小柳 誠
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

最高裁は、民事訴訟法の規定により、上告及び上告受理申立ての理由がある場合にのみ、その判断を示すこととされ、上告及び上告受理申立て理由がない場合には、決定により、その請求を棄却又は不受理とすることができる(民訴法312条、318条)。そのような状況において、近年、国が高裁段階で敗訴し、上告受理申立てをした事件で不受理とされた事例が散見される。
 最高裁が不受理決定とした事件の高裁段階の判断は、必ずしも法令解釈として、判例性を持つものではないと解される。もっとも、不受理決定により、結論において、高裁の国側敗訴の判断が維持されているところから、その高裁の判断に判例性を認める傾向がないとは言い切れない。
 そこで、近年の事件で、国側が高裁段階で敗訴し、最高裁で不受理となった事例について、上告受理申立て制度の趣旨等を再確認した上で、高裁段階の判断について、その射程、問題点等を整理、検討する。

2 研究の概要

民事訴訟法上の最高裁不受理決定の意義について、確認した上で、近年、最高裁で不受理となった4つの事件を採り上げて、今後、残された論点を明確にする。

(1)最高裁不受理決定の意義

イ 上告受理申立て制度(民事訴訟法318条1項)
 上告審として受理するかどうかを最高裁が判断する制度。
 上告受理の要件は、「法令の解釈に関する重要な事項を含むもの」。

ロ 不受理事件の不受理理由と判例性

(イ) 不受理決定の理由
 重要な法律問題を含む事件として最高裁内部で審議の対象になりながら、結果としては、その半数近くが判決ではなく、不受理決定の処理で終わっている現状があるとされる。
 その理由は、次のような場合とされる。

1 ほぼ同一内容の訴訟を複数の原告が起している場合に、どれか一つについて上告棄却し、残りは不受理決定となる場合

2 既に最高裁の判例が確定していて、これを現在の段階で変更する必要は無いと判断される場合

3 紛争の実質に照らしてみた場合、最高裁がここで理論的な決着を付けることが合理的であるかどうかが問われる場合

@ 紛争自体が些細なもので最高裁判例を形成することが適当かどうか疑われる場合

A 紛争の内容自体も実質的に重要なものであるが、これまでに無かったような新しいタイプの紛争で、先例も無ければ学説等での議論も殆どなされておらず、現状では見通しが付け難い場合(例えば経済取引を巡る事件やそのような取引を対象とした課税を巡る事件)

したがって、上記3Aのようなケースでは、下級審の裁判例や学説が積み重ねられた後に、当該不受理とした法令解釈について、改めて、最高裁がその適否について、判断を示すことがあるということになる。

(ロ) 不受理決定の意義(判例性の有無)
 最高裁は、申し立てられた事件について、何の判断もしていないため、当該事件について、最高裁判例としての意義はない。

(2)最高裁不受理事件の概要と上告受理申立て理由

イ 弁護士会懇親会費事件(最高裁平成26年1月17日決定:事件1

(事件概要)
 弁護士が弁護士会の役員としての活動に伴い支出した懇親会費の一部が、事業所得の計算上、必要経費に算入することができるとされた事例。

(上告受理申立て理由)
 必要経費に算入されるのは、業務に該当する活動を行う上で直接生じた費用であり、かつ、当該業務の遂行上必要であるものに限られると解すべきところ、原判決は、業務との直接関係性を要しないとする点で所得税法37条1項の解釈を誤っている。

ロ バミューダLPS事件(最高裁平成27年7月17日決定:事件2

(事件概要)
 英国領バミューダ諸島の事業体である「リミテッド・パートナーシップ」(LPS)が租税法上の「法人」に該当せず、法人税の課税処分が取り消された事例。

(上告受理申立て理由)
 法人税法2条4号の外国法人とは、外国事業体が、1設立、2組織、3財産の管理や帰属の観点から見て、我が国の法人と同様の実質を有するのであれば、(外国)法人に該当するのであり、原判決には、外国法人の解釈に係る法令解釈違反がある。

ハ 日愛租税条約濫用事件(最高裁平成28年6月10日決定:事件3

(事件概要)
 アイルランド法人である匿名組合員に対して匿名組合契約に基づく利益の分配(所得税法161条12号(現16号))の支払をした者の所得税法に基づく源泉徴収義務が、日愛租税条約の規定に基づき免除され、支払者には、源泉徴収義務がないとされた事例。

(上告受理申立て理由)

