小川 廣明
税務大学校
研究部主任教授


要約

1 研究の目的

OECDは、国境を越えたサービス等提供に対するVATについて、各国の取扱いが異なること等による二重課税・二重非課税を回避するため、2015年11月に体系的なガイドライン(OECD International VAT/GST Guidelines、以下「ガイドライン」という。)を公表した。EUも2002年以降、OECDの動きを踏まえ、数次のEU指令改正によりVATの課税ルールの見直しを進めており、ガイドラインが今後の国際的なコンセンサスとなることが期待されている。
 このガイドラインでは、顧客が複数の国に支店事業所(establishments)を有する場合の取扱いが示されており、この取扱いには、顧客が受けたサービス等提供について顧客の支店事業所が利用している場合の本支店間取引の認識を求めるものなど、各国の意見に相違があるものも含まれている。
 このような中、我が国も、国境を越えた電気通信利用役務の提供(インターネット等を介して行われる役務提供)について、平成27年度改正により、内外判定基準の変更、事業者間取引の課税方式の見直し等を行ったところであるが、課税の対象とすべき取引の範囲及び適正な課税を確保するための方策等について更なる検討も予定されている。
 そこで、本稿では、当ガイドラインで特に各国に様々な意見があり、関心が高い本支店間の費用配賦等の本支店間取引の問題を取り上げ、ガイドラインの考え方、取引の認識を肯定・否定する立場からの議論を検討した上で、我が国の消費税法上の取扱いとの関連について検討する。

2 研究の概要

(1)ガイドライン等

イ ガイドライン
 OECDは、国際的な取引に対し、消費の行われた場所でVATの課税を行うとする基本的なフレームワークを提示し、解決すべき問題としてグローバル契約や本支店間の取引の取扱い等を整理した上でガイドラインとして公表した。
 ガイドラインでは、国際間のサービス等提供における課税地の決定については、仕向地原則を基本ルールとした上で、B-to-B(事業者間)、B-to-C(対消費者)いずれの取引においても、不動産等の例外を除き原則として顧客の所在地国に課税権があるとした。更に、複数の支店事業所を有する企業が、外部から受けたサービス等提供についてグループ内、特に本支店間で費用配賦を行う場合の取扱いとして本支店間取引を認識するため、本支店間の内部合意(internal arrangements)に基づくリチャージ法を提示し、サービスの使用地での課税を堤案している。ガイドラインは、サービスを使用した支店事業所を特定する方法として、その使用・引き渡しの場所が明らかである場合には直接法も提示したが、外部提供者にとり、サービス等の使用場所が明らかでないものも多い。リチャージ法は、内部合意により使用場所を特定することで、この点を解決できるものであるとしている。

ロ EUの動向
 EUは2008年VATパッケージの採択によりサービス等提供の取扱いについては概ねガイドラインに沿った内容となったが、本支店間取引はVAT上の取引と考えないなどガイドラインが提示したリチャージ法の導入が難しい状況も見られる。

(2)本支店間取引の取扱い

国際間での本支店間取引については、次の二つの考え方がある。

イ 単一法人説(single taxable person)
 支店は法人の一部であり、独立した法的主体とは考えられず、支店だけを別個の事業者と認めることはできないことから、本支店間取引は一つの法人内の内部取引としてVATの課税対象とはならないとするものである。英国法人の本店がイタリア支店に対し行ったサービス提供について、支店による独立した経済活動が行われておらず、両者間に法的関係がないことからVAT上の取引に当たらないとした、欧州司法裁判所のFCE Bank事件判決を受けたEU各国の立場となっている。

ロ 複数法人説(two or more taxable persons)
 支店について、法的人格にかかわらずVAT上の独立した事業者と考え、本支店間の取引を認めるものであり、オーストラリア、カナダ等はこの立場から支店を独立の事業者と取り扱っている。

ハ 我が国の考え方
 消費税法は、事業者が行った、事業として対価を得て行われる資産の譲渡及び貸付並びに役務の提供を課税の対象としている。それが法人であれば、その法人格ごとに消費税法の事業者の判定が行われ、一つの法人内の支店を別個の事業主体と見ることはできないものと考えられる。したがって、本店との間で支店が別個の事業を行っていると考えることはできず、本支店間の取引は、消費税の課税取引とはならないこととなるが、これは、上記イの単一法人説と同じ考え方といえる。

(3)リチャージ法の意義

イ リチャージ法
 リチャージ法は、複数の支店事業所を有する企業が外部から購入したサービスについて、実際に使用した支店事業所に本店から配賦(リチャージ)を行うものであるが、ガイドラインは二段階のアプローチを提示している。第一段階では、外部の事業者と当該企業の本店との課税を両者間のビジネス・アグリーメントに基づいてリバース・チャージ方式で処理し、第二段階では、本店の外部購入費用を、内部合意に基づいて使用した支店事業所に配賦した上で、当該内部取引をVAT上の取引と認識するものである。

