東屋敷 祥世
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

所得税法は、一定の損害賠償金等を非課税所得とするが、除外規定が存在することにより、補填の対象が何であるかによって、非課税とはならない場合がある。これらの規定は対極的な課税関係を定めるにもかかわらず、法令解釈が明確ではない部分も残され、その適用範囲の境界は微妙である。
 また、損失補填金は、私法上の制度や当事者間の関係に基づき支払われるものであるが、課税関係を判断する上で、支払われた金員の性質等を実質的に見極める際の基準が与えられておらず、その評価には困難を伴う。更に、私法上の損害概念が所得税法上の「損害」に一致するものであるかという疑問も生じる。
 これに加え、補填の対象と密接な関係のある費用や損失についても、法令解釈や事実認定に関して問題があるとすれば、損失補填金の課税関係も左右されることになる。
 権利意識の高まりや消費者保護制度の整備等を背景に、損害賠償請求事件が複雑化する中、本稿は、発生した損失と損失補填金の課税上の取扱いを巡る諸問題を取り上げ、今後起こり得る争訟を回避するための方向性を検討することを目的とする。

2 研究の概要

(1)損失と損失補填金の基本的理解

イ 損失補填金
 実社会において生じた損失や損害といった何らかの不利益について、それを被った者の救済を図る等の目的で、保険の給付や損害賠償、違約金、和解や示談のような金銭が支払われる。本稿では、損失や損害の発生に伴う、金銭的・経済的なマイナス要素に対する補填の意味合いを有する金員を総称して「損失補填金」と呼ぶことにする。
 我が国では、第二次大戦後、包括的所得概念への転換が図られたが、一定の損失補填金については非課税規定(所法9十七)が適用される。その背景には、損害がなかった状態まで回復するための金員についてまで所得と観念することが被害者にとって酷となる場合があるとの考え方や、損失補填金は損害の回復であって所得ではないという考え方が存在するが、概ね、人的損害は前者の考え方、物的損害は後者の考え方によって、それぞれ説明ができる。
 資産の損害に伴って支払われる損失補填金のうち事業所得等に係る「収入金額に代わる性質を有するもの」(所令94条)については、非課税とされる損失補填金から除かれる(所令30二後段括弧書及び三括弧書。以下「収入補償に係る非課税除外規定」という。)。この趣旨は、棚卸資産等が直接的に収益を生じる資産であることに着目し、その資産が失われて収入が得られたのであれば、結局、それは棚卸資産等を売ったこと、又は使用させたことと同じと考えるのであり、また、休廃業等に伴い収益の補償があった場合は、業務を継続して収入を得たのと同じと考えて、いずれも事業所得等の収入に含めることとしたものである。
 また、損失補填金に各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補填するための金額が含まれる場合には、その金額に相当する部分は、非課税所得に含まれない(所令30柱書括弧書。以下「必要経費の補填に係る非課税除外規定」という。)。この趣旨は、事業や業務の収入を得るための費用は、所得税法37条等の規定に基づき必要経費とされるところ、仮にその費用に係る支出が私法上の「損害」に当たるとことにより、補填金が支払われることになった場合に、その補填金を非課税としてしまえば、必要経費としての控除に加え、総収入金額からも除外することになり、いわゆる二重の控除を認めることとなってしまうためとされる。
 このように、二つの非課税除外規定は異なる理由から設けられたものであり、「収入補償に係る非課税除外規定」は、心身に加えられた損害に対する保険金等(所令30一)には置かれないのに対し、「必要経費の補填に係る非課税除外規定」(所令30本文括弧書)は、心身及び資産に加えられた損害のいずれにも適用されることから、それぞれの規定の適用範囲も異なると言える。

