福田 善行
税務大学校
研究部教育官


要約

1 研究の目的(問題の所在)

近年、不動産所得を利用した節税スキームが考え出されるなど、不動産等の貸付けの態様が多様化、複雑化するにつれ、貸付けに関連して得る収入(関連収入)も増加し、それに伴って、関連収入の不動産所得該当性についての争訟も増加している。その原因としては、不動産所得が、単に「不動産等の貸付けによる所得をいう」としか定義されていないことに加え、取引の内容が比較的単純であったことなどから、不動産所得の意義について、これまであまり議論されてこなかったことにもあると思われる。
 本研究は、法令の規定を解釈した上で、関連収入の不動産所得該当性が争われた裁判・裁決例を基に、不動産所得と判断された(されなかった)基準の整理・検証を行うことにより、不動産所得の範囲を明確にすることを目的とするものである。

2 研究の概要

(1)不動産所得について

イ 不動産所得の沿革
 現行所得税法は、所得をその源泉ないし性質に応じて、利子所得ないし雑所得の10種類に分類しているが、その趣旨は、各種所得の金額の計算においてそれぞれの担税力の相違を加味しようという考慮に基づくものであって、分類所得税の1つの名残であるとされる。
 不動産所得という所得分類が最初に設けられたのは、昭和15年の改正所得税法であり、その後、昭和22年改正により分類所得税が廃止されたことに伴い、不動産所得の分類も廃止され、現行の事業所得と雑所得とともに「事業等所得」とされた。シャウプ勧告に基づく昭和25年改正では、原則として、所得者個々に課税する個人単位課税が採用されたが、例外として、資産所得については、生計を一にする夫婦と未成年の子等、最小の世帯単位での合算課税制度(資産所得合算課税制度)が設けられた。この合算課税制度の対象となる資産所得の範囲に関連して、それまでの「事業等所得」から「不動産所得」が取り出されたが、資産合算課税制度が廃止された現在もそのまま存置されている。

ロ 論点
 本稿では、不動産所得とすべき関連収入の範囲を明らかにするため、法令解釈を基に、裁判・裁決においてどのような基準で不動産所得と判断されたかを整理・検討していく。取り上げる裁判・裁決例は、大別して、不動産所得該当性を1所得税法26条1項の貸付けによる所得に当たるか否かにより判断したもの、2所得税法施行令94条1項2号の収益補償金に当たるとしたもの、3不動産所得の必要経費を補填する性質のものは不動産所得の収入金額とすべきとしたものに分けられるため、これらの別に従って考察を行うこととする。

(2)不動産等の貸付けによる所得の意義

イ 法令解釈
 不動産所得の創設当時の規定が、「貸付ニ因ル所得」とされていたことから「貸付に起因する所得」あるいは「貸付に原因がある所得」と言い換えることができる。更に、不動産所得の金額の計算において「総収入金額」という語が使用されていることからすると、当初から、貸付けの対価のみでなく、様々な関連収入が生じることが予定されていたと考えられる。そして、分類所得税の下で不動産所得が他の所得分類よりも高い税率で課税されていたのは、資産所得が不労所得とされ、最も担税力が強いと考えられていたこと、資産所得合算課税制度の対象となる資産所得の範囲を確定するために、再度、不動産所得分類が設けられたことからすると、不動産所得とは、使用収益の対価たる地代、家賃等に限定されるものではなく、他の所得に分類される場合や明文の規定により不動産所得から除かれている場合を除き、不動産等を使用収益させることを原因として発生する利益であれば不動産所得に該当すると考えるのが所得税法26条1項の文理解釈として相当であろう。したがって、不動産所得の範囲はある程度広いものと考えられる。

