木上 律子
税務大学校
研究部教授
平成26年の行政不服審査法、国税通則法の改正により、審査請求において、職権収集証拠の閲覧・写しの交付が審理関係人(審査請求人・参加人・原処分庁)に認められ、職権調査の申立てが審査請求人及び参加人に加えて原処分庁にも認められるなど国税不服申立制度が見直されることとなる。
国税不服審判所(以下「審判所」という。)については、従前から様々な議論がされているところであり、今回の改正を審判所の独立性が明確になる意味と捉える考えなどもある。
そこで、第三者的機関としての審判所が行う審理の範囲について、理論的な整理が必要となる。
(1)改正された行政不服審査法における審理手続等
行政不服審査法は、行政不服審査制度の一般法であり、昭和37年の制定以後実質的な改正はされていなかった。行政不服審査制度は、公正性の向上、
使いやすさの向上、
国民の救済手段の充実・拡大の観点から、時代に即した見直しが行われた。審理手続としては、原処分に関与していない審理員が中立的立場で審理を主宰し、審査請求人と処分庁等が対峙する構造が導入されることになる。「対審的な構造」あるいは「対審的審理構造」といわれる。
しかし、「対審的審理構造」を導入するといっても、公正さにも配慮した簡易迅速な手続の下で柔軟かつ実効性のある権利利益の救済を図る趣旨によるものであり、訴訟における「対審」自体を導入するものではない。簡易迅速かつ公正な手続により国民の権利利益の救済を図るとの行政不服審査制度の目的を踏まえると、審理手続については、審理員の職権判断により柔軟に対応することが適切であるとされている。
国税通則法の改正は、行政不服審査法の改正に合わせる趣旨で行われている。したがって、改正された国税通則法においても、訴訟における「対審」自体を導入するものではない。
(2)審判所の特質・存在意義
目的・機能、
機関、
権限と責任、
審理の原則、
裁決事項・判決事項及び
拘束力について、審判所(審査請求)と裁判所(訴訟)の異同等により考察すると、次のような審判所(審査請求)の長所が確認できる。改正された国税通則法においても同様である。
審判所には、行政救済機能と行政統制機能がある。
審判所は、執行機関から分離された第三者的機関としての裁決機関である。
国税不服審判所長は、通達に示された法令解釈に拘束されることなく裁決をすることができる。
審査請求の審理は非公開で、手続が簡易であり、職権主義、職権探知により迅速な救済が図られる。
審査請求においては、審査請求の理由(当事者の主張)に必ずしも拘束されずに、原処分について、その全体の当否を判断することができる。
裁決は行政部内における最終判断であり、原処分庁は裁決の内容を不服として訴訟を提起することができない。
裁判所(訴訟)に比べ、行政不服審査制度の最大の短所とされる中立性の希薄さ、公正性、信頼性の弱さは、審判所(審査請求)においても同様である。しかし、独立性の問題は改善されていると考えられ、独立性、手続の慎重さを重視しすぎても、長所としての簡易迅速性が失われることになる。
審判所は、適正かつ迅速な事件処理を通じて、納税者の正当な権利利益の救済を図るとともに、税務行政の適正な運営の確保に資することを使命としている。審査請求は、納税者の権利救済を第一の目的として、審判所においては、権利救済と行政統制との調和が課題となり、執行系統から分離された裁決権限を有する第三者的機関として、司法原理と行政原理との調和が図られている。そして、裁決において、職権主義が採用され、原処分の当否について、議決に基礎を置き、合法性の原則により、国税不服審判所長が、統一性をもって行政機関の最終判断を示すこととなり、当事者の巧拙に左右されることなく、納税者の正当な権利利益が迅速に救済される。これが審判所の特質であり、審判所の存在意義であって、改正された国税通則法においても変更されるものではないと考えられる。
(3)審判所における調査・審理の実務
昭和45年の審判所創設時において衆参両院で附帯決議がされていることから、審判所においては、審判の対象及び審理の原則について、「実質審理は、審査請求人の申立てに係る原処分について、その全体の当否を判断するために行なうものであるが、その実施に当たっては、審査請求人および原処分庁双方の主張により明らかとなった争点に主眼を置いて効率的に行なうものとする」(不服審査基本通達(審査請求関係)97−1)とされている。これは「争点主義的運営」といわれ、審判所が納税者の正当な権利利益の救済機関であることから、請求人が自己の正当な権利利益を安心して主張できるように配慮することが要請されていること等に基づくものとされる。