ロ 資産損失
 第二次大戦後、棚卸資産以外の資産に生じた損失は、災害等のあった場合における雑損控除の規定が中心であったが、昭和37年に事業用固定資産等についての資産損失が導入され、その後、現行の資産損失の規定(所法51)に引き継がれた。資産損失の損失額は損失補填金を控除した純額によって測定するが、これは雑損控除の損失額の算定との調和を図ったためである。
 資産損失の規定は、事業用固定資産の取壊し、除却、滅失等を原因とする損失(1項)及び事業上の貸金等の貸倒れを原因とする損失(2項)のほか、事業と称するに至らない業務用資産の損失(4項)を対象とするものである。
 資産損失は、固定資産の除却損等、法人において当然損金になるものを個人の事業にも認めるべきとの要請の下、一定の損失については、法人と同様の所得計算原理に立つこととしたものである。この点は、法人の会計処理に倣っており、減価償却を通じた投下資本回収を前提とし、そこで未回収となっている投下資本への課税を避けるという意義があると言える。一方で、「資産の損壊による価値の減少を含む」と定め、物理的要因による資産の減価に伴う損失計上を認めている点で、純資産増加説的な考え方に従って、資産に係る実体的損失による担税力の減殺を考慮した規定とも言える。

ハ 小括
 損失補填金の非課税規定と資産損失は、いずれも、損失と損失補填金の密接な関係に着目した上でこれらを相殺して所得の範囲を捉える点では、根底には共通する考え方が存在する一方、非課税規定は被害者救済という意義、資産損失は投下資本回収という意義をそれぞれ有しており、これらの規定は密接に関連しつつ、その趣旨は一様ではないことが、制度の複雑性・難解性の背景にあると考えられる。

(2)非課税規定の解釈

非課税規定は、あらゆる損失補填金を非課税とする規定ではなく、補填の対象となる「損害」が、本来所得となるべきものである場合は、そのような「損害」を回復する補填金は非課税とはされないとの解釈が存在する(参考事例として大阪地裁昭和41年8月8日判決(税資45号134頁)等。)。
 ところで、「収入補償に係る非課税除外規定」は、事業所得等の4所得に係る収入金額に代わる性質を有するもの(所令94条)を引用し、これを非課税とはしない旨を定めるところ、その所得区分に限定して適用されるのかという疑問が生ずる。
 所得税法施行令94条は、損失補填金の取扱いに関して、事業所得等の収入金額の範囲という観点で定めたものである。仮に、事業所得等の「収入金額に代わる性質を有する」損失補填金を収入金額に含むという規定がありながら、他方で損失補填金を非課税とする規定が存在することになれば、相反する取扱いが存在することになるが、「収入補償に係る非課税除外規定」(所令30二後段括弧書及び三括弧書)があることによって、両規定の適用の優先関係が明確になる。ここに「収入補償に係る非課税除外規定」が所得税法施行令94条を引用する形で設けられた意義があると考えられる。また、「収入補償に係る非課税除外規定」は、本来所得となるべきものに係る損失補填金は非課税とはならないとの解釈を前提とし、人的損害については、物的損害とは異なる取扱いをすることを明確に示したとも考えられる。また、「損害の回復を所得と観念しない」又は「被害者救済」という、非課税規定のいずれの趣旨に照らしても、特定の所得区分を対象とする必要はないのであり、このように考えると、「収入補償に係る非課税除外規定」は、所得税法施行令94条を引用してはいるが、本来所得となるべきものの回復を非課税所得とはしないという解釈については、同条で定める4つの所得に限定する積極的な理由はないと考えられる。
 ところで、「必要経費の補填に係る非課税除外規定」は、「本来所得となるべきものの回復を非課税としない」との解釈と関連させた趣旨とする見方も存在する。仮に、「本来所得となるべきもの」の所得について、包括的所得概念によって定義された純資産の増加たる「所得」であると考えた場合、所得金額の計算要素である必要経費は、その計算結果たる「所得」に含まれるものである。つまり純資産に対する減少項目である必要経費が、損失補填金によって補填されたところで、確かに純資産価値の純増がもたらされるわけではない。このことをもって、「必要経費の補填に係る非課税除外規定」が適用される場面を、「利益の補償など純資産の増加を伴う趣旨のものが一部でも含まれているような場合」に限定する解釈に至ったものと考えられる(参考事例として名古屋高裁平成22年6月24日判決(税資260号順号11460)。)。
 費用として支出した金銭がその後補填されれば、実質的にはその費用の負担はなかったことになるにもかかわらず、このような費用が所得税法37条の規定に基づき必要経費に算入されたまま、なおかつ、その補填金が非課税とされれば、費用が補填された者も、補填されなかった者も、所得計算の結果が同額となるという不合理な結果につながる。「必要経費の補填に係る非課税除外規定」は、かかる不合理を回避するために機能すると考えれば、「必要経費の補填に係る必要経費除外規定」が、所得税法施行令30条本文括弧書として置かれており、人的損害と物的損害の場合のいずれにも適用される点の説明も可能となる。しかし、「必要経費の補填に係る非課税除外規定」と、「本来所得となるべきものの回復を非課税としない」との解釈との境界が不明確になれば、不合理な所得計算が回避されない恐れがある。

