山林 茂生
税務大学校
研究部教授
法人の資金調達の一手法として、金銭債権信託を利用した金銭債権の流動化がある。これは、一般的に、保有する金銭債権を信託銀行等へ信託譲渡し、その見合いとして交付を受ける信託受益権(金融商品取引法2条2項1号又は2号に掲げる権利に該当するものに限る。以下同じ。)について、優先受益権及び劣後受益権と質的に区分して交付を受けた後、当該優先受益権を投資家に譲渡するというものである。
当該金銭債権信託が受益者等課税信託に該当する場合の受益者の課税関係については、法人税法12条1項において、当該金銭債権信託の「信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者の収益及び費用とみなして」同法の規定を適用することが規定されている。また、受益者が2以上ある場合については、法人税法施行令15条4項において、当該金銭債権信託の「信託財産に属する資産及び負債の全部をそれぞれの受益者がその有する権利の内容に応じて有するものとし、当該信託財産に帰せられる収益及び費用の全部がそれぞれの受益者にその有する権利の内容に応じて帰せられるものとする」と規定されている。
しかし、各受益者が保有する信託受益権の内容に応じて有するものとみなされる信託財産の算定方法については規定がなく、この点は法人税基本通達においても明らかにされていない。そのため、当該信託財産が不明確となり、当該各受益者に帰せられる収益及び費用の計上額及び計上時期等も不明確となっているといえる。
一方、当該金銭債権信託に係る会計処理の定めをみると、信託受益権が質的に単一の場合には、受益者が信託財産を直接保有するものと同様の会計処理を行うこととされているが、信託受益権が優先劣後等のように質的に区分されており、受益者が複数となる場合には、当該受益者が信託財産を直接保有するものと同様の会計処理を行うことは困難であるとし、有価証券として評価又は処理することとされている。
法人税法においては、信託受益権は有価証券に該当しないことから、会計上、信託受益権を有価証券として評価又は処理した場合には、原則として税務調整が必要とされる。そして、税務調整を行うためには、信託受益権の内容に応じて有するものとみなされる信託財産を算定する必要があるが、その算定方法が明らかではないことから、必要な税務調整が不明確となっている。
このように、信託受益権が優先受益権及び劣後受益権のように質的に区分され、受益者が二以上ある場合において、各受益者が保有する信託受益権の内容に応じて有するものとみなされる信託財産が不明確な状態は、各受益者が税務上のリスクを有しているということであり、このような状態は早急に解消される必要があると考える。
そこで、本稿において、信託受益権が優先受益権及び劣後受益権のように質的に区分された場合の受益者に係る課税関係を明確にする方策を検討することとした。
金銭債権の流動化に利用される金銭債権信託(受益者等課税信託の対象となるものに限る。以下同じ。)を検討の対象とし、まず第1章で金銭債権信託を利用した金銭債権の流動化の仕組みを概観した後、第2章で信託受益権に係る会計上の取扱いの整理、また、第3章で信託受益権に係る法人税法上の取扱いを整理した上、第4章において金銭債権信託のモデルを用い、優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法について、次の(1)のような検討を行っている。そして、第5章において、劣後受益権に対応する収益配当金の計上方法が争点となった訴訟事件(以下「A銀行事件」という。)を題材として、当該算定方法の規定の必要性を検討し、第6章において、当該各受益権を保有する受益者の課税関係を明確にする方策として、当該算定方法を規定する税制改正案等、次の(2)のような税制改正案の提言を行っている。
(1)信託受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定
一定の前提を置き簡便化した金銭債権信託のモデルを設定し、優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法について、検討を行っている。
算定方法としては、優先受益者及び劣後受益者の各受益者が行っている会計処理に基づき、優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を算定する方法(会計処理法)、
信託財産である金銭債権の帳簿価額を優先受益権及び劣後受益権の各受益権の時価の割合で按分し、当該各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を算定する方法(時価按分法)、
優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を元金として計算される受取利息と当該元金の合計額が、当該各受益権の将来のキャッシュフロー(CF)総額と一致するよう、信託財産である金銭債権の約定金利及び返済方式に基づき算定する方法(CF法)及び
優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を元金として計算される受取利息総額が、当該各受益権の予定配当総額と一致するよう、信託財産である金銭債権の約定金利及び返済方式に基づき算定する方法(配当法)の四つの方法を検討している。
その結果、設定したモデルのような条件が整えば、各方法のいずれによっても当該各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を算定することができることが確認されたが、各方法で期間損益に違いが生じる結果となったことから、当該金銭債権の算定方法を規定する必要があると考える。また、優先受益者においては、当該算定方法を使用するために必要な情報を把握できない可能性があることから、当該算定方法の規定に当たっては、優先受益者が当該情報を把握できるような制度的手当ても必要であると考える。
なお、当該算定方法については、A銀行事件を題材とした検討からも、その規定が必要であることを明らかにしている。
(2)税制改正案の提言
信託受益権が優先受益権及び劣後受益権のように質的に区分された金銭債権信託の受益者に係る課税関係を明確化するため、次のとおり、各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法を規定する税制改正案を提言するほか、受益者が、保有する信託受益権の内容に応じて信託財産を有するものとみなすという現行規定の考え方を変更する税制改正案について提言している。
