澤井 勝美
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成26年1月から白色申告の記帳、帳簿書類保存制度(以下、「記帳制度」という。)の適用対象者の所得基準が撤廃され、青色申告の記帳制度と併せて一般的記帳義務が導入されたといえ、その対象者は大幅に増加した。
 申告納税制度は納税者が自分の税額を自ら計算し納付する制度であり、制度的に記帳制度を前提とし、それを担保として信頼のある制度として機能すると考えられる。
 しかしながら、記帳制度義務違反に対する制裁がないために、意図的に無記帳、帳簿書類を保存しない、さらに無記帳等は隠ぺい又は仮装行為の認定が困難であるという状況を利用して、無申告や過少申告といった意図的に租税負担を免れることは申告納税制度の根幹に関わる問題である。
 また、意図的ではないにしても、記帳等がないことによって結果的に過少申告となっている場合にも、申告納税制度を採用する以上問題なしとはいえない。
 青色申告の特典による記帳等への誘因機能は機能的限界が指摘されていることや白色申告者の記帳制度遵守を促す新たな方法を講じる必要があり、記帳制度義務違反に対する加算税制度を利用した対応を考察する。

2 研究の概要

(1)所得税における記帳、帳簿書類保存制度

所得税の記帳、帳簿書類保存制度はその普及策としてシャウプ勧告により導入された青色申告制度から始まるが、青色申告普及割合はここ40年間、50%台とほぼ横ばいであり、特典による誘因機能はその機能不足が指摘されてきている。
 白色申告の記帳制度は昭和37年の国税通則法制定時に一般的記帳義務の導入として検討されていたが、時期尚早等の反対意見もあって導入が見送られている。昭和60年分から個人事業者の所得捕捉に対する不信感を払拭する必要から、適用対象者の所得基準を付して白色申告の記帳制度が導入された。平成26年分からは、すべての更正処分に理由附記を行うことと抱き合わせる形で、記帳制度の適用対象者の所得基準が撤廃されて、事業所得、不動産所得及び山林所得を有するすべての者に一般的記帳義務が導入されたこととなるが、義務違反に対する制裁措置の導入は見送られている。
 白色申告の記帳制度適用者は200万人を超えるが、必ずしも記帳制度に適合した記帳等が行われているかは疑問のあるところであり、青色申告に移行しない者が多いことから記帳制度に適合した記帳へ誘導する必要がある。意図的に無記帳等とすることは隠ぺい、仮装の認定が困難であることを利用する者であり、積極的な隠ぺい、仮装を行う者と本質的に違いはなく、その対応を検討する必要がある。

(2)積極的行為がない者に対する重加算税

イ 代表的な学説
 「隠ぺい又は仮装」について、二重帳簿等の積極的行為がない消極的行為のみの過少申告について、碓井教授は「一般的な記帳義務を課していない今日においては、記録を残さないことのみでは、隠ぺいの要件を満たしていないものと解すべき」と消極説を唱えられている。これに対し、品川教授は「事実関係全体から見てその不申告や虚偽申告が課税を免れることを意図して作為的に行われていると推認できるときには、これを1つの隠ぺい又は仮装行為と認定すべき」と積極説(事実関係総合判断説)を唱えられている。

ロ 二つの最高裁判決
 積極的な隠ぺい又は仮装行為がない事案で最高裁は平成6年11月22日と平成7年4月28日と注目すべき判決を出した。前者はいわゆるつまみ申告と呼ばれる事案であり、後者は顧問税理士に対する虚偽説明、秘匿事案で特段の行動を提示した事案である。特に後者は積極的な行為がない場合の隠ぺい又は仮装について主観的要素を重視しており、様々な評釈がされている。
 評釈の要旨は、このような事例は立法で解決すべきものとして反対するもの、納税者の主観等を中心に置く判断は裁量の余地が与えられない課税庁の処分として適当ではないとして判示理由に疑問があるとするものがある。判旨に賛成しているものは、ことさらの過少申告は確定的意思と外部的附随事情を具備した過少申告の私見を取り入れたものと高く評価するものや納税者の過少申告の認識、確定的意図等を念頭に置き、これを推認し得る客観的事実を認定して確定的意図が明らかとする共通の論理過程を経ており、統一的に把握できる判例法理があるとするもの、租税裁判における主権的要件重視の傾向などから必然的なものとするものなどがある。

(3)過少申告の意図をうかがい得る特段の行動

イ 特段の行動の例示
 最高裁平成7年判決を解説した近藤氏は、特段の行動について、事案ごとに諸般の事情を総合判断すべきであり、今後の積み重ねが必要とした上で、多額の所得を得た納税者が通常であれば保管しておく原始資料を散逸するにまかせていた場合や、税務調査に対する非協力、虚偽答弁等を特段の行動と例示した。

ロ 裁判事例
 最高裁平成7年は判決を引用している事例は事案単位でみると33件あり、特段の行動を明示的に認定した事案は15件である。特段の行動を分類すると意図的若しくはあえて無記帳、記帳操作等、申告書添付書類への虚偽記載、仮名・借名取引、仮装取引及びその他として最高裁平成6年判決、7年判決と類似の税務調査時の虚偽答弁等や税理士に対すると秘匿等に分類される。