(3)損失と非課税の関連

損失補填金が補填する対象が何であるかによって、その課税関係は左右される。例えば、必要経費(所法37)である場合は「必要経費の補填に係る非課税除外規定」が適用され、また、補填の対象が棚卸資産等の損失(所令941一)である場合は「収入補償に係る非課税除外規定」が適用されるため、これらの損失補填金は課税所得となる。一方、補填の対象が、必要経費とはならない費用や損失(例えば生活用資産に生じた家事上の損失や、医療費等)である場合、また、必要経費に算入される損失額を純額で測定する資産損失(所法51)である場合は、これらについての損失補填金には除外規定は適用されず、非課税との判断になる。
 本稿はこれを、補填の対象と所得計算上の諸項目との紐付けの問題と呼ぶ。
 特に、補填の対象は、物損や金銭支出といった、資産に係る何らかの減額要素であることが多いのであるが、かかる減額要素についての所得税法上の概念、例えば必要経費、資産損失、家事費等の諸項目の解釈や境界が不明確であれば、損失補填金の課税関係の判断にも影響を及ぼすことになる。
 第一に、業務上の資産損失(所法514)の適用範囲は事業と同様と考えるのか、あるいは、あくまでも条文の文理に従うのかが問題となる。この点、昭和40年改正前は事業にしか認められていなかった資産損失を業務にも広げたこと、また、法人との比較において、法人で損金算入が当然に認められている除却損等を個人にも認めるという観点から導入されたことという所得税法の沿革を見れば、事業所得等に追随する形で導入された業務上の資産損失の適用要件が事業に比して緩和したものとは考えにくい。また、法人税においては、課税技術上の問題や課税上生じ得る不公平を回避するために資産評価損の損金算入を制限するところ、業務上の資産損失の範囲を拡大して解することによって、個人においても生じ得る同様の問題を見逃すことになる。
 第二に、必要経費の概念に損失を取り込むことによって生ずる問題がある。所得税法は、原則として必要経費概念の中に損失は当然に含まれるものではないと考えられるが、事業経営上不可避的に生ずる損失は、実務上、費用に含めて取り扱っている。不可避的損失に対して補填金が支払われ、その課税関係が問題となった場合、必要経費の範囲を厳格に解するのであれば、補填の対象となった損失は必要経費には当たらないとされ、その損失補填金は非課税となり得る。一方、実務上は不可避的損失の必要経費算入を容認しているとなると、いわゆる収支両建て又は収支両落ちのいずれにも当てはまらず、二重控除と同様の結果が生じることになる。

