柿原 良美
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

平成13年度税制改正において、組織再編成に係る税制と併せて組織再編成に関する包括的な行為計算否認規定(法法132の2)が導入された。
 本規定が導入された背景としては、企業組織再編成の形態や方法が複雑かつ多様となり、このような組織再編成を利用する租税回避行為が増加するおそれがあったため、繰越欠損金等を利用した租税回避行為の個別防止規定に加え、包括的な組織再編成に係る租税回避防止規定を設ける必要があったとされている。
 今般、本規定の適用の可否が争われた初めての訴訟事件(相互に関連する事実関係を背景としたヤフー事件及びIDCF事件の2件)の判決が、平成26年3月18日に東京地裁において言い渡された。これらの判決は国側の勝訴となり、東京高裁平成26年11月5日判決(ヤフー事件)及び東京高裁平成27年1月15日判決(IDCF事件)のそれぞれの控訴審判決でも同様の結論となったため、課税当局としてはこれらの判決を受けて、本規定における「法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるとき」に該当する可能性がある場合には、本規定の適用を検討する場面が今後も発生し得るものと考えられる。
 しかし、法人税の減少が「不当」と評価される場合とは、抽象的かつ不確定な要件であり、裁判例の集積もないことから、その適用に際し判断に迷うとの指摘もあり、その概念を明らかにすることが求められている。また、本規定は、課税当局のみが適用できるという特殊性をもっていることから、何をもって「不当」と判断されるかが曖昧な場合、納税者である企業が組織再編を行う際の障壁となることも考えられる。さらに、本規定の適用に際しては、「適用対象となる法人の行為は何か」、「租税回避個別否認規定がある場合の包括的否認規定である本規定の適用の可否」等についても問題となる。
 したがって、本稿では「不当」の概念を明確化することを中心に、本規定の解釈及び適用を巡る諸問題を取り上げ、検討していくこととする。

2 研究の概要

(1)組織再編成税制の趣旨・目的

我が国の経済社会の構造変化に対応した税制を創設すべく、平成13年度税制改正において、組織再編成の全般にわたる抜本的な見直しが行われ、柔軟な企業組織再編成を可能とするための法制として、組織再編成税制が整備された。
 この組織再編成税制の趣旨・目的としては、我が国の企業経営の実態に合った取扱いをするという観点から、形式上は資産を他の法人に移転したが、実質上はまだその資産を保有していると言うことができる状態を、「移転資産に対する支配が継続」している状態と呼び、移転資産の譲渡損益の計上を繰り延べて、課税の特例の対象とすることとされた。

(2)法人税法132条の2の趣旨・目的

組織再編成の形態や方法は、複雑かつ多様であり、資産の売買取引を組織再編成による資産の移転とするなど、租税回避の手段として濫用されるおそれがあるため、組織再編成に係る包括的な租税回避防止規定を設ける必要があることが、税制調査会平成12年10月「会社分割・合併等の企業組織再編成に係る税制の基本的考え方」において示された。
 その後、平成13年度税制改正において、繰越欠損金や含み損を利用した租税回避行為に対しては、個別に防止規定(法法573、62の7等)が設けられたが、組織再編成を利用した租税回避行為は、これらに止まらず、その行為の形態や方法が相当に多様なものとなると考えられたことから、これに適正な課税を行うことができるように包括的な組織再編成に係る租税回避防止規定として法人税法132条の2が設けられた。

(3)法人税法132条の2の課税要件

本条文の課税要件は、1更正等対象法人が合併等に関係する法人に該当すること、2合併等に関係する法人の行為又は計算であること、32の行為又は計算を容認した場合には、法人税の負担を減少させる結果が生じること、43の法人税の負担の減少が不当と評価されるものであること、の4つに区分することとし、以下検討を行った。

(4)法人税法132条の2の適用が争われた裁判例の分析

上記(3)の課税要件のうち2及び4については、ヤフー事件及びIDCF事件でもその解釈が争われている。なお、これら2つの事件は共通の事実関係を前提としており、判示事項についても法人税法132条の2の解釈に関する部分は概ね共通している。

