篠原 克岳
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的

消費税法は金融取引について、「消費税としての性格上課税対象とすることになじみにくい」という理由で、手数料等を除き課税していない。具体的には、配当金や保険金はそもそも課税対象たる「資産の譲渡等」(消法2条1項8号)の対価に該当せず(「不課税」)、また、有価証券譲渡や利子・保険料の支払は別表第一2号及び3号において「非課税」とされている。
 こうした取扱いに対しては、1税のカスケード(累積)が発生する、2金融機関において自家調達バイアスが生じる、といった批判があり、何らかのかたちで金融機関の生産する付加価値を消費税の課税ベースに取り込むべきとの主張が従前より存在する。
 一方、近年、デリバティブの発展・証券化の普及等、金融取引は著しい高度化を遂げているが、その消費税法上の取扱いは消費税導入時より基本的に変わっていない。
 そこで、金融取引にかかる消費税の取扱いについて、改めて制度・法適用の両面から検討を行う。

2 研究の概要

(1)金融サービスに対する付加価値課税の在り方

イ 資金仲介における付加価値(FISIM)
 銀行が5%で1000の預金を受け入れ10%で貸し出したとき、銀行が提供した金融仲介サービスは1000 × (10 − 5)% = 50と算出される。では、この50を預金者・借り手のそれぞれにどのように配分するか。
 SNA(国民経済計算)においては、「参照利子率」が導入される。例えばこれを7%とすると、預金者のサービス購入が20、借り手が30、と按分される。「預金者は本来70の利子を受取るべきところ20のサービス購入を控除した50を利子として受取り、借り手は本来70の利子を支払うべきところ30のサービス購入を加えた100を利子として支払った」、と考えるのである。
 こうした考え方に従って付加価値税を課すならば、銀行は預金者への利子支払いに際して2、借り手からの利子受取りに際して3を付加価値税として徴収すべきことになる(税率を10%とする)。しかし、「参照利子率」を如何に設定すべきか、統計上はともかく、税務執行上は容易ではない。

ロ 保険における付加価値
 例えば、保険料が1000、保険金が700万、保険事故発生確率が1万分の1の保険契約において、保険会社が生産するサービスは、保険料1000−受取保険金の期待値700=300と計算される。この取引に付加価値税を課すならば、保険会社は保険料の受領に際し30を付加価値税として徴収すべきことになる。しかし、保険会社の内部情報である事故発生確率の見積もりを税務執行に用いることは容易でない。

ハ 他の金融取引における付加価値
 証券会社の主要業務は、1自己売買、2委託売買、3引受け、4募集に大別される。2から4の手数料は付加価値を構成する。1は基本的に付加価値を構成しないが、対顧客取引(店頭取引)では取引価格に仲介サービスの対価が内包されてしまう(これを分離して課税することは困難である)。
 デリバティブ取引はポジションの交換であり、取引そのものは付加価値を構成しないが、取引仲介サービスは付加価値を構成する。
 証券化においてはアレンジャーが資金仲介サービスを生産し、アレンジメント・フィーがその対価である。
 その他、助言、代理等、金融商品取引業務は多岐にわたるが、それらの手数料は役務提供の対価として付加価値を構成すると考えられる。

ニ 代替的課税制度の提案
 NZ等では損害保険につきGSTが課されており、理論的にはその他にも種々の提案がある(銀行取引についてのTCA方式等)が、そうした制度が真に付加価値に課税する制度となっているのか、執行可能性はあるのか、慎重な検討が必要と考える。

(2)仕入税額控除(課税売上割合)にかかる問題点

非課税売上を有する事業者は、原則として、仕入税額に「課税売上割合」(令48条)を乗じて税額控除の金額を求めることとなっている(法30条;個別売上方式ないし一括比例方式)。

