角田 享介
税務大学校
研究部教授


要約

1 研究の目的(問題の所在)

わが国における連結納税制度では、連結納税の開始時(法61条の11)、または連結納税開始後に連結親法人が他の内国法人の完全支配関係を有することになったのに伴い当該内国法人が連結納税に加入する時(法61条の12)には、連結親法人が完全支配関係を有する子法人(適用が除外される子法人を除く)は、連結納税の開始または加入直前の事業年度末に保有する特定の資産(時価評価資産)を時価評価して、開始または加入直前事業年度に評価損益を計上することが求められる。そして、この時価評価資産に関わる論点として、自己創設営業権の時価評価の問題が2003年の連結納税制度開始当初から存在している。
 時価評価資産に自己創設営業権が含まれると解釈するか否かについては、制度開始以来、多数の議論が行われてきた結果、現在では時価評価資産に自己創設営業権が含まれると解釈されることが実務上では一般的となっている。
 一方、日本公認会計士協会は、予見できない課税を避けるとの理由から、自己創設営業権を時価評価の適用除外とする旨の改正要望を、年度によって文面こそは変えつつも、連結納税制度の開始以降、現在まで毎年継続して提出しており、連結納税制度開始から10年経過した現在においても、自己創設営業権の時価評価は論点の1つとして議論の対象となっている。
 自己創設営業権の時価評価の問題が生じる要因を考察した際、評価以前の問題として、評価対象である自己創設営業権とはどのような概念であるのかについて、一致した見解が必ずしも存在していないことが、問題を生じさせている根本的な要因であることが浮かび上がってくる。評価対象に関する概念の曖昧さ及び不一致が、議論の混乱を招くとともに、法的安定性と予測可能性の欠如を引き起こすことに繋がっている。特に、近年の制度会計におけるのれん概念の変革が、この議論をより混乱させている一因となっている。
 このような問題意識のもと、本稿においては、まずは、法人税法における自己創設営業権とはどのような概念であるのかについて、自己創設営業権の上位概念である営業権概念の整理、さらには、わが国の制度会計における営業権及びのれん概念の変革の考察を通じて、可能な限り明確化していき、自己創設営業権の時価評価の問題を議論する際の前提となる概念を共有できるように整理することを研究の目的とした。
 その上で、わが国の連結納税制度において、連結納税の開始または加入時に評価損益を計上することが求められる時価評価資産に自己創設営業権が含まれると解釈すべきか、その場合、評価にあたり留意する点にはどのようなことが考えられるかについて検討したものである。

2 研究の概要

(1)「営業権」と「のれん」の概念整理

財務諸表等規則と会社計算規則において、法令の明文上に無形固定資産として掲名される科目が「営業権」から「のれん」に変わったことから、法人税法施行令の無形固定資産として掲名されている「営業権」は、財務諸表等規則と会社計算規則で新たに規定された「のれん」と同様のものとして解釈すべきとする前提で議論を進めている見解がみられる。
 しかしながら、証取法・金商法会計及び商法・会社法会計においては、これまでの営業権(暖簾)概念とは異なるのれん概念が定義されたのであり、これは講学上ののれん概念のうち、差額説又は残余的暖簾観として説明されていたものに該当する。
 一方、証取法・金商法会計及び商法・会社法会計においては、法令の明文上の掲名こそは無くなったものの、これまでの営業権(暖簾)概念と同様の営業権という無形固定資産は引き続き存在し、法人税法施行令の営業権は基本的にはこれと同様の概念であるといえることから、これまでの取り扱いと変わるものではない。これは、講学上ののれん概念のうち、超過利益説又は超過利潤的暖簾観として説明されていたものに該当する。

(2)時価評価資産に自己創設営業権が含まれるとする解釈の妥当性

連結納税の開始・加入時という単体納税を清算する局面で、含み資産である自己創設営業権を時価評価することは、他の制度会計において、ある企業を合併又は支配を獲得するなどの機会に、当該企業の自己創設営業権を含めた資産及び負債を時価評価する会計処理と異なった取扱いではなく、時価評価資産に自己創設営業権が含まれるとする解釈は妥当である。
 被取得企業から受け入れた識別可能資産及び負債の時価を取得原価へ配分する処理に係る理論及び技術が精緻化していくに従い、自己創設営業権の時価評価もそれに伴って一層向上していくことが可能になっていく。
 また、過去の裁判例では、税法上で掲名されている無形固定資産は、営業権以外は法律等の根拠に基づくものであることから、法律等の根拠を有しない無形固定資産の中には、税法上では営業権(に準ずる)として取り扱われるものがあるとし、他の制度会計と比べ営業権の概念をより広く観念する判断を示している。さらに、税務会計以外の制度会計では営業権と取り扱われる無形固定資産の中には、税務会計では繰延資産として取り扱われるものがあるとし、営業権の概念をより狭く観念する判断を示している。このように、税務会計の営業権概念は、他の制度会計と概念が多少異なる部分があることを踏まえ、自己創設営業権を時価評価する場合にはこれら裁判例等を参考にしつつ、その対象を判断する必要がある。