(4)損失補填金を巡る事実認定

損失補填金の補填の対象とされる「損害」の事実認定は、非課税規定の適用関係の判断において重要であるにもかかわらず、私法上の法的関係や制度に基づき支払われる損失補填金の性質の見極めに当たっての基準が、所得税法上は与えられていない。金員の性質については、損害発生の有無、態様、損害額といった事実関係を勘案して評価されるものであるところ、課税実務においてその事実認定を行うには困難が伴う(参考事例として大阪高裁昭和55年2月29日判決(行集31巻2号316頁)及び宇都宮地裁平成17年3月30日判決(税資255号9980頁)等。)。
 また、私法上の法的評価に基づく損失補填金の性質、例えば民事事件等において認定された事実や、損失補填金の算定過程を見ても、そこには所得税法上の収入金額又は必要経費といった概念は表れてこないため、私法上の関係における損失補填金の性質が、そのまま所得税法上の規定に当てはまるかという疑問も生じる(参考事例として神戸地裁平成25年12月13日判決(判時2224号)及び名古屋高裁平成22年6月24日判決(税資260号順号11460)。)。

(5)私法上の損害概念

まず民法の不法行為(民709)は、1故意又は過失、2権利利益の侵害、3損害の発生及び4故意・過失と損害の発生の間の因果関係が成立要件とされるところ、ここでの損害とは、不法行為がなかった場合と、現在の利益状態の差を金銭で表示したものとの考え方が通説的である(差額説による損害概念)。これに対して、損害とは、損害賠償請求において被害者が主張する金銭で表示された損害(損害額)ではなく、その基礎となる、被った不利益として主張された事実であるとの見解がある(損害事実説)。この見解は、損害の金銭的な評価とは別に損害事実を捉えることになるため、物的損害のみならず人的損害にも当てはまり、より一般性のある損害の捉え方とされる。また、我が国では、損害賠償の範囲と損害の金銭的な評価は、実務上、必ずしも意識して区別されていないのであるが、損害事実説は、発生した事実としての損害のうちどこまでを賠償させるべきかという損害賠償の範囲に含まれる事実と、その金銭的評価との区別の必要性を指摘する。
 次に保険制度における損害を考える。一定の事由が生じたことを条件として保険給付を行うことを約する保険契約において、一定の事由とは「人の生存又は死亡」、「一定の偶然の事故による損害の発生」のほか、疾病、傷害といった事由が当たる。保険制度においては、保険契約は、損害保険契約及び損害填補方式の契約(損害保険と同様に一定の事由により生じた損害のてん補を約するもの)において損害を要素とするが、生命保険契約及び定額給付方式の契約は、損害は要素とされず、一定の事由(生存、死亡、疾病、傷害、治療等)が発生すれば足りる。

(6)所得税法上の損害の認定

所得税法は、包括的所得概念に基づき、所得を一定期間にわたる純増加額と消費額の合計と観念しているが、具体的な計算においては、総収入金額から必要経費を控除することで所得金額を算定しており、会計学における損益法による利益計算と類似する方法と言える。
 差額説によれば、不法行為がなかった場合と、現在の利益状態の差を金銭で表示したものが損害と考えられるため、その金額は一定期間における純資産の増減に着目して算定される。この点で、会計学における財産法による利益計算と類似するものであるが、ここでは収入や費用は計算要素とされず、これらは最終的な計算結果としての純資産の増減に吸収され、計算過程において表れてこない。
 しかし、非課税除外規定の前提には、取引をフロー項目とストック項目という二面において捉え、そのうちのフロー項目たる収入及び費用の差額に基づき所得金額を計算する仕組みがあることを考慮すれば、純財産の減少として損害を捉える場合、損益法的な所得計算上の概念である収入・費用・損失といった諸項目との両立は難しくなり、これらの諸項目の差引による所得計算を前提とした「収入補償に係る非課税除外規定」及び「必要経費の補填に係る非課税除外規定」が十分機能しないことになる。
 以上を踏まえると、損失補填金の課税関係を判断する際には、取引のフロー項目に着目し、所得計算上の諸項目との紐付けを考えるべきである。
 また、民法上の損害額は、事実的因果関係の認定や、過失・保護範囲に係る法律的(規範的)判断、そして損害についての金銭的評価といったプロセスを経て算定されるが、この各過程において、民法固有の準則が存在する。
 一方、民法上の準則とは別に、所得税法上は、収入費用の認識、金額の測定に関する原則が存在する。そうすると、民法と所得税法では、損害に係る評価の方法やそれを評価する時点が相違する。そのため、金銭的評価の結果たる損害額から、その賠償の範囲となった損害を逆算的に探り当てるのは困難と言える。
 そこで、損害に係る事実が、異なる法的枠組みの概念である「損害」と所得計算上の諸項目との紐付けに当たっての共通項となり得ると考え、金銭的評価の結果としての「損害」ではなく、事実そのものを出発点にして「損害」を捉えることが、損失補填金の課税上の取扱いを巡っての安定的な判断のための第一歩であると考えられる。

