鍋谷 彰男
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

我が国の外国子会社合算税制(タックス・ヘイブン対策税制)は、昭和53年に導入され、40年近くが経過し、その間、企業の国際的な事業展開・投資活動等の実態は大きく変化するとともに、その実態、裁判例等の個別事例、諸外国の動向等を踏まえて、外国子会社合算税制に関する制度改正が行われてきた。
 一方で、外国子会社合算税制の適用に関する個別の課税処分を巡って訴訟の場で争われる事案が、特にこの10年余りの間に非常に多くなっており、最高裁において重要な判断が示されたものもある。それらの争点は一様ではないが、学者や弁護士等からは、個別の課税処分の内容に限らず、裁判所の判断や制度のそもそものあり方について批判的な意見が示されることが多くなっている。
 そのような批判的な意見は、企業活動の現状や外国子会社合算税制の趣旨目的に照らして、制度の趣旨目的を越えた課税が行われていると主張するもの、法人税法の規定あるいは租税条約の規定との関係という我が国の法人税制における外国子会社合算税制の法的位置付けを問うものとなっており、特に、平成21年度税制改正における外国子会社配当益金不算入制度の導入により、軽課税国に所在する外国子会社等に所得を留保することによる「課税繰延べ」の防止という説明をすることができなくなってしまっている。
 また、経済協力開発機構(OECD)が推進する国際的な税源浸食及び利益移転に関するプロジェクト(BEPSプロジェクト)における行動計画3において、各国のCFC税制の強化が掲げられ、2015(平成27)年9月に勧告が出される予定となっている。
 これらの国内における議論及び国際的な議論は、いずれも制度の「適正化」を求めるものと言えるが、国内における議論においては我が国企業の国際競争力を確保するために対象範囲の縮減・緩和が求められ、国際的な議論においては国際的租税回避の的確な防止のための対象範囲の拡大・強化が求められており、我が国にとって、相反する二つの要請を両立させるためには、この機をとらえて、我が国の法人課税制度・国際課税制度における外国子会社合算税制のあり方・位置付けを改めて整理し、抜本的な見直しを行うことが不可避となってきているものと考えられる。
 そこで、我が国の外国子会社合算税制について、国内における議論を整理しつつ、制度導入からこれまでの改正の経緯を振り返るとともに、BEPSに関する議論や諸外国の動向を確認しながら、抜本的な見直しが行われる場合に制度設計の基本的考え方となる「外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避」について考察を行うことを試みる。

2 研究の概要

(1)外国子会社合算税制を巡る国内の議論の状況

イ 外国子会社合算税制に関する裁判例
 外国子会社合算税制の適用が問題となった事案(法人税)で判決が確定したもののうち15件が直近10年の間に確定し、更にそのうち13件が最高裁まで争われている。最高裁まで争われた事案13件について、主たる争点を区分してみると、次のとおりとなっている。

1 来料加工取引に係る適用除外基準の当てはめ

2 外国子会社合算税制の租税条約適合性(合算課税は日星租税条約7条1項に抵触するか)

3 特定外国子会社等の定義に係る外国法人税の該当性

4 外国子会社合算税制と実質所得者課税原則(法人税法第11条)との関係(特定外国子会社等に生じた欠損金の内国親会社における損金算入の可否)

また、係争中であるが、5特定外国子会社等に生じた国内源泉所得(特に国内にある支店の所得)の合算の要否が争点となっている事案も発生している。

ロ 裁判例における制度のあり方に関わる論点及び識者等の意見
 上記イにおいて示した最高裁まで争われた13件の各事案は、上記イ3の1事案を除き、最終的に国側勝訴で確定しているが、学者、弁護士等の識者からは、最高裁の判断に関する意見のほか、外国子会社合算税制の趣旨目的、我が国税制における位置付けといった、そもそもの制度のあり方に関して、様々な意見・議論が数多く展開され、批判的な意見も数多く見受けられる。
 そのほか、公益社団法人日本租税研究協会、日本公認会計士協会、経済産業省といった業界団体、関係省庁等からも、毎年の税制改正意見のみならず、制度のあり方に関する問題、そのような問題を背景とした個別規定の取扱いに関する問題など、様々な報告、提言等が、特にこの数年、数多く行われている。

