5条2項は、被相続人の国税を法定相続分、代襲相続分又は指定相続分(民法900条から902条)によりあん分して計算した額を承継する旨を規定しているが、遺留分減殺請求がされた場合の規定はなく、実務上の取扱いも明確ではない。
 そうした中、他の相続人に特定の財産を相続させる旨の遺言がなされ、財産を全く取得しなかった相続人(原告)が遺留分減殺請求をした場合に、被相続人に課されるべき国税の納税義務を承継するか否かが争われた事案において、東京地裁平成25年10月18日判決(以下「本判決」という。)は、当該遺言により原告の相続分を零とする相続分の指定があったとした上で、この場合における通則法5条2項の計算の基礎となる原告の指定相続分は、原告が遺留分減殺請求をし、一定の権利を取得したとしても修正されないとの判断を示した(判決確定)。
 そのため、遺留分減殺請求がされた場合において、いかなる場合に指定相続分は修正され又は修正されないのか、実務的に問題となる。また、国が、遺留分減殺請求の目的財産を差し押さえていた場合に、遺留分減殺請求をした相続人(以下「減殺請求者」という。)に対して、当該差押えの効力を主張できるかなど、徴収実務上、法的に整理すべき問題も見受けられる。
 このような問題意識から、通則法5条2項における指定相続分と遺留分減殺請求との関係、及び遺留分減殺請求の目的財産に対する差押えと減殺請求者との関係等について検討するとともに、相続による納税義務の承継制度の見直しについても考察する。

2 研究の概要

(1)通則法5条2項における指定相続分と遺留分減殺請求との関係

イ 通則法5条2項における指定相続分
 通則法5条は、昭和37年の同法施行前の国税徴収法(以下「徴収法」という。)27条の規定を引き継いだものであり、その内容は実質的に同様と解され、徴収法27条は、昭和34年の同法全文改正前の4条の2(以下「旧徴収法4条の2」という。)を改めたものである。旧徴収法4条の2は、被相続人に係る国税について、相続人が二人以上あるときは、相続又は遺贈によって得た財産の価額にあん分して計算した額を承継する規定であったが、非常に不安定であったため、現行の通則法5条とほぼ同内容の規定である徴収法27条に改められたという経緯がある。
 通則法5条2項における指定相続分とは、条文の規定上、民法902条の規定による相続分であるため、その態様については、民法の内容がそのまま当てはまるように思われるが、相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定と解される場合には、相続財産の価額を基に相続分を観念するため、同様の計算方法によっていた旧徴収法4条の2の規定について現行の通則法5条とほぼ同内容の規定である徴収法27条に改めた経緯等に照らすと、およそ法が予定しているものではないと思われる。
 そうすると、通則法5条2項における指定相続分とは、相続財産の価額を基に相続分を観念する場合を除くと解するのが相当であり、その態様としては、1相続財産全体に対する分数的割合により相続分が指定された場合、2相続財産の全部につき包括的に指定された場合、3相続財産の全部につき個別的に指定された場合に限られると考えられる。

ロ 本判決の理論構成
 本判決は、まず、本件における遺留分侵害額は、指定相続分に応じて計算されるとした上で、特定遺贈又は被相続人の財産全部についての包括遺贈(以下「全部包括遺贈」という。)に対する遺留分減殺請求によって減殺請求者が取り戻した権利(財産)(以下「取戻財産」という。)は、遺産分割の対象となる相続財産としての性質(以下「相続財産性」という。)を有しないことから、このような権利が帰属したとしても、遺留分侵害額の算定に当たりその基礎とされた指定相続分について、その内容は修正されないとした。そして、特定の財産を特定の相続人に「相続させる」旨の遺言による権利移転の効力が、特定遺贈又は全部包括遺贈の場合と同様であるため、当該遺言に対して遺留分減殺請求がされた場合についても同様に相続財産性を有さず、指定相続分は修正されないと解すべきであるとの判断を示した。
 そうすると、本判決は、遺留分減殺請求による指定相続分の修正の有無について、「遺留分減殺請求による取戻財産が遺産分割の対象となる相続財産性を有するか否か」を基準に判断したものと考えられる。

(2)遺留分減殺請求の目的財産に対する差押えと減殺請求者との関係
 遺留分減殺請求の効果は遡及すると解されているため、国が遺留分減殺請求の目的財産を差し押さえていた場合に、減殺請求者に対して、当該差押えの効力を主張できるかが問題となる。