争点主義的運営は、一般に、「新たな調査な争点で、審理は総額で」といわれる。審査請求の審理は、職権主義によって行われ、国税通則法及び改正された国税通則法97条に規定されているとおり、審理に必要な限度では職権調査が行われる。したがって、争点主義的運営は、原処分全体(総額)の当否を審理判断することを前提に、原処分の当否を判断するための職権主義による調査の範囲の問題と捉えられる。
(4)審理の範囲
審判所における審理の範囲には、裁決事項(審判の対象)及び審理の原則(調査・審理)の2つの側面があり、職権調査については国税通則法及び改正された国税通則法97条に規定されている。
判決事項とは異なり、裁決は、不利益変更はできないが、審査請求の趣旨の範囲に必ずしも限定されず、原処分全体の当否を審理することができる。そして、弁論主義とは異なり、審判所における調査・審理は、職権主義、職権探知により、原処分全体の当否を判断するために争点に主眼を置いて効率的に行われる。
原処分全体の当否の判断の基礎となる事実関係について、提出された証拠書類等が担当審判官の心証を得るのに不十分であれば「審理を行うため必要があるとき」(通則法97)に該当し、担当審判官が職権で解明することとなる。
(5)裁決事例
公表されている裁決事例から、次のような審判所における調査・審理が確認できる。
裁決は、審査請求の趣旨を超えて、原処分を取り消すことができる。
裁決は、実体的違法について主張されていないとしても、原処分全体の当否を判断できる。
裁決において、処分の理由、処分の手続に限らず、審査請求人の主張及びこれに対応する原処分庁の主張から争点が整理され、争点関連事項は、個別具体的な事情に応じて検討される。
争点及び争点関連事項について「審理を行うため必要があるとき」が判断され、その調査の過程で判明した事実も判断の基礎とされる。
当事者間に争いのない事実であっても、審判所は異なる認定ができる。
審判所においては、争点以外についても判断(再計算)するが、その結果は、原処分を下回ればその部分が取消しとなり、原処分を上回っても棄却となるから、審査請求人の不利益にはならない。
(6)裁決の取消しに関する判決
最高裁昭和49年4月18日第一小法廷判決のほか、判決において、次のように判示されている。
審査の範囲は課税の当否を判断するに必要な事項全般に及ぶ。
審理方式については国税不服審判所長の裁量に委ねられている。
争われていることが明らかで、不意打ちとなったといえなければ、争点主義的運営に反しない。
争点となっていたことが明らかであれば、反論の機会を与えなかったことにならない。
結論に至る過程とは関連がない不服事由について判断されなくても裁決の理由の附記に不備はない。
国税通則法97条が規定する「審理を行うため必要があるとき」は担当審判官の裁量により判断される。
国税通則法97条が規定する職権調査の申立ては、担当審判官の職権発動の端緒にとどまる。
審査請求人又は原処分庁が主張していない事実についても裁決の基礎(理由)とすることができる。
改正された国税通則法において、請求人と原処分庁が対峙する審理構造がより鮮明になるとしても、審査請求の審理において、職権主義、職権探知が否定されるものではない。改正された国税通則法においても、審判所の特質、存在意義は変更されない。
審判所における審理の範囲には、2つの側面がある。審査請求における裁決事項(審判の対象)は、不利益変更は禁止されるが、審査請求の趣旨の範囲に必ずしも限定されず、原処分全体の当否の判断である。審査請求の審理は職権主義によって行われ、職権探知が肯定される。職権調査の範囲は、原処分全体の当否を判断するために、争点及び争点関連事項に主眼を置いて、当事者に不意打ちとならないよう配慮しつつ、「審理を行うため必要があるとき」か否か、担当審判官の裁量によって合理的に判断されることとなる。裁決事例及び裁決の取消しに関する判決とも整合する。
国税通則法97条の審査請求人による申立ては調査権の行使の端緒であり、改正された国税通則法97条の審理関係人による申立ても同様である。行使の必要があるか否かは、どちらから申し立てられたかにかかわらず、担当審判官が合理的に判断することとなる。審査請求において、行政機関の最終判断を示すため、原処分全体の当否の判断の基礎となる事実関係について、提出された証拠書類等が担当審判官の心証を得るのに不十分であれば、「審理を行うため必要があるとき」に該当し、担当審判官が職権で解明することとなる。改正された国税通則法においても同様である。他方、「不意打ち防止」は重要であるから、当事者の意見を聴くことが必要となる。職権収集証拠の閲覧・写しの交付が認められることは、この点からも注目される。また、提出される証拠書類等が充実すれば、適正な裁決が、より迅速に行われることとなる。