ロ リチャージ法の意義
 リチャージ法は、サービス等の使用場所への費用配賦というものの、本支店間の取引を認めるものであり、単一法人説の立場からどのように考えるべきかという問題がある。サービス提供場所を直接特定する直接法は、内外判定の問題はあるが、内部取引の問題は生じない。
 リチャージ法においても、外部事業者が内部合意に契約上の効力を与えている(本店との契約を修正するものとして)と考える方法等、外部事業者との関係として内部合意を理解することにより取引と考える方法もあると思われる。しかしながら、この考え方も外部購入したサービスとリチャージに直接的な個別対応関係があることが前提であり、ガイドラインは個別対応関係が明らかでない場合についても一定の合理的な基準でリチャージ計算を行うことを認めていることからすると、このような解釈には限界がある。従って、消費税法にリチャージ法を導入する場合にはその方法について法令上の明示が必要と考えられる。

(4)外部購入を伴わない費用配賦

ガイドラインは明示的に除外しているが、外部購入を伴わないサービス費用等の本支店間での費用配賦について、どのように考えるべきかという問題もある。

イ FCE Bank事件と経済分析アプローチ
 FCE Bank事件は、外部購入を伴わない経営管理費用等の本支店間での配賦を巡る事件であるが、従前の判例に比し、法的関係だけでなく経済的関係の検討を求めるなど、経済分析アプローチを志向しているとの見方がある。その背景にはOECDのPE帰属所得算定に関する議論の進展があるが、独自の資本を有しない支店についてはこのアプローチを採用したとしても本支店間取引をVAT上の取引と認めることは難しいものと考えられる。

ロ 外部購入を伴わない費用配賦
 外部購入部分に対する本支店間のサービス提供について、ガイドラインはリチャージ法を一定の解決策として提示したが、実務的には内部費用と外部費用が混在している例も多い。二重課税・二重非課税の回避のためには、VATの計算上、PEの帰属所得算定におけると同様の擬制を内部費用についても認めることとする制度改正が必要ではないかと考えられる。

3 結論

本支店間のサービス等提供に対し、ガイドラインが提示したリチャージ法は、VATの国際的な二重課税・二重非課税を回避する方法として、実務的にも効果的な方法と考えられ、今後、ガイドラインを実施する上で、消費税法上もその取扱いを法令上で明示する必要があると考えられるが、その際には、外部購入を伴わない内部サービス提供もその対象に含めるべきではないかと思料する。


目次

項目 ページ
はじめに491
第1章 OECDガイドライン493
第1節 OECDの動向493
1 検討の経緯493
(1)2005年以前493
(2)ガイドラインの検討494
(3)ガイドラインのドラフト495
(4)複数事業所を有する場合の論点496
第2節 OECDガイドライン498
1 ガイドラインの構成499
2 ガイドライン条項500
3 B-to-Bのサービス等提供502
(1)B-to-Bのサービス等提供の一般的ルール503
イ 代理基準503
ロ ビジネス・アグリーメント503
(2)SLEへのサービス等の提供504
イ サプライヤーの場合506
ロ 顧客の場合508
ハ 税務当局の場合514
(3)MLEへのサービス等の提供516
第2章 EUの動向520
第1節 VAT指令520
1 VAT指令520
第2節 EUから見た論点523
1 Fixed Establishment523
2 VATグループ制度528
第3章 本支店間取引の取扱い530
第1節 単一法人説530
1 単一法人説(single taxable person)530
2 FCE Bank事件530
3 Skandia事件535
第2節 複数法人説538
1 複数法人説(two or more taxable persons)538
第3節 我が国の考え方539
1 EUの規定との異同539
2 我が国の考え方540
第4章 リチャージ法の意義542
第1節 リチャージ法の概要542
第2節 二段階アプローチ543
1 二段階アプローチ543
2 第一段階‐MLEへのサービス等の提供544
(1)サプライヤーの場合544
(2)顧客の場合544
(3)税務当局の場合545
3 第二段階‐使用の事業所にリチャージ545
(1)サプライヤーの場合545
(2)顧客の場合545
(3)税務当局の場合547
第3節 リチャージ法の意義550
1 リチャージ法の意義550
2 消費税法上の位置付け552
第5章 外部購入を伴わない費用配賦553
第1節 FCE Bank事件と経済分析アプローチ553
1 FCE Bank事件の評価553
(1)法人内取引の可能性553
(2)経済分析アプローチの志向554
イ 背景554
ロ EU指令の改正554
ハ OECD承認アプローチ555
ニ 消費税法へのインプリケーション556
第2節 外部購入を伴わない費用配賦556
1 所得計算における費用配賦556
2 VATにおける費用配賦557
おわりに558

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