ロ 裁判・裁決例の検証
 不動産等の貸付けによる所得に当たるか否かにより不動産所得該当性が判断された裁判・裁決においては、1賃貸借契約により通常予定できる経済的利益、2賃貸借契約と直接の因果関係のある経済的利益、3賃貸借契約に係る収益構造と不可分一体の経済的利益という点から判断されている。
 「貸付けによる所得」が「貸付けに原因がある所得」と言い換えることができることからすると、貸付けを原因としてその結果発生する所得、すなわち、貸付けと因果関係のある所得ということができる。因果関係とは、「あれなければこれなし」の関係とされるが、不動産所得が、担税力の違いや資産所得合算課税制度の対象とする必要性から他の所得と区別された経緯を踏まえると、当該因果関係をたどることによって貸付けによる所得の範囲が無制限に広がってしまうことは適当ではない。その意味において、判決では「直接の因果関係」としたものと考えられる。また、民法では、債務不履行による損害賠償の範囲を「通常生ずべき損害」に限っており、これは、一般に「相当の因果関係に立つ損害」といわれる。このように、「貸付けによる所得」との文言からは、貸付けと所得との間には、因果関係(あれなければこれなしの関係)があれば足りると解されるものの、その範囲が無制限に広がってしまうことは適当ではないこと、一方で、相当の因果関係(通常生ずべき関係)までも要するとは解することはできないことからすると、「通常予定できる経済的利益」とした判決は妥当といえる。そうすると、賃貸借契約に係る収益構造と不可分一体の経済的利益も賃貸借契約により通常予定できる経済的利益ということができる。

(3)不動産等の貸付けによる所得に代わる性質を有するものの意義

イ 保険金等及び収益補償金
 所得税法施行令94条1項では、不動産所得を生ずべき業務において受ける保険金等及び収益補償金は、所得税法26条1項に定める「不動産等の貸付けによる所得」に代わる性質を有するものとして不動産所得の収入金額とする旨規定されている。本規定の創設当時の解説では、課税方法の変更ではなく、取扱いに疑義があったものについて明確化したと説明されていること、また、不動産所得の所得計算規定において「総収入金額」という語を用いることによって、副収入や付随収入が生ずることも予定されていることからすると、所得税法は、本来の「不動産等の貸付けによる所得」以外にも、不動産所得となるものがあることを予定しているものと考えられる。

ロ 裁判例の検証
 収益補償金に当たるか否かは、法令の解釈が問題となるというよりも、収益を補償するものであるか否かの事実認定が問題となることが多い。裁判例においては、合意解約に至る経緯あるいは失われる将来の賃料収入を補償するという条項の趣旨に沿っているかという点から判断がされているが、一方で、賃貸借契約と一体としてなされた合意に基づく経済的利益、賃貸借契約中の条項の趣旨に沿った合意に基づく経済的利益であるとした点は、賃貸借契約と関連性を有する経済的利益として、上記(2)の「不動産等の貸付けによる所得」の判断基準と同じであるともいえる。したがって、収益補償金であっても、賃借人から取得する場合で、賃貸借契約に基づくものと認定できる場合には、本来の「不動産等の貸付けによる所得」にも該当するということができる。