(2)現行の外国子会社合算税制の基本的考え方

識者等の意見を見ても、我が国の外国子会社合算税制が「租税回避」の防止のための制度であることについて、異論は見られないと思われる。他方、「租税回避」の防止のための制度であるとしても、制度導入時の立案担当者による説明を見ると、「課税繰延べ」の防止に主眼が置かれているように思われ、対処しようとする「租税回避」として想定しているものが、「課税繰延べ」のみなのか、それ以外の「租税回避」も含むものなのか、含むとしても具体的に何かということは、判然としない。
 その説明から察するに、「租税回避」の防止ということが制度の目的であるものの、「租税回避」により一旦は我が国の課税ベースから外れてしまった所得があったとしても、外国に設立された子会社等から株主たる内国法人に配当が行われ、我が国で課税されることとなれば、その「租税回避」の効果は消失することになるのであるから、配当をせず、所得を留保することによる「課税繰延べ」を防止することが、より広い意味での「租税回避」の防止という目的を達成するために必要十分であったものとも考えられる。
 しかしながら、平成21年度税制改正による外国子会社配当益金不算入制度の導入により、外国子会社からの配当に係る「課税繰延」の防止をすることで「租税回避」の防止という目的を達成することはもはやできなくなり、また、企業活動の国際化・多様化・複雑化の進展、更には、BEPSプロジェクトを中心とした国際的な動向を踏まえれば、外国子会社合算税制により防止しなければならない「租税回避」とは何か、その「租税回避」を防止するためには、どのような制度設計が必要になるのかを改めて検討することが喫緊の課題になってきていると言えよう。

(3)外国子会社合算税制(CFC税制)に係る国際的な動向

イ CFC税制に関する国際的な議論(BEPS行動計画3)
 グローバル企業が国際的な税制の隙間や抜け穴を利用して税負担を軽減している問題に対応するために、2012年6月、OECD租税委員会によって立ち上げられたBEPSプロジェクトは、2013年7月に公表された15項目にわたるBEPS行動計画について、G20各国から全面的な支持を得た上で、OECD非加盟のG20メンバー8か国(中国、インド、ロシア、アルゼンチン、ブラジル、インドネシア、サウジアラビア、南アフリカ)がOECD加盟国と対等の立場で参加するOECDとG20の合同プロジェクトとして議論が進められている。
 15項目のBEPS行動計画のうち、CFC税制の強化(行動計画3)については、2015(平成27)年4月3日、公開討議草案が公表され、同年9月に予定されている勧告の正式発表に向けて、議論が進められている。
 この公開討議草案は、CFC税制を次の7つの構成要素に区分し、これらの構成要素ごとに、検討及び勧告の提示を行う形となっており、本稿に最も関連するのは、(ニ)の「対象所得の特定」である。ただし、この「対象所得の特定」については、OECDとして具体的な勧告案の提示に至っておらず、現状考え得る選択肢、論点等を提示するに留まっている。

(イ) CFCの定義

(ロ) 閾値等

(ハ) 支配の定義

(ニ) 対象所得の特定

(ホ) 対象所得の計算ルール

(ヘ) 対象所得の合算ルール

(ト) 二重課税の排除方法

ロ 米国の動向
 米国のCFC税制(サブパートF税制)は、米国法人による外国子会社を利用した課税繰延べの増加に対処するため、1961年の当時のケネディ大統領の特別教書における勧告に基づき、翌1962年、導入された。
 米国は、制度導入以来一貫して、所得別に制度の対象とすべき金額を特定することを基本とし、適用対象となる所得は、サブパートF所得として、保険所得及び外国基地会社所得が定義され、更に、後者については、外国同族持株会社所得、外国基地会社販売所得、外国基地会社役務所得及び外国基地会社石油関連所得に区分されている。
 現在、米国では、世界一高と言われるい法定法人税率、様々な控除、免除、繰延べ等による多額の租税支出による低い実効税率、連邦租税収入に占める法人税収の低下等を背景に、経済資源の効率的な配分、遵守・執行が容易な制度の構築、米国企業の競争力の促進、法人税率の引下げを賄うための課税ベースの拡大(租税支出の削減)等の政策的観点から、国際課税制度を含む法人税改革について様々な議論が行われており、国際課税制度に関しては、領域内所得課税主義への移行の可能性を含め、国外所得に如何に課税するかが、重要な課題とされている。
 領域内所得課税主義への移行に関しては、否定的な意見も強く、また、タックス・ヘイブンに資金を退避させるインセンティブを最小化させるためのハイブリッド・アプローチとして、軽課税国で稼得された所得に対するミニマム税の賦課などの提案が行われている。
 米国のサブパートF税制及びそれに関連する動向等から見てとれる米国の制度及び議論の特徴として、例えば、次のことが挙げられる。

(イ) 米国は、内国法人に関する課税原則について、全世界所得課税主義を基本とし、これを前提に、外国子会社における所得の留保により生じる課税繰延べを問題として、サブパートF税制を導入し、導入時から一貫して取引アプローチを採用していること。