イ 「その法人の行為又は計算」の意義
 法人税法132条の2の「その法人の行為又は計算」の「その法人」は、その前の「次に掲げる法人」を受けており、「その法人の行為又は計算」は「次に掲げる法人」の行為又は計算と読むべきであって、同条の規定により否認することができる行為又は計算の主体である法人と法人税につき更正又は決定を受ける法人とは異なり得るものと解すべきである。

ロ 法人税法132条の2にいう「法人税の負担を不当に減少させる」の意義
1法人税法132条と同様に、取引が経済的取引として不合理・不自然である場合のほか、2組織再編成に係る行為の一部が、組織再編成に係る個別規定の要件を形式的には充足し、当該行為を含む一連の組織再編成に係る税負担を減少させる効果を有するものの、当該効果を容認することが組織再編成の趣旨・目的又は当該個別規定の趣旨・目的に反することが明らかであるものも含むと解することが相当である。

(5)法人税法132条の2の解釈上の問題点

上記(4)からも窺えるように、法人税法132条の2の解釈上の主な問題点は、適用対象となる法人の行為又は計算の範囲と「不当性」の判断要素であると考えられる。

イ 適用対象となる法人の行為又は計算の範囲
 更正等対象法人が否認の対象となる行為等を行った法人と同一でなければ、更正等を行うことはできないのかという議論がある。
 法人税法132条の2が創設された当初の条文は、「これらの法人の行為又は計算で、これを容認した場合には」(下線筆者)となっており、否認の対象となる行為等を行った法人と更正等対象法人は異なる場合があることを前提に規定されたものと解することができる。
 本条文はその後、数度の改正を経て現在のような形となっているが、その改正の過程で否認の対象となる法人の行為等が更正等対象法人の行為等に限られると解釈することも可能であるような条文構造となるに至っている。しかし、それぞれの改正の趣旨を確認した結果、創設当初の趣旨は変更されていないと考えられることから、否認の対象となる行為等を行った法人と更正等対象法人は異なり得るとする考え方にも変更はないものと思われる。

ロ 「不当性」の判断要素

(イ) 経済的合理性基準
 法人税法132条の2と類似している法人税法132条1項では、不当性の判断について、判例・学説上、いわゆる「経済的合理性基準説」(純経済人の行為として不合理・不自然な行為か否かで判断すべきとする考え方)が採用されている。したがって、法人税法132条の2の不当性の判断についても、法人税法132条1項と同様に「経済的合理性基準」のみで行うべきであるとする考え方がある。
 しかし、法人税法132条は、同族会社の場合、会社の意思決定が一部の資本主の意向に左右されるので、租税回避行為を容易になし得ることを背景に創設されたものである。したがって、法人税法132条と法人税法132条の2はその創設の背景及び趣旨が異なっていることから、これら2つの条文の解釈に相違が生じたとしても特に不合理はないものと考えられる。
 なお、経済的合理性基準説では、ある行為又は計算が経済的合理性を欠いている場合に否認が認められる解すべきとされ、行為・計算が経済的合理性を欠いている場合とは、それが異常ないし変則的で租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合のことであり、独立・対等で相互に特殊関係のない当事者間で行われる取引とは異なっている取引には、それにあたると解すべきものが少なくないものとされている。
 この点、法人税法132条の2の対象となる行為・計算は、基本的には純経済人を前提としており、そうだとすれば、租税回避以外に正当な理由ないし事業目的が存在しないと認められる場合は、むしろ稀であると考えられることから、事業目的があれば「不当性」はなく、法人税法132条の2が適用されないということにはならない。さらに、様々な形態を有する組織再編成において、「独立当事者間の通常の取引と異なっている場合」を想定することは困難であるように思われる。
 以上のことから、法人税法132条の2における「不当性」の判断は、「経済的合理性基準」のみで判断することは難しいものと考える。