(4)必要経費を補填する性質を有するものの取扱い

イ 裁決例の検証
 不動産所得の金額の計算規定及び所得税法の立法趣旨から、不動産所得に係る必要経費の補填金及び支払免除益は、不動産所得の収入金額に算入すべきとした裁決例がある。
 必要経費に関して補填を受けた場合、経済的には、必要経費支払の負担が減少することになるが、支払額自体が減少するわけではないため、補填金を当該必要経費に算入した所得の収入金額に算入しなければ、所得金額が過少に計算されてしまうことになり、公平な課税とはならない。更に、現行所得税法が、総合所得税制度を採用しつつも、所得分類によって異なる計算方法を定めていることからすると、当該必要経費に算入した所得と異なる所得に分類されることになれば、担税力に応じた公平な課税が行われないおそれがある。
 所得税法は、適正公平な課税の実現を図る目的で、所得分類及び所得の計算方法を定めているのであって、必要経費の補填金を、必要経費に算入した所得とは別の所得分類の収入金額として計算することは全く予定していないものと考えられる。必要経費の補填金を、必要経費に算入した所得と同じ所得分類の収入金額とすることは、所得税法の立法趣旨を踏まえた所得分類及び所得計算規定に基づく解釈によるものであり、このことが直ちに租税法律主義に反するとはいえないだろう。このことは、所得税施行令94条1項1号の創設理由が、保険料が必要経費として控除されていることと対応させて、保険金収入も、事業所得等の収入金額とすべきであるとされていること、所得税法33条2項において譲渡所得から除かれる少額減価償却資産等の譲渡による所得が、当該資産等の取得価額を必要経費に算入した所得とされることとも軌を一にするものである。
 また、必要経費の支払免除を受けた場合、必要経費相当額の経済的利益を受けることになるため、当該経済的利益は、必要経費の補填金と同様の取扱いがされるべきである。これらは、貸付けによる所得そのものではないが、これに代わる性質を有するものというべきである。
 以上のことから、不動産所得に係る必要経費の補填金及び支払免除益は、不動産所得に係る総収入金額に算入すべきとした裁決は相当であると考える。

ロ 必要経費を補填する性質を有するもの
 所得税法は、本来の所得に限らず、それに代わる性質を有するものも、本来の所得の総収入金額に算入することを予定していると考えられることから、裁決においても、必要経費の補填金は、必要経費に算入した所得と同じ所得分類の収入金額に算入すべきとされたことからすると、当該必要経費には、減価償却費として必要経費に算入されることとなる減価償却資産の取得費用も含まれるとするのが相当である。また、資産の取得費用や必要経費支払のために借り入れた借入金については、その返済額が必要経費となるわけではないが、借入金をもって支払った必要経費や資産の取得費用が、不動産所得の必要経費に算入すべきものであることからすると、当該借入金の返済免除益も、必要経費を補填する性質を有しているというべきである。また、不動産所得を生ずべき業務に係る少額減価償却資産等の譲渡による所得が不動産所得の収入金額とされることについても、既になされた必要経費算入の修正という考え方に基づくものであることからすると、必要経費を補填する性質を有するものということができる。

3 まとめ

(1)不動産所得の範囲

不動産等の貸付けによる所得とは、不動産等の貸付けと因果関係を有する所得、すなわち、貸し付けることにより生ずることが通常予定されている所得と解することができる。具体的には、賃貸借契約に係る収益構造と不可分一体の経済的利益であるか、賃貸借契約と一体としてなされた合意に基づく経済的利益であるか、賃貸借契約中の条項の趣旨に沿った合意に基づく経済的利益であるかといった点から判断がされることになる。
 また、不動産等の貸付けによる所得のほか、これに代わる性質を有するものも不動産所得の収入金額とされる。この不動産等の貸付けによる所得に代わる性質を有するものには、所得税法施行令94条1項各号に掲げる保険金等及び収益補償金のほか、不動産所得を生ずべき業務に係る必要経費の補填金や少額減価償却資産等の譲渡による所得など、不動産所得の必要経費を補填する性質を有するものも含まれる。

(2)不動産所得の課税要件

1 不動産等を貸し付けていること(不動産の上に存する権利の設定その他他人に不動産等を使用させることも含む。)。

A 不動産(土地及びその定着物)
B 不動産の上に存する権利(地上権、永小作権、借地権など)
C 船舶
D 航空機

2 次のいずれかの所得であること。

A 貸付けによる所得であること。

a 不動産等を使用収益させる対価としての性質を有するものであること。

b 貸付けと因果関係のある経済的利益(貸付けを行うことによって生ずることが通常予定されている利益)であること。

例:➢ 賃貸借契約に係る収益構造と不可分一体の経済的利益
➢ 賃貸借契約と一体としてなされた合意に基づく経済的利益
➢ 賃貸借契約中の条項の趣旨に沿った合意に基づく経済的利益