ハ 裁判事例の検討
 最高裁平成7年判決は「隠ぺい、仮装と評価すべき行為」について、「架空名義の利用や資料の隠匿等の積極的な行為が存在したことまで必要であると解するのは相当でなく、当初から所得を過少に申告することを意図し、その意図を外部からもうかがい得る特段の行動をした」場合には、隠ぺい、仮装の要件を満たすとしていることから、特段の行動は従来の積極的な行為の隠ぺい、仮装とは別概念のような印象を受ける。
 しかしながら、その後の裁判例を検討するとむしろ特段の行動の中に、従来の積極的な行為の隠ぺい、仮装を内包させて、隠ぺい、仮装と評価すべき行為の範囲を広げたように思える。裁判例においても一つの事案で隠ぺい又は仮装の行為を直接認定しながら、別な見方として特段の行動といえるとしているものや地裁は隠ぺい又は仮装を直接認定し、その高裁は地裁判決を補完する形で当該行為を特段の行動と認定しているもの、最高裁平成7年判決と類似する事案で最高裁7年判決を引用せず、類似の行為を直接隠ぺい、仮装と認定している。
 これらのことから、特段の行動とは従来の積極的な隠ぺい又は仮装の概念とは別なものではなく、隠ぺい又は仮装と認定すべき範囲を広げた概念と結論づけられる。

ニ 特段の行動の認定方法の検討
 隠ぺい又は仮装は帳簿があることを前提に説明されている。ある行為によって税額を免れようと作成されている公表帳簿は、事実のみに基づいて作成されている帳簿とはその内容が当然に一致しない。この場合にある行為は特段の行動と認定できると考えられ、無記帳等の場合であっても、ある行為の前後に作成されるであろう帳簿を想定し、その内容が一致しないときには特段の行動があると認定できると考える。
 結果的に過少申告の場合は帳簿が不一致となるので、すべて特段の行動として重加算税の対象が幅広く認定されてしまうという反論も想定されるが、正しく申告しようとしている場合は、通常行い得ないような行動が認識されないから、ある行為がないと考えられ、特段の行動と評価すべきものがないと考えられる。
 事実認定には課税庁の恣意性が入る余地があるとの指摘には理由附記により裁量の余地は狭められ、判断過程を透明化するので、自由裁量的なものにはならないと考えられる。

(4)加算税制度の私案

イ 加算税制度の私案検討
 意図ある過少申告には重加算税を課すとして、そのような意図はなくとも記帳制度義務違反があり結果的に過少申告となっている者に対して、記帳制度の適正、確実な履行へ誘導するため、通常の加算税に代えて加重した加算税を賦課することにより負のインセンティブを与えることができるように加算税制度の改正を提案したい。
 記帳制度義務違反の判定は、所得税法令及び大蔵省告示で記帳方法等が示されているが、大蔵省告示を法令等に適合するか否かの判定するための基準として利用し、必要に応じて判断基準の解釈を事前に公表しておく必要があると考えられる。

ロ 記帳に係る納税者意思態様別の検討
 酒井教授の青色申告を選択しない納税者について、納税者の主観的理由による分類を利用して、加算税制度の私案に当てはめて考察する。
 積極的理由に基づく青色申告不選択者は意図的あるいは計画的に過少申告等により租税を免れようとする者であり、重加算税を賦課していくべき者である。消極的理由に基づき青色選択を利用しない者のなかには、白色申告の記帳制度に適合している者も存在するし、記帳が不十分若しくは無記帳でも原始記録から適正な申告を行おうとする者もいる。これらの者は申告額に誤りがなければ、加算税の問題が生じないが、誤りがある場合には加算税の問題が生じ、その際に記帳制度義務違反があれば加算税を加重することにより記帳制度による義務を果たすように誘導していくことが有効である。
 制度の不知者と制度の誤解者は記帳制度の情報提供をした上で、消極的理由に基づく者と同様に対応していくべきものと考える。


目次

項目 ページ
はじめに228
第1章 所得税における記帳、帳簿保存制度230
第1節 記帳、帳簿保存制度230
1 記帳普及策としての青色申告制度230
2 白色申告の記帳制度の導入経緯231
3 一般的記帳義務導入見送り等に対する批判235
第2節 記帳制度適用対象者と青色申告普及割合239
1 税務統計からみた記帳制度適用対象者239
2 青色申告の普及割合242
第3節 検討すべき課題243
1 単なる記帳制度義務違反243
2 意図的な記帳制度義務違反245
第2章 積極的行為がない者に対する重加算税247
第1節 隠ぺい又は仮装の意義247
1 実務上の取扱い規定247
2 隠ぺい又は仮装の意義に関する学説249
3 判例で説示された隠ぺい、仮装の意義253
第2節 積極的行為がない場合の重加算税賦課の学説256
1 消極説と積極説256
2 重加算税賦課の消極説256
3 重加算税賦課の積極説258
第3節 二つの最高裁判決259
1 最高裁平成6年11月22日第三小法廷判決(民集48巻7号1379頁)259
2 最高裁平成7年4月28日第二小法廷判決(民集49巻4号1193頁)264
3 主な判例評釈266
4 小括275
第3章 過少申告の意図をうかがい得る特段の行動277
第1節 最高裁平成7年判決の引用事例277
1 特段の行動の例示277
2 裁判事例数278
3 所得税に関する事案279
4 法人税に関する事案296
5 「特段の行動」と認定した客観的事実の整理306
第2節 「特段の行動」を認定した裁判事例の検討308
1 特段の行動における隠ぺい、仮装の範囲308
2 直接的な隠ぺい、仮装行為と特段の行動との対比309
3 小括312
第3節 特段の行動の認定方法の検討313
1 特段の行動の認定方法313
2 考えられる反論315
3 その他の検討事項317
第4章 加算税制度の改正私案319
第1節 加算税制度の改正私案319
1 納税環境の整備に係る税制改正からの検討319
2 加算税制度の改正私案321
3 加算税の類型区分の検討324
第2節 記帳に係る納税者の意思態様別の検討326
1 青色申告を選択しない納税者の分類326
2 積極的理由に基づく青色不選択者327
3 消極的理由に基づく青色申告不選択者330
4 制度等の不知と制度の誤解331
結びに代えて333

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。