(ロ) 個別規定等の趣旨・目的
 上記(4)の裁判例のように、個別規定等の趣旨・目的に反しているか否かを、「不当性」の判断要素とする場合、これが課税要件明確主義に反するのではないかとの批判があり得る。
 しかし、組織再編成を行った場合には、移転する資産及び負債の譲渡や引継ぎを受ける処理、欠損金の繰越額の引継ぎを行う処理や引継ぎを受ける処理等を定めた各規定による個別制度においても、組織再編税制の基本的な考え方や目的を踏まえた上で、それぞれの考え方や目的を定めて制度創りが行われている。したがって、各個別規定の趣旨・目的を確認して、法人の行為や計算が適当であるか否かを判断することは、決して困難な作業ではなく、仮に、この作業が行われないとすれば、組織再編成税制は租税回避の温床となるとする見解もあり、法人税法132条の2の「不当性」の判断要素として個別規定等の趣旨・目的を考慮することは、課税要件明確主義に反するとは言えないものと考える。

3 結論(まとめ)

(1)法人税法132条の2の適用の枠組み

本条文における課税要件は、上記2(3)のとおりであるが、具体的な適用を検討する際には、1更正等対象法人が合併等に関係する法人に該当するか、2法人税の負担を減少させる結果が生じているか(減少の根拠となる条文と否認の対象となる行為の特定)、32で特定した否認対象行為が更正等対象法人又はその他の合併等に関係する法人の行為又は計算に該当するか、4法人税の負担の減少が不当と評価されるか、という順序により判断することが考えられる。

(2)「不当性」の判断要素と具体的適用

上記の手順に従って判断する際、最も争いの生じる要件は「不当性」の判断であると考えられる。この不当性の有無を判断する際に検討すべき要素としては、上記2(5)ロで検討したように、(イ)経済的合理性の有無、(ロ)個別規定等の趣旨・目的に反しているか否かの2点であると考える。
 なお、経済的合理性の有無と個別規定等の趣旨・目的に反しているか否かの各判断要素については、考慮すべきと考えられる事実関係をヤフー事件及びIDCF事件から取り上げて当てはめを行い、フローチャート形式により整理した。


目次

項目 ページ
はじめに10
第1章 組織再編成に係る行為計算の否認規定12
第1節 組織再編成税制の概要12
1 創設の経緯12
2 組織再編成税制の趣旨・目的13
第2節 法人税法132条の2の概要16
1 創設の趣旨・目的16
2 課税要件19
第2章 法人税法132条の2の解釈上の問題点22
第1節 法人税法132条の2の適用が争われた裁判例22
1 ヤフー事件の概要22
2 IDCF事件の概要25
3 法人税法132条の2の解釈に係る両事件の判示28
4 法人税法132条の2の解釈に対するヤフー事件の具体的当てはめ33
5 法人税法132条の2の解釈に対するIDCF事件の具体的当てはめ44
第2節 法人税法132条の2の解釈上の問題点53
1 法人税法132条の2の法的性格53
2 適用対象となる法人の行為又は計算の範囲54
3 「不当性」の判断要素60
4 引き直しの意義69
第3章 法人税法132条の2と同132条との異同72
第1節 法人税法132条の概要72
1 創設の趣旨と改正の経緯72
2 課税要件74
第2節 法人税法132条の適用が争われた裁判例76
1 最高裁昭和33年5月29日判決76
2 広島地裁平成2年1月25日判決(逆さ合併)81
3 東京高裁平成27年3月25日判決(日本IBM事件)85
第3節 法人税法132条2と同法132条の「不当性」94
1 各条文の創設時の趣旨94
2 条文の規定内容95
3 「不当性」の判断要素95
第4章 法人税法132条の2の具体的適用101
第1節 法人税法132条の2の適用の枠組み101
第2節 ヤフー事件及びIDCF事件への具体的適用102
1 ヤフー事件への適用102
2 IDCF事件への適用115
3 小括123
結びに代えて125

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