イ 一般企業において預金利子を非課税売上とすることの問題点
 一般企業において預金利子は非課税売上(別表第一2号)となるが、そもそも一般企業は金融サービスを購入しているのであるから(前記FISIM参照)、これを売上にカウントすることは理論的に誤りであり、「課税売上割合」の計算において分母から除外すべきと考える。

ロ 金融機関において貸付金利子を非課税売上とすることの問題点
 金融機関における貸付金の受取利子は非課税売上(別表第一3号)であるが、受取利子は生産する付加価値より大きい(前記FISIM参照)から、その分課税売上割合が低下し仕入税額控除が減少する。
 例えば、短資会社はコール市場においてディーリング(利ザヤ:非課税)とブローキング(手数料:課税)をともに行っているところ、受取利子≫手数料であるために課税売上割合が過小となる。そこで、実務上、短資会社においては「課税売上割合に準ずる割合」(法303)として取引件数割合を用いることが認められている。

ハ 証券化スキームにおける問題点
 オリジネータがSPCに金銭債権を譲渡したとき、その全額が分母に加算されるため、オリジネータにおける課税売上割合が著しく低下するという事態が生じていたが、平成26年改正で対応された。(分母算入が金銭債権の5%となった。)

ニ 小括
 現行法上、「課税売上割合」が仕入税額の控除割合を決するための基準として用いられているが、必ずしもそれが合理的な基準となるとは限らない。もっとも、これは消費税の非課税制度全般に横たわる問題であり、それが特に金融取引において顕著に表れるということであろう。

(3)法適用に関する検討

イ 概観
 消費税法は、「消費」「付加価値」といった概念を用いず、「資産の譲渡等」(法2条1項8号)を基礎として体系を構築している。従って、「資産の譲渡等」のない取引(例えば「権利の原始的創設」)は不課税となる。また、法6条1項を受けた別表第一が非課税取引を規定し、2号が有価証券等の譲渡、3号が利子・保険料等を対価とする資産貸付・役務提供の非課税を定めている。
 解釈上の留意点として、「資産」概念は金銭債権を含み、所得税法上の概念より広い。また、「利子」概念も所得税における利子所得の対象より広い(金銭の消費寄託に限定されず消費貸借を含む)。

ロ デリバティブ

  • 先物は売買予約であり、差金決済であれば資産の譲渡等が発生せず、不課税。
  • オプションは買う/売る権利の原始的創設にあたり、不課税。
  • スワップは金融指標等の変化率に基づき互いに金銭の支払いを約する取引であり、実務上「支払手段の譲渡」と解されている。だが「支払い(行為)」と「支払手段(モノ)の譲渡」は別概念であり、資産の譲渡等がなく不課税と解する方が素直でないかとも思われる。
  • 保険デリバティブ(クレジット・デリバティブや天候デリバティブ)はイベント発生時に金銭の支払を約する取引であり、原始的権利創設にあたり、不課税。

ハ 投資商品
 複雑な商品が多種多様に販売されているが、発行体の法形式や契約条件をみてあてはめていくことになる。

  • 投資商品の販売:別表一2に該当すれば非課税
    多くの場合、非課税に該当すると考えられる。
    例)海外政府系機関を発行体とする仕組債は有価証券に該当する。
  • 利子/分配金等:別表一3に該当すれば非課税
    母体資産については幅広く規定されているが、「利子」の範囲についての定めはなく、微妙な場面もある。
    例)オプションの売りを組み込んで高利回り商品を組成する例は多いが、利子(非課税)とオプション対価(不課税)を区分することは困難である。

ニ 限界事例

  • キャップ・ローン契約によるキャップ料(上限金利手数料)
     その実質は金利オプションの対価(不課税)と考えられるが、実務は金銭の貸付に伴う利子の一部(非課税)と解している。また、キャップ部分のみ第三者と取引する場合は、保険料に類する対価(非課税)と解している。
     二者間の場合にキャップ料を非課税とするのであれば、取引中立性の観点から、三者間取引も同様に(非課税として)扱うことが望ましいだろう。