項目 | ページ |
---|---|
はじめに | 411 |
1 研究の目的 | 411 |
2 課税処分の救済過程 | 412 |
3 研究の方法 | 413 |
第一章 民事訴訟・課税処分取消訴訟・行政不服審査制度の概観 | 415 |
第一節 民事訴訟の原則 | 415 |
1 当事者主義 | 415 |
2 職権探知主義 | 417 |
3 審理方式に関する諸原則 | 418 |
4 証明責任 | 420 |
第二節 行政事件訴訟としての課税処分取消訴訟 | 421 |
1 民事訴訟と行政訴訟 | 421 |
2 課税処分取消訴訟 | 424 |
第三節 行政不服審査制度 | 427 |
1 制度の概要 | 427 |
2 審査請求の審理 | 428 |
3 行政不服審査制度の改正 | 431 |
4 行政不服審査制度と国税不服申立制度 | 435 |
第二章 審判所制度 | 437 |
第一節 審判所創設の経緯等 | 437 |
1 協議団の功績とこれに対する批判 | 437 |
2 準司法機関の考え方についての検討 | 438 |
3 国会の附帯決議 | 439 |
4 審判所の特色 | 441 |
第二節 指摘される主な問題点と改正等 | 442 |
1 主な問題点 | 442 |
2 改正等 | 444 |
第三節 審判所(審査請求)と裁判所(訴訟)の異同等 | 446 |
1 目的・機能 | 446 |
2 機関 | 448 |
3 権限と責任 | 450 |
4 審理の原則 | 452 |
5 裁決事項・判決事項 | 456 |
6 拘束力 | 458 |
7 審判所の特質・存在意義 | 460 |
第四節 審判所における調査・審理の実務 | 461 |
1 調査・審理の指針 | 462 |
2 附帯決議の趣旨 | 462 |
3 争点主義的運営 | 466 |
第五節 審理の範囲 | 472 |
1 裁決事項(審判の対象) | 472 |
2 審理の原則(調査・審理) | 473 |
3 「審理を行うため必要があるとき」 | 474 |
4 小括 | 478 |
第三章 裁決事例 | 480 |
第一節 裁決の構成等 | 480 |
1 裁決の基本的構成 | 480 |
2 「基礎事実」欄 | 481 |
3 「本件の処分について」欄 | 482 |
4 「その他」欄 | 482 |
第二節 個別事例 | 483 |
1 各事例の争点等 | 484 |
2 審査請求の趣旨と裁決事項 | 488 |
3 裁決における争点の捉え方 | 489 |
4 争点及び争点関連事項 | 491 |
5 争点以外についての判断 | 499 |
6 事実が判明した過程等 | 503 |
7 小括 | 504 |
第四章 裁決の取消しに関する判決 | 507 |
第一節 各判決の概要等 | 508 |
1 昭和49年最判 | 508 |
2 判決1・大阪高裁平成25年11月7日判決 | 510 |
3 判決2・東京地裁平成25年10月29日判決 | 512 |
4 判決3・東京高裁平成24年9月12日判決 | 513 |
5 判決4・大阪地裁平成23年3月11日判決 | 515 |
6 判決5・東京高裁平成22年12月22日判決 | 516 |
7 判決6・神戸地裁平成22年3月18日判決 | 517 |
8 判決7・大阪高裁平成21年6月12日判決 | 519 |
9 判決8・名古屋高裁金沢支部平成20年3月26日判決 | 521 |
10 判決9・東京高裁平成20年2月21日判決 | 523 |
第二節 審理の範囲 | 524 |
第三節 審理の方式 | 526 |
第四節 争点主義的運営 | 527 |
1 争点主義的運営の捉え方 | 527 |
2 反論の機会 | 529 |
3 争点の捉え方 | 529 |
第五節 職権調査 | 532 |
1 担当審判官の裁量(審理を行うため必要があるとき) | 532 |
2 職権調査の申立て | 534 |
3 職権探知・判断の基礎資料 | 535 |
第六節 小括 | 537 |
おわりに | 540 |
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