(7)非課税規定の「損害」の解釈と判断過程

非課税規定(所令30一)が、人的損害の保険金の基因について「身体の傷害」と定めるのは、人的損害に係る損失補填金が支払われる場面を考えた場合、例えば保険制度においては保険事故という「事実」が要件となることを考慮したものと考えられる。同様に、人的損害に係る損害賠償金に係る「心身に加えられた損害」ついても、金銭的な損害ではなく、人的権利利益に係る損害の事実そのものであると考えることができる。また、物的損害についても、純資産の減少という損害概念とは考えず、人的損害と同様に、保険事故又は加害行為によって保険の目的物又は物的な権利が損なわれたことに関する「事実」と考えることで、非課税規定の損害を統一的に説明することが可能になる。
 事実そのものを出発点にして「損害」を捉える場合、損失補填金の性質を見極めるに当たっては、連鎖的に生じた事実のうちどこまでが補填の範囲とされたのか、また、その各事実の損害額がいくらで評価されたかを検討する必要がある。損失補填金が保険制度や損害賠償制度に基づき支払われた場合、保険契約の内容や発生した保険事故、加害行為の事実認定、賠償範囲の規範的判断を通じて、補填の対象を見極めることができる。ただし、当事者間の和解等を通じて支払われた場合は、課税の段階において初めて、損害の事実認定を要することになるが、その際、必要となるのが、損害の客観性、現実性、高度の蓋然性、また一連の事実関係のうち、被害者側と相手側が損失補填金の支払に至る合意の基礎となった事実を基に補填の対象とされた事実を判断することになると考えられる。
 また、非課税除外規定は、収入と費用の差額に基づく所得計算を前提とした規定であるから、その適用の判断に当たっては、賠償の範囲とされた損害を構成する個々の事実に注目し、そのうち、その計算要素である収入・費用・損失の計上の基礎となる取引等の具体的事実を抽出する必要がある。
 損害を構成する具体的事実が、所得税法上の必要経費として処理されるものである場合は、その事実の損害額に相当する損失補填金の部分には、「必要経費の補填に係る非課税除外規定」を適用する。また、民法上、賠償範囲とされる損害の事実には、「何らかの不利益な出来事が起こったこと」という積極的事実のみならず、「何らかの利益となる出来事が起こらなかったこと」という消極的事実も含まれる。このような消極的事実が実際に発生したと仮定して、その「何らかの利益」が所得計算上の収入に当たるのであれば、その事実に係る損害額に相当する損失補填金の部分には、「収入補償に係る非課税除外規定」が適用されることになる(もっとも、その消極的事実が含まれる「損害」を構成する最も重大な被侵害利益が人的損害である場合は、「収入補償に係る非課税除外規定」は適用されない。)。