(ロ) 外国同族持株会社所得は、配当、利子、使用料等の資産性所得を原則対象としつつ、能動的事業活動により稼得されたものやCFCの設立地国で使用される資産につき関連者から受領するものを個別規定を設けて除外していること。

(ハ) 外国基地会社販売所得及び外国基地会社役務所得は、能動的事業活動の遂行の有無を問わず、製造等に関してCFCの設立地国との結び付きの薄い関連者間取引から生じる所得を射程に入れていること。

(ニ) サブパートF税制の基本設計を、詳細な定義と豊富な例説、若干の濫用対抗ルールを伴う財務省規則が支え、制定法又は規則の他の規定で経験又は共通の理解を有する概念については明示的にその意義を参照すること、客観的適用のためにセーフハーバーを定めること、一般に考え得る具体的状況を列挙することにより、要件の明確化を図っていること。

ハ 英国の動向
 英国は、我が国における外国子会社合算税制の導入よりも後の1984年にCFC税制を導入したが、外国配当免税制度の導入(2009年)及び国外恒久的施設所得の選択的免税制度の導入(2011年)により、内国法人に係る課税原則を、それまでの全世界所得課税主義から領域内所得課税主義に大きく軸足を移すとともに、法人税率の段階的な引下げ、パテント・ボックス制度の導入等の一連の法人税改革を実施する中で、CFC税制についても、2006年のCadbury Schweppes事件に関する欧州司法裁判所判決を踏まえ、2007年以降、産業界等との議論を重ねながら、それまでの事業体アプローチを基本とする制度から、一定の所得区分の下で制度の対象とすべき金額を特定することを基本とする制度に抜本的に改め、2013年から新しい制度を施行した。
 適用対象となるCFCの所得は、事業帰属所得、非事業的金融所得等の区分ごとに定められた「ゲートウェイ審査(CFC CHARGE GATEWAY)」を経た上で、それらの区分ごとに決定されるとともに、この所得ごとのゲートウェイ審査及び各所得の算定における所得単位での適用除外のほか、法人単位での適用除外が、幅広く設けられている。
 英国のCFC税制及びそれに関連する動向等から見てとれる英国の制度及び議論の特徴として、例えば、次のことが挙げられる。

(イ) 英国は、内国法人に関する課税原則について、全世界所得課税主義から領域内所得課税主義への移行を強めるとともに、法人税率の段階的な引下げ等の一連の法人税改革という大きな流れの中で、英国企業の国際的競争への配慮を最大限行いつつ、英国の課税ベースを守るため、英国との関係が深い所得の人為的な移転による租税回避及び挑戦的なタックス・プランニングに効果的に対応するという観点から、CFC税制の抜本的な見直しが行われたこと。

(ロ) 新しいCFC税制は、従来の事業体アプローチから所得アプローチに転換したと認められる一方、ゲートウェイ審査の導入や事業体レベルでの適用除外を幅広く認めていることからすると、純粋な所得アプローチではなく、所得アプローチを中心としたハイブリッド型の制度であると位置付けられること。

(ハ) 対象所得の特定に当たっては、CFCが保有・負担する資産・リスク、重要な人的機能・リスク引受機能(SPF)、関連者である英国居住法人との 取引等に着目していること、特に事業所得の算定についてOECDのPE帰属所得報告書と同様の手法が採用されているほか、金融所得や知的財産所得に重点が置かれていることからすると、CFC税制独自の観点というよりは、移転価格税制に近い発想があると考えられること。

(ニ) 事業所得のゲートウェイ審査、免除地域による適用除外に係る要件等、多くの規定の中で「主たる目的又は主たる目的の一つ」が要件とされていること。

(4)外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避の具体的考察

イ 法人税の課税原則と租税回避
 我が国の法人税は、本店所在地主義に基づき、内国法人と外国法人とを区分した上で、内国法人については、その所得の源泉地にかかわらず、すべての所得を課税対象とすることを原則としている(全世界所得課税主義)。
 このような我が国法人税の課税原則を前提に、内国法人が法人税の課税を回避しようとするためには、自己の課税所得を法人税の課税対象とならない形にしようとすることになり、この点に関する先行研究等を踏まえ、内国法人の支配が及ぶ外国子会社等の利用による租税回避という観点から、法人税の納税義務及び課税所得の決定要素を整理してみると、次の5つの要素を取り上げることができると考えられる。

1 所得の帰属先(内国法人の所得か、外国法人の所得か)

2 所得の源泉(国内源泉所得か、国外源泉所得か)

3 所得の性質(益金算入又は損金不算入となる所得か、益金不算入又は損金算入となる所得か)