ホ 小括

  • 所得税法においては「純資産増加説」が法原理として確立しており、議論の確固たるバックボーンとして機能しているが、消費税法においてはそうした法原理が未だ存在せず、法解釈において「かくあるべし」という先験的な判断が働きにくい。
  • 租税法の基本原則たる「租税法律主義」の要請として、「公平性」と「中立性」が並び挙げられるが、課税売上割合との関係や、金融取引が租税裁定の容易な足の速い取引であることに鑑みて、解釈原理として「公平性」は後退し「中立性」の要請がより強く表れるように思われる。
    例)上記キャップ・ローンにおけるキャップ料
  • 他税法や会計における取扱いとの整合性をどこまで揃えるべきか、という点について、消費税法は独自の法体系であり、原則としてあくまで消費税法の規定に従うべきであるから、必ずしも他税法・会計と取扱基準が一致するとは限らない。

ヘ その他のトピック

  • マイナス金利
    「対価を得て」行う取引といえるのか、という点に疑義が生じうる。
  • 仮想通貨
    「消費税になじまない」が、非課税とするには非課税規定が必要と思われる。

3 結論

本稿では、金融取引にかかる消費税の取扱いについて、理論と法適用の両面から考察を行った。
 理論面に関しては、金融機関が生産する付加価値が取引金額中に内包されているために、前段階税額控除方式の付加価値税が機能しない点を中心に考察した。これは先行研究においても論じられており、代替的な課税方式もいくつか提案されているが、執行上の種々の問題が難点となっている。また、本稿では、証券会社が行う自己売買(トレーディング)業務や、銀行が提供するコミットメント・ラインなどにおいても付加価値が生産されていることを指摘したところ、これらへの消費税の課税はほぼ不可能であろう。
 法適用面に関しては、デリバティブ及び多様化した投資商品に関する適用関係を中心に検討を行った。これらに関しては、「原始的な権利設定」が不課税取引となること、また、別表第一2号3号(及び施行令9条10条)が幅広く非課税取引を定めていることから、ほとんどのものが不課税ないし非課税と解されることになる。また、消費税法の非課税規定における「利子」「保険料」の概念について若干の解釈論的検討を行ったが、これらについては、消費税法上の「資産の譲渡」「貸付け」「役務の提供」という文言と、消費税が実質的に課税対象とする「付加価値」の折り合いをどう付けるのかという点が悩ましいところである。


目次

項目 ページ
はじめに318
第1章 金融取引に対する付加価値課税の在り方320
第1節 理論的検討320
1 前段階税額控除方式による付加価値課税320
2 FISIM322
3 理想的な付加価値課税の在り方324
第2節 金融機関が生産する付加価値の所在327
1 銀行327
2 保険330
3 証券333
4 新しいタイプの金融取引335
第3節 代替的課税方式の提案337
1 資金仲介への課税337
2 保険取引への課税339
3 補完的な課税341
第4節 小括342
第2章 仕入税額控除にかかる問題343
第1節 概観343
1 仕入税額控除の仕組み343
2 課税売上割合344
第2節 一般企業において預金利子を非課税売上げとすることの問題点345
第3節 金融機関において貸付金利子を非課税売上げとすることの問題点346
第4節 証券化スキームにおける問題点348
第5節 小括350
第3章 法の適用に関する検討352
第1節 概観352
1 課税要件352
2 非課税規定353
第2節 あてはめ360
1 デリバティブ取引360
2 投資商品366
第3節 限界事例371
1 ローン・コミッション・フィー371
2 キャップ・ローン契約におけるキャップ料374
第4節 小括376
1 法原理の不在376
2 「公平性」と「中立性」377
3 他税法・会計における取扱いとの関係378
第5節 その他のトピック379
1 マイナス金利379
2 仮想通貨380
結論383

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