イ 遺留分減殺請求前の差押えの場合
 遺留分減殺請求の効力について、減殺請求前の目的物に対する差押えとの関係を規定したものはなく、管見する限りおいて裁判例もない。しかし、民法1040条は、遺留分減殺請求前に、受贈者が贈与の目的物を第三者に譲渡したり、第三者のために目的物上に権利を設定した場合には、受贈者は遺留分権利者に対して価額弁償しなければならないと規定しており(1項、2項)、この規定は、価額弁償という手段によって取引の安全を図っているものと解されている。
 民法1040条の規定は、行為主体を受贈者とする譲渡や権利設定の場合を定めており、受贈者が行う行為(処分)ではない差押えとは、その主体や権利の内容は異なるものであるが、遺留分減殺請求の目的物に対する関係について、権利設定の場合と差押えの場合が類似するものと考えられるため、取引の安全を図るという同条の規定の趣旨が妥当し、差押えの場合にも類推適用されるものと考えられる。

ロ 遺留分減殺請求後の差押えの場合
 遺留分減殺請求後の第三者との関係について、最高裁昭和35年7月19日第三小法廷判決(民集14巻9号1779頁)は、遺留分減殺請求後に目的物が第三者に譲渡された場合、減殺請求者が、遺留分減殺請求をして自己の遺留分の限度で復帰した共有持分権につき登記を経ていないときは、目的物の譲受人に対して持分の取得を対抗することができないと判断した。すなわち、当該判決は、遺留分減殺請求後は、減殺請求者への所有権の復帰と第三者への所有権移転が二重譲渡のような対抗関係に立つと捉えており、これは、差押えとの関係でも同様と考えられる。

(3)相続による納税義務の承継制度に関する考察

イ 私法上の相続債務の承継
 相続人は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条)ことから、被相続人の債務についても各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継するものとされている(民法899条)が、この基準となる「相続分」が、法定相続分と指定相続分のいずれなのかが問題となる。
 この点について、通説・判例は、共同相続人間の内部関係では相続分指定の効力が及ぶとする一方で、相続債権者に対しては原則その効力が及ばないが、相続債権者による承諾があればその効力が及ぶとしている。

ロ 通則法5条2項が依拠する見解の歴史的経緯
 相続による納税義務の承継に関する規定は、前述のとおり、昭和34年に現行の通則法5条とほぼ同内容の規定である徴収法27条に改められた。その際に、相続人が二人以上ある場合の納税義務の承継の基準となる「相続分」の意味について、1全て法定相続分とするか、2指定相続分があるときは法定相続分によらず指定相続分とするかが議論され、我妻栄=有泉亨『民法V親族法・相続法』が参考とされた結果、2案によることとされた。この参考とされた見解とは、相続分指定の効果は相続債務にも及び相続債権者もこれに拘束されるというものである。しかし、上記文献の〔第3版〕では、債務は債務者が自由に処分しえないものであり、共同相続人間では債務の割合も指定相続分に従って分割されるとしても、相続債権者は各共同相続人に対して直接法定相続分に従って債務の負担を主張しうるとして、上記2案が依拠した見解、すなわち、現行の通則法5条2項が依拠する見解を改めている。

ハ 相続による納税義務の承継に関する見直し

(イ) 見直しの必要性
 相続による納税義務の承継については、徴収の確保等の観点から、各相続人に対する承継国税の早期確定及び法的安定性が要求される。しかし、指定相続分により納税義務を承継する場合には、相続人間の争いに巻き込まれるなどして承継国税の早期確定が困難な場合があり、また、遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言だけではなく、被相続人の真意を探求する必要がある以上、個々の事案ごとの判断とならざるを得ないため、明確な判断基準はなく、法的安定性を欠く場合がある。
 そして、相続による納税義務の承継は、私法上の相続債務の承継に関する原則を確認的に規定したものとされていたが、私法上の学説及び判例の変遷とは対照的に、長らく見直されていないため、両者には違いが生じている。
 そのため、相続による納税義務の承継制度は、見直す必要があると考える。

(ロ) 見直し案

1 全ての場合において法定相続分に応じて承継する。

2 相続分の指定又は包括遺贈があったとしても、原則は法定相続分に応じて承継するが、国が相続分の指定又は包括遺贈の割合(以下「指定相続分等」という。)による承継を承諾した場合には、例外的に指定相続分等により承継する。