(イ) 所得税法12条の実質所得者課税の原則の下では、所得の帰属者についての形式と実質の相違が生じているか否かは、単なる契約上の形式的記載の有無など表面上の事象にとらわれることなく、租税回避目的といった当事者の動機を考慮しつつ、当事者が真の所得の帰属者としようとしている者は誰かを探求することが求められるが、原判決は、表面的な事象のみから判断すべきとしているから、同条の解釈を誤っている。

(ロ) 本件は、匿名組合契約を利用した条約漁りの典型的な租税回避事案であり、本来、日愛租税条約を適用すべきでない者について日愛租税条約の適用を認めて所得税を免除したもので、日愛租税条約23条の解釈適用を誤っている。

ニ 同族会社行為計算否認事件(最高裁平成28年2月18日決定:事件4

(事件概要)
 同族会社が、約2兆円で取得した子会社の株式を当該子会社に同額で譲渡し(本件譲渡)、みなし配当とされる額を譲渡対価額から控除して計算した譲渡損失を損金の額に算入したことにつき、法人税法132条に基づき否認した更正処分が違法と判断された事例。

(上告受理申立て理由)
 本件において、譲渡損失額を直接生じさせた行為は本件譲渡である。しかし、本件一連の行為を経済的、実質的見地から客観的にみれば、本件一連の行為は、同族会社間において積み重ねられた行為であり、これらの行為はいずれも本件譲渡損失額を生じさせるに当たって必要不可欠の手段であったと評価できるから、その一連の行為が全体として法人税法132条の「その法人の行為」に当たるというべきであり、原判決は、同条に係る法令解釈違反がある。

(3)事件の重要論点(法令解釈)と今後の課題

イ 必要経費にかかる直接関連性要件
 事件1では、必要経費(所得税法37条)該当性について、第一審が示した「所得を生ずべき事業と直接関係しかつ当該業務の遂行上必要であること」との判断基準を高裁判決は「事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であること」と変更し、事業活動との直接関連性を要件から除外した。
 このような高裁判決が示した必要経費に係る判断基準は、不受理決定により最高裁が法令の解釈誤りはないと判断したとする見解が一部にある。しかしながら、最高裁の不受理決定の意義については、最高裁は何の判断もしていないということが一般的な理解であり、本件も同様である。
 一方、高裁判決の判断を支持する見解があるものの、文理解釈、所得税法の全体の規定ぶりと所得税法の趣旨、企業会計の観点に照らせば、直接関連性を要件とすべきと考える。また、不受理決定後の下級審において、高裁判決の基準ではなく、地裁判決と同様に「直接関連性」を判断基準とする裁判例が散見される。
 したがって、事件1の射程は限定的である。

ロ 法人でない者の法人税課税処分の取消請求の可否
 事件2のバミューダLPSが、租税法上、「法人」でないとすると、外形上、課税処分が存在しても、LPSは、法人税の納税義務を負う主体(納税義務者)でないことは明らかであるから、そもそもLPSと課税庁との間に租税債権債務関係が法的に生じているとは考え難い。このような何ら関係を有しないLPSに訴訟を遂行させ、裁判所が処分を取り消す判決を行う必要性もまたそれが有意義であるともいえない。そうすると、LPSは、本件取消訴訟について、当事者適格を有しないと考えられる。

ハ 実質所得者課税の原則(所得税法12条)
 事業所得について、生み出された所得の帰属は、その所得の直接の発生原因となった法律関係(外部関係)の当事者にのみ帰属するのではなく、法的な連結(内部関係)による最終帰属者に所得が帰属する場合がある。また、近年の裁判例でも同様の判断が行われている。
 事件3の判断は、匿名組合契約の法的な契約当事者(外部関係)のみを認定するに止まり、匿名組合契約と組み合わされた事業全体の一連の契約(内部関係)における法的な収益構造に基づく所得の帰属者判定を行わなかったところに問題が残されている。

ニ 条約の濫用法理と租税法律主義
 事件3の高裁判決が、条約の適用を認めたのは、租税法律主義との関係から条約上の明文の規定の存在(否認規定)を要求したものと考えられる。しかし、濫用法理の適用と租税法律主義との関係について、最高裁は、外国税額控除事件の例などのように、濫用法理は租税法律主義の枠内であるとの見解に立っていると解される。

ホ 同族会社行為計算否認規定の要件

(イ) 不当性の判断基準
 最高裁は、いまだ法人税法132条の「不当性」の判断基準について、明示的な判断を行っていない。事件4の高裁判決が示した独立当事者間取引基準については、肯定説、否定説があるところ、大正12年の同族会社行為計算否認規定の創設時の想定事例に照らせば、独立当事者間取引基準は、「不当性」の判断基準として、妥当するものと考える。