4 所得の金額(適正な金額か否か)

5 所得の発生(実現)時期(課税繰延べか否か)

ロ 我が国における課税が正当化される根拠
 国家が課税をするには、その国家との何らかの経済的な結び付きが要求される。
 制度創設時は、外国法人からの配当がすべて我が国で課税対象となることを前提として、外国法人に対する配当に係る内国法人の支配力に着目し、そこに我が国との「経済的な結び付き」を見出していたものと考えることができるが、外国子会社配当益金不算入制度の導入により、制度全体として、外国法人に対する配当に係る内国法人の支配力に我が国との「経済的な結び付き」を見出すことは、もはや困難であると言えよう。
 我が国法人税の納税義務及び課税所得の決定要素を変更することにより我が国法人税の課税が回避されること、そして、「課税要件アプローチ」に基づく租税回避の定義等の識者の見解を踏まえると、「内国法人が外国子会社等を利用して我が国法人税の納税義務の成立又は課税要件の充足を避けることによる我が国法人税の不当な軽減又は排除が行われている」という点に我が国との「経済的な結び付き」を見出すことができるものと考えられる。

ハ 外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避
 上記イ及びロの考察及び整理に基づき、外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避について、その基本的考え方を整理すると、次のことが挙げられる。

(イ) 内国法人、その外国子会社等又はそれらの関連者の行為に伴い、当該内国法人の課税所得に係る帰属、源泉、性質、金額又は発生時期に変更が生じること。

(ロ) 上記(イ)の行為後に、当該外国子会社等に当該行為に伴う所得が生じる(我が国で課税されない)こと。

(ハ) 上記(イ)の行為がなかったとしたならば、上記(ロ)の所得が当該内国法人に生じる(我が国で課税される)ことになると認められること。

(ニ) 当該外国子会社等が軽課税国に所在すること。

(ホ) 上記(イ)の行為が正常な事業活動において行われるものではないこと。

この基本的考え方の特徴としては、次の2つのことが挙げられよう。

A 内国法人の課税所得(我が国における課税ベース)の浸食を問題にしていること。

B 外国子会社等における所得の発生過程又は原因に着目していること。

上記(イ)から(ホ)までの基本的考え方は抽象的な概念にとどまっており、これを課税要件として具体化することが必要となるが、その際、(a)我が国の課税ベースから軽課税国への不当な所得移転を的確に捉えること、(b)内国法人による正常な事業活動を阻害しないために適用対象又は適用除外の範囲を明確にすることを両立させること、(c)制度及び執行の無用な複雑化並びにそれに伴う納税者及び課税当局の事務負担の著しい増加をできる限り避けることが重要となろう。
 制度の基本的方向性としては、1取引(所得)アプローチによる対象所得の明確化を図りつつ、2現行制度のような事業体アプローチによる簡便さを確保することが考えられる。


目次

項目 ページ
はじめに15
第1章 外国子会社合算税制を巡る 国内の議論の状況18
第1節 外国子会社合算税制に関する裁判例18
第2節 裁判例における制度のあり方に関わる論点及び識者等の意見21
1 裁判例における制度のあり方に関わる論点及び識者の意見21
2 その他の意見28
第2章 現行の外国子会社合算税制の基本的考え方31
第1節 現行制度の概要31
第2節 これまでの主な改正38
第3節 制度の基本的な考え方38
第3章 外国子会社合算税制(CFC税制)に係る国際的な動向43
第1節 CFC税制に関する国際的な議論(BEPS行動計画3)44
1 BEPSプロジェクトの概要44
2 BEPS行動計画3(CFC税制の強化)に関する公開討議草案の概要47
3 各構成要素に関する勧告案等51
第2節 米国の動向77
1 米国のCFC税制(サブパートF税制)の概要77
2 米国のCFC税制の目的及び変遷85
3 米国における最近の動向88
4 米国の制度及び議論の特徴95
第3節 英国の動向97
1 英国のCFC税制の概要97
2 英国のCFC税制の変遷及び動向126
3 英国の制度及び議論の特徴130
第4章 外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避の具体的考察133
第1節 法人税の課税原則と租税回避133
1 法人税の納税義務及び課税所得の決定要素133
2 法人税の納税義務及び課税所得の決定要素の変更による租税回避の態様135
第2節 我が国における課税が正当化される根拠139
1 谷口教授による租税回避の定義141
2 渕教授の見解141
3 浅妻教授の見解142
4 赤松税理士の見解143
第3節 外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避143
1 外国子会社合算税制の対象とすべき租税回避の基本的考え方143
2 制度の基本的方向性146
結びに代えて155

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