B Aに代わる性質を有するものであること。

a 不動産所得を生ずべき業務に係るたな卸資産に準ずる資産等につき損失を受けたことにより取得する保険金等

b 不動産所得を生ずべき業務の全部又は一部の休止、転換又は廃止その他の事由により当該業務の収益の補償として取得する補償金その他これに類するもの

c 不動産所得に係る必要経費を補填する性質を有するもの

例:➢ 必要経費の金額の補填金
➢ 必要経費の支払免除益
➢ 減価償却資産の取得費用の補填金
➢ 減価償却資産の取得費用の支払免除益
➢ 借入金の返済免除益
➢ 少額減価償却資産等の譲渡による所得

3 次のいずれかに該当する所得でないこと。

A 事業所得
 不動産等の貸付けが事業として行われている場合であっても、人的役務が伴わない場合や人的役務が付随的なものにすぎない場合は、不動産所得となる。

B 譲渡所得
 借地権等の設定の対価のうち一定のものは、譲渡所得とみなされる。 不動産所得を生ずべき業務に係るたな卸資産に準ずる資産、少額重要資産以外の少額減価償却資産及び一括償却資産の譲渡による所得は、不動産所得となる。


目次

項目 ページ
はじめに257
第1章 不動産所得について260
第1節 不動産所得の沿革260
第2節 論点263
第2章 不動産等の貸付けによる所得の意義264
第1節 法令解釈264
1 不動産所得の定義264
2 不動産所得の金額271
3 事業所得との関係274
4 譲渡所得との関係277
5 一時所得との関係282
6 小括282
第2節 関連収入についての裁判・裁決例285
1 土地賃借人から無償で提供された建物利益285
2 不動産取得のための借入金に係る利子補給金292
3 航空機リースに係るローン残債務免除益296
第3節 考察300
1 「貸付けによる所得」における関連性300
2 「業務の遂行に伴い付随して生じた収入」における関連性304
第4節 小括307
第3章 不動産等の貸付けによる所得に代わる性質を有するものの意義308
第1節 保険金等及び収益補償金308
1 所得税法施行令94条1項と所得税法26条との関係308
2 所得税法施行令94条1項の趣旨309
3 保険金等310
4 収益補償金311
5 小括312
第2節 関連収入についての裁判例313
1 保証金返還債務免除益1313
2 保証金返還債務免除益2317
第3節 考察323
1 収益補償金該当性について323
2 貸付けとの関連性について324
第4節 小括325
第4章 必要経費を補填する性質を有するものの取扱い327
第1節 必要経費を補填する性質を有するもの327
第2節 関連収入についての裁決例328
1 賃借人(転貸人)が、立退きに際し賃貸人から受領した金員328
2 航空機リースに係る手数料免除益339
第3節 考察343
1 減価償却資産の取得費用の補填金343
2 減価償却資産に関する債務免除益等344
3 少額減価償却資産等の譲渡による所得346
第4節 小括347
第5章 まとめ348
第1節 不動産所得の範囲348
1 不動産等の貸付けによる所得348
2 不動産等の貸付けによる所得に代わる性質を有するもの348
3 不動産所得の課税要件351
第2節 その他の関連収入の例352
1 自動販売機による販売手数料352
2 契約終了に伴い受領した原状回復金354
3 賃借人が放棄した内部造作に係る経済的利益355
4 賃貸アパートに設置した太陽光発電設備による余剰電力の売却収入356
5 賃借人(転貸人)から引き継いだ共益費の余剰金357
6 緑化助成金359
7 ホテルや客船の一室の賃貸に係る収入360
おわりに362

Adobe Readerのダウンロードページへ

PDF形式のファイルをご覧いただく場合には、Adobe Readerが必要です。Adobe Readerをお持ちでない方は、Adobeのダウンロードサイトからダウンロードしてください。