イ 各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法を規定する案
優先受益権及び劣後受益権の各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法として四つの方法を検討しているが、まず、会計処理法については、規定を設けることに特に問題はないと考える。
次に、時価按分法であるが、優先受益者が、時価按分法を使用するために必要な信託財産の帳簿価額及び時価情報を把握することは困難と考えられるところ、当該情報について、オリジネーターから優先受益者に提供する義務を課す制度的手当てを行うことは、当該情報の性質からみて困難と考える。
一方、CF法及び配当法の場合においても、優先受益者がこれらの方法を使用するためには、信託財産である金銭債権の貸付条件及び予定配当総額の情報が必要となるが、当該貸付条件については投資情報として公開されている場合もあると考えられることから、当該情報の提供義務をオリジネーターに負わせることとしても特に問題は生じないと考えられること、また、予定配当総額についてはその計算方法を定めることにより、優先受益者がこれらの方法を用いて計算することは可能と考える。
以上の結果、算定方法として、会計処理法、CF法及び配当法の三つの方法を規定する案を提言している。
なお、当該算定方法は、一の信託財産を切り分ける方法として提言しているものであることから、一の金銭債権信託に係る優先受益者及び劣後受益者において、選択する算定方法を同一の方法とすること、また、選択した算定方法を継続適用することも提言している。
ロ 優先受益権を有価証券として規定する案
現行規定の考え方を変更する税制改正案の一つとして、金融商品会計実務指針100項(2)等の会計実務の取扱いを参考にし、投資家における優先受益権の購入目的を重視して、優先受益権を有価証券(債券)として規定する案を提言している。
この案では、有価証券の発行者を信託の受託者と考え、優先受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の信託譲渡を、オリジネーターによる現物資産の払込みとみなすこととしていることから、当該受託者は、当該金銭債権を保有することとなる。また、劣後受益者は、現行どおり、劣後受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権を保有する者となる。
したがって、この案による場合には、各受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権の算定方法も同時に措置することが必要となる。
ハ 優先受益権の譲渡取引をオリジネーターと投資家との金融取引として規定する案
現行規定の考え方を変更するもう一つの税制改正案として、金銭債権の保有者(オリジネーター)による信託を利用した資金調達という目的を重視し、優先受益権の投資家への譲渡取引を、オリジネーターと投資家との金融取引として規定する案を提言している。
この案においては、オリジネーターが投資家に対し行う優先受益権の譲渡取引を、優先受益権を担保にした投資家からの金銭の借入れと擬制することとしている。
この案の場合には、オリジネーターが信託譲渡の見合いとして受領した優先受益権及び劣後受益権は、オリジネーターがそのまま保有していることになるので、信託受益権の質的区分の問題は生じないこととなる。
(3)今後の課題
本稿では、金銭債権の流動化に利用される金銭債権信託について、信託受益権が優先受益権及び劣後受益権のように質的に区分された場合の受益者の課税関係を明確にする方策について検討を行い、税制改正が必要であることを明らかにした。
信託受益権の質的区分は、他の種類の信託についても行われているところであり、また、質的区分についても優先劣後以外の区分もあることから、これらについての検討が今後の課題といえる。
項目 | ページ |
---|---|
凡例 | 101 |
はじめに | 102 |
第1章 金銭債権信託 | 106 |
第1節 金銭債権信託を利用した金銭債権の流動化 | 106 |
1 金銭債権の流動化 | 106 |
2 金銭債権信託の基本的な仕組み | 108 |
3 金銭債権信託を利用した金銭債権の流動化の基本的な流れ | 110 |
第2節 信託受益権の元本償還 | 113 |
1 優先・劣後受益権の元本全体に係る償還方法 | 113 |
2 受益権ごとの元本償還方法 | 113 |
第2章 金銭債権信託に係る会計上の取扱い | 114 |
第1節 委託者(当初の受益者)の会計処理 | 114 |
1 信託設定時の処理 | 114 |
2 信託受益権の譲渡時の処理 | 115 |
3 期末時の処理 | 116 |
4 自己信託の場合の処理 | 117 |
第2節 優先受益者(当初の受益者以外)の会計処理 | 118 |
1 優先受益権の取得時の処理 | 118 |
2 期末時の処理 | 118 |
3 取得した優先受益権の売却処理 | 118 |
第3章 受益者等課税信託に係る法人税法上の取扱い | 120 |
第1節 受益者等課税信託 | 120 |
1 法人税法12条 | 120 |
2 金銭債権信託の受益者等に係る所得の金額の計算 | 126 |
第2節 金銭債権信託に係る法人税法上の取扱いと会計上の取扱いの差異 | 128 |
1 信託受益権 | 128 |
2 帰属損益と課税所得 | 129 |
第4章 信託受益権の内容に応じて有するものとみなされる金銭債権 | 130 |
第1節 算定方法の検討 | 130 |
1 モデルの設定 | 130 |
2 四つの算定方法 | 135 |
第2節 各方法の検討結果 | 161 |
第5章 算定方法の規定の必要性 | 164 |
第1節 検討の題材 | 164 |
1 A銀行事件 | 164 |
2 本件の流動化取引 | 165 |
3 本件に係る裁判所の判断 | 168 |
第2節 算定方法の規定の必要性の検討 | 170 |
1 仮定に基づく検討 | 171 |
2 検討の結果 | 173 |
第6章 税制改正案の提言 | 175 |
第1節 金銭債権の算定方法を規定する案 | 175 |
第2節 優先受益権を有価証券として規定する案 | 177 |
第3節 オリジネーター(委託者)と投資家の金融取引として規定する案 | 181 |
第7章 結びに代えて | 184 |
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