(ロ) 法人税の負担の減少と不当な行為の関係(一体性の範囲)
  「その法人の行為又は計算」について、事件4の高裁判決も一つの行為に限定して、不当性の判断を行ってはいないが、一連の行為の範囲を行為の目的により、その範囲を画そうとしていると認められる。しかしながら、最高裁昭和52年7月12日判決によれば、不当性の判断において、一連の行為をそれらの行為の目的により範囲を画する必要はなく、客観的な事実を見て、税負担の減少結果をもたらす行為(事情)を広く捉えて「不当性」を判断すべきと考える。

(ハ) 行為計算規定における行為の「引き直し」
 行為計算を否認することは、「通常用いられる法形式に対応する課税要件が充足されたものとして取り扱うこと」と考えられていたため、通常用いられる法形式は何か(引き直す行為は何か)という論点が生じる。
 しかしながら、租税回避は、課税要件の充足を免れる場合だけでなく、課税減免規定の充足をすることも含まれるから、そのような場合の否認は、課税減免規定を充足させようとした行為がないものとするだけで、通常の行為が別に認識されるものではない。事件4のような一連の行為によるものが不当と評価される場合には、その行為の態様に応じて、すべてを正常な行為又は計算に引き直す必要はなく、一部の引き直し、又は、ないものとすることができると解される。

(二) 租税回避の意図
 事件4は、租税回避の意図は、同族会社行為計算否認規定の適用要件ではないと判示している。この点に関しては、通説が「租税回避の意図があったとみとめられるか否か」を独立の基準としていたところから、要件該当性が論点となっていたが、要件とならないという見解も多くみられ、最近では、通説も基準から削除しており、その不当性の要件の充足の有無における重要な考慮要素になり得ても、適用のための要件ではないと解され、事件4の判断が今後も妥当すると考えられる。

3 結論

最高裁不受理事件では、最高裁は、申し立てられた事件について、何の判断もしていないため、最高裁判例としての意義はない。現状では見通しが付け難いとして不受理になった場合には、下級審の裁判例や学説が積み重ねられた後に、改めて、最高裁がその適否について、判断を示すことがあると考えられる。
 採り上げた近年の裁判例は、まさに、これから裁判例、学説等が積み上げられるべき論点が存在する。不受理決定により、高裁判決が結果的に確定しているものの、そのことを殊更に重要視する必要はなく、最高裁が、時機が熟したと判断するまで、今後も事例の積み重ねを行うことが重要である。


目次

項目 ページ
はじめに276
1 問題の所在276
2 本稿の構成277
第1章 最高裁不受理決定の意義278
第1節 最高裁判所への上訴278
1 上告の場合(民訴法312条)278
2 上告受理の申立ての場合(民訴法318条)279
第2節 最高裁不受理決定の意義279
1 上告受理申立て制度の意義279
2 不受理事件の不受理理由280
3 不受理決定の意義(判例性の有無)281
第2章 近年の最高裁不受理決定事件284
第1節 弁護士会懇親会費事件(事件1284
1 事件の概要284
2 上告受理申立て理由287
3 最高裁不受理決定の評価288
第2節 バミューダLPS事件(事件2290
1 事件の概要290
2 上告受理申立て理由293
3 最高裁不受理決定の評価294
第3節 日愛租税条約濫用事件(事件3297
1 事件の概要297
2 上告受理申立て理由301
3 最高裁不受理決定の評価304
第4節 同族会社行為計算否認事件(事件4305
1 事件の概要305
2 上告受理申立て理由310
3 最高裁不受理決定の評価312
第3章 事件の重要論点(法令解釈)と今後の課題314
第1節 必要経費にかかる直接関連性要件314
1 直接関連性の要件該当性314
2 事件1の射程317
第2節 法人でない者の法人税課税処分の取消請求の可否319
1 LPSが法人でない場合の取消訴訟の訴えの利益319
2 債務不存在確認訴訟320
第3節 実質所得者課税の原則323
1 事件23における実質所得者の認定323
2 実質所得者課税の原則の再考(外部関係と内部関係)325
3 事件23の事例への当てはめ(再考)331
第4節 条約の濫用法理と租税法律主義333
1 条約の濫用法理と明文の規定333
2 濫用法理と租税法律主義336
第5節 同族会社行為計算否認規定の要件337
1 不当性の判断基準337
2 法人税の負担の減少と不当な行為の関係(一体性の範囲)342
3 行為計算規定における行為の「引き直し」351
4 租税回避の意図について354
結びに代えて355

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