(3)自己創設営業権の時価評価をするにあたり留意すべき点

過去の裁判例の判断から参考にできる考え方として、たとえ租税回避を意図したものでないとしても、次のような場面では営業権として計上して時価評価をすることは認められないことに留意すべきと考えられる。
 1つ目は、繰越欠損金に相当する額を営業権として計上して時価評価する場合である。
 のれん概念が差額概念に変革したことにより、繰越欠損金に相当する額をのれんに含めて計上することが考えられる。そして、これまでのように営業権とのれんが同じ概念であるとの前提で会計処理をした場合は、繰越欠損金に相当する額を営業権(=のれん)として計上して時価評価する会計処理が行われかねない。
 しかしながら、のれん概念の変革後においても、変革前の営業権(暖簾)概念と同様の営業権という無形固定資産は引き続き存在し、法人税法施行令の営業権は基本的にはこれと同様の概念であるといえることから、これまでの取り扱いと変わるものではない。そして、繰越欠損金に相当する額を営業権として会計処理することは、これまでの裁判例でも認められていない。
 2つ目は、税務会計上は他の資産として計上すべき資産を営業権として計上して時価評価する場合である。
 税務会計とその他の制度会計では、無形固定資産及び繰延資産として計上される科目が必ずしも一致しない場合がある。
 税務会計において営業権ではない資産を営業権として計上した場合には、その資産の税法上の償却期間が営業権の償却期間である5年よりも長いときには、本来あるべき課税所得が減額されることになり、所得計算上認容される処理とはいえない。このような会計処理を行わないためにも、税務会計の営業権概念は、他の制度会計と概念が多少異なる部分があることを踏まえ、自己創設営業権を時価評価する場合には過去の裁判例等を参考にしつつ、その対象を判断する必要がある。


目次

項目 ページ
はじめに274
第一章 営業権とのれんの概念整理277
第一節 営業権とのれんの概念の考察における留意点278
1 学際的な検討278
2 時代の変化に伴う概念の変革280
3 地域による概念の相違282
第二節 営業権とのれんの概念の名辞283
1 1900年代前半285
2 商工省の財務諸表準則等285
3 証取法・金商法会計295
4 商法・会社法会計297
5 税務会計301
第三節 講学上ののれん概念の整理303
1 梅原教授ののれん概念の整理・分析303
2 山内准教授ののれん概念の整理・分析305
第四節 わが国の制度会計における営業権とのれんの概念整理309
1 わが国の制度会計における営業権とのれんの定義309
2 諸外国におけるのれんの定義の動向311
3 証取法・金商法会計における営業権とのれんの概念整理312
4 商法・会社法会計におけるのれんの概念整理321
5 税務会計における営業権の概念整理325
6 小括327
第二章 裁判例における営業権・のれん328
第一節 営業権を明記した法令の規定が存在しない時代328
1 営業権に関する昭和初期の裁判例328
第二節 裁判例で示された営業権概念329
1 裁判例1:営業権は独占的営利の機会のように、ある程度明確な内容を有するものでなければならないとした事例329
2 裁判例2:業態を異にする店舗の譲渡において、営業権に準ずる取扱いを認めた事例332
3 裁判例3:営業権は、財産的価値のある事実関係であって、超過収益力の原因となるものであり、その価値は、営業の超過収益力、その継続期間、移転性等を考慮して計上すべきとした事例334
4 裁判例4:営業権は、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係とした事例(超過収益力)337
5 裁判例5:フランチャイズ等の独占販売権は営業権に該当するものとし、営業権を有する個人が法人成した場合には、営業権は法人に承継されるとした事例343
6 裁判例6:市場における人的関係、立地条件その他の事実関係は無形の財産的価値と評価するに十分であり営業権といって妨げないとした事例346
7 裁判例7:砂利採取権は営業権に準ずる権利と認められるとした事例350
8 裁判例8:経営支配のための支出、赤字を補填するための支出は営業権とはならず、また、ノウハウ取得にための支出は繰延資産に該当するとした事例351
9 裁判例9:店舗の権利金は営業権ではなく繰延資産として計上すべきとした事例354
10 裁判例10:買収の対価が純資産額を超える場合であっても、その超過額が常に営業権の価額とはいえないとした事例356
11 裁判例11:仲買人たる地位またはそれを得るために支出した対価は営業権として計上するとした事例356
12 裁判例12:居抜き権利として支払った対価が必ずしも営業権になるのではなく、得意先の紹介等、実際に営業権が存在することが必要とした事例359
13 裁判例13:企業支配の取得は営業権ではなく、また、資材納入権が曖昧な内容でしかない場合には営業権とはいえないとした事例360
第三章 無形資産の取得及び自己創設時の会計処理363
第一節 無形資産の概念363
1 わが国における無形資産363
2 無形資産に係る会計基準と無形資産の定義364
第二節 諸外国におけるのれんと無形資産の関係366
1 米国366
2 国際会計基準367
第三節 証取法・金商法会計における営業権・のれんと無形資産の関係369
1 1949企業会計原則369
2 財務諸表等規則と取扱要領369
3 1974企業会計原則370
4 2003企業結合会計基準371
5 財務諸表等規則の2006年改正372
6 2008企業結合会計基準372
第四節 自己創設無形資産の概念整理373
1 取得無形資産と自己創設無形資産の区分373
2 わが国の制度会計における取得無形資産と自己創設無形資産の取扱い374
3 実務における取得無形資産と自己創設無形資産の取扱い379
第四章 連結納税制度における自己創設営業権の時価評価383
第一節 連結納税制度における時価評価383
1 連結納税制度の導入と時価評価383
2 連結納税制度における時価評価の意義385
3 時価評価資産386
第二節 自己創設営業権の時価評価390
1 時価評価資産に自己創設営業権が含まれるとする見解390
2 時価評価資産に自己創設営業権が含まれないとする見解392
3 営業権とのれん概念の相違393
4 自己創設営業権の時価評価394
5 自己創設営業権の時価評価と租税回避398

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