(8)今後の課題

損害を構成するそれぞれの具体的事実をどのように取り扱うかは、所得税制と私法上の保険制度や損害賠償制度がそれぞれの原則や準則等に従って判断していくことになる。損害の事実を出発点として損失補填金の課税関係を考える場合、ある事実が、私法上の判断枠組みにおいて損害として認定され、それに対する損失補填金が支払われたとしても、税法上の認識がその事実が生じた時点では認識されず、何ら処理がされないこともあるため、いずれの事実に基づく処理と関連付けるかについて、時期や金額の相違を調整する何らかの基準を設ける必要があると考えられる。
 更に、損害賠償の実務においては、財産的減少によって把握された金銭的な「損害」自体が損失補填金の補填の対象であると認定された事例があるように(名古屋高裁平成22年6月24日判決(税資260号順号11460))、伝統的な損害概念が浸透している。
 その場合の損害には、所得税法上、総収入金額が必要経費に満たない場合の「損失」に相当するものが含まれることになり、かかる損失は、必要経費を要素とする所得計算の結果であることから、その場合に損失補填金が非課税とされれば、必要経費相当額について、いわゆる二重の控除が部分的に生じることを許容することになる。また、損失補填金を受け取った者でも、そうでない者でも、課税所得金額が同じになるという不合理が生じることを、所得税法が予定していたかは疑問がある。
 そうすると、所得税法は、非課税規定上の「資産に加えられた損害」の意味において、一定の期間に認識された財産的価値の減少という抽象的な損害まで含むことを前提としていないのではないかとも考えられるが、所得税法は「資産」の意味を定めていない以上、非課税規定の解釈論によって二重の控除を回避するには限界がある。
 損失及び損失補填金の性質が多様化する状況を鑑みると、現行の損失補填金の非課税規定及び非課税除外規定、更に必要経費や資産損失の規定の下で、損失及び損失補填金について、安定的かつ公平な取扱いを実現するのは容易ではないと思料される。今後、条文解釈上の疑義が明らかにされるとともに、時代に対応した規範の整備が進められることを期待したい。


目次

項目 ページ
はじめに382
1 研究の目的382
2 論文の構成383
第一章 損失と損失補填金の基本的理解385
第一節 広義の損失と損失補填金385
1 一般的な意義385
2 所得税法上の損失と損失補填金386
3 所得概念と損失の関係388
第二節 所得税法上の取扱いの沿革390
1 所得概念の転換390
2 資産に生じた損失391
3 損失補填金394
第三節 現行の非課税規定と意義398
1 損失補填金の非課税規定398
2 非課税に係る除外規定401
第四節 現行の資産損失の規定と意義404
1 資産損失404
2 法人の所得計算の原則と資産損失の比較405
3 資産損失の固有性407
第五節 小括410
第二章 具体的事例からみた論点412
第一節 本来所得となるべきもの412
1 参考事例412
2 本来所得となるべきものと所得税法施行令94条414
3 本来所得となるべきものの回復と必要経費の補填415
第二節 損失と非課税の関連性416
1 参考事例416
2 所得計算上の諸項目の境界と損失補填金との紐付け417
第三節 損失補填金を巡る事実認定419
1 参考事例419
2 支払われた金員の性質422
3 補填の対象となった損害の見極め424
第四節 小括425
第三章 所得税法の解釈に関する考察427
第一節 非課税規定の解釈427
1 「収入補償に係る非課税除外規定」の意義と射程427
2 二つの非課税除外規定の適用場面の相違430
第二節 必要経費と資産損失を巡る解釈432
1 資産損失の適用要件432
2 純額による損失金額437
3 必要経費の範囲439
第四章 私法と税法の損害概念に関する考察442
第一節 私法上の「損害」概念442
1 私法上の損害補填制度442
2 私法上の損害概念443
3 損害の種類445
4 損害事実と金銭的評価446
第二節 損害の認定と所得税法448
1 所得計算の仕組みと差額説による損害概念448
2 事実と金銭的評価の区別の必要性452
第五章 事実としての損害と所得税法の適用456
第一節 非課税規定の「損害」の解釈456
1 保険事故による損害又は権利利益の侵害との関係456
2 因果関係のある損害458
第二節 損失補填金の課税関係の判断過程461
1 事実としての損害と非課税規定461
2 非課税除外規定の適用463
3 事例への当てはめ464
第三節 今後の課題467
1 損害の確定時期と金銭的評価467
2 解釈論の限界473
おわりに475

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