(ハ) 検討
1案及び2案は、共に相続分の指定又は包括遺贈(以下「相続分の指定等」という。)がある場合でも、法定相続分による納税義務の承継を基本とするものであり、これによって承継国税を早期に確定させることができ、法的安定性も確保される。いずれの案も相続分の指定等があった場合には、納税義務の引き当てとなる積極財産が指定相続分等により承継されるため、納税義務が法定相続分により承継されるとすると、両者の承継の割合に齟齬が生じて不合理なように思われるが、通則法5条3項の規定により、指定相続分等により積極財産を承継することで利益を得た相続人に対し納付責任を追及することができるため、徴収の確保という点で問題とならないと考えられる。
2案は、私法上の相続債務の承継の考えに沿うものではあるが、遺言により相続財産全体に対する分数的割合の相続分が明らかであったとしても、相続人間の争い等によって事後に当該遺言の効力が否定されることもあり、法的安定性に欠ける。また、同じような事案につき、一方では指定相続分等による承継を承諾し、他方では承諾しないといった恣意的な対応は適当ではないことから、どのような場合に、指定相続分等による承継を承諾するのかという客観的な基準を定めることが必要になると考えられるが、前述のとおり、遺言の解釈に当たっては、個々の事案における判断とならざるを得ないため、非常に困難な問題であるといえる。
 したがって、1案による見直しが相当である。

3 結論

遺留分減殺請求により通則法5条2項における指定相続分が修正されるか否か(本判決の射程)について、「取戻財産における相続財産性の有無」がその判断基準になるとすれば、遺留分減殺請求による取戻財産の法的性質に関する判例・学説を参考に、被相続人の処分行為の態様ごとに分類することができると考えられる(392頁参照)。
 また、遺留分減殺請求の遡及効との関係において、国は、原則として、減殺請求の目的不動産に対する差押えの効力を減殺請求者に対して主張することができると考えられる。
 さらに、相続による納税義務の承継制度については、通則法5条2項が依拠した見解の歴史的経緯、並びに承継国税の早期確定及び法的安定性という観点から、全ての場合において法定相続分により承継するとの見直しが相当である。


目次

項目 ページ
はじめに354
1 相続による納税義務の承継と遺留分減殺請求354
2 問題の所在354
3 本稿の構成355
第1章 遺留分減殺請求権の法的性質と効果357
第1節 遺留分制度の意義と特徴357
1 遺留分制度の意義357
2 遺留分を侵害する遺言行為の有効性358
3 遺留分額と遺留分侵害額の算定359
4 遺留分減殺請求権の行使361
第2節 遺留分減殺請求権の法的性質と効果362
1 遺留分減殺請求権の法的性質362
2 遺留分減殺請求権の効果363
3 遺留分減殺請求権の法的性質と効果についての見直し367
第3節 遺留分減殺請求による取戻財産の法的性質367
1 訴訟説と審判説368
2 遺留分減殺請求による取戻財産の法的性質369
第2章 通則法5条2項における指定相続分と遺留分減殺請求との関係379
第1節 納税義務の承継における指定相続分379
1 相続分の指定の態様379
2 通則法5条2項における指定相続分380
第2節 本判決の内容等383
1 判決内容383
2 本判決の理論構成386
第3節 本判決の射程についての検討389
1 本判決における判断基準389
2 本判決の射程391
第3章 納税義務の承継における遺留分減殺請求と徴収実務上の諸問題393
第1節 遺言を巡る問題393
1 遺言解釈の困難性393
2 遺言を巡る紛争の長期化398
第2節 承継手続上の問題400
1 指定相続分が修正された場合に納税義務の承継手続を変更することの要否400
2 納税義務の承継手続の変更時期401
第3節 滞納処分上の問題403
1 納税義務を承継しない減殺請求者に対する追及方途403
2 遺留分減殺請求に対して価額弁償された場合における通則法5条3項の適用405
3 遺留分減殺請求の目的財産に対する差押えと減殺請求者との関係408
第4章 相続による納税義務の承継制度に関する一考察414
第1節 私法上の相続債務の承継414
1 学説414
2 判例415
3 相続債務の承継に関する規律の見直し416
第2節 相続による納税義務の承継の特殊性418
1 相続による納税義務の承継に関する規定の必要性418
2 通則法5条2項が依拠する見解の歴史的経緯419
3 通則法5条3項による納付責任420
第3節 相続による納税義務の承継に関する見直し421
1 問題の所在(見直しの必要性)421
2 制度の見直しについての考察